monthly ghost [すぴんおふぅ]

櫛木 亮

特別篇 グランとコーネリアス

 12月になり、街はすっかりクリスマスカラーに彩られる。街路樹が電飾の淡い色に包まれ、街を行き交う人々の足取りもどこか楽しげに見えた。窓からそんな街を見下ろし、ティノが大きな溜息を吐く。


「ねえ。こういうのやってる時間があるのなら、みんなで着飾って豪華なディナーに行って…… そうね〜、それから、イルミネーションを見に行った方が計画的で効率よくない?」

 ティノの面倒くさそうな声が事務所の部屋に響き渡る。


「ティノさん…… それを言っちゃ駄目だと思うよ? 身も蓋もないというか、なんというか」

 ツリーにほど近い場所。真っ赤なガラス細工のベルを布で丁寧に拭き、サイドテーブルに等間隔に静かに並べて置いていく。指先を器用に入れ、隅々までくすみを綺麗に拭き取る。満足感に浸るシモンがふてくされたティノを見て、眉根を下げて苦笑いをした。


「俺はティノの言いたい事が分からないでもねえな…… こういうの面倒じゃねえか? たった一ヶ月前足らずの為にこんなにも飾り付ける意味はなんだ? あと、あの言い出しっぺは…… ニアあああ! どこに行ったあああ?」

 そう言いながら、大きなツリーを組み立て倒れないようにと、ツリーの根元に重りを絡ませる。何度も遠くから見ては、斜めになっていないか? バランスはおかしくないか? を気にするニールは誰が見ても、一番ワクワクしてクリスマスイベントを受け入れる準備を楽しんでいるようだった。


『……ボクならココだよ~』

 まるで膜に包まれた、穴の奥深くに居るようなニアの声がどこともなく聞こえる。そのニアの声にきょろきょろとし、ニールが再度大きな声を出す。その後に続くようにガブリエルも心配して声をかけた。


「あああ? ここって何処だよ?」

「ニア様」


『ボクならここにいるよ~』


「だから! 何処なんだよ。かくれんぼしてる場合か! ウィリアムのオッサンが帰る前に飾り付けするんだろうが! オマエは盛大にイベントを楽しむな! とにかく早く出てこい!」

 そんなニールを他所目に、シモンがこれ見よがしに崩れて山になった箱を丁寧に避けていくと、サンタの衣装に身を包んだニアが出てきた。


「……ニア? どうして飾りの箱に押しつぶされているの? ニール! ガブリエルさん! ちょっと手伝って!」

「ニア…… オマエどうしてこうなった?」

「たくさんの荷物は一気に運んだ方が効率いいと思って……」

「アンタは逆に手間取ってどうすんのよ…… ほら! やっぱり手間ばっか掛かって面倒じゃない! やっぱりこういうのは違うわよ!」

「おケガはありませんか? 一度、皆様ご休憩されては如何でしょうか? 少し早いのですが焼き立てのジンジャークッキーも御用意しておりますよ?」

 ガブリエルの声にティノが顎を上げ香ばしいクッキーの香りをいち早く楽しむ。


 各自、ソファーに座るとほっと一息つく。

「温かくて、甘くて、とっても良い香り」

「こういうクッキーって久しぶりに食うな…ほお! コレはイケるな」

「オジサン、黙ってお茶も飲めないの?」

「うるさい」

 そんないつもの事務所の空気が流れる。まるで、うたた寝までしてしまうほどの暖かな午後だった。



 *****



「……猫さん! こっちおいで! ……ほら怖くないよ! おいで〜」

 軒先にしゃがみこみ、手をいっぱいに伸ばす。煉瓦とコンクリートの隙間に黒猫が身を潜めていた。彼は地面に膝をつけ、横ばいになり、その子猫に声をかけた。子猫は勿論だが、返事をする訳もなくこちらの様子を伺い、じっと青い目と黄色い目で逸らすことなく彼を凝視する。時折、強い風が吹くと飛ばされないようにキャスケットを片手で押さえ、グランは目を細めた。


「グラン…… 引っ掻かれるからそれくらいにしないと! さあ、早く買出しに行こう!」

「だって! こんなに寒いのにひとりぼっちで…… かわいそうじゃない!」

「うん。でも、うちのアパートじゃ猫は飼えないんだ……グラン分かってくれないかい?優しくすることは良いことだよ? でもね? 最後まで面倒がみられないなら無闇に優しくしては時に残酷なことになるんだよ……」

「兄さんは、かわいそうだと思わないの? 夜になったら此処はもっともっと寒くなるんだよ? 」

「かわいそうと思わないわけじゃないさ……困ったな…… んん~」

 困り果てたコーネリアスはグランの前で時計を見て、おもむろに太陽を眩しげに仰ぎ見た。


『おや? どうされましたか?』

 黒い帽子と黒のトレンチコートに身を包んだ紳士が、グランとコーネリアスに優しく声をかけた。

「私はそこで探偵事務所を営んでいるウィリアム・ロックと申します。 お困りでしたらお話をお聞きしますよ?」

「あ、いえ。弟のワガママでこの黒猫をどうにかしてあげたいなって…… それに探偵さんに相談するお金も持っていません」

「おや? そうですか? 私はいつでもお話を聞いてあげられますから、いつでも扉を叩いてください」

 優しい香りと煙草の香りを鼻腔の奥に微かに残して、ウィリアムは石の階段を上って建物の奥に消えていった。


「ウィリアム・ロック探偵事務所……なんだろう…不思議な感じの人だな」

「兄さん!……猫さん……弱ってる。どうしよう!」

 グランの腕に抱かれた黒猫はぐったりとしていた。



 *****



「あ〜! ウィリアムさんが帰ってきた! おかえりなさ~い! 見て見て見て! ツリー飾ってみたんですよ!」

 まるで何ヶ月も会って居なかったように、ニアは満面の笑みで飛びつきたい気持ちを抑える。飾り終わったツリーに両手を広げ、見てほしいという気持ちを身体全体で表し、ウィリアムの周りでそわそわと動く。


「これは立派な物ですね! もう少しシンプルな飾り付けにすると、もっと素敵になるかと思いますよ?」

 ウィリアムはニアの頭を優しく撫で、緩やかな笑顔でダメ出しをする。


「な? だから俺は最初に言ったろ? やり過ぎだって。とくに、あの列車のツリーの周りをぐるぐる廻る玩具は本当に意味がわからんだろ?」

「なにが「な?」よ。最初から最後までトイショップでワクワクして、アレもコレもって飾りを買い込んできた奴のセリフじゃないわね…… 趣味悪いったらありゃしないわ」

「ティノ様、それは些か言い過ぎかと……」

「もう一度、最初から飾り付けしてみよう?」

「せっかくここまで出来てるのに最初からなの? シモンちゃんが言うなら仕方ないよね。うん、わかった……最初から」

 下唇を突きだし、拗ねた顔のニアと、あからさまに元気が減少するニール。ふたりは同時にツリーの前でしょんぼりする。ニアは返事も元気なく、僕は逆に微笑ましくて笑ってしまう。


 すると、遠慮しがちに扉を叩く音がする。


「はい! どちら様でしょう?」

「はいはーい! どちら様~?」

 シモンが扉をゆっくり開け、すぐ後ろに、元気よくニアがのぞき込むように顔を出した。


「今日って、依頼のアポイントメントあったか?」

 ニールが書類をペラペラと捲り確認をする。そのニールの言葉にウィリアム以外の皆は顔を合わせ首を傾げる。それから少し考えて、一斉に扉を見た。


 扉の向こうの、ハンチングを目深に被った青年がシモンに丁寧に頭を下げた。シモンはすぐにウィリアムを振り返り見た。


「先ほど、ウィリアム・ロックさんにお声をかけていただきました」

「ウィリアムさん、ほんとに?」

「……ええ、ニア、本当ですよ! お客様にそこではなんですね、すぐに入っていただいて下さい」

 彼のその言葉に、ニアはウィリアムを見て声をかける。ウィリアムはコートをハンガーラックにかけ優しくそう答えた。


「きゃあああああああ! なに! なに! なんなのよ~! ネコちゃん! あ〜ん! かわいいいい!」

「うるせえな…… 猫くらい別に珍しくもなんでもねえだろ?」

 