8.突然の終了

 トップグループは、芦ノ湖スカイウェイを抜けて、県道伊豆箱根峠線に入った。

「姉キと紗理奈姉ぇが、コースを外れた?」

 美香子をかわした天道は、空子のエキシージとアヴェンタドールが決められた順路ルートを外れて、国道方面に向かったのを不審に思った。

 理由はわからないが、棄権したらしい。

 その事に天道はホッと胸を撫で下ろした。これで目の前の相手に集中できる。

「とっとと決めさせてもらうぜ」

 目前には健太郎のGTがいる。天道はアウトから仕掛けた。

「慣性ドリフト?」

 健太郎は自問したが、直ぐに違うと気がついた。

「多角形コーナリングか!」

 その予想通り、コーナーの奥でカクカクと旋回ターンインしたエキシージは、いち早くノーズをコーナーの出口に向けると加速し始める。

 インを回る健太郎はわかっていてもどうする事も出来ない。

 そのままGTを抜き去った天道は、次の目標ターゲットを真一の911GT3RSに定めた。

「早いね」

 テールトゥノーズになったエキシージをルームミラー越しに見ながら、真一は笑顔を作った。

 天道の手の内は読めている。だが、だからといってどうにか出来るわけでは無い。慣性ドリフトでしてみるのが関の山だ。

「とりあえず、やってみますか」

 左の低速コーナーへ真一はアウトから四輪をロックさせて突っ込んだ。エキシージもそれに続く。

 そのまま911GT3RSは慣性ドリフトに入った。対してエキシージは多角形コーナリングを炸裂させる。カウンターで姿勢制御する真一をよそにエキシージはゼロカウンターでコーナーの出口へノーズを向けると、加速を始める。

「ほら、ね」

 予想通り、あっさり立ち上がりで抜かれて、真一は苦笑いするしか無かった。

「しかし……今日の蓮實君はいつも以上に切れてるね」

 次のコーナーも多角形コーナリングで回るエキシージを見て、真一は率直な感想を述べる。とっておきのはずの多角形コーナリングを使い続けているのが、その証拠だ。

「やっとここまで来たぜ」

 目の前の458のリアを見て、天道はため息混じりに呟いた。エンジンの異音はますます大きくなっている。ここまで全開で追いかけてきたツケが回ってきたのだ。

「最後まで持ってくれよ」

 願いながら、天道は二位争いに加わった。

「タカ……君」

 天道が直ぐ後ろまで来た事に、霞はホッとした。ここまではに孤軍奮闘していたからだ。

 一瞬、天道に道を譲ろうかという考えが頭をよぎる。

「駄目、駄……目」

 だが、直ぐに頭を振って否定した。これは自分と麗華の問題なのだ。霞自身が決着をつけないといけないと思った。

 まずそれには前を走る清海を抜かなければならない。

「次のコーナーで仕掛け……る」

 ブレーキング競争で、霞は458をアウトに持ち出した。911ターボはインを死守している。

 先に911ターボがブレーキングに入る。半車身遅れて霞もブレーキングには言った。

 458の四輪がロックして白煙が上がる。そのままの状態でコーナーへと突入する。

 霞はステアリングを思いっきり切った。

「!?」

 しかし、458は上手く旋回ターンインしてくれない。

 霞は焦った。このままではガードレールに衝突してしまう。慌ててアクセルペダルを踏み込んでリアを滑らす。それで旋回ターンインは始まったが、横滑りは収まらない。ガードレールが間近まで迫る。

