24歳ニートですが、わけあり美少女達のおもちゃにされています
景崎 周
◆アンネリース編
第1話:死にたがりと辛辣美少女
そうだ、死んでしまおう。
思い立ったが吉日。僕はさっそくビルの屋上へと向かった。
二百八十六階建ての超高層ビル。その屋上が僕の飛び降り自殺現場だ。
眼下に広がる都市の夜景は思っていた以上に毒々しく、軽い眩暈を覚えた。
眠りを知らない
無機質で冷淡な柵を乗り越え、死へ繋がる足元を見下ろす。
蠢く彼らへと僕が降り注いだら、大層騒ぎになることだろう。鬱陶しい羽虫のような人々の表情を想像して、口角が上がる。
今なら誰にも止められない。やるなら今しかない。
もう、死ぬしかないんだ。
一年後はおろか、明日にすら希望はない。
将来の展望も、思い描いていた理想も、全て泥水で汚され元の色を思い出せない。
もう疲れた。
もう終わらせたい。
他人からしたら大した苦労ではなかったかもしれないが、二十四歳の若造の精神を砕くには充分だった。
指をさして嗤われようが、罵声を浴びせられようが、ここから飛び降りてしまえば関係ない。
死んでしまえば、考えなくて済むのだから。
僕は無になりたい。存在を消失させたい。
死んだら悲しむ人がいる、人様に迷惑がかかる、なんて野暮な話はどうだっていい。
「僕はずっとこうしたかったんだ」
さようなら。どうか皆さんお達者で。
ベッドへ倒れこむように、僕の身体は夜の街へと吸い込まれていった。
落下。堕落。失楽。
死ぬまであと、数秒。しかしそれが長かった。
せめて、最期に見えた景色くらいはあの世に連れていきたい。そう思って、うっすらと目を開ける。
「あーもーなっちゃん! 手ぇ離さないでって!」
「ちょっとくらい平気よ。こっちの方がスリルあるでしょう?」
「もぉー、なっちゃんに見失われたら私死んじゃうんだからね!?」
「大丈夫大丈夫。あっちゃんを見失うなんて絶対にありえないから。今は楽しみましょうよ、空中散歩!」
目に飛び込んできたのは、青い水玉模様とレースの施された緑の……パンツ?
二メートル程先で、声の主であろう二人分の背中が楽しそうに騒いでいた。
「……え?」
ここは空中で、もうほんの少しで地面へ直撃する、はずなのに。
「なんで?」
ぼそりと呟くと、緑色の少女がぎょっとして振り返った。
「ぎゃああぁぁぁ!!」
「ひっ、変態!」
幻覚でも見ているのだろうか。
十代半ばとみられる少女二人は、学生服と思しきスカートを押さえて慌てふためく。
「えっ!? なにこの人?」
「知らないよ!」
「あっちゃんの知り合い?」
「違う!!」
「え? えっ!?」
「い、いいからなっちゃん飛んで!」
死を目前にして、僕のシャツが乱暴に掴まれる。
地表の人々と目が合うところまで落ちて、視界が暗転した。
*****
「で? どうして死のうとしてたワケ? 洗いざらい吐いてもらおうじゃない」
夜十時過ぎ。聖都二区の二十四時間営業レストラン。
あと数秒でおさらばの予定だった僕は少女たちに引き摺られ、何故かそこにいた。
「コーヒーでよかった?」
なっちゃんこと、アナスタシアが三人分の飲み物を持ってテーブルへ戻ってくる。
「うん。ありがとう」
自己紹介だけは移動中に済ました。アナスタシアをなっちゃんと呼ぶそのセンスには脱帽ものだ。あっちゃんの方も大概だったけれど。
「はい。こっちはあっちゃんの分」
「ありがとー!」
コーヒーカップの向かいには、炭酸のはじけるグラスが二つ。
不思議な気分だった。
また気が触れたのかもしれない。
「ソール、だったっけ? あんたの名前」
くすんだ金髪をショートカットにした少女アンネリース。通称あっちゃんが僕に尋ねた。長い睫毛に囲まれた青い瞳は、こちらを不機嫌そうに睨みつける。童話のお姫様のような愛くるしい容姿だが、表情が怖いのだ。
「そうだよ」
「珍しい響きね」
「あーうん。潰えた神話から来てるらしいから」
神王が君臨する以前。
語り継がれていた神話の登場人物の名が、僕に与えられた。
「え? あんたもしかしてボンボン?」
「いやぁ?」
「お金持ちがどうして自殺するのよ」
言葉を濁しつつ苦笑すると、灰色がかった茶のロングヘアをかき上げてアナスタシアが一蹴する。
