5.秋葉原模様

 翌朝。

「今日はどうしようか?」

 パジャマから、いつのTシャツとジーパンに着替えながら、天道は霞に聞いた。SolarWindソーラウインドからの連絡はまだ無い。今日一日は東京に滞在する事になる。

「秋葉原に行きた……い」

 同じくパジャマから、ノースリーブとデニムのミニスカートに着替えながら、霞は答えた。

「秋葉原?」

 天道は首を傾げた。

「なんか電化製品を買うのか?」

「PCが欲しい……の」

 霞の言葉に、天道はさらに首を傾げた。

「なにに使うんだ?」

 天道はPCを持っていない。授業で習った程度なので知識にも疎い。未だに携帯電話ガラケーを使ってるぐらいなのでネットの事もよくわからなかった。

「勉強の教材にした……い」

 簡単な調べ物は携帯電話スマホでも出来る。だが、本格的にネット検索しようと思ったら、やはりキーボードがあった方がいい。それにレポートを書く時などでも、PCがあった方がなにかと便利だ。

「教材って……」

 天道は霞が勉強に意欲的なのを感じて、ある疑問にぶち当たった。

「もしかして、進学するつもりか?」

 霞はコクッと頷いた。

「大学に行って、車の勉強がしたい……の」

「御厨大学か?」

 霞はまたもコクッと頷いた。

 御厨大学は御厨市の隣町ある総合大学だ。文系だけでなく理系の学科も揃っている。隣町は富士スピードウェイもある自動車の街なので、自動車工学科も存在していた。

 今から受験に間に合うのか、と天道は一瞬、考えたが、霞の頭なら問題ないだろうと結論づけた。

「いいぜ、秋葉原に行こう」

 なので、天道は快諾した。

「あっ……でも、道がわかんねぇな」

案内ナビす……る」

 霞は、携帯電話スマホの画面を見せつけた。

「頼む」

 こうして、今日一日の予定スケジュールが決まった。


 部屋を出た天道と霞は、エレベーターで地下駐車場まで降りる。いつも通りの始業点検を済ませてからエキシージに乗り込んだ二人は、ホテルを出た。

 霞の案内ナビに従って、高樹町の入り口から、首都高渋谷線高速3号乗る。

 谷町ジャンクションJCTから都心環状線C1内回りに入る。

 エキシージはそのまま一ノ橋ジャンクションJCT、浜崎橋ジャンクションJCTを抜けて、汐留ジャンクションJCTを過ぎる。

 そして、江戸橋ジャンクションJCTから上野線高速1号へと入った。

 直ぐに本町の出口で降りる。そのまま一般道を走り、秋葉原に到着した。

「どこに停める?」

「そこ、曲がっ……て」

 言われて通り、交差点を左折すると、大きな建屋が視界に飛び込んできた。そこは秋葉原で最大級のカメラ屋だった。

「ここで良いのか?」

「う……ん」

 誘導員の指示に従って、地下駐車場へと入る。

 駐車場は地下六階まであった。天道は空いている地下二階へとエキシージを進めた。

 適当に空いているスペースに停める。そして、天道と霞は車を降りた。

「PCは何階だ?」

 エレベーターホールで、天道は案内板を見た。

「一階みた……い」

 同じく案内板を見ていた霞が先に発見する。

「なら、エスカレーターもあるみたいだから、そっちで行くか」

「う……ん」

 霞はコクッと頷いた。

 エスカレーターで一階まで上がる。

「広いなー」

 天道はまず売り場の面積に驚嘆した。それから物珍しそうに周りを見回す。

「PC売り場はどこだ?」

 エスカレータの出口は携帯電話売り場だった。なので、目的の場所を探さなければならない。

「こっちみた……い」

 売り場の地図を見ていた霞が指さす。それに従って二人は移動した。

「PCって、こんなに種類があるんだな」

 売り場に着いた天道は感嘆した。

「もう、どれ買うか決めてるのか?」

「ノートP……C」

 霞は答えたが、それ以上はノープランだった。売り場に来れば自然と絞れるだろうと思っていたが、こんなに種類があるとは思わなかった。

「どれにしよ……う?」

「俺に聞かれてもなー」

 困り顔の霞に、天道も困惑した。

