5.正妻争い

 天道は、沙織にスリップストリームで引っ張ってもらいながら、早乙女峠の坂道を登っていった。

 首都高速ではグリップ走行主体だった沙織も、ここではドリフト走行でコーナーを駆け抜けていた。

「ホーッ」

 それも天道が感心するぐらい高いレベルで、だ。沙織の速さは首都高で既に充分味わっていたが、ここまでとは思わなかった。これなら高速コーナーでも高速ドリフトを決められるだろう。

 そのまま永峰峠の入り口まで来る。

「いましたわ……」

 そこで最後尾を捉えた。

「ちゃんとついてきてくださいね」

 ルームミラーでエキシージの姿を見ながら、沙織は呟いた。

 最初の目標ターゲットは、ランボルギーニ・ガヤルドLP570-4スーパーレジェーラ。色はオレンジ。ナンバーはとちぎ。

 狂牛ボヴィーノのこと、牛島うしじま権兵衛ごんべいだ。

銀の彗星シルバー・ザ・コメット!?」

 セナの姿を確認した権兵衛は驚嘆した。

「もう追いついてきたのか!?」

 狭い峠道やまみちで、沙織はセナをアウトに持ち出した。

「クッ!」

 権兵衛はインをキープする。

 そのまま二台はブレーキング競争になった。

「チッイッ!」

 限界とばかりに権兵衛がブレーキを叩き踏む。その横を無減速でセナが抜き去る。

 そのタイミングで沙織は、ブレーキリングを叩き押した。急速にセナの速度がおちる。ロック寸前でブレーキを抜きながら、右手でレバーを押してシフトダウンする。それからステアリングを勢いよく切った。

 ドリフト状態になったセナは、そのままアウトからインへとガヤルドに被せるようにコーナーにアプローチする。

「クソッ!」

 ラインを塞がれた権兵衛は、アクセルを開けられないままコーナーへと突入した。

「なに!?」

 そこで権兵衛はルームミラーに映るもう一つの灯りに気付いた。

コーナーの魔法使いウイザード!」

 アウト・アウト・アウトでドリフトに入ったエキシージは、コーナーの途中でガヤルドと並ぶ。

 沙織にインを取られたのと、そのままインベタで回っていたため速度が乗らないガヤルドに対して、アウトを大回りした天道の方がコーナリング速度で上回ったのだ。

 そのままアウトに出てコーナーを脱出したセナに、ようにエキシージもコーナーを脱出する。

「畜生! 速ぇ!」

 二台にあっさり抜かれて、権兵衛は吠える事しか出来なかった。

「良い感じだぜ」

 今のコーナリングを体感して、天道は一人ごちった。

 フロントとドアをカーボンファイバーCFRP化されたエキシージは、その部分だけでも二十パーセントも軽量化されている。

 車重が軽くなるという事はその分、コーナーでの限界が高くなる事を意味する。

 既にではわかっていた事だったが、こうして実際に対戦バトルしてみると肌で感じる。

「これは武器なるぜ」

 天道は拓美に感謝した。

 そして二台は、そのまま次の目標ターゲットに狙いを定めた。


 一方、トップグループは、永峰峠の中盤にさしかかていた。

 トップを走るのは麗華のフェラーリ・ラ・フェラーリ。

 少し離れて、二位には清海のポルシェ・911ターボS。

 さらに少し離れて、真一のポルシェ・911GT3RSと健太郎のフォード・GTが三位争いをしていた。

 そして、また少し離れて美香子のアウディ・R8RWSとあかりのアルピーヌ・A110R、それに霞のフェラーリ・458イタリアが五位争いをしていた。

 スタート位置グリットが相手の方が先立ったため、霞は二台に先行を許していたのだ。

「速……い」

 ここまでA110Rの後ろについて走りを見ていた霞は、あかりの健闘に目を見張っていた。

 少なくとも低速コーナーでは、自分や美香子と遜色の無い走りをしていた。

 ドリフトだって、ちゃんと出来ている。

 この短期間でどうやって? と思う一方、その走りに霞は既視感デジャヴを感じていた。走りが運転をの自分とよく似ているのだ。

 となると、答えは一つだった。

「晶さんが、絡んで……る」

 それは麗華が絡んでるのと同意語だった。ならば、あかりが最速屋ケレリタス理由も説明がつく。

 そのままトップグループは永峰峠を抜けて、箱根スカイウェイに入る。

「ここな……ら」

 高速コーナーが続く箱根スカイウェイなら、美香子は基本グリップ走行なので自分に利がある。A110Rにいたっては馬力差から不利だと霞は踏んでいた。

 しかし、R8RWSは高速コーナーを高速ドリフトで駆け抜けていく。

「あたしも、いつまでも今までのあたしと思ってもらったら困るよ」

 驚く霞の顔を想像しながら、美香子は上機嫌で言った。この日のためにズッと練習していたのだ。

 そして、あかりも同じく高速コーナーを高速ドリフトでクリアしていく。

 晶との特訓の成果だ。

(怖い……)

 だが、当のあかりは恐怖と戦いながら、コーナーを回っていた。

 速度が上がれば、それだけ滑り出してから限界を超える時間も短くなる。この速度なら滑ったと思った時には、もう限界を超えているのだ。

 いつ限界を超えるかも知れないと思うと、今ひとつ、攻めきれずにいた。

「な……ら」

 それを敏感に感じ取った霞は、コーナーの入り口でアウトから強襲しようとした。

「!?」

 一瞬、あかりは焦った。だが、直ぐに晶の言葉を思い出す。

 ――対戦バトルの基本は、インを抑える事です。

「落ち着くのよ……あかり」

 自分に言い聞かせながら、あかりはインを死守しながら高速コーナーを走り抜けていく。

「ふー……ん……」

 今のはほんの牽制ジャブのつもりだったが、A110Rは動揺を見せずにコーナーをクリアした。その事に霞は素直に感心した。それでも圧力プレッシャーを掛け続ければどこかで失敗ミスをするかもしれない。

 霞はコーナーを回るごとに、A110Rを抜く素振りを見せた。

 だが、

「崩れな……い」

 A110Rは、それにも耐えて見せた。それは優等生らしいあかりの性格のなせる技だった。

 その間にも、R8RWSとの差がジリジリと広がっていく。ここでモタモタしているわけにはいかない。

 なので、霞は決意した。狙い目は神山の中速ヘアピンだ。

 コーナー手前で霞は458をアウトに持ち出した。

「しつこい……!」

 ここまで散々圧力プレッシャーをかけられてきたあかりが、詰った。イン押さえたままブレーキング競争に入る。

「なっ!?」

 そこであかりは目を疑った。458が四輪をロックさせたまま、A110Rを抜き去るとコーナーへ突入したからだ。

 一瞬、ブレーキングを失敗ミスったのかと思った。

 しかし、

 フロントタイヤのグリップが回復する瞬間を狙って、458がハンドルを切った。荷重の抜けたリアタイヤが勢いのままアウトに流れる。それをカウンターで制御しながら458はドリフト状態に入った。

 慣性ドリフト、だ。

「っう!」

 まだ旋回ターンイン中のあかりに対して、458は早々にノーズをコーナーの出口に向けると加速を始める。

 そのままなすすべも無く、あかりは458に抜かれた。

「ふ……ん!」

 会心の追い抜きオーバーテイクに霞は、心の中でガッツポーズした。

 そのまま先行するR8RWSを追いかけ始める。あかりもそれについて行くとするが、馬力差でジリジリと差が開いていく。

 A110Rが458よりも馬力パワーが低いのは事前に説明を受けていた。その分、車重は軽いので、コーナーなら勝負になるとも。

 だが、今、そのコーナーで抜かれた。あかりは心が折れそうになる。

「駄目よ、あかり……」

 天道の顔を思い出して、そんな自分に窘めた。これぐらいでは諦められない。心に鞭を打って、あかりは458を追走し始めた。

「来たね」

 458がA110Rを抜いたのをルームミラーで確認して、美香子と舌舐めずりをした。

 直ぐに458が追いつき、テールトゥノーズになる。そのまま二台は高速コーナーを高速ドリフトで駆け抜けていく。

「や……る……」

 先行するR8RWSの速さに霞は素直に感心していた。明らかに夏の時よりも速さが増している。それはコーナーをドリフトできるようになった事以外にもある。

 だが、それでも高速コーナーの攻め方は自分の方が上だと霞は思っていた。

 コーナーごとに抜く素振りを見せて、相手を揺さぶる。

 R8RWSは、それを右に左にラインを変えながらブロックしてくる。

「しつこいね」

 美香子は、458が来るあからさまな圧力プレッシャーにイライラし始めていた。

 高速コーナーで458がアウトから仕掛けてくる。

「させないよ!」

 それをルームミラーで確認した美香子は、アウトへラインをずらしてブロックする。それを見た458は、ブレーキを軽く踏んで引く。

「ったく……」

 そんな458の攻めに、美香子は徐々に冷静さを失っていった。注意力が散漫になりコーナリングに集中できなくなる。

「だから……!」

 またもやアウトから並ぼうとする458を悪態をつきながらブロックする。おかげでコーナーへのアプローチが一歩遅れた。

「!?」

 慌てた美香子はドリフトアングルをわざと深く取って、車体全体で道を塞ぐ。

「ク……ッ!?」

 その行動に今度は霞が慌てた。接触を避けるため自分もドリフトアングルを深く取る。

 結果、二台はパラレルドリフトでコーナーをクリアした。

「今のは危なかったね」

 美香子は冷や汗を拭った。

「いけない、いけない…・・集中しないと」

 美香子は自分に活を入れてステアリングを握り直した。

圧力プレッシャー、かけ過ぎたか……な」

 霞は458のドライバーズシートで自問した。ルームミラーで確認すると、今の遅れで一度開いたA110Rとの差も詰まっていた。

 このままだといずれ事故に繋がると、霞は思った。だとすれば、早めに決着をつける必要がある。

 そろそろ箱根スカイウェイも終わる。狙い目は、黒岳先のこのコースでも一番Rが小さい左のヘアピンだ。

 迫るコーナー。

「ここっ……!」

 霞はコーナー手前で458をアウトへ持ち出した。

「その手は食わないよ!」

 透かさず、美香子はアウトを押さえる。慣性ドリフトで仕掛けてくると思ったからだ。

 そのまま二台はブレーキングに入った。

「掛かっ……た!」

 すかさず、霞はブレーキを抜くと、ステアリングを左に切った。458が狙い澄ましたようにインへと軌道を変える。

「なにっ!?」

 美香子は慌ててブロックしようとした。しかし、今はブレーキング中だ。いくらアンチロックブレーキがついてるとはいえ、下手にステアリングを切ったら、四輪がロックして制御コントロールを失いかねない。

 結局、美香子はそのままコーナーへアプローチするしかなかった。

 458とR8RWS4は、並んだままドリフト状態に入った。

「チッ!」

 美香子は舌打ちをした。これではアウトを自分の方が不利だ。

 案の定、インを回った458が先にコーナーを立ち上がって、R8RWSを抜き去った。

「フ……ッ」

 思い通りの展開に、霞は頬を緩めた。それからルームミラー越しにR8RWSとA110Rを見ながら呟いた。

「タカ君は、渡さな……い」

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