まあ、確かにお金持ちではないし、ボンボンでもない。反論する気も起きず、再び苦笑するしかなかった。
どうやら彼女たちの中には、潰えた神話を知る人間はお金持ちだ、という図式が出来上がっているらしい。過去に滅んだ文明や文化を好き好んで学ぼうとするのは、僕からしても酔狂に映る。それに、現代を生きる普通の女の子にはあまり興味が湧かないのかもしれない。
「笑ってないでさっさと吐いてくれる? ビルから飛び降りた理由」
「言わなきゃダメ?」
「言わないのなら、ここで悲鳴を上げて店員に助けを求めるから。あんたは十四歳の女子に乱暴しようとした変態として、近くの教会に突き出されて牢獄行き」
「は、話すから、それだけは勘弁してください」
「よろしい。なら、どうぞ」
アンネリースの巧みな脅しに、屈するしかなかった。左隣のアナスタシアは優雅にストローを咥えている。
「うーん……なんだろう。自分の将来に希望が持てなくなったというか、朝が来るのが怖いというか。こう、ありとあらゆるものに嫌気がさしたというか。……死ねば楽になるかな、って」
「逃げたいものがあるってこと? 仕事がキツイとか?」
「仕事は……ええと、半年前から休職してるんだけどね……」
「うそ、あなた無職?」
アナスタシアが驚いて身を乗り出す。
「休・職・中、ですぅー」
「似たようなものじゃない」
ばっさり切り捨てられてしまった。辛辣な女の子だ。
「復職の目途が立たないとか、再就職先が見つからないとかで絶望、みたいな典型的なやつ? あんたどん臭そうだし、アタリでしょ」
「大体当たってるんだけど、次の就職先については探してすらいないんだよね……うん」
復職は、したくない。
「えっと……本気で言ってる?」
「もちろん」
アンネリースは明らかに動揺していた。
「だったら昼間は何して過ごしてるの?」
「ええと、その、ずっと部屋に……」
うわぁ、言いたくなかった。
「面接行く勇気はないくせに死ぬ勇気はあるんだ……。ヒキコモリ怖い……」
「僕も今そう思った……」
ありありと幻滅した表情を浮かべられ、こちらもうなだれる。
二人とも辛辣だけど的を得ているので反論のしようがない。
「まったく。大人のくせに職も無いし、未来にも希望が持てないから迷惑をかける前に死のう、みたいな?」
「おっしゃる通りでございます」
今の心境を纏めるとまさにアンネリースの言葉通りだった。
「死んじゃいたいくらい自分の命なんてどうでもいいのよね、無職のソール君?」
「まあね」
「死ぬ前に十四歳の女の子のパンツが見られてラッキーとか思ってたのよね?」
「べ、別にラッキーとは思ってないよ?」
「黙れ変態無職」
「ごめんって」
十四歳といえば一番多感な年齢だ。しばらく許してもらえない気がする。
考えて、大きなため息が出た。
「ねぇ、変態で無職のソール君。あんたに謝罪の気持ちがあるのなら、私たちと一つ、契約しない?」
「契約?」
アンネリースがにぃっと唇を吊り上げる。
「――私たちのおもちゃになるの」
「へ?」
おもちゃ。
予想外の単語に間抜けな声が出た。
「どうせいらない命なら、私たちにちょうだい」
慰みものにでもされるのか、と震えかけて自分がわりと長身の男であることを思い出す。
「具体的には?」
「ふふふ、どうしようか、なっちゃん」
すまし顔で静観していたアナスタシアに話が振られる。
「そうねえ、半年前まで働いていたのなら、それなりの貯蓄はあるのかしら。半年も引き籠れるくらいには」
「まあ、無一文や極貧ではない、かな」
「じゃあまずは使い走り。私たちの欲しいものを買い続けるところからね」
「高額なものはさすがに……」
それなりのブランド服くらいならまだいけるが、装飾品などの高級品は難しい。
「生活必需品が主よ。私たち、お金持ちが好きなものにさほど関心ないもの。あ、お菓子やちょっとしたアクセサリーはお願いするわ」
「……了解です」
アナスタシアの紫の瞳が、ぎらっと光る。顔つきはまだ幼さが残っているのに、目元だけが鋭く、野生の獣を連想させた。
「あっちゃんは? 他にこの人にしてほしいこと、ある?」
