2.異端児《ドゥーエ》

 そして、バイトに旅立つ日が来た。

 なのだが、出だしから波乱含みだった。

「なんで、こうなうの!?」

 由布子は不満げに叫んだ。

「考えればわかるだろう……」

 それに対して天道は面倒くさそうにぼやいた。

 発端は誰が誰の車に乗るか、という話になった時だ。

 天道の愛車であるロータス・エキシージCUP260は、二人乗りだ。

 霞が愛車であるフェラーリ・458イタリアも二人乗りである。

 これだと、天道と霞が恋人同士だという事を考慮すれば、必然的にエキシージには天道と澄生が。458には霞と由布子が乗ることになる。

 だが、それが由布子には気に入らなかった。このバイト旅行で澄生との関係を少しでも進めたいと思っていた由布子にとっては青天の霹靂だった。

「せっかくおしゃれしてきたのに!」

 その言葉通り、由布子はグレーにドット柄のトップはティ、アンダーはフレアミニのヘソ出しルックを着ている。悩殺する気満々だ。

 ちなみに霞は白のノースリーブワンピースを着て、右手には天道からもらったリストバンドを巻いていた。

「一応、走ってる間は携帯電話iphoneでつなぐから、それで我慢しろ」

 こちらもヤレヤレといった表情で澄生が諭した。

「ほら、とっとと出発ないと、日が暮れるぞ」

 それを天道が後押しする。

「ふん!」

 由布子はまだ不満げだったが、それでも霞に

「よろしくね」

 と、言うと458のサイドシートに収まった。

 それを見た澄生は肩をすくめてから、エキシージのサイドシートに座る。

 これで出発の準備は整った。

 エキシージを先頭に二台は、待ち合わせ場所だった天道がバイトしてるファミレスから国道へと出る。

 目的地である伊豆河津浜までの経路ルートはいくつあるが、天道は道から県道を経て、伊豆スカイウェイに入る道を選んだ。

 隣に澄生を乗せているので今日はの運転に徹している。

『旅行楽しみだね』

 機嫌を直したのか、由布子が携帯電話iphone越しにに聞いてくる。現在、ハンズフリーモードになっているのでこの声は天道にも聞こえる。もちろん、由布子も同じくハンズフリーモードにしてある。

