第15話:一卵性双生児と通院美少女




 録画していたテレビ番組を消化しつつ、コーヒーを嗜むお昼時。


 太陽は真上にあるが、盛夏より苛烈さは収まっていた。

 神王様のお姿を拝見する至福タイムは、現在三時間目に突入したところである。

 冷やした部屋での観賞会は、快適極まりない。

 お嬢様方は授業でどちらもご不在だ。

 事前に、昼から休みを取って病院へ行く、と知らされている。


 お昼ごはんはもう大体こしらえたし、帰ってくるまで僕は自由だ。

 どんなにくつろごうがごろごろしようが、怒られない。


 いやぁ、極楽極楽。

 コーヒーは香ばしいし、神王様は麗しいし、最高だよ。


「こけたとこ、もう一回見よう」


 ひと番組見終わったところでリモコンを操作し、例の場面に巻き戻す。

 アナスタシアの証言通りだった。

 聖都内の施設を視察中、床のでっぱりでこけた様子がしっかりカメラに収められていた。撮影スタッフには惜しみない拍手を送りたい。ありがとう。


 僕はくすくす笑いながら、何度も何度も繰り返しこけた瞬間を見続ける。


「あー……涙出てきそう」


 十五回目のあたりで、鼻の奥がつんとしてきた。

 ここで泣くとまたお嬢様方に冷ややかな目を向けられかねない。

 やめよう。やめ時だ。弄られると恥ずかしい。

 事情を話せば、アナスタシアなら共鳴してくれそうだけれど。


「残念だなぁ……」


 僕は泣く泣くリモコンを握り、次の番組観賞を開始する。

 今度は議会での弁論風景が映し出され――


 ここで、玄関チャイムがぽーん、と鳴らされた。


「うー。このタイミングかぁ」

 

 仕方がない。

 神王様観賞大会はここで終了だ。


「はぁーい」


 テレビを消し、急いで玄関ドアを開ける。


「たっだいまぁー!」

「いい子にしていたかしら」


 予想通りのお二人さんだった。


「おかえりなさいませー。言いつけは守ってましたよー」


 アナスタシアとアンネリースは室内へと流れ込むように入ってくる。

 二人とも左手首にバングルをはめているため、法力が使えないのだ。

 バングルは法力の暴走を抑制するとともに、法力使用にも制限がかかる。ちょっと前まで突然ベッド上へ登場していたため、逆に新鮮さを覚えてしまうのだった。

 急に来られると心臓に悪いし、これはこれで助かるのだけど。


「お昼どうする?」


 エアコンの風が当たる場所で涼むアナスタシアとアンネリースに尋ねる。


「すぐに作れるの?」

「私たち、病院に行かなきゃだからぱぱっと食べられるものでよっろしくー」


 アンネリースはぴょん、っと飛び跳ねて見せた。

 バングル着用に伴い、義足も筋肉の電気信号を利用して動くものに新調したらしい。法力の制限が解除され次第、念動力系専用の義足が無償で提供されるのだそうだ。太っ腹極まりない。


