6.再戦

 天道と沙織のペアは連携コンビネーションを組んで次々に先行車をパスしていった。

 沙織がアタックを掛けて、天道がそれに続く。

 二人の連携コンビネーションは素晴らしく、今日が初めてとは思えないぐらい息があっていた。

 霞が見ていたら嫉妬するぐらいに。

 東京で過ごした数日間が、二人の絆を深めたのだ。

「ん……?」

 快進撃を続けるセナとエキシージだったが、その途中で天道はおかしな事に気付いた。抜いた車がどれも傷を負っていたからだ。

「……まさか?」

 嫌な予感がした。

「!?」

 すると今度は、フェラーリ・488GTBがガードレールに刺さっているのが見えた。

 天道の鼓動が速くなった。予感が現実味を帯びてくる。

 そのままコーナーをクリアする。前方に新たな目標ターゲットのテールランプが見えてくる。

「!!」

 セナ越しにそれを見た天道の心臓がトクッと跳ねた。

 縦長の細いテールランプ。リアスポイラーがついていないテールエンド。三叉槍トライデントをイメージしたリアウインドウのルーパー。

 それは紛れもなくマセラティ・MC20のものだった。

海王ネプチューン!」

 天道の目がキッとつり上がった。

「出てたのか……」

 最初の狂牛ボヴィーノもそうだが、今回は最速屋ケレリタスの中でもトップクラスが招待されたという話だったはずだ。なのに、明らかに腕が劣る海王ネプチューンまでも出場エントリーしている事に天道は作為的なものを感じた。

 そうしている間にも、沙織がMC20に迫った。

 後ろを警戒せずにアウトからコーナーへとアプローチするMC20に、沙織はインから仕掛けた。

「駄目だ!」

 天道は思わず叫んだ。

「!?」

 そして、沙織は驚いた。インを突いたにも関わらず、MC20はインへと旋回ターンインしてきたからだ。慌てて、引こうとしていたアクセルリングから指を離し、ブレーキリングを手間に思いっきり叩く。四輪が白煙を上げロックして、一瞬、制御コントロールが失われる。

「クッ!」

 あわや接触というところでグリップが回復し、セナはなんとか減速した。そのノーズを掠めるようにMC20がコーナーを走って行く。

「なんてことを!」

 沙織は憤慨した。普通ならあそこまでノーズが入っていれば、引くのが礼儀マナーだ。しかし、MC20はそれを無視して、接触上等でインへ切り込んできたのだ。

「許しませんよ!」

 滅多に怒らない沙織が、怒りを露わにして眉をつり上げた。

「そう簡単には前に行かせないぜ」

 MC20のドライバーズシートで敦はあくどい笑みを浮かべた。ここまで既に何台も葬ってきている。

「次はてめぇの番だ」

 ルームミラーに映るセナを見ながら、敦は宣言した。

「これなら!」

 次のコーナーで沙織は、MC20より先にセナをアウトに持ち出した。そのままブレーキング競争になる。

「だから、駄目なんだ!」

 天道は悲鳴に近い声を上げた。しかし、エキシージのドライバーズルームからでは、その声は届かない。

 いち早くブレーキに入ったMC20を尻目にセナが前に出る。そこでブレーキリングを押し、沙織も減速に入る。そのままドリフト状態に持ち込み、アウトから被せるようにインを狙う。

 その瞬間、

”ドスッ!”

 鈍い音がして、セナがアウトに吹っ飛ぶ。

「!?」

 沙織は一瞬、何が起こったのかわからなかった。それでも反射的に体制を立って直そうとする。

”ガリガリガリッ!”

 だが、ガードレールにフロントをヒットさせたセナは、そのまま反動でインへと吹っ飛ぶ。

「弾き飛ばされた!?」

 そこでようやく状況を理解した沙織は、ステアリングを操作して姿勢を制御コントロールしようとする。その横をエキシージがドリフトで駆け抜けていく。

「またやりやがったな!」

 天道の怒りは頂点に達していた。

「来たな」

 ルームミラーでエキシージが前に出た事を確認した敦は、イキった。

「この前の借りは返させてもらうぜ!」

 そのまま三台は、永峰峠を抜けて箱根スカイウェイに入った。

「ゲス野郎がっ!」

 怒りに燃える天道だったが、心は自分でも驚くぐらい冷静だった。それは前に敦と対戦バトルした時と同じだ。

 精度の増した走りは直ぐにMC20を捉えて、テールトゥノーズに持っていく。

「ここで決めさせてもらうぜ!」

 最初の中速ヘアピンで、天道は勝負に出た。エキシージをアウトに持ち出すと、ブレーキング競争を仕掛ける。

 MC20が先にブレーキングして、エキシージが前に出る。そのタイミングで天道はブレーキペダルと叩き踏んだ。

 四輪をロックさせたエキシージは、そのままガードレールに突進していく。

「させるかよ!」

 それを察知した敦は、コーナリングラインをアウト側に取った。ノーズをエキシージに向けて突っ込む。

 だが、それよりも早くエキシージは旋回ターンインと直進をカクカクと繰り返しながら、ノーズをコーナーの出口へと向ける。

 多角形コーナリング、だ。

 エキシージは、MC20のノーズを掠めてコーナーを直進していく。

「そこです!」

 その隙を沙織は見逃さなかった。空いたインへとセナを滑り込ませる。

「てめぇまで行かせるかよ!」

 慌てた敦は、今度はラインをインへと向けた。

 セナとMC20のラインが交差する。

「これでも喰らいなさい!」

 それを狙って、沙織は自らセナをMC20につけた。

 MC20がアウトに、セナがインへとはじけ飛ぶ。

「なに!?」

 敦は焦った。自分からつける事はあっても、つけられる事は想定してなかったからだ。必死になって車体を制御コントロ-ルしようとする。

 しかし、半スピン状態になったMC20は、そのままアウト側のガードレールを突き破るとコースアウトする。

 一方、セナもイン側の縁石を乗り越えてコースアウトした。

「糞っ!」

 エアバックまみれになった敦は、悪態をつきながら拳をステアリングに叩きつけた。

「フーッ」

 沙織は短く息を吐いた。六点式シートベルトで固定されていたので身体はダメージを受ける事はなかった。

「今回は、ここまでのようですね」

 そして、おもむろにポケットから携帯電話スマホを取り出すと迎えを呼んだ。

「やっちまったか」

 サイドミラー越しにその状況を確認した天道は、沙織の身を案じた。

銀の彗星シルバー・ザ・コメットは無事なのか……?」


 トップグループは芦ノ湖スカイウェイに入っていた。

 あかりと美香子を抜いた霞は、三位争いに加わっていた。前にいるのは健太郎のフォード・GTと真一のポルシェ・911GT3RSだ。その先には清海のポルシェ・911ターボS、そして、麗華のフェラーリ・ラ・フェラーリがいる。

「あと、三……台」

 それで麗華と勝負できる。早まる心を抑えながら霞は目の前の相手、GTに集中した。

「蒼いフェラーリ……蒼ざめた馬ペイルホースか」

 GTのドライバーズルームで、ルームミラーを見ながら健太郎は呟いた。一時期、首都高最速と言われた最速屋ケレリタスだ。

「一度、対戦バトルしてみたいと思ってたんだ」

 結局、は一度も出会えずにいた。こうして対戦バトル出来る事に健太郎は心を躍らせた。

 テールトゥノーズでGTと458は低速コーナー区間を駆け抜ける。首都高ではグリップ走行だった健太郎もここでは豪快なドリフトを決めている。

 車の性能的にはほぼ変わらない。なので、純粋にが試される展開だ。

 霞は35R、70R、40R、60Rで、積極的にブレーキング競争を仕掛けた。

「むっ……」

 しかし、健太郎は冷静に対処する。この堅実な走りこそ健太郎のなのだ。

「固……い」

 霞にとっては手強い相手だった。失敗ミスを期待できない以上、自ら仕掛けるしか無い。

「次……で」

 なので、霞は決意した。50Rをクリアして、続く35Rで勝負に出た。

 ブレーキ競争で458をアウトに持ち出す。

 それでも健太郎は自分のブレーキングポイントを守り、GTを減速させる。

「なっ……!」

 だが、次の瞬間、言葉を失った。458が四輪から白煙を上げてロックさせ、自分を抜き去ったからだ。そのままコーナーへ突入する。

「ここ……っ!」

 アンチロックブレーキがフロントタイヤのグリップを回復させると同時にステアリングを思いっきり切る。加重の抜けたリアタイヤが滑り、リアが慣性のままに急激にアウトに流れる。それをカウンターを当てて制御コントロールしながら、霞は458をドリフト状態に持っていく。

「慣性ドリフトか」

 インを回りながら健太郎は、唸った。その横を加速を始めた458が抜き去る。

「速いな」

 健太郎は素直に感心した。さすがは首都高最速と言われただけの事はある。もっとも、霞がの速さを手に入れたのはここ半年なのだが、今の健太郎は知るよしも無かった。

「あと、二……台」

 GTを抜き去った霞は、次なる目標ターゲットを911GT3RSに定めた。

「来たね」

 GTと458の対戦バトルをルームミラー越しに見ていた真一は、笑顔を浮かべた。

「最初から全開で行……く!」

 真一とは一度対戦バトルしている。下手な駆け引きは無しだと霞は思った。

 、慣性ドリフトで抜くつもりだったが、意外にも911GT3RSはインを開けて、アウトからコーナーへアプローチしようとする。

 それを好機チャンスと見た霞はインへと突っ込んだ。

「えっ?」

 だが、ブレーキングを始めた霞は目を疑った。911GT3RSが四輪をロックさせてコーナーへ突入したからだ。

 そのままガードレールに突進するかに見えた911GT3RSだったが、直前でフロントタイヤのグリップが回復する。それを待ちかねたようにステアリングが切られて、リアが慣性に任せてアウトに流れた。

 そして、911GT3RSは、カウンターを当てながらドリフトに入る。

 慣性ドリフト、だ。

 素早くノーズをコーナーの出口に向けた911GT3RSがリアエンジンの特性を生かした強烈なトラクションで加速を始める。

 それに対して霞は、まだコーナリング中でアクセルを開けられなかった。

 結果、911GT3RSの方が先にコーナーを立ち上がる。

「嘘……っ!」

 霞は驚きを隠しきれなかった。

「それが出来るのは君だけじゃ無いんだよ」

 911GT3RSのドライバーズシートで、真一はほくそ笑んだ。

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