01.

 一生懸命挨拶を覚えてきた。緊張で身体が強張っている。目の前の廊下の角を曲がれば、刑事課だ。心臓が早鐘を打ち、破裂するんではないかという恐怖を感じるくらいである。

「わりぃ、そこどけてくれや!」

 中年手前くらいの刑事らしき人物が、男を一人連行している。連行されている男は、顔が腫れていた。ケンカでもして殴られたのだろう。

 その男と肩がぶつかった。殺されると思うくらい強く睨まれる。思わず、身体がすくんでしまった。

 だが、その男は刑事に強く引かれて連れて行かれる。不機嫌そうに顔をしかめた。その顔には不要な緊張は見えず、連れてこられることに慣れているようにも見える。心臓を口から吐き出しそうな自分とは大違いだ。

 刑事課を見渡せる位置に立ったが、考えてきた挨拶は出番を失い、それ以外の言葉も口に出来る状態ではない。恐らく、所属先になるだろう刑事課の強行犯係に人が見えなかった。

 仕方なく、取調室を覗き込んだ。そこには、先ほどの刑事と強面の男と白髪交じりの後ろ姿が見える。奥に連行されてきた男が座っていた。視線は、斜め上を向いており座り方も横柄だ。

「で? おたくは、なんで人を殴ったんだ?」

 その白髪交じりの男から、老齢の深く使い込まれた声がする。

 だが、その声と対峙している男からは、なにも答えがない。すごんでいる。千尋は、それだけで鼻白んでしまう。それでも、老齢の男は焦るようなこともなく、威圧されるでもなく、ただおのれの調子を維持していた。

「黙秘しても目撃情報が多いし、現行犯だ。釈放は出来ん。家に帰れなくなるだけだぞ」

「なんで、おれだけなんだよ? この顔見ろよ。おれだって怪我してるんだぞ」

「先に手を出したのはおたくだろう? それに過剰防衛のおかげで相手は今病院だ」

「不公平だ」

「安心しろ。あとで、しゃべれるようになったら相手からも話を聞かなきゃならない。それが仕事だからだ。だが、それと今おたくが、黙秘することとはなんの関係もない。ここで待つのも俺たちの仕事だ。わかるな?」

「へ、脅しかよ」

「事実を述べているだけだ。そういう決まりなんだ。だから、諦めろ」

「話したら、叙情酌量してくれんのか?」

「それを決めるのは俺たちの仕事ではない」

「じゃあ、言えねえな」

「おたくは、わかってんだろう? 自分のやったことの善し悪しくらい。だから、身体を目一杯に広げて威嚇している。だけど、目を合わせてこない。親指も隠している。自信がないからだ。言葉やしぐさにも怯えが見えるぞ。やり過ぎたって思っている証拠だ」

「な、なんなんだよ、あんたは?」

 目が泳いだり、首元を手で拭う仕草。明らかに緊張し動揺している。

「俺か? 俺は、権像けんかたっていうしがない刑事さ」

 ポケットからタバコを出して、すぐに戻す。禁煙なのだろう。

「で、もう一度頭からやるから、素直になれ。嘘はもちろん通じない」

「そ、それがなんだってんだよ」

 千尋にもその言葉が虚勢を張るにしても足りないのがわかった。

「チャンスは一回だ」

 権像と名乗った老刑事の言葉が重い。それが威圧感と緊張感を生んでいた。

「……わかった」

 すごい。

 あっという間に被疑者の男を追い込んでしまった。

 そのあと二〇分は取り調べが続いて、その間千尋はずっと待ちぼうけをくらう。だが、圧倒的な権像の取り調べに見入ってしまい、時間はさほど感じなかった。



「それで? おたくは誰さん?」

 取り調べが終わって、刑事部屋に戻ってきた権像。取り調べの様子をずっと見ていた千尋に怪訝そうに尋ねてくる。

 権像は、初老ぐらいに見えたが、歳は上手く読み取れない。ベテラン刑事にしては肌の色が白い気がする。だが、頑健な感じの肌に刻まれた皺は、その歴史の深さを物語ってるような気がした。