「そう言えば、こうやって遠出するのは初めてかもな」

 天道、澄生、由布子は中学時代からの付き合いだが、澄生の記憶にはなかった。

『そうだねぇ。他の女子とはホイホイ出かけるのに』

 由布子はちょっとすねたように言った。

「あははは」

 それに対して澄生は、乾いた笑いを返すことしかできなかった。

 そうしてるうちに芦ノ湖スカイウェイを抜ける。そこから走ること数分。伊豆スカイウェイの熱海峠料金所が見えてきた。

 料金を払い、料金所を抜ける。

 最初の直角コーナーを抜けると、直線が続く。

「飛ばせそうな道だな」

 天道は呟いた。

「飛ばすなよ」

 と、即座に澄生が釘を刺す。

「わーってるよ」

 直線の終わりのヘアピンを抜けながら、天道は答えた。今日は攻めに来てるわけではないのだ。ここまで来る間もグリップ走行のみで走っている。

『銀矢は、飛ばした蓮實の隣に乗ったことあるの?』

 そのやりとりを聞いた由布子が、尋ねた。

「一度だけ、な」

 言いながら、その時のことを思い出して、澄生は身震いした。

「もの凄く怖かった」

『そんなにー』

 声まで震わす澄生に、由布子はケタケタと笑った。

 その間にもエキシージと458は中速コーナーをいくつか抜けて、緩やかに曲がりくねった高速コーナー区間へと入る。

『タカ……君』

 すると、それまで澄生と由布子の会話を黙って聞いていた霞が、遠慮がちに割って入った。

『後ろから、パッシング、受けて……る」

 その言葉に天道はサイドミラーを確認した。

 確かに458の直ぐ後ろに一台の車が張り付いていた。

「アウディ?」

 その姿シルエットから天道は直ぐに車種を言い当てた。

「R8か?」

 チカッチカッとフロントランプが光るのが天道からも確認できた。

『霞』

「う……ん」

 天道の引き締まった声に、霞は頷くとR8に道を譲った。

わりぃ、ちょっと飛ばすわ」

 ハーザードを短く点灯させた天道は、アクセルペダルをグイッと踏み込んだ。

「勘弁してくれ!」

 澄生は悲鳴を上げたが、それを無視してエキシージとR8の対戦バトルが始まった。

「飛ばすから、舌、噛まないで……ね」

 それに付いていくため、霞もアクセルペダルを踏み込む。

「なんかジェットコースターみたいで、ワクワクするね!」

 急速にフロントガラスの風景が後ろに流れ始めるのを見て、由布子は心躍った。

 高速コーナーをグリップ走行で駆け抜けていくR8。

 それに対してエキシージは、ドリフトでコーナーをクリアしていく。

 Rの読めない初めてのコースで天道は、意識してドリフトアングルを深く取った。

 Rが思ったよりキツい場合は、ステアリングをより切り、アクセルを吹かしてリアを流し、逆に緩い場合はステアリングを戻してアクセルを吹かしプッシュアンダーでフロントを流す。

 いつもの完璧なドリフトよりは遅いが、それでもエキシージは充分な速さを発揮した。

 追走するR8も付いていくのが精一杯な様子だった。

「ヘアピンか」

 時折現れる低速コーナーでは、まずステアリングをアウトに切って、テールが流れたタイミングでインにステアリングを切る――フェイントモーションで切り抜けた。これもRが思ったよりもキツイ場合、対処がしやすいのだ。

「ん?」

 サイドミラーでR8を確認していた天道はおかしな事に気付いた。

 R8は四輪駆動4WDのはずだが、動きが明らかに違うのだ。

「確か、R8には後輪駆動車リアドライブがあったよな……?」

 その予想通り、今、追走してきているのはR8の後輪駆動リアドライブ版、アウディ・R8RWSだった。

 玄岳インターチェンジICを過ぎ、中低速区間に入る。

 天道はまるでダートのラリーのようにフェイントモーションを連続させてコーナーを次々とクリアしていく。

 R8RWSもここでは馬力パワー差を生かし切れず、付いていくのがやっとという感じだった。

 韮山峠インターチェンジICを通り、再び中高速区間に入った。

 この区間なら馬力パワーのあるR8RWSが有利のハズだった。

 しかし、エキシージは恐怖を感じないのかと疑うぐらい鋭い突っ込みで高速コーナーをドリフトで駆け抜けていく。

 対してR8RWSはグリップ走行でコーナーをクリアするが、エキシージほどの突っ込みもコーナリング速度も出せていない。

 山伏峠インターチェンジICを抜け、亀石峠インターチェンジICも抜ける。

 明らかにR8RWSは、エキシージを攻めあぐねていた。テールトゥノーズにさえ持って行けない。

 冷川インターチェンジICを過ぎる。終点の天城高原インターチェンジICまであと少しだ。

 R8RWSは勝負に出た。迫る低速ヘアピンでブレーキング競争を仕掛けてきたのだ。

「甘いぜ!」

 だが、天道は自信があった。R8RWSがブレーキングを始めてからこちらがブレーキングしても充分間に合うと。

 迫るコーナー。

”キィィィィィィッ!”

 限界とばかりにR8RWSがブレーキングする。フロントタイヤから白煙が上がった。

 それを見て天道はブレーキペダルを叩き踏んだ。

(このタイミングなら、30Rぐらいか)

