3.辻斬り
その日の夜から、霞の
とは言え、
足りないとすれば、
二人で走っている時は、
無論、後ろから
なので、霞には積極的に
幸い、今は例の
しかし、
もっと余裕で勝てた相手にも思わぬ
「もっと精度を上げろ」
天道はそこを指摘した。天道のように千分の数秒単位、千分の数ミリ単位で車を
だが、霞はまだその領域までは達していない。ならば、必然的に
特訓を開始して三日目。
永峰峠から箱根スカイウェイへ入る辺りで、霞は後ろからパッシングを受けた。
「タカ……君」
霞の声に、天道はサイドミラーで車種を確認した。
「ゲッ!」
で、呻いた。
ルームミラーに映っていたのは、黒いランボルギーニ・アヴェンタドールLP700-4だったからだ。乗っているのは、
「どうする?」
天道は霞に聞いた。
「降りても良いけど」
紗理奈には未だに天道も勝てていない。霞なら瞬殺される可能性もある。
「や……る」
だが、霞は闘志満々で答えた。
「オーケー」
天道のゴーサインで、霞はハザードを短く点滅させる。それで
高速コーナーを高速ドリフトで霞は駆け抜ける。それに対して紗理奈は
「ク……ッ!」
霞は舌を巻いた。
「さすがは、タカ君の師……匠」
そのまま二台は次々にコーナーをテールトゥノーズでクリアしていく。
「……!」
後ろから
「……」
隣に乗る天道もそれに気付いていたが、敢えて口は挟まなかった。お手並み拝見といったところだ。
箱根芦ノ湖展望公園を抜け、黒岳も抜ける。この先には箱根スカイウェイで最も急なヘアピンが迫っている。
そこで紗理奈はアヴェンタドールをアウトに持ち出して、ブレーキング競争を仕掛けてきた。
「させな……い!」
インを
458はドリフト状態で、ヘアピンへと入った。
それに対して紗理奈もまた、ブレーキングドリフトでコーナーへ突入する。
458のノーズがコーナーの出口へ向く。そのタイミングで霞はアクセルをさらに開ける。
だが、
「つ……ぅ!」
その瞬間、458のリアタイヤが僅かに
その隙を見逃さず、紗理奈は四輪にトラクションを掛けて、立ち上がりで並んだ。霞にブロックする間さえ与えない。
6.5リッター、V型12気筒が唸りを上げて、458を抜き去る。
それで勝負はついた。
芦ノ湖スカイウェイに続く湖尻峠の分岐点で、紗理奈はアヴェンタドールをスローダウンさせた。それを見た霞も458をスローダウンさせた。
二台が路肩に停まる。
霞と天道が車から降りると、アヴェンタドールの左ドアが跳ね上がり紗理奈も降りた。
「タカも一緒だったのか」
天道の姿を見た紗理奈は、意外そうに言った。
「エキシージはどうしたんだ?」
その問いに天道は言葉を濁らした。
「……修理中だ」
「ほーっ」
紗理奈は目を細めた。
「
「そんなところ」
「相手は、
そして、直ぐに原因を言い当てる。この前の会話を覚えていたのだ。
「……」
天道は無言で頷いた。せっかく警告してくれてのに、この始末である。申し訳ない気持ちで一杯になった。
「そうか……空子は知ってるのか?」
しかし、紗理奈は特に気にする様子も無く続けて質問する。
「言ってない」
いくら相手が悪かったとは言え、
「このことは、姉キには……」
「内緒にしておくよ」
その気持ちを察して、紗理奈は苦笑いを浮かべた。
「ところで……」
それから紗理奈は、並んで立つ天道と霞を見た。
「お前ら二人、つき合ってるのか?」
突然の問いに、天道は言葉を詰まらせた。一瞬、誤魔化そうかという思いが頭を駆け抜ける。
「まぁ、な」
だが、きっと無駄だろうと判断して、照れながら頷いた。
「そっか」
それを聞いた紗理奈は嬉しそうに笑った。
「遂に、ウチの
ニマニマする紗理奈に天道は居心地の悪さを感じた。
「そう言えばさ」
なので、強引に話題を変える事にした。実はこれは完全に失策だったのだが、その時の天道は全く気付かなかった。
「紗理奈姉ぇのところにも来たのか?」
「例の
「ああっ」
「来たぞ」
天道の問いに紗理奈は頷いた。
「出るのか?」
さらに聞く天道に、紗理奈は肩をすくめた。
「生憎、仕事なんだ」
「そうなのか……」
天道は残念がった。もし紗理奈が出れば、間違いなく優勝候補だろう。
そんな天道に、紗理奈は何故か悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「仕事が早く終われば出られるかも知れないけど、な」
それ以降も霞の
より高精度に。より的確に。
天道の
その仕上がり具合に、天道は満足していた。
「タカ……君」
たが、霞はまだまだだと思っていた。
「なんだ?」
「アレ、教えて欲しい……の」
なので、天道にお願いした。
「アレかぁ……」
天道は躊躇した。
「麗華お
考え込んでしまった天道に、霞は自分の決意を述べた。
「わかった」
その熱意に天道は頷いた。
そして、二週間が過ぎた。
天道と霞は修理を終えたロータス・エキシージCUP260を受理しに、
「かすみちゃん、またきた!」
喜ぶ姫子が早速霞の手を引く。
「じゃあ、ちょっと行ってくる……ね」
天道に断ってから、霞は姫子と自宅の方へと向かった。
「こっちだよ」
それを見送ってから、天道は拓美の案内でガレージへと向かった。
そこには、懐かしの我が愛車――ではないのだが――が、以前と同じ姿で待っていた。
一応、右フロントを確認すると、傷はすっかり元通りになっていた。
「全然、わからないなぁ」
「そうだね」
天道がポツリと漏らすと、拓美は屈託の無い笑顔を浮かべた。
「フロントボディ、全部、
「えっ?」
一瞬、天道は言葉の意味を理解できなかった。
「それって……えええっ!」
だが、頭が追いつくと、思わず奇声を上げてしまった。
「あと、左右のドアパネルも、ね」
それを愉快そうに見ながら、拓美は付け加えた。
「でも、俺、そんな金は……」
ドライカーボンとウエットカーボンだ。
このうち、ウエットカーボンは製法も簡単で比較的安いが、製法時に
ちなみに
当然、
「大丈夫」
蒼ざめる天道に、拓美は笑顔を作った。
「
それを聞いて天道はホッと胸を撫で下ろした。しかし、疑問は残る。
「でも、どうして……?」
なので、
「君も出るんだろう?」
拓美の答えは明確だった。
「
その問いに天道は頷いた。
「少しでも戦闘力アップに繋がればと思ってね」
元々軽量なエキシージだが、フロントとドアの
「なんでそこまで……?」
「まぁ、こっちにもいろいろあるんだよ」
なお首を傾げる天道を拓美は笑顔ではぐらかした。
「あざーっす!」
なので、煙に巻かれたような気分になりながらも、天道は感謝の言葉を述べた。
「あっと、それから……」
そこで思い出したように、拓美は告げた。
「桜子さんが言ってたけど、エンジンから微かに異音がしてるらしい」
それは天道も気付いていた。少し前からカンカン、キンキンと異音が混じるようになっていたのだ。
「だいぶエンジンも劣化してるみたいだから、どこかで
エンジンの
「もし、
優勝賞金は一億円だ。それが手に入れば、姉からエキシージを買い取る事も出来るし、エンジンの
「もし、とか……優勝候補だって聞いたよ?」
笑顔を崩さず、拓美は言った。
「買いかぶりすぎだよ」
天道は頭を掻いて応えた。これは謙遜などでは無い。相手はみな一流の
「まぁ、せっかくウチで整備してる車が
「あざーっす」
拓美の激励に、天道は改めて頭を下げた。
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