「定員にお勧めでも聞くか?」

 そんな提案を天道がした時、

コーナーの魔法使いウィザードさーん!」

「ブッ!」

 突然、二つ名で呼ばれて、天道は吹いた。

 声のした方を見ると、車椅子に乗った沙織が笑顔で手を振っていた。車椅子の後ろにはメイド服姿の千歳が立っている。

 周りの視線が一斉に天道と沙織に集まる。

コーナーの魔法使いウィザードさーん!」

 だが、沙織はそれを気にする様子もなく、再び叫んだ。

 焦った天道は、慌てて沙織の元へと早足で向かった。後ろからは霞もついてくる。

「あっ! コーナーの魔法使いウィザードさん!」

 自分に気付いてくれた事が嬉しくて、沙織は満面の笑みを浮かべた。

「だから、その名前で呼ぶのはやめろ!」

 しかし、天道は目を三角にして突っ込んだ。

「ですが……まだ名前を教えてもらってません」

 凄い剣幕の天道に、沙織は困ったように言った。

 それで天道は、昨日、名乗ってない事に気付いた。

「俺の名は、蓮實天道! こっちが……」

「司馬霞で……す」

 天道の言葉を受けて、霞がペコッと頭を下げる。

「しばかすみ……? はて? 聞き覚えのある名前ですね……」

 思い出そうとする沙織を見て、天道はしまった、と思った。

 マクラーレン・セナに乗ってるぐらいなので、沙織も上流階級セレブの人間だと予想できた。ならば清海のように横の繋がりで、霞の噂も聞き及んでるかもしれない。

 もし、今、その話題を出されたら、また霞が精神的外傷トラウマを発動させてしまう。

「こんなところで、なにしてるんだ?」

 なので、天道は露骨に話を逸らした。

「増設メモリーを買うついでに、新作PCのチェックを」

 そのもくろみは成功し、長考を止めた沙織は質問に答えた。

「お二人は?」

「PCを買いに来たんだけど……」

「どれ、選んで良いかわからな……い」

 お手上げの仕草ポーズをする天道を見てクスッと笑ってから、沙織は言った。

「もし、よろしければ、わたくしがアドバイスしましょうか?」

「PC、詳しいのか?」

「嗜む程度ですが」

 それを聞いた天道は霞を見た。

「いいか?」

「う……ん」

 霞はコクッと頷いた。

「じゃあ、頼む」

「わかりました。選んでさしあげますわ」

 ニッコリ微笑んで、沙織は早速、聞き取りを開始した。

「なにか欲しい機能はありますの?」

「持ち運びが便利なのがい……い」

 答えてから霞は付け足した。

「あと、ブルーレイが見れるのがい……い」

「主要用途は?」

「勉強の教……材」

「なら、Officeは入っていた方が良さそうですわね」

 沙織はフムッと頷いた。

「予算は?」

「いくらで……も」

「そうですか……」

 それを聞いた沙織は、霞もかなり良いところのお嬢様なんだと察した。

「それでは……」

 沙織は千歳に合図して、車椅子を進めた。天道と霞もそれに続く。その先には、さっきまでいたノートPC売り場があった。

 到着すると、沙織は展示品の下書かれたスペックをあれこれ見比べ始めた。

「そうですね……この辺りはどうでしょう?」

 それからいくつか候補を絞り込み天道達に提示する。

「えーっ……と」

 言われた霞は、それらの商品をマジマジと見比べた。

「それじゃあ、コレ……で」

 そして、蒼色のノートPCを指さす。

「わかりました」

 沙織は頷くと、近くにいた店員に声をかけた。

「これが欲しいんですけど?」

「ただ今、在庫を確認します」

 店員は店の裏側バックヤードに早足で向かっていった。

 待つ事、ほんの少し。

「お待たせしました」

 箱を持った店員が戻ってきた。

「では、お会計を」

 店員はレジへと向かって歩き出した。沙織を先頭に天道と霞もついて行く。

「お会計は……」

「わたし……が」

 言われて霞はレジの前に立った。肩に掛けたポシェットから財布を取り出すと、カードを引き抜いて定員に渡す。

「レポートを書くのであれば、プリンターもあった方が便利ですわよ?」

 定員が手続きをしている間に、沙織は霞に囁いた。

「じゃあ、それ……も」

 その提案に霞はコクッと頷いた。

「ちょっと待て」

 だが、天道が異論を唱えた。

「プリンターって、結構デカいよな?」

「そうですわね」

「エキシージのトランクに入らないぞ」

 ノートPCの箱ぐらいなら旅行カバンを入れてもなんとかなりそうだったが、プリンターまでとなると完全にアウトだ。

「なら、ご自宅まで届けてもらうというのはどうでしょう?」

「そんな事出来るのか?」

「ええ、多分……できますわよね?」

 沙織の問いに定員は頷いた。

「別途、送料が掛かりますが」

「大丈夫ですか?」

「は……い」

 確認した沙織に、霞はコクッと頷いた。

 結局、荷物になるので、ノートPCも祖母の家まで届けてもらう事になった。

「それじゃあ、次はプリンターですね」

 沙織は天道と霞に向かって言った。

「売り場は二階なので、エレベーターで行きましょう」

 それを効いた千歳は、車椅子を押し始めた。

「こういうい時はエスカレーターが使えないのは不便ですわね」

 沙織は微笑んだが、天道は笑えなかった。その原因を作ったのが姉だったからだ。

 扉の前で少し待っていると、エレベーターが地下から上がってきた。扉が開くと大勢の人が出てくる。ほぼ空になったに乗り込んだ。おかげで車椅子でも邪魔になる事はなかった。

 二階到着する。エレベーターを降りた三人+一人は、沙織の案内でプリンター売り場へ向かった。

「これはまた……」

 売り場に着いた天道は開口した。PCほどではないが、品揃えが多い。

「どれがいいのか……な?」

 霞も同じように思ったらしく数ある商品に戸惑っている。

「今はプリンターにスキャナーとコピー機能がついた複合機が主流ですわ」

 そんな二人に、沙織は解説した。

「ノートPCと繋げるなら、Wi-Fi接続できる方が便利でしょう」

 しかし、天道にはちんぷんかんぷんだった。まるで別の星の人がしゃべっているように感じる。

「コピーが出来る方が便利そ……う」

 霞は辛うじてみたいだったが、それでも半分ぐらいしか理解してなさそうだった。

「それでは……」

 沙織は、PCの時と同じく展示品の下に表示されたスペック表を見比べながら吟味する。

「これと、これでしょうか」

 そして、二つのプリンターを指さした。

「…………」

 霞は、両方を見比べた。だが、ハッキリ言って違いはわからなかった。

「じゃあ、こっち……で」

 なので、カンで最初に指さした方を選んだ。

「あと、インクも買っておいた方が良いですよ」

 それを見て沙織は、補足した。

「純正品とサードパーティー品がありますけど、わたくしは純正品をお勧めいたしますわ」

「じゃあ、それ……も」

 霞の答えに、沙織は千歳にインクの品番を告げた。千歳は車椅子を離れるとパソコン消耗品コーナーへと向かう。そして、直ぐに目的の品を持って戻ってきた。

「では、店員さんを呼びましょうか」

 沙織はさっきと同じく近くいた店員に声をかけた。

 店員に品物を出してもらい、レジへと進んだ。

 レジで会計を済ませ、発送の手続きもする。これで買い物のは全て完了になった。

「ありがとうございまし……た」

 霞は頭を深々と下げてお礼を言った。

「お気になさらずに」

 片手を上げた沙織はニッコリと笑みを浮かべた。それから左手の腕時計を見た。

「もうこんな時間ですか……」

 時間は昼の十二時近くになっていた。

「せっかくですので、ご一緒に昼食でもどうでしょう?」

 沙織の提案に天道は霞を見た。霞は瞳で頷いていた。

「いいぜ」

 なので、天道も了解した。

「なら、レストランにしましょう」

 沙織は嬉しそうに笑った。その言葉に千歳は車椅子を目的地へ向かわせる。

 エレベーターで一階まで降りて、カメラ屋を出た。それから道沿いを進み、交差点で右に曲がる。すると立派なホテルの建屋が見えてきた。看板には【カイガシ秋葉原ホテル】と書いてある。

「今、泊まってるホテルと同じ系列だ……」

 天道がポロッと漏らす。それを聞き逃さなかった沙織がペコリと頭を下げた。

「ウチのホテルをご利用頂き、ありがとうございます」

「えっ?」

 それで沙織の名字が計画四である事を思い出した。

「有名なホテルだ……よ」

 霞がソッと教える。

「ホテル王の娘なのか!?」

 その言葉に、天道は驚嘆した。

「ふふふ……」

 そんな天道の態度がおかしくて、沙織は唇から笑みを零した。

 ホテルに入ると、エレベーターでホテルの最上階へと上がる。

「お嬢様」

 レストランに入ると直ぐに、従業員レセプション・フロントが沙織に声をかけてきた。

「御機嫌好う。ですけど、席は空いてるかしら?」

「お待ちください」

 突然の訪問にも関わらず、従業員レセプション・フロントは、手際よく席の空き具合を確認する。

「こちらへどうぞ」

 従業員レセプション・フロントに案内されて、沙織を先頭に席へと向かう。

 席は窓際で、天道と霞が並んで座り、向かい側に沙織が車椅子のままテーブルについた。千歳は、沙織の後ろで立ったまま控えている。

「そういうものなか?」

 メイドの態度に、天道は霞に耳打ちした。

「う……ん」

 霞はコクッと頷いた。

「お二人とも、ランチでよろしいかしら?」

 沙織の問いに、天道と霞は首を縦に振った。

 従業員ウエイターを呼んで、ランチを三人分頼む。それから沙織は改めて天道と霞を見た。

「お二人は大学生?」

「いや、高校生だ」

「まぁ、年下でしたの」

 天道の答えに沙織は目の輝かせた。

「アンタは、大学生なのか?」

 お返しに天道が聞く。

「国立目黒工業大学の二年生ですわ」

「工業大学?」

 それを疑問に思い、天道はさらに聞いた。

「経営学とか学んでるんじゃないのか?」

 だが、言ってから、他に兄弟がいる可能性に気付いた。

「それはわたくしの伴侶になる方が学んでいるでしょう」

 沙織は目を閉じ、静かに言った。どうやら一人娘らしい。

「わたくしは、自動車工学を学んでますわ」

「え……っ?」

 その言葉に、霞が食らいついた。

「大学では、どんな勉強をしてるんです……か?」

「自動車の構造やエンジンの構造、車の設計に必要な機械製図や材料工学なんかも学んでますわ」

 沙織の説明を霞は真剣な目で聞いていた。

「もしかして、大学で自動車工学を学びたいと?」

 それを見た沙織は、尋ねた。

「は……い」

 霞はコクッと頷いた。

「ひょっとして、あなたも最速屋ケレリタス?」

「は……い」

 それにもコクッと頷いく。

「車は、なんですの?」

「フェラーリ・458イタリアで……す」

「まぁ!」

 沙織は手を合わせて、歓喜した。

「それは、一度、お手合わせ願いたいですわ」

「今は整備メンテ中だから、無理で……す」

 霞は申し訳なさそうに言った。

「でも、箱根に来てもらえれば対戦バトルできま……す」

 その言葉に、沙織はふふふと笑った。

「箱根に行く楽しみが、一つ増えましたわ」

 そこで従業員ウエイターが頼んだメニューを持ってきた。

 三人は食事を始めたが、その間も霞は大学生活の事をいろいろ質問してきた。

 沙織は、その一つ一つに丁寧に答えた。

 天道はそんな二人の様子を和やかに見ていた。


 食事が終わり、会計の段階になった。

「ここはわたくしがご馳走しましょう」

 沙織は言ったが、天道が異論を唱えた。

「ちゃんと割り勘で払うぜ」

「駄……目」

 そんな天道の言葉をさらに霞が否定した。

「PC選んでくれたお礼がありますから、わたしが払いま……す」

「そうですか……」

 それを聞いた沙織は少しシュンとなった。

「楽しい時間を過ごさせてくれたお礼がしたかったのですが……」

「それはわたし達も同じで……す」

 霞にしては珍しく力説した。

「だから、ここはわたしに払わせてくださ……い」

 沙織は少し考えたが、気を取り直して笑顔を作った。

「わかりました。ここは甘える事にしましょう」

 ホッとした霞は、カードを取り出すと支払いを済ませた。

 エレベーターで一階まで降りる。

「わたくしたちは、ここの地下駐車場に車を停めてますので」

 当然、その車はマクラーレン・セナではないと、天道は思った。メイドを一緒に連れているのだ。それでは車椅子を収納する空間スペースが無くなってしまう。

「今日はありがとうございまし……た」

 霞が改めてお礼を言う。それを見た天道も慌てて頭を下げた。

「いえいえ」

 沙織は笑顔で応えた。

「また夜にお目に掛かりましょう」

 そして、そう言い残してエレベーターの扉は閉まった。

「……俺達も帰るか」

「う……ん」

 天道の言葉に、霞はコクッと頷いた。

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