「はーい。了解です」


 汗が引いたらしい二人は、いったん隣の部屋に戻る。

 僕はその間に昼食の準備に取り掛かった。

 料理の手順も、献立を考えるのも、調理自体も、もう苦じゃない。


 三人分の昼食は二十分もかからないうちにテーブルに並んだ。


「なっちゃんなっちゃん。ソール君さ、腕、上がったと思わない?」

「ええ。手の込んだ料理が出てくるものね。私たちの好みも分かるようになったみたいだし。好都合だわ」


 嬉しいお言葉をいただいてしまった。


「あはは。なっちゃんはさっぱりめで、あっちゃんは甘めが好きだよね」

「のわりに脂っこいけれど、この魚のフライ」

「すみません……」


 褒めてからすかさず落とすのはやめてって。

 余計傷つくから。抉られるから。


「これくらいなら及第点よ。次は頑張りなさい」

「ありがとうございます……」


 感謝しつつ、油っこいとのジャッジが下ったフライをかじる。

 うーん。修行が足りない、のかなぁ。


「ソール君、夜も頼むよ? 私たち夕方までぶらぶらするつもりだから」

「お土産はないけれどね」


「楽しんできてよ。先生にはくれぐれも見つからないようにね」


 特待生をやっているアナスタシアとアンネリースは地頭も良いし、努力もしている。最近は、僕の部屋でタブレット片手に勉強するようになった。遊んでばかりではないのだ。


 夢を叶えるために、勉学は欠かさない。

 そんな真摯な姿勢にこちらも背筋が伸びる。時々さぼるけどね。


「ソール君もたまには友達と遊べば?」

「うっ……」


 ぐさり。


「あっちゃん。この手の話題は察してあげるのが優しさなのよ」

「え? ……あっ。ごめん、ソール君」

「あはは……うん……うん……。友達……は、うん……。で、でも僕だって今日は出かける予定があるんだよ!」


 僕のはほら、少数精鋭ってやつだし。

 悲しくなんてないし。


「買い出しで?」

「違いますぅー。人と会うんですぅー」

「グルナード事件関係の事情聴取? 実はソール君が黒幕だったりして」

「ありえるわね」

「僕そんな凶悪面じゃないでしょ……。あんなヤツと結託するとかありえないから!」


 名前も思い出したくないあいつとグルだなんて、笑えない冗談だ。

 彼には一生牢屋にいて欲しい。


「ただ単に知り合いに会いに行くだけだよ。最近会えてなかったしね」

「ふぅーん」

「友達でも彼女でもなく、知り合いなのが不憫だわ」


 ぐさぐさっ。

 もうやだ、この辛辣さ。致命傷だよ。


「僕だって作ろうと思えば恋人の一人や二人……あれ?」


 反論しかけたその時。部屋の照明が消え、エアコンが動作を停止した。


「停電?」

「あら、三日ぶり」

「こう続くといたずらも悪質だなぁ」


 アナスタシアとアンネリースが退院する二、三日前から、停電が起きるようになった。

 電操作系の子供がついうっかり放電してしまったのか、あるいはいたずらか。

 グラナタスの一件もあり特定が難しい。

 しかしこれだけ頻繁だと、いたずらの線が濃厚だろう。


「あ、戻った」


 停電はほんの数十秒で復旧する。

 照明は明るさを取り戻し、エアコンも送風を開始した。


「今回は早かったわね」

「前のは五十分くらい続いたもんねー」


 いつだったかの停電の際、ちょうどオーブンを使っていて悲鳴を上げたっけ。


「ソールの涙目、もう一回見たいわ」


「もうあれはやだよ。ほらぁー、なっちゃんもあっちゃんも時間は大丈夫?」


 午後から病院の予約があるなら、ゆっくり食べていると間に合わない気がする。


「はいはい。急ぐから」

「後片付けはよろしく」

「はーい」



 ペースを速めた二人は三十分も経たずに部屋を出て行った。



 *****



 食器を片付けて、身だしなみを整え、服を着替える。

 手土産のクッキーも忘れずに。


 アナスタシアとアンネリースがいなくなった部屋で、僕はいそいそと支度を開始した。そして、後を追うように外へ出る。


 最寄りのバス停でバスに乗り、向かうは複合型療育研究施設グラズヘイムだ。



 グラズヘイムは小高い丘の上に建っている。

 バスに乗って大体一時間くらいで、グラズヘイム前に到着した。

 研究棟と病院棟で成り立つ建物群はどれもくすみがない真新しいものだ。

 背高のっぽの棟が日光を受け、光り輝いている。


 僕が会いたい人は病院棟の院内学級に勤務する人物である。

 一応連絡はしておいたが、果たして捕まるだろうか。


 坂を上り、正面入り口の自動ドアをくぐると、ロビーは親子で混みあっていた。

 未だどこの病院もこの状態に違いない。

 病院の内装は暖色で統一されており、受付前では可愛いクマのぬいぐるみがお座り中だった。


 子供が恐怖感を持たないように。なんて配慮がうかがえる。

 カウンターでお出迎えしてくれたウサギやネコはリボンでおめかししていた。

 院内全体がおもちゃ箱みたいだ。


 そんな空間で、成人男性の僕はかなり場違いな存在だったのである。

 邪魔にならないよう、通路の端で案内表示に目を通してから、病棟へと進む。



 エレベーターに乗り、目的の階へ着くと元気な子供たちの声が聞こえてきた。

 恐らく近くにプレイルームがあり、そこから聞こえているのだ。

 ここもまだぴかぴかで汚れは見当たらない。廊下には水玉の模様が描かれ、通り過ぎた空の教室は、小さな椅子と机が並ぶドールハウスのような場所だった。


 初めての場所を観察しつつ廊下を歩き、僕は院内学級教職員の事務室を見つける。

 ドアに貼られたキャラクターの横に「ノックしてからあけてね」と吹き出しがついていた。


「失礼しまーす」


 キャラクターに従って、ノックしてドアを開く。

 するとすぐ右手側に女性職員と歓談中のそいつがいた。


 僕と瓜二つの二十四歳男性が。


「マー君、久しぶり」

「うわっ。本当に来た」

「ひっどいなぁ。お土産にクッキーまで焼いてきたのに」


 鎖骨辺りまでの赤茶の髪をリボンで結び、肩に垂らした男。

 違いは髪形と服装ぐらいだ。


「じ、自分で?」

「自分で。疑われるのは心外だよ」

「いや、だってソー君」

「マーニ先生とおんなじ顔……」


 ここで、室内がやけに静かなことに気がついた。

 幾つかの島を作るデスクと、天井まである収納庫。

 ブラインドの下げられた大きな窓。左奥にはミーティング用テーブルがあり、数匹のぬいぐるみが無造作に置かれている。


 そんな快適そうな空間で、四、五人の職員さんたちがじっとこちらを見ていた。

 先ほどまで、マー君ことマーニ・ユリハルシラとお話ししていた女性も、僕らの顔を見比べてきょとんとしている。


「あー……ええと。マーニがいつもお世話になってます。僕、双子の弟のソールと申します。いきなりすみません」


 一心に注目を集めての自己紹介は、かなり勇気が必要だった。


「一卵性、双生児、です……よね?」


 きょとんとしたままの女性から質問が飛ぶ。


「あはは、わかります?」

「そりゃ僕たちそっくりだからね」


 まあ、誰から見ても血がつながっているって一目でわかる顔ですよね。


「ごめん、ソー君。事務室を左側にぐるっと回ったところに職員用の休憩スペースがあるんだ。そこで待っててくれるかい?」

「あれ、忙しい時に来ちゃった?」

「忙しくない時なんかないよ。こっちは毎日てんてこ舞いだよ!」

「だよねー。じゃ、待ってまーす。クッキーお願い」


 僕はクッキーの入った手提げを渡して部屋を出た。



「まさか来るとは思ってなかった」

「あんまり言われると傷つくよ、マー君」

「三年分のびっくりが徒党を組んで押し寄せたレベルでびっくりだよ」

「大げさだなぁ」


 イス四つに楕円のテーブル一つ。

 隅っこにはコーヒーメーカーと電子ケトルが置かれている。

 小ぢんまりとした休憩室で、久しぶりの兄弟水入らずの時間が訪れた。


「キース先輩と結託して仕事を増やしやがって。ソー君のこと、しばらく許さないから」


 マー君には、僕がグルナード事件に関わっていると伝えてある。


「こっちに矛先向けないでよー。それにグラズヘイムがなかったら今頃大惨事だったんだしさぁ」


 文句を垂れると、マー君が口を尖らせた。


「だったら事前に知らせておくれよ。不意打ちは対応が面倒なんだから」

「それ母さんにも言われた」

「謝った?」

「謝るしかなかったよね……」

「反省しなよ?」

「してますー」


 ぶうたれながら淹れてもらったコーヒーを飲む。


「姉さんの管轄も、アキ先生のとこも、もちろんココも。例外なく、人手不足だわ、患者は減らないわ、お偉いさんから無理言われるわで半分死んでるからね」

「お疲れさまです。院内学級もすごいことになってるの?」

「笑っちゃうくらい凄まじいよ? 法力素の値が高くて学校いけない子も多いし、療育の子なんか桁単位での増加。僕はそっちも教えてるから事務仕事が終わらなくて残業に次ぐ残業で、てんやわんや」


 盛大なため息が惨状を物語っていた。

 先天性法力素制御不全症候群の子供には、治療と同時に法力の使い方を学ぶ、療育が施される。マー君はそっちにも携わっているから、出ずっぱりなのだろう。


「非常事態、って銘打ってもマー君たちが潰れるわけにはいかないからなぁ」

「僕らが潰れたら子供たちが路頭に迷う、って考えると益々辛くなるよ……」

 

 イスの上で身体を反らし、マー君は「あぁー!」と唸る。

 かける言葉が見つからず、僕は苦笑いするしかなかった。

 顔を手で覆うマー君はバングルをしていない。

 グルナード製品は使用していなかったようだ。

 身内が被害に遭っていなくて幸いだった。


「アキ先生にそれとなく連絡入れときなよ。気にかけられてるよ、ソー君。姉さんにもね」

「うーん、やっぱり?」

「そりゃそうでしょ」

「気が進まないけど、わかりましたー」


 アキ先生かぁ……。ちょっと躊躇うなぁ……。

 彼女とはちゃんと話せないまま半年が経ってしまった。

 僕らを甥っ子として可愛がってくれた大切な人なのに。

 いや、だからこそ愛想を振りまくだけの会話をしたくないのだ。

 しっかり対話がしたい。したいのだけれど、連絡すら拒絶してしまっている。

 勇気を振り絞るしかないか。もう少ししたら頑張ろう。


「僕側の近況はここまで。ソー君は? 体調はどう? ごはんちゃんと食べてる?」

「ぼちぼちだよ。体重も戻ってきたし。……料理も思い出してきたし」


 おもちゃの件は内緒だ。絶対マー君に悟られたくない。


「へぇ。落ち着いたら食べに行っても平気?」

「もちろん。待ってるよ」

「僕、肉が食べたい。めちゃくちゃこってりした感じの」

「あはは。お望み通りもたれるほどのこってりを作ってあげますよ。お腹壊すくらいの」

「お腹壊すって、もうそれ毒じゃん。何を食べさせるつもりなの?」

「しかも滅茶苦茶辛いやつ」

「辛いのはやめてって! 僕が苦手なの知ってて言ってるだろ!?」



 僕たち兄弟はつかの間、語り合い、笑い合った。

 避けていた人物との対話は、想像よりずっと気楽で心が落ち着くものだった。

 こんな僕に普通に接してくれるマー君の優しさが身に染みた。

 僕には大切な人が、心配してくれる人が、こんなにいる。

 六年もの間、心を閉ざしていたのがバカみたいだ。


 帰り道。僕はほんの少し感傷に浸りながら、茜色を見上げていた。



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