22.
それから、数日が経った。大きな出来事もなく、取り上げるべきは田沼の調子が安定しているということぐらいだ。それも、取調べに耐えられるほどではなく、精神科の元で管理されている。
千尋は、焦っていた。四件目の殺人から一日また一日と過ぎて行く。この手の連続殺人犯は、次から次へと殺す内にどんどん我慢がきかなくなって間隔が短くなるものだ。
もう少しで、三件目と四件目と同じ期間が過ぎようとしていた。我慢のきかなくなった犯人は、多少強引にでも行動に移すこともある。千尋はそれを危惧していた。
「なあ、神崎。なにをそんなに焦っているんだ?」
槐が日々の業務に追われながら、かりかりとしている神崎に声をかけてきた。
「もう少しで、犯行の間隔が三件目と四件目と同じになります」
「それが、なにかまずいのか?」
「まずいです。連続殺人犯の傾向として、まずは妄想の中でそれを楽しむという段階が長くあります。最初は、それで満足できるから、いろんなシチュエーションを妄想して終わります」
「ふむ」
「ですが、それを過ぎて、いざ手を出すとまずいんです。手を出すということは、妄想では満たされないということで、いろんなパターンにも飽きが来てます。なので、一回殺してしまうとあとは加速度的に早まる傾向があるんです」
「傾向だろ? 必ずしもそうとは限らないじゃないのか?」
「この犯人は、比較的ゆっくりですが段々間隔は確実に短くなってきてます」
槐は、資料を見て日付を確かめた。
「おう、確かに二、三日ずつ短くなっているな」
「そうなんです。明後日には、前と同じ間隔になってしまいます。自分の推測では今日か明日には出るんじゃないかと予想してます」
「なるほど」
「もしかしたら、違うところでもう起きてるかも知れない。早く捕まえないと」
「焦る気持ちはわかるが、おまえさんが焦っても仕方ないだろう。分業だ分業。現場を信じろ」
「権像巡査長……」
わかっているのだ。権像の言うことは。だけど、頭の中で納得出来ていても心の焦りを癒してくれることはない。じりじりと炙られている。
ここのところ、可能な限り美里署に詰めていたため、明良とも何日も顔を合わせていない。今、顔を合わせれば、一番危険な状態であることが伝わってしまう可能性もある。
「まあ、わかる。そんな疲れた顔で大事な人には会いたくねえよな」
「……! ええ、そうです」
意表を突かれたが、千尋は素直に認めた。権像や槐には千尋の想いなどばれてて、なにを言っても無駄だろうからだ。一方生瀬は、表情こそ見づらいがわからないわけではない。ただ、なにを思っているのかは、上手く読み取れないでいた。
その中で、焦れてると目の覚めるような衝撃的な報告が入ってくる。
「ご、後藤田が殺されたようです!」
「なに?」
刑事部屋が一瞬で色めきだつ。
「ど、どういうことですか?」
報告に来てくれた刑事に詰め寄る千尋。
「今日の朝、張り込みの刑事たちが様子を見に行ったら部屋で殺されていたそうです。例の連続殺人の被害者と同じ殺され方だそうです」
「死後どれくらい経っていたんですか?」
「三日ほどです」
「張り込みの人たちはなんで三日も気付かなかったんですか?」
「落ち着け。神崎」
権像に引っぺがされた。
「これが落ち着いていられますか!」
拳固を落とされる。涙が出るくらい痛かった。
「な、なにすんですか?」
「こういうときに慌てるようなやつは足手まといだ」
権像も槐も酷薄ともとれるような冷たい目をしていた。これが客観に徹した刑事たちの顔なのか。思わず、千尋の背筋が冷えた。
「三日前くらいに、酒を飲んで酔っぱらって帰ってきてから一度も外に出てなかったそうです。郵便受けはあまり小まめに整頓していたわけでもなかったようで、発見が遅れたらしいです」
「そうか。いつ殺されたんだろうな?」
槐が、怖い顔で考えをまとめている。権像もなにも言わなかったが、表情は険しい。
「あのっ!」
「なんだ、神崎?」
