朱の町
森いぶき
プロローグ
天気を心配していたが、今日は1日保ちそうだ。朝は厚くかかっていた雲も切れ、空は明るい。空気はカンと冷えている。
「おい、どうした?」
見上げていると、相方に声をかけられる。
「いや、今日は保ちそうだなと思って」
訝しげな顔を見て、ああこいつは天気予報なんて見ないのか、と悟る。
「天気だよ。…そんなんで仕事大丈夫なのか?」
「晴れ男山本様を舐めんなよ!俺が仕事の日は降らないって決まってんだよ。」
カカカと笑う姿を見て呆れる。しかし、こいつとの仕事の日に雨が降ったことがないのも確かなのだ。
「名鉄線のりば」の矢印に従い、地下にもぐる。ふわっと温かい空気が顔を撫でると、反射のように体がぶるっと震える。改札にICカードをかざす。山本が改札前でカバンをガサガサやってるのはいつもの通り。
「山本!早くしないと乗り遅れる」
時計を見れば、発車時刻の5分前。
「改札前あるある!ICカード無い無い!」
…やっぱりバカか、こいつは。
先にホームに向かう階段を降り始める。すぐに山本は追いついてきた。
「先輩を置いてくなんてひどくない?」
「悪いけど、僕もう山本のこと先輩って思えないから」
ひどーいって裏声で叫ぶ気持ち悪い男はとりあえず無視。確かに歳は今年25歳と同じだが、僕は社会人3年目なのに対して、山本は10年目。大先輩なのである。
経験が違う、そしてなにより才能がある。初めて山本の仕事を見たときは、自分がこんなスゴイ人と一緒に仕事をしていいのか、取って食われるんじゃないかと戸惑ったぐらいだ。
だが、はっきり言って人間としてはもう少ししっかりしていてほしい。もう25歳にもなるんだから、少なくとも自分の持ち物の管理ぐらいはしてくれ。
そうは言っても、仕事をする上で山本の性格だとか物の考え方だとかには大いに救われている。僕ひとりだったら、知らない世界にぽんと飛び込んでいくことはできない。だけど、まるで大胆不敵が服を着て歩いているような奴が隣にいるから、僕にもそれができる。山本は息をするかのように自然に、人を楽しませたり喜ばせたりできる。
性格は全然違うけど、僕はこいつのことをけっこう尊敬しているし、好きなのだ。
10時半という中途半端な時間ではあるが、ホームには列ができている。
「すげえ!なにこの駅!ひとつのホームにいろんな方面行きの電車が来るのかよ」
ここ来るの初めてなんだよなー、と山本。
「滅多にないよね。こんな駅も」
風とともに、ホームに電車が滑り込んでくる。
「電車、この次のだから」
「いや〜俺ひとりだったら電車乗れなかったわ。もぎっちいてほんと良かった」
もし山本ひとりだったら絶対正しい電車に乗れないな、と思ったけれど黙っておく。
そうこうしている内に、またもや電車がやって来る。僕らの乗る、空港行きだ。
運良く二人掛けの席が空いており、僕は窓際に座る。荷物を守りながら、山本も僕の隣に座る。大の男が仲良く並んで座ると、二人掛けはちょっと狭い。
窓の外を景色が流れていく。近くにあるものほど速く、遠くにあるものほど遅く。
電車はタタン、タタンと軽快なリズムを刻む。そして、僕らは徐々に近づいていく。
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