 今度こそタバコに火をつけて美味そうに煙を吸い込む。ゆっくり惜しむように吐き出した。のらりくらりとした雰囲気だが、先ほどの取り調べの巧さをみていると食えない種類の刑事なのだろう。

「は、自分は、本日よりここに配属になりました神崎千尋心理技官であります」

 踵を合わせ、背筋をぴんと張ってしまう。なんとなく、権像の凄さが思わず千尋にそうさせた。

「ああ、おまえさんがそうか。権像六郎けんかたろくろうだ。巡査長だが気にしなくていい」

「よろしくお願いします」

 権像が眉根を寄せて、あからさまにこちらを訝っている。

「どうかしましたか?」

「もっと、こう、違うのをイメージしてた」

「どんなのですか?」

「もっと、変人のオーラをまき散らして、いかにも世の中は闇の中だから自分が粛正しなければならないという使命感にまとわりつかれたような人間、だな」

 千尋は言葉を失う。一体どこでどうやったら自分のイメージ像がそうなるのか、皆目見当もつかなかった。確かに、世の中に対し斜に構えているきらいはある。だが、権像の言うほどではない。

「人の想像なんて、その人次第だ。おまえさんがどう思っているかは関係ない。どう見られているか。それがすべてだ」

 どきっとした。心を読まれた気がしたからだ。

「それは、ろくさんの持たれてるイメージでしょう。オレは槐豪三郎えんじゅごうざぶろうだ。巡査だ。よろしく頼む」

「なんだよ、さぶ。俺がそんなに変人みたいな言い方はよせ。おまえほどじゃないんだ」

「ろくさんともあろうものが、どの口で言いますか。面白い冗談ですよ。な、そう思うだろ、神崎?」

「え、えっと……」

 こんなところで振られても困る。答えに窮するが、それが答えとなった。

「あまり新人をいじめるな。またいなくなるぞ」

「それこそ適当なことを言わないでくださいよ。誰もいなくなってないじゃないですか」

「そうだったか。はっはっは」

「笑いごとじゃないですよ、まったく」

 状況にいまいちついていけてない。呆気にとられている。

「おまえさんは、大事なお客人だが、甘くはしない。厳しくもするつもりもないが、仕事柄やむを得ないところは多々あるだろう。まあ、なんだ。とにかく働け。動きながら覚えてもらう」

「わかりました」

「そう固くなるな。やれてもやれなくてもおまえさんはやらなくちゃいかんのだ。成長もしてもらわんと俺が困る」

「権像巡査長がですか?」

「そうだ。おまえさんは、大事な預かりものだからな。立派になってもらわんと俺の立つ瀬がない」

「預かりものですか?」

「そうだ。東風こちの生徒だと聞いたからには、ちゃんと育ってもらわんとな」

 東風とは、大学の恩師であり、千尋が所属している犯罪心理学研究所の上司である。表情分析学が専門で、微表情というわずかな顔の筋肉の動きで相手の心理を読み取る専門家だ。

 千尋は生来顔の表情と喜怒哀楽の感情が結びついていない。それをきっかけにこの道に進んだのだ。そして、その東風の薦めで警察に出向することになった。まだ実験段階の協力関係なので、これからの関係は千尋の働きいかんによるところが大きい。

「東風先生とはどういう関係なんですか?」

「あいつはな、俺のストーカーだ。いつになっても産毛の抜けん小僧だ。どんどん捻くれていきやがる」

「ストーカーって、そんなに人に入れ込む先生見たことないですよ」

「あいつの恋人との仲だって俺が取り持ってやった。なのに、未だに追いかけて来やがるんだ」

 東風のことは、心底尊敬している。その東風が追いかけ回しているとなると余程の人物なのだろう。

「働けそうか?」

「身の丈に合ったことなら」

「そうか、じゃあおまえさんは今日からスウェット素材だ。仕事に身の丈を合わせてもらう」

 厳しいことをいわれた。だが、槐はフォローをしてこない。ということは、これがこの職場の常識なのかも知れない。千尋は、思わず首とシャツの間に指を入れて換気し、固唾を飲み込んだ。

「そうだ、いい緊張感だ。おまえさんを追い込むつもりはないが、ここは否応なしにそうなっちまう。人間がすり切れる場所だ。フォローはしきれないと思う。頑張れ」

「は、はい。ところで、他の人たちはいないんですか?」

「今朝のテレビは観たか?」

「はい」

「みんなあっちに行っている。おまえさんのデスクはそこだ」

 一箇所机の集まったところの角になにもないきれいなデスクが置かれていた。そこに、鞄を置き、席に着く。自分のデスク、居場所。千尋は否応なしに緊張が増してきた。

「さて、先ほどの調書のまとめをしてもらおうか」

「え、いきなりですか?」

「そうだ。突然じゃないことなんてここにはない」

「ですが、ほとんどわかりません」

「わからないところはさぶが教える」

「ちょっと、ろくさん。オレも新人抱えていて二人は見れませんよ」

「今日は、やっこさん休みだろう?」

「他にも新人がいるんですか?」

 千尋が、そう尋ねた瞬間、槐の表情が曇った。眉間にしわが寄り口角が引き締まる。疲れているような表情も混じっていた。明らかに快い質問ではないのは確かである。

「今日だけは、あいつのことは一ミリも思い出させないでくれ」

「そういうわけだ。だから、とりあえず挑戦してみろ。次からはサポート出来るかわからないしな」

 どういうわけかわからないが、今のうちだと槐の助けを得られるようだ。

「わかりました。やってみます」

「いい返事だ。じゃあ、よろしく」

 権像は、新聞を広げ、紫煙をくゆらせ始めた。

「失礼します。誰か手を貸していただけませんか?」

 刑事課に、またなにかをやらかした人たちが連行されてくる。連行されてきたのは、男だった。顔色が悪く、覇気がない。

「なにをしたんだ?」

 槐が連行してきた制服警官に尋ねた。

「無銭飲食と逃走の際に、店員ともみ合いになって相手に暴行を働きました」

「そうか、隣は……忙しそうだからうちで見るしかないのか」

 盗犯係は一人が電話を受けていて、もう一組は取調室を使っている。

「うちもヒマというわけではないんだが、殴っちまったら仕方ねえな。もう、重労働はしたくないんだがな」

「そうも言ってられんでしょう」

 権像が言って、槐がたしなめる。

「すいません、じゃあ後はよろしくお願いします」

 制服警官は覇気のない男を置いていった。

 千尋は、自分の作業で手一杯になっている。どこになにを書いていいかまだ把握しきってすらいない。

「行ってこい」

 槐が肩に手を乗せ、空いている取調室に入るよう促してくる。

「でも、書類が……」

「学べるときに学んでおけ。書類は後からでもどうにかなる」

 そう言われて、千尋は権像と一緒に取調室に入る。

 そこで、権像は相手を椅子に座らせたが自身は席に着く気がないようだ。千尋に座れと目配せをしてくる。気圧される千尋。教育しても、いきなりすぎてあまりに乱暴だ。

 それでも、引かない権像。その顔からは、引く気を読み取れない。恐る恐る千尋は覇気のない男の対面に腰掛けた。

「えっと……」

 頭の中でマニュアルのページを一気にめくりまくっている。この場合の手順も一応習ってきた。自分でも勉強もしている。

 だが、実戦の空気には独特なものがあり、自分の勉強してきた机上の理解がどれほど役に立たないかを今思い知らされていた。

「名前と生年月日、教えてもらえますか?」

 なんとか、マニュアルの該当ページに辿り着いた。そこで、枯れたような声で尋ねてみる。喉が緊張でからからだった。

津端彰史つばたあきふみ。年は二一。誕生日は九月一二日」

「わかりました」

