6.気負い
伊豆滞在五日目。
バイト四日目、今日は客の入りがよく天道達は大忙しだった。
この三日間で、格好良いバイトがいる、可愛いバイトがいるとSNS上で評判になり、客足が伸びたのだ。
「焼きそば一つに、カレーが一つですね」
「お兄さん、格好良いね。この後、遊ばない?」
「ありがとう。でも、仕事あるからまたね」
女性客に愛想を振りまきながら、澄生は仕事をこなしていく。
「ラーメン二つに、かき氷二つですね」
「お嬢さん、綺麗だね。仕事終わったら一緒に遊ばない?」
「ありがとう。でも、ごめんね。あたし、彼氏知るから」
一方、由布子も男性客に愛想を振りまきながら仕事をこなしていく。若干の嘘を混ぜながら。
「焼きそば一つに、カレーが一つ、です……ね」
「お嬢ちゃん、可愛いね。この後、一緒に遊ばない?」
「えーっ……と」
だが、霞は客のナンパに上手く対応できず、戸惑っていた。
「はい、はい。店員は商品ではありません。お持ち帰りは禁止です」
それを見た由布子が助け船を出した。
「ありがと……う」
「気にしないで。今日は
「わかっ……た」
そんな様子をミートターナーでそばをひっくり返しながら見ていた天道は、気が気でなかった。
「彼女がナンパされてるの気になる?」
すると、またもや美香子が背中から抱きついてきた。
「そりゃね」
天道は曖昧に答えた。本当はもの凄く気になるのだが、そんな素振りを見せると
「あたしだったら、ナンパされても目もくれず、あんた一筋なんだけどね」
いつものように胸をゴリゴリと背中に押しつけながら美香子は言った。
「別にカスミがナンパになびいているわけじゃねえ」
その言葉に天道はカッとなった。語尾を強めながら反論する。
「どうだがねぇ」
しかし、美香子はいに介さない様子で挑発する。それは今の天道には火の油だった。
「いいから、仕事に戻れよ!」
相手が店長だという事も忘れて、怒鳴り散らす。
「ハイハイ」
自分がやり過ぎた事に気付いた美香子は、渋々、持ち場へ戻っていった。
「ったく……!」
まだ収まらない怒りで天道は鼻を鳴らした。
「……」
その様子を接客しながら横目で見ていた霞は、ムッとなった。
「今日も忙しかったな」
ようやく客が引き、余裕ができた天道達は、賄いを食べていた。
「ナンパ客が多くて、参ったよぉ」
焼きそばを食べながら由布子はぼやいた。
「この後、どうする?」
既に焼きそばを食べ終わり、かき氷に手を出していた澄生が聞いた。
「昨日の事もあるから、今日は浜辺で遊ぼうよ」
由布子の言葉に全員が頷いた。
「だったら、こんなのはどうだい?」
すると、美香子がビーチボールを片手に話に加わってきた。
「ビーチバレーっすか」
「まぁ、コートを作るほど浜辺は広くないから、トスしあうぐらいだけどね」
「いいね。やろうよ」
美香子の提案に、由布子が乗った。
「かすみんもいいよね?」
「う……ん」
霞はコクッと頷いた。
「タカは?」
「いいぜ」
澄生の問いに天道も頷く。
賄いを食べ終えた四人は海の家を出た。
すると、
「今日はあたしもちょっと遊ぼうかね」
美香子が一緒に店を出てきた。
「いいのかよ?」
「まぁ、少しぐらいならね」
そう言いながらエプロンを外した美香子は、そのままTシャツを脱いだ。
「!?」
それを見た天道はドキッとした。美香子が下に着ていた水着がかなりきわどかったからだ。
美香子が着ていたのは、超極小モノキニで、胸は先っぽを隠すぐらいの面積しか無い。アンダーも下腹部をギリギリ隠すぐらいしか面積が無く、後ろは臀部の半分以上がはみ出している。
「エロいっすね」
それを見た澄生は素直な感想を述べた。
「…………」
しかし、天道は照れて直視できない。
「ふふふ……」
その反応に美香子は唇に笑みを浮かべた。
「……」
そんな天道と美香子に霞はムッとなった。
浜辺で輪なりになった五人は、ビーチボールをトスし合った。
美香子がトスするたびにEカップの胸が揺れて、水着がずれそうになる。それを天道と澄生はハラハラしながら見守っていた。
「視線がいやらし!」
由布子は言いながら澄生にトスする。
「しょうが無いだろう。あんなもの見せられたら、っと!」
それを受けた澄生は、美香子にトスする。
「ふふふ、あたしは少しぐらいなら見られても平気だけどね!」
