第44話 『結成』

 基地と戦場とを隔てる門の近くにそびえ立つ文化会館の一室を、委員長が押さえて準備してくれた。建物の上の方に掲げられた文字盤をよく見れば、「夜勤会 文化会館」とある。全国各地にある夜勤会の集会施設なのだろう。立派なものだ。一琉たちの部屋は、薄暗く、鉄製のドアの小窓以外には窓のない、館の奥まったところにある集会室だった。長テーブルのある絨毯に、半分は障子で仕切られた畳敷き。

「ここに来たってことは、覚悟はできてるのか?」

 一琉は周囲を見回した。加賀谷、有河、委員長。棟方を抜いて、いつもの一班メンバーたち。椅子もない長テーブルの周りに、薄い座布団を敷いてみんな並んでくれている。

「もっちろーん☆ あーりぃたち一班でまっひるんを救うんだもん! 秘密結社だね!」

 有河が楽しそうに身を乗り出して無意味に挙手する。

「死者蘇生装置、派手にぶっ放そうぜ! ついでに、昼の悪事も暴いて晒し挙げ、な!」

 加賀谷は両の手の指をL字型にしてつなげて、ばばばばばと口先で効果音を付けて銃撃の真似をしている。

「遊び感覚じゃ死ぬんだぞ、本当にわかってるのか?」

 一琉がピシャリと言うと、有河は静かな口調で言った。「もちろん」

「俺はこれがデフォルトなだけだが?」

 加賀谷からも揺るがぬ声が返ってくる。本気でふざけている訳じゃないらしい。

「……先に話した通りだ。まひるは捕えられているし、のんびり構えている余裕はない。でも、本当に、いいんだな」

 加賀谷はニヤッと一瞥をくれ、有河は優しく微笑んでいる。委員長は真っ直ぐ真剣にこちらを見て頷く。

 背水の陣――だけじゃない。やってみせる。俺には仲間がいる。

「さて研究所の所在地だが……」

 視線を上げ委員長に水を向けた。

「まかせて」

 テーブルの端にいた委員長はそういうと立ち上がり、上座に座る一琉の元まで歩いてきた。場所を替われということだろう。一琉は素直にその場を明け渡した。そもそも、どうも自分がリーダー的な立ち位置にいるのは落ち着かない。

「研究所の所在地は、滝本くんの親戚の……佐伯さんの言った通り、社会環境研究所という名目で東京・九段下にたしかにあるわね。実際に現場も確認したわ。突入と逃走のためのルートは今準備中。後で話すわね」

「ああ」上出来だ。「委員長にはすでに話したが、決行は一週間後の今日」

 今この瞬間、全員の視線が一琉に集中していた。

「正午きっかりに出撃だ。太陽の下では不利だが、死獣がいては戦況が読めなくなる」

 頷く一同も思考を巡らせている。

「夜中に侵入して、シェルターを壊して、死獣に襲わせることも考えた。昼生まれに集まる死獣の性質を利用するか、と。だがそれでは被害の規模が想像できない。あくまで、狙いは研究施設に収容された少女たちの解放と、死者蘇生装置の破壊、それから、そう、昼生まれの悪行の晒し挙げ。奇襲をかけて、規模を最小限にとどめて、落とす」

 聴衆が納得したように頷く。

「一週間後のこの日に決行する……理由は?」

 加賀谷からの質問に一琉は、

「なるべく早く行動したい。最低限の準備期間として、一週間。このことが露見したら、俺たちだって上から消される可能性がある。そうならないうちにすぐにやる」

 当然の現実だ。でも何度覚悟をしても、その重さに、押しつぶされそうになる。

「それからその日は……」

 そこで一琉は、大勝負に出るつもりで言う。「日食が起きるんだ」

「日食?」

 有河がきょとんとして聞き返す。

「ああ。正午からかなり長い時間、夕方のように暗くなる。太陽が完全に隠れたらもう真っ暗だ。俺たち夜生まれへの日光の打撃もかなり弱まる。そして死獣は出ない」

「へええ……」

 一琉の説明に、有河が感心したような呆けた声を上げた。

「たとえ昼間でも、空にある月から月夜見ツクヨミ様の大御稜威おほみいずの輝きを少しでも受けられればいいと、私も思うのよ」

 と、夜勤会の伝道師が添えた。「月夜見尊ツクヨミノミコトのこたまひし正道まさみちを踏み行はせ給へ。……きっと、研究所は正道を踏み外した。月夜見様は、それを戻そうとする私たちに味方してくれるはずよ」

 有河は小首をかしげて言う。

「んー、なんか、ドラマチックかも」

「そうか」

「うん。私たちが昼に突撃して襲うのにぴったりの日だね」

 一琉は軽く肩をすくめて頷いた。日を蝕むと書いて日食だ。

「さて。というわけでここからは当日の段取りから決めていく」

「了解!」

「わかったわ」

「おっけー☆」

 加賀谷、委員長、有河は立ち上がってめいめいに声を上げる。

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