 覇気のない男、津端は今朝権像が事情聴取した男と違って素直だった。諦めているようにも見える。それに、自分のことを言うときにわずかだが、嘲笑が口と頬に浮かんでいた。

 余程、自己評価が低いのか、自分が嫌いなのか。それとも、捕まった間抜けさに対してなのか。

 そこはわからないが、話を進めなくては。千尋は軽いパニックに陥っていて、マニュアルを頭の中だというのに取り落としていた。

「津端さん。あなたは、無銭飲食をしましたか?」

「はい」

「なんという店でなにを食べましたか?」

「店の名前は覚えていません。食べたものは、えっと。ああ、そうだ。しょうが焼き定食です。他の客が食べてるのを見たらすごく美味そうだったので」

「わかりました。で、そのままお金を払わず走って逃げましたね?」

「はい」

 ここまでは、淡々と答えており、怪しいこともない。顔は無表情で先ほどの嘲笑以外の変化もないと思う。

「そこで、あなたは追いかけて来た店員に暴行を働きましたね? 具体的にはどうしたか覚えてますか?」

「いえ、無我夢中だったので覚えてません。気がついたら、警察の人に取り押さえられていました」

 ここで、津端が首を触った。なにか不安なことがある可能性を示すが、そもそも取り調べを受けている時点で緊張してても仕方ないと言える。見極めが難しい。

「俺は、嘘つきのにおいには敏感でな? あまりその場しのぎは推奨できない」

 権像は、瞬時にこれを黒と見たらしい。

「嘘は言ってません」

 真っ直ぐ権像を見返しながら津端ははっきりと言った。しかし、そのときわずかに鼻の周りが動く。侮蔑の表情がわずかに表出したように思われた。

 不慣れな千尋でも見極められたが、権像はどうなんだろうか。津端を見ているため、権像の表情は見えない。

 揺さぶろうにも津端がなにを起こしたのか見当もつかず、沈黙してしまう。

 困惑している千尋の肩に手をおく権像。席を譲った。

「おたくは、女の子のいる店に行って飲むのは好きか?」

 唐突にそう聞き始めた。

「なにか関係あるんですか?」

 津端は非常に不愉快そうに眉根を顰めて聞き返す。

「とりあえずビール派か?」

 構わず質問を続ける権像。これには、千尋も面食らう。意図が読めない。

「よくわかりませんけど、お酒は飲みません」

「女の子は好きか?」

「普通です。誰でもいい訳じゃない」

 ここで、津端の表情にわずかに剣が見え始めた。少し癪に触っている程度なのだろうが、感情に揺らぎが見えてきている。

「おたくは、なにが好きなんだ? ソープ? キャバクラ? ピンサロ?」

「なんでそんなに下劣なことを聞くんです?」

「なぜ、従業員に暴行を働いたのか、わかってきたぞ」

「なんの関係もない質問でわかるわけがない」

 鼻、口を中心に一瞬歪みが生じた。侮蔑の反応だ。津端は、権像を完全に狂人として嘲笑っている。

「犯罪心理学にはな。オイス・キフラーの法則というのがあってだな? この状況によく当てはまる」

 急に専門用語が出て来て、津端の顔に焦りが濃く浮かんだ。手首をさすり、シャツの袖口を広げようとする動きも見られる。

「説明はしないが、こうした欲求に対する解答からどんな人間かを推測できるんだ。おたくは、根は正しいが、よく言えば社交的だが、悪く言えば八方美人。今回も人間関係に疲れて犯行をおかした。そんなとこだろう?」

 津端は、驚きの表情を浮かべたが、すぐに消えて、俯いてしまった。

「もういいだろう? 話をしてくれないか」

 権像は席を立ち、千尋を座らせる。

 その後、津端はぽつりぽつり語り始めた。驚いたことに、権像の言うとおり津端はお金に困って無銭飲食をしたのではなく、本当にただの気晴らしであるこが判明。店員に暴力をふるったことは反省している。

 三〇分ほどの取り調べが終わり、刑事課に戻ってきた。書類を書く前に権像に声をかける。千尋は、権像の素晴らしい手腕に興奮していた。

「すごい見事でした。さすが、東風先生が追いかけたくなるのもわかります」

「たいしたことはしてねえよ。あそこが俺の戦場で、生き残るために全力を注いだだけだ」

「そうなんですか。それに寡聞にして『オイス・キフラーの法則』とか知りませんでした」

「ないよ」

「は?」

「そんな法則は、俺は知らない。ああいう、頭でっかちなタイプには理論的に攻めていると思わせると話が早いから、そうしたまでだ」

「そう、なんですか?」

 千尋は衝撃を受けた。

「でも、見事に供述を得てましたよね? すごいことだと思います」

「無理に感心する必要は無いぞ」

 千尋は、呆然としてしまう。興奮していた心が鎮まっていくのを感じた。どんな賛辞を送ってもこの老刑事は是とは言わないだろう。

「さあ、この職場のことは大体わかっただろう。書類を書いてしまえ」

 槐が、千尋に気を使ってくれたのか現実に引き戻してくれた。




「今日はどうだった?」

 夕刻。権像がトイレにでも行った隙か、そう気遣いの言葉をかけてくれたのは、やはり槐だった。

「いろいろ衝撃でした。毎日こうなんですか?」

「今日は、二件あったから多いが、おおむねこんな感じだと思ってくれた方がいい」

 言い方に一つも二つも含みがある。

「自分も頑張らないと行けないと強く思いました」

「そうか。でも、そんなにしゃっちょこばる必要はない。嫌でも日常になるからだ」

「三日後にいなくなるかも知れないですよ?」

「そんなことにはならないさ。これは、刑事の勘でもあるし、ろくさんに認められたらそうなる運命でもあるからだ」

「そんなに、すごい人ですか?」

「どう感じた?」

 わずかに躊躇ったが、正直な感想を言うことにする。

「……すごい人だと思います。怖いくらいに」

「逃げられると思うか」

「イメージは湧きませんね」

「そういうこった」

「お、なんの話だ?」

 権像が刑事課に戻ってくる。

「いえ、初日から大変だったと感想を言っていただけです」

「そうか。これからもっと大変になるぞ」

 権像はタバコに火をつけた後、煙を吐きながらそう言った。

「一気に来ないことを祈ります」

「今、連続殺人事件の帳場が立っているのを知っているな?」

「はい」

「近いうちに関わるかも知れない。それはわからん」

「自分の様な未熟者に出来ることなどあるのでしょうか?」

「おまえさんは、犯罪心理学研究所からの出向だろう? プロファイリングとか意見を求められるかも知れないぞ」

「え? 自分は専門ではないです。むしろ、危険なくらいに表面だけです」

「それは、おまえさん個人の見解だろう? 周りから見たら資料を読むだけで犯人を特定することが出来るような人間だと思われている」

「そ、そんな。無茶ですよ。魔法使いじゃないんです」

「周りは、そう思っていない」

「それに、実際に使ったことなどないですし」

「なにごとも初めては存在する。慣れてもらわなくちゃいかん。それに、学問てのは流動的だ。新しい知識が次々と流れ込んでくる。それらが身につけていないからといって後込みしてたら死んでも実践には移れない」

「…………」

 言葉がなかった。権像の言ってることは正しい。大学に入ってから、いや心理学に興味を持ってからそれをずっと感じている。何十年前の知識を勉強しながらも、十年前とは真逆の研究結果を目にしたりしているからだ。

 日進月歩。まさに、その最前線に立つときが来たのかも知れない。頭でそう考えながらも、そうなったときに自分が如何にテンパるかが容易に想像出来て怖くなっている。

 自分の発言一つで何十人という人間の行動が決まるのだ。誤認逮捕や捜査の遅延による被害の拡大。それらも自分の分析した結果から起こりえる。それは、とても恐ろしいことだと思った。

「おまえさんの感じてる恐怖もわかる。しかし、それを乗り越えてもらわなくちゃ困るときがくる」

「……はい」

 千尋は首に触り、ネクタイを緩めるような仕草をしていたのに気づく。これは、なだめ行動で不安から身を守る仕草の一つだ。隠しきれない不安。

 返事はしたものの、そのときがこないことを祈る以外に手段はなかった。

「不安なのはわかる。だが、祈っても無駄だぞ。おまえさんにはやってもらうことになる」

「予言ですか?」

「そう捉えてもらって構わない。だが、運命でもなんでもないぞ。俺がそうさせるからだ」

 絶句。返事が出来ないくらい力強い目と言葉。それを受けて千尋は恐怖を感じてしまった。今この瞬間は、プロファイリングをしなくてはいけない現実より権像が怖い。


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