「これは完全に推測でしかないんですが、後藤田に狙われていた女性が危ないです。たぶんですが、今回の殺人は、後藤田が秘密を漏洩したか、犯人が我慢できなかった可能性が高いです。それで、本来ならば狙われるはずの女性を観察していたと思います。行動を読みやすいので次の獲物としては狙いやすいと思うのですが」
「逸るな逸るな。それについては、俺もさぶも気付いている。おそらく、生瀬もな」
「じゃあ、行動開始しましょう」
「だから、落ち着けと言っている。警察は、スタンドプレーを好まない組織だ。逆に言えば、集団行動については軍隊の次に優れている。後藤田の狙いが誰にせよ、今張り込みに向かっているだろう」
他人に任せておきたくないが、わずかに胸をなで下ろす千尋。基本身内の関わる捜査には加われない決まりのようなモノがある。任せるしかない任せるしかない、自分の中で繰り返した。
「後藤田の件について、少し理解を深めなくては。張り込みの連中が帰ってきたら報告を聞こう」
「……っ、はい」
その日の夕刻に報告書が上がってくる。千尋は待ちきれない子どものようだったが、待つより他ないのでかなりいらいらしながら待機していた。
明良のことを考えると気が気でない。だが、駄々をこねてもしかたがないので我慢している。そもそも、駄々のこね方を知らないというもあった。
黙って待っていれば、捜査の状況を得られるかも知れない。わがままを通そうとすれば、弾かれる可能性がある。そのことを天秤にかければ、前者を選ばざるを得ない。
「後藤田は、三日前にタクシーで帰宅。泥酔状態にあったらしく、タクシーの運転手に担がれるようにしてアパートの部屋へと戻ったそうです。それ以来、部屋に電気はつかず、一度も外出をしていなかったようです。発見のきっかけは、なんか異臭がするので管理人が開けたら死んでいたとのことでした」
「殺され方を見ても、前四件と同じように縛って殴られ刺されています。ただ、現場に道具は残されおらず、誰かが持ち去ったと考えられます」
「最後に後藤田と接触していたタクシー運転手はまだ判明してません。張り込みからの報告では、道具は持ち込んでいなかったとのことです」
一通りこの事件について、報告される。
捜査方針として、タクシー運転手を捜すことになった。乗務記録などを調べて行くのだろう。そこは、千尋の戦場ではなかった。歯がゆいが、任せるしかない。
「後藤田は結構大柄な男です。それを担いで部屋まで連れて行くとなると、相当力がいりますよね。それに、連続殺人犯にしては屈強な男を狙うとはレアなケースだと思いませんか?」
「それほどに、切羽詰まっていたのかも知れんな。早く捕まえてやらなくちゃいかん」
千尋は、権像のその言葉に違和感を覚えた。なにか、納得のいかないときに感じる不快感に近いモノを抱く。
「今日は、上がっていいぞ」
「なんでですか? 自分はそんなにも邪魔になってますか?」
「それもあるっちゃあるが、そんなに心配なら付いててやればいい。一緒に過ごせばいいんじゃないか」
「ありがたい配慮ですが、でも今は会いに行けません」
「自分の顔色が悪いからってか? この仕事をしてたら一生会いに行けなくなるぞ。ぐっすり眠ってこい」
「一生会えない」。権像の言うことである、大げさに表現しているかも知れないが、事実かも知れない。どっちかわからなくて、どう反応していいか悩む。
助けを求めるように槐を見た。
「万全の体調の日にしか会えないとなると、ろくさんの言葉はあながち誇張ではないぞ」
「そうですか」
「お、やけにあっさり納得するな。俺の言葉じゃ納得いかないが、さぶなら信用できるってか。俺ぁ、師匠として悲しいぞ」
「違います。二人分の意見を合わせた上での納得です。どっちが信用できないという話ではないです」
「け、わかってるよ。俺の言葉が人に届かないのは重々承知だ。性格なんだ」
そう言った権像の顔に一瞬哀しみがよぎる。まさに刹那だったが、千尋は見落とさなかった。
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