「神……様」

 既に霞には祈る事しか出来なかった。それが通じたのか、458はガードレールギリギリで横滑りを止めた。その横を天道のエキシージがドリフトで駆け抜けていく。

「ふー……っ」

 霞は安堵の溜息を漏らした。やはりまだ多角形コーナリングは成功率が低い。さっき空子と対戦バトルしてた時が奇跡に近かったのだ。

 だが、霞はまだ勝負を捨てたわけでは無かった。結果的に天道が先行する形になったが、早く麗華に追いつかなければならない。

「来たな」

 直ぐ後ろの車がエキシージに変わったのをルームミラー越しに確認した清海は、口元に笑みを浮かべた。

「今度こそ、負けないでよね!」

 サイドシートに座った絵奈が煽る。

「わかっている」

 切れ長の目が真剣になった。

精密機械アォトマトか……」

 エキシージのドライバーズルームで先行する911ターボを見ながら、天道は思案した。清海は基本的に失敗ミスをしない。なので、圧力プレッシャーをかけるのは無駄だろう。ブレーキング競争で前に出るのも難しい。だとすれば、やはり多角形コーナリングを仕掛けるしか無い。もう直ぐ県道も終わり、伊豆スカイウェイに入る。そうすれば、やりずらくなる。天道でも高速コーナーで多角形コーナリングをやるのは、危険リスクが伴うのだ。

「ここは手っ取り早く決めさせてもらう」

 なので、天道は次のコーナーで勝負する事にした。

 迫るコーナー。

 911ターボがインを押さえながら、ブレーキングに入る。それを狙って天道はエキシージをアウトに持ち出した。

 半車身遅れてブレーキングに入る。

 エキシージの四輪がロックして、白煙が上がる。

失敗ミスった!?」

 それを見た清海は目を疑った。しかし、それは幻でも目の錯覚でも無かった。そのままエキシージはコーナーへと突入する。

 あわやガードレールに激突するかと思った瞬間、エキシージ旋回ターンインと直進を細かく繰り返しながらコーナーを曲がり始めた。

「多角形コーナリング!?」

 清海は息をのんだ。噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

 まだコーナリング中の911ターボを尻目に、エキシージは早々にノーズをコーナーの出口に向ける。そして、全開で加速し始めた。そのまま911ターボよりも先にコーナーを立ち上がる。

「姉さん!!」

 サイドシートで絵奈が激怒した。

「スマン」

 清海は謝る事しか出来なかった。そして、独り言のように呟いた。

「やはり速い……」

 一方、911ターボを抜いた天道は、ラ・フェラーリのテールを捉えた。

「やっと、ここまで来たぜ」

 それをルームミラーで見た麗華は、笑みを浮かべた。

「もう追いついて来ちゃったんだ」

 ラ・フェラーリを先頭に、トップグループは伊豆スカイウェイに入った。

 高速コーナーをラ・フェラーリは、グリップ走行で駆け抜ける。それに対してエキシージは高速ドリフトでクリアしていく。

 二台の差がドンドン詰まり、テールトゥノーズになる。

「ここで!」

 滝知山園地のヘアピンで天道はアウトから仕掛けた。多角形コーナリングで、コーナーを回る。

 しかし、麗華は冷静だった。予め晶から多角形コーナリングの事は聞いていたからだ。動ぜず、自分の走りを守りコーナーを立ち上がる。

 そこでエキシージが並んできた。だが、馬力差でラ・フェラーリが前に出る。

「これでも駄目なのか……」

 天道は思案した。コースを思い出す。そして、追い抜きオーバーテイク出来そうな場所を探す。

「そこで、やるか」

 場所は直ぐに見つかった。だが、抜けるかどうかは相手次第だ。

 そのまま、ラ・フェラーリとエキシージは玄岳インターチェンジICを過ぎる。

 狙い目はその先の右に曲がる中速コーナーだ。

 そこを麗華はインを押さえながら、グリップ走行で回る。すると、エキシージがアウトからドリフトで並んできた。

「この先は、確か……」

 麗華はアクセルをあまり開けない。直ぐ先に左の低速ヘアピンがあるのを知っていたからだ。

 だが、天道は減速せずに滑りっぱなしで回り、ラ・フェラーリと並ぶ。

「えっ?」

 その時になって麗華は、エキシージのドリフトアングルが深い事に気がついた。

 ラ・フェラーリを完全に抜いたのを確認した天道はステアリングを思いっきり左に切った。振り子の原理でエキシージのリアが左から右へと急速に流れる。

 フェイントモーション、だ。

 そのまま次のコーナーへアプローチしようとした時、

”ボスッ!”

