≪言霊≫

十一 雑談

「そーいえば……みずいろ様が完全に把握はできないだろうって仰ってたから、あたしきっと話についてけないんだろーなって思ったんですよ」


「ん?」



 共存の少女が言うと、水色の彼女は首を傾げた。



「そして、ほんとにお話結構複雑だったと思うんです。で、完全理解できたって自信もないですけど、思った以上にお話飲み込めた気がします……」



 共存の少女はしきりに首を傾げている。


 学校の授業より分かった気になれてる……と彼女は呟いた。



「ふむ?」



 水色の彼女は少し考え、答えを見つけたらしく納得した顔をした。



「ああ……どうも≪幽世かくりよ≫というものは不思議でな、外国の神が来た時にも最初から話し言葉が通じていた様子だったことから、とある一説がある」



 彼女はにかっと笑った。




「話された言葉は、聞いた者が分かりやすい音に変えられて聞こえる」




「……なる、ほど」



 離別の少年が一人で納得している。


 もしかしたら、ここにいる五人全員ですら、時代等の違いによって話し言葉が変化している可能性もあるわけだ。


 それでも通じている。


 そのワケはきっとそれなのだろう。



「そういえば……今ここにいる神代かみよの子にとっては文字とは未知のものであるから、最初に文字と聞こえた時にどう聞こえたのか、気になるな」



 三人には水色の彼女の青い目が、好奇心できらめいているように思えた。



「えっと……※〇◆▽$□〇¥▲%&☆……」



 思い出すためか思案気な顔をしながら口を開いた神代かみよの少女から聞こえるモノに、共存の少女と離別の少年は仰天した。


 少女は複雑な線と言っていたから、そういった類の表現かと思っていたら、発音すら耳慣れない未知の言葉が聞こえたのである。表すのが難しいのか、『モジ』の二音よりだいぶ長い。



「……『音』を伝えたいと思えば発声がそのまま伝わるのだな」



 水色の彼女は興味深いという風に頷いている。



「……時代でそんなに違う、のか」



 離別の少年が呟く。



「しかも、文字で書き残されることのないうちは、かなり変化が激しいはずだ。……ただ≪現世うつしよ≫は無限に近いほどに存在するのだから、こうした変化の程度についても色々とありそうだがな」



 それを言い終えると、彼女はちょいちょいっと扇を動かして、猫の少年の飲食物を追加した。


 そして、彼女はまた苦笑する。



「休めと言っているんだから、休め」



 皆がきちんと休憩するためには、黙っていようと思ったらしい。


 水色の彼女は、静かに目を閉じて佇んだ。









「……みんながどういう時代を過ごしたのか、聞いたらまずかったりしますか?」


 しばらくたって共存の少女がおずおずと聞くと、彼女はゆっくりと目を開けた。


 雑談を振ろうとして、ふと疑問に思ったようだ。



「良い感じに注意深くなっているな。そう、ここで真名を呼ばれれば文字化する可能性があるのはお前たちも同じ。どういった生を過ごしたなにがし、という定義ができてしまえば、文字になる可能性はかなり高くなる。……なにせ、は実際ああして文字になっているのだから」



 そう言って中空を指す彼女に、だが神代かみよの少女が疑問を口にする。



「でも、私は別に偉人ではありませんし……」


「≪幽世かくりよ≫に入ることができてしまっていること自体が、とんでもないことだ。少なくとも私は、生前にそんなことができた人間を知らない」



 三人は瞠目した。


 そんなにおおごとだったのか。



「……もしかしたら、お前たちは、あと≪現世うつしよ≫で何かを為すのかもしれない。人間の生はまだまだあるぞ、少年少女たちよ」



 その、と、扇で三人の方を指す。


 このさき年を重ねて、何かを為す……?



「……ふたりはともかく、俺は少年って言えないくらいな気もしますし、これから何かを為して重要人物になんて……」



 想像できない。



「まだ未成年だろうに。……それに、お前たちは今何を飲み込んでいる?」



 三人ともはっとした。



「自分で飲み込むことを選ばなければ、≪害なるモノ≫と化していただろう。そんなものを飲み込んで、普通でいられると思っているのか?」



 三人とも押し黙る。



「……そうだな、もしこのまま≪幽世かくりよ≫が無くなれば、お前たちがここに来た事実は消えるだろう。あとは……≪幽世かくりよ≫がなくなった世界で、歴史で、生まれることになっていれば、おそらく、あれに呑まれる。……まあ、この国自体がなかったことになれば、生まれもしないだろうが」



 そこまで言って水色の彼女は苦笑した。



「……これではまるで脅しのようだな」



 彼女は肩をすくめた。



「あれに、呑まれたら……私たちどうなるんですか……?」



 共存の少女が恐る恐る問う。



「三人それぞれ、飲み込んだものはまったく違うから、答えられないな」



 なるほど、と三人はうなずく。


 ……そもそも、答えてもらってしまえば、なにがしか決定的になってしまいそうだ。



「……と、いうわけで、他愛無い雑談すらしづらい状況になっている。……あまり堅苦しくなりたくはないんだがね」



 水色の彼女は嘆息した。



「しかし、ひとつ方法がないではない」


「「「……?」」」



 三人は首を傾げた。




「お前たちが、≪現世うつしよ≫に戻らないことを決めれば、今まで無名だったのならこれから有名になることもない」




 三人は沈黙した。


 それは……是と言えるのか……?


 雑談のために、≪現世うつしよ≫に戻らないことを選ぶ?


 ……でも、≪現世うつしよ≫が果たして是が非でも戻りたいようなところであったかと言えば怪しい。



「ああ……そして、私の頼みを聞こうという方向に意見が傾いているようだが……」



 水色の彼女は少し寂しそうな顔をした。



「そうすると、この国のカミガミは八百万やおよろず……パラドックスを解消する力が働く前に間に合うのだとするとだが……おそらく途方もない体感時間をここで過ごすことになる。……≪現世うつしよ≫に戻るかどうかも含めて、よく考えて決めてほしい」



 念入りにそう言った彼女は優しく微笑んでいた。


 が、少し間を置いてため息をついた。



「……しかし、お前たちはこの国の性なのかなんなのか、勤勉にすぎるぞ。少しは本当に休憩しろ、何回目だ」



 言われて三人は苦笑した。


 平らげていたわけでもないのに、飲み物とお菓子が追加された。

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