 それは経験からくる予想だった。今まで走ってきたコースを頭のデータベースから引っ張り出して似たようなコーナーを探す。

 該当するコーナーは直ぐに見つかった。

 をクリアするようにシフトダウンして、ステアリングとアクセルペダルを適切に操作する。

 ドリフト状態に入ったエキシージは、見事にラインに乗ってコーナーをクリアしていく。

 それに対してR8RWSは、オーバースピードで突っ込んだため、ラインをアウトに外してしまう。

 これで勝負がついた。

 結局、天城高原インターチェンジICまでR8RWSはエキシージを抜くことができなかった。

「ふーっ」

 料金所を出て天道はエキシージを路肩に停めた。

 続いて料金所を出てきたR8RWSも路肩に停まる。

 それをサイドミラーで確認した天道は、サイドシートでぐったりしている澄生をほっとい車外に出た。

 R8RWSからもちょうどドライバーが出てきたところだった。

 セピア色の髪をショートヘアにした目鼻立ちがはっきりした活発そうな印象を受ける女性だ。日焼けした浅黒い肌にタンクトップとショートパンツが似合う。

「あんた、速かったね」

 R8RWSのドライバーは気さくに天道へ話しかけた。

 すると、追いついた458が料金所を抜けてきた。路肩に停まると右ドアが勢いよく開かれる。

「ミカ姉ちゃん!」

 中から飛び出した由布子がR8RWSのドライバーに声をかける。

「ユッコ!?」

 駆け寄ってきた由布子を見て、R8RWSのドライバーは驚きの声を発する。

「久しぶりだな」

 それから胸に飛び込んだ由布子を抱きしめると懐かしそうに頭を撫でた。

「知り合いなのか?」

 親しそうな様子に天道は聞いた。

「従姉妹で、これからバイトでお世話になる旅館の娘さんの肆輪よつわ美香子みかこさんだよ」

 由布子は答えてから、美香子に聞いた。

「いつ、東京から戻ってきたの?」

「三月に短大を卒業して、こっちに戻ってきた」

 その問いに美香子は気さくに答えた。

「今は、家の手伝いをしてる」

 その時、エキシージの左ドアが開いて、中からグロッキー気味の澄生が出てきた。そして、由布子と抱き合う美香子を見て、次に天道を見た。

「……誰?」

「肆輪の従姉妹で、これから行くバイト先の人だと」

 それに他人事のように返事をしてから、天道は美香子に言った。

「アンタも最速屋ケレリタスかい?」

「そうだよ」

 美香子は頷いた。

「首都高では異端児ドゥーエと呼ばれてた」

 それから逆に天道に聞き返す。

「あんたもかい?」

「そうだ。芦ノ湖スカイウェイでは、コーナーの魔法使いウィザードって、呼ばれてる」

「ここ初めてだろう?」

 美香子の問いに天道は頷いた。

「それにしちゃあ、速かったね」

 感心したように美香子は言った。

「地元のあたしより速いとは、恐れ入るよ」

 それから天道の顔をマジマジと見る。

「よく見ると、いい男だね」

 その視線が照れくさくて、天道は思わず顔を反らした。

「どうだい?」

 と、いきなり美香子が爆弾発言する。

「あたしの彼氏にならないかい?」

「えっ?」

 その言葉に、美香子を除くその場にいた全員がポカンとなった。

「だから、あたしの彼氏になっておくれよ」

「えーーーーーっ!」

 最初にその意味に気付いた由布子が声を上げる。それで天道と澄生も自分の聞いたことが空耳じゃなかったことを自覚した。

 天道がチラッと458を方を見る。

 それまで458を降りて事の成り行きを見守っていた霞が、ムッとした表情をしていた。

 マズイ、と天道は思った。

「俺……彼女いるから」

 それで天道はキッパリと言った。前回の轍を踏まないように。

「そうなのかい?」

 それを聞いた美香子は残念そうな顔をした。

 天道が再び霞の様子をうかがうと、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 ホッと胸をなで下ろした天道だったが、そのやりとりで美香子には彼女が誰であるかバレてしまった。