美香子は大人の余裕で笑みをこぼすと、ビーチボールを天道に返した。
「いや、こっちが困るから!」
天道は頬を赤らめながら、霞へとトスする。
「……」
霞はムッとしながら、そのボールを美香子へと返した。だが、
「おっと!」
それは美香子の立ち位置よりも大分、後ろに飛んでいった。慌てて後退してなんとかボールを拾う。
「……!」
今度は霞が慌てた。ビーチボールが後ろへと飛んでいったからだ。霞のトスを宣戦布告と受け取った美香子がワザと難しいボールを飛ばしたのだ。
「んん……っ!」
ギリギリでボールに追いついた霞はトスを返した。今度は意識して美香子を狙って強めに。
「甘いよ!」
左に逸れたビーチボールを早足で捉えて、またもや霞に返す。
「く……っ!」
手前に飛んだボールを前のめりになりながら霞はトスした。
「…………」
そんな感じでビーチボールが霞と美香子の間にしか行き来しなくなり、天道達は困惑した。
「止めなくていいのか?」
澄生の問いに天道は思案した。
「やらせておけば」
腰に手を置いた由布子が投げやり気味に言う。
「どっかで決着つけなきゃいけないんだし」
「でもよ……」
「しゃーねぇな」
天道は腹を決めた。この状態を放置しておくのは良くない。
「カスミ! こっちにもボール回せ!」
天道の声は霞はハッとなった。慌てて飛んできたボールを天道にトスする。
「二人だけで遊んでんじゃねぇぞ」
今度は美香子に文句を言いながら、天道はボールを澄生に回した。
「ちょっと熱くなりすぎたね」
その言葉に美香子は頭を掻いた。
「あたしは店に戻るから、あとはみんなで楽しみな」
そして、輪から抜ける。
「ヤレヤレだぜ」
そんな美香子の後ろ姿を見ながら天道は溜息をついた。
夕方までバレー遊びを楽しんでから、四人は旅館へと戻った。
そして、今、夕食を終えた霞と由布子は温泉に浸かっていた。
「やりすぎちゃっ……た」
そこで霞は自己嫌悪に陥っていた。最初に難しいボールを飛ばしたのは決してワザとではない。と、思いたいのだが……、
(本当にワザとじゃ無かった……の?)
霞は自問した。今の自分は美香子に対して良い感情は持っていない。それが無意識のうちに行動に出た可能性は充分ある。
「はぁ~~~……っ」
「大丈夫?」
長い溜息を吐いた霞を見て、由布子が心配そうに聞く。
「やりすぎちゃっ……た」
霞はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「ミカ姉ちゃんは押しが強いんだから、アレぐらいしなきゃ駄目だよ」
そんな霞を由布子は励ました。
「かすみんはいつも遠慮するから、もっと自己主張してもいいと思うよ」
その言葉は霞の心を少しだけ安堵させた。
「う……ん」
由布子の友情に感謝しながら霞はコクッと頷いた。
「今夜はどうする? 走れそうかい?」
天道が温泉を終えて部屋で澄生と雑談していると、いつものように美香子が誘いに来た。
「走れるぜ」
天道は直ぐに立ち上がった。
「霞も誘うぞ?」
「二人っきりじゃ駄目かい?」
「駄目だ」
美香子の提案を一蹴して、天道は隣の部屋の霞に声をかけた。
「カスミ! 走りに行くぞ!」
「う……ん」
引き戸越しに返事が返ってくる。
「じゃあ、十分後に」
「あいよ」
そして、十分後。
いつものようにR8RWSが出てくるのを待って、三台は伊豆スカイウェイへ向かった。
今日も天道のエキシージが先行して、それを美香子のR8RWSと霞の458が追う展開になった。
コースも完全に頭に入り、霞は余裕を持ってR8RWSを追いかけられるようになった。
その気になれば煽る事さえできる。それどころか、抜いて前に出る事も可能だと思った。
でも……、
「これは
昼間の事が頭をよぎる。ここで抜いたら、それこそ
霞は意識してペースを落とした。
不意に、温泉での由布子の言葉が頭に回る。
――ミカ姉ちゃんは押しが強いんだから、アレぐらいしなきゃ駄目だよ。
(で……も……)
――かすみんはいつも遠慮するから、もっと自己主張してもいいと思うよ。
それを振り払うように頭を左右に振った霞は、運転に集中した。
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