 後方のエンジンルームから凄い音がして、回転計タコメーターが急激に下がりアクセルの反応が無くなった。

 エンジンがブローしたのだ。

「チィィッ!」

 それを察した天道は、クラッチを切るとカウンターを当てた。リアが慣性のままに流れエキシージはコースを塞ぐように横向きになりながら速度を落とす。

「!?」

 たまらないのは、後ろを走っていた麗華だった。とっさにブレーキペダルを叩き踏むが間に合わない。

”グシャッ!!

 鈍い音と共にラ・フェラーリはエキシージのに追突した。

 になった二台は、勢いでズルズルと前に進みコーナーの入り口で止まった。

 それを見て、911ターボと458も急停車する。

「タカ……君!」

 慌てて458を降りた霞は、エキシージへと駆け寄る。すると、エキシージの右ドアが開いて天道が降りてきた。

「タカ……君!!」

 霞は天道に飛び込むように抱きついた。

「怪我は無い……の!?」

「大丈夫だ」

 心配する霞に、天道は意識して笑顔を作った。

 911ターボからは清海が降りてラ・フェラーリの元へ向かう。

「大丈夫か、麗華!?」

 ラ・フェラーリのドライバーズルームを覗くと、シートベルトを外した麗華が、エアバックから抜け出そうとしているところだった。

 そうしてる間にも、後続車が続々やってきた。

「事故かい?」

 R8RWSを降りた美香子は、遠くを眺めながら言った。

「って、蓮實君!?」

 同じくA110Rを降りたあかりは、それが天道の愛車だと気付いて蒼ざめた。全速力でエキシージへと駆け寄る。

「蓮實君!!」

 あかりの声に、天道は霞から離れるとそっちの方を向いた。

「大丈夫!?」

「おうっ!」

 今にも泣きそうな顔をしているあかりに、やはり意識的に元気な声で応えた。

「アンタも大丈夫か?」

 それからようやくラ・フェラーリを降りた麗華に声をかける。

「お陰様で」

 ぞんざいに応えた麗華はポケットから携帯電話iPhoneを取り出すと、電話し始めた。

「晶? アクシデントが発生したの……そう……そう……じゃあ、待ってるから」

 その電話から、ものの数分でランチア・ラリーがゴール方向から飛んでくる。先回りしてゴールで控えていたのだ。

 既にエントリーした車は途中棄権リタイヤしたものを除いて、全車集まっていた。

 ラリーを降りた晶は拡声器で集まった者達に呼びかけた。

「アクシデントが発生しましたので、最速屋ケレリタスグランプリGPはここで打ち切りにさせて頂きます」

 晶の宣言に特に異論は出なかった。エキシージとラ・フェラーリの追突を見て、みな仕方ないと思ったのだろう。

「順位は、アクシデントが発生した直前のモノを有効とさせて頂きます」

 言ってから、晶は小脇に抱えたタブレットipadを取り出し、データーを確認した。

「優勝は……コーナーの魔法使いウィザード!」

 一斉に拍手が起こった。

「フーッ……」

 それに天道はガッツポーズをするでもなく、サムズアップするまでもなく、ただホッと胸を撫で下ろした。何しろ打ち切りの原因を作ってしまったのだ。失格と言われても文句は言えない。

「二位、貴婦人プリンチペッサ、三位、精密機械アォトマト、四位、蒼ざめた馬ペイルホース、五位、調停者バランサー、六位、警備員ガーディアン、七位、異端児ドゥーエ、七位、白く輝く者アルフ、八位……」

 晶の順位読み上げが続く中、天道は麗華に歩み寄った。

「これで文句はねぇな?」

「ええっ……」

 肩をすくめて、麗華は頷いた。

諦めてあげる」

 それを聞いた天道は、ツッコミを入れる。

「再戦する気、満々じゃねぇか」

「まぁ、ね」

 麗華は口元に笑みを浮かべると、大破したエキシージを見ながら言い放った。

「それまでに、ちゃんと直しておきなさい」

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