「ふーん」

 美香子は少し気に入らなそうに二人を見ていたが、天道も霞もそのことには気付かなかった。


 そのまま美香子も一緒に県道を下り、河津浜まで出る。旅館は海岸の直ぐ隣にあった。

「よく来てくれました」

 旅館に入ると、女将で由布子の叔母で美香子の母の肆輪よつわ小夜子さよこがもてなしてくれた。

「あら、ユッコちゃん。こんなに大きくなって」

「もうあたしだって、高三だよ」

 感嘆する小夜子に、由布子は照れなが言った。

「ミカ、皆さんをお部屋に」

「うん」

 美香子に連れられて天道、霞、澄生。、由布子の四人は部屋に案内される。

 ここでまた問題が起こった。

「どうして、蓮實と銀矢が同室で、あたしとかすみんが同室なの!?」

 由布子は怒りにまかせて怒鳴った。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ?」

 その態度にウンザリそうに澄生が聞く。

「そりゃあ、蓮實とかすみんはカップルなんだから同じ部屋にして、あたしと銀矢が同じ部屋で……」

「却下!」

 由布子の提案を澄生は即時に否定した。

「なんでよ!?」

「俺にメリットがない」

「あたしが一緒だとメリットにならないの!?」

「はっきり言って、デメリットしかない」

 怒り心頭の由布子に、澄生は言い切った。部屋が同じであることを良い事に、由布子が夜這いを仕掛けてくる事が目に見えてたからだ。

 しばらく二人はにらみ合ったが、澄生が譲る気が無いと悟ると由布子は、

「もういいっ!」

 怒ったままあてがわれた部屋に一人、入っていった。

 そんな由布子に澄生はヤレヤレと肩をすくめた。


 夕食も終わり、霞と由布子は温泉に来ていた。この旅館、【よつわ】の温泉は露天風呂で今も頭の上には無数の星がきらめいていた。

 頭と身体を洗って湯船の入る。

「いやぁー、極楽、極楽」

 さっきまでの怒りもどこへやら、由布子はお湯が身体を圧迫する感覚にオヤジのような声を上げた。

「ごめん……ね」

 すると、突然、霞が謝罪の言葉を述べる。

「えっ?」

 由布子は困惑した。身の覚えがなかったからだ。

「わたしより、銀矢君と同室が良かったよ……ね?」

 それを聞いた由布子は、慌てて頭を下げる。

「こっちこそごめん!」

 それから逆に聞き返した。

「かすみんこそ、本当は蓮實と同じ部屋が良かったよね?」

「それは……」

 その問いに霞は言葉を濁した。

「嫌なの?」

「嫌じゃないけ……ど……」

 霞はポツリポツリと答えた。

「恥ずかし……い……」

 そして、自分のぺったこな胸と由布子のたわわな胸を比べる。

「わたし、そんなに胸無い……し……」

 そんな霞を由布子は愛おしそうに抱きしめた。

「もう、だからそれは大丈夫だって言ってるじゃん」

 そして、宣言した。

「最終日までには、チャンス作るから!」


 同時刻。

 天道と澄生も温泉に入っていた。

「もう、おまえの隣には二度と乗らないからな」

 澄生は今日の事に文句を言っていた。

「へいへい、わかったよ」

 それにおざなりに答えてから天道は聞いた。

「良かったのかよ?」

「なにがだ?」

 澄生はキョトンとした顔をする。本気でわからない。そういう表情だ。

「肆輪の事だよ」

 その無関心さにちょっとイラッとした天道は口調を強めて言った。

「あれで良かったんだよ」

 澄生は他人事のように答えてから、真顔になった。

「俺は肆輪の気持ちには応えてやれないから」

「面倒くせぇ奴だな」

 投げやり気味に天道は吐き捨てた。

「まぁ、おまえと司馬の邪魔をしちまったのは悪いと思ってるけどよ」

 すると澄生は矛先を天道へと向けた。

「はぁ?」

 言葉の意味がわからず、天道は目を大きく開けて澄生を見た。

「俺は別に関係ないだろう?」

「そうか?」

 ムキになって反論する天道に、澄生は聞いた。

「本当はいろいろ期待してたんじゃないのか?」

 それを聞いた天道は、ウッとなった。

「図星か」

 その反応に澄生は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 天道だって健全な高校生である。泊まりの旅行となればいろいろ期待してしまう。

「まぁ、それならそれで。チャンスは作るから」

 反論できない天道に、澄生は宣言した。

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