今度はアンネリースの番だ。
「んー。買い出しの荷物持ち、と思ったんだけど、なっちゃんの
アンネリースは顎に手を添えて考え込む。
あまりに長い間うんうん唸り続けるので僕も身構えた。
「……ソール君、一人暮らし?」
「あー、うん。マンションで一人暮らしだよ」
「自炊派? 外食派?」
「さ、最近はコンビニとファストフード派でした……」
「えぇー、もしかして料理しない人なの?」
じわりじわりと自分の駄目な部分が炙り出されていく。
しかしこれには反論できた。
「昔はしてたよ。多分、今もやろうと思えば出来るんじゃないかな」
「味の保証はあるの?」
「それなりに褒められた経験はあるし、人を満足させられるレベルのものは作れるかと、思います」
自信はない。もう何年も鍋をふるっていないし、包丁も握っていない。
「三食おやつ付き。夜食もね。いける?」
「善処します」
「善処じゃなくて、やるの」
「はいぃ……」
まるでメイドか執事だ。
二人はどこかのお嬢様で、僕は彼女らに従い尽くし続ける。
刺激的でショック死しそうな気がした。
なにせ、十も年上の男にこの態度である。こき使われるに違いない。
「よし、とりあえず決定ね。あとはこまごまとした雑用も頼むから連絡先教えて」
アンネリースがスカートのポケットから携帯端末を取り出した。渋々ではあるものの、僕も連絡先を教える。
マンションから電車に乗ってビルまで来たため、携帯端末はズボンのポケットに入っていた。落下中に失くさなくて良かった。
死ねなかったので、一度マンションに戻らなければならない。
改札をくぐるには携帯端末が必須だ。
二人との連絡先交換を終え、ようやくコーヒーを口にする。
もうすっかりぬるくなっていた。
「あぁ!!」
携帯端末を見ていたアナスタシアが急に立ち上がって大声をあげる。
驚いた僕はコーヒーを吹き出しそうになった。
「どうしようあっちゃん! あと十分で番組始まっちゃう!」
「うそ、もうそんな時間? パフェ頼みたかったんだけど……仕方ないか。ほらソール君、出るよ」
ひらひらと手招きするアンネリースに返事をすると「支払いはよろしく」と、想定内の言葉が投げられる。
三人で忙しなく席を立ち、レジで支払いを済ませて外へ。
熱帯夜の淀んだ外気に、息が詰まった。
まるで首を真綿で絞められているかのような季節に辟易する。
でも、夏なら奇麗に星が見えるだろうか。見えたらいいなぁ。
空を見上げようとした時、アナスタシアが僕のシャツを掴んだ。
「よぉし、飛ぶわよ!」
そして、世界が暗転する。
――刹那、懐かしい赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がした。
*****
視界から黒い霧が晴れると、僕たちはレストラン前から別の場所へと移動していた。
「よーし到着! ここ、私たちの部屋だから。通えるように覚えておいてよ」
「はーい」
繁華街の喧騒は嘘のように掻き消えている。恐らく瞬間移動の法力だ。
ここまで遠距離移動できるとは。便利で羨ましい。
「あれ、ここって……」
僕ら三人が立っているのは、あるマンションのあるドアの前。
何の変哲もない、ありきたりなドアの先が、どうやら彼女たちの住処らしい。
私たちの部屋というのだから一緒に暮らしているのだろう。
辺りにはアパートやマンションが立ち並んでいる。聖都二区郊外のベッドタウンが現在位置だと思われた。
でも、ここは……。
「どうかしたの?」
アナスタシアがそわそわしながら首を傾げる。
「いや。もしかして二人、八〇七号室?」
「ええ、ご覧のとおり」
ナンバープレートを指さして確認すると、やはり間違いなかった。
こんな偶然があるだなんて、びっくりだ。
「僕が住んでるの、隣の八〇八号室なんだけど……もしかして、お隣さん?」
「……え? となり? あなたが?」
「えぇぇー!?」
深夜に近い時刻。ぴったり揃った雄叫びに僕はまた苦笑する。こんなに近くにいただなんて、夢にも思わなかった。
でも隣なら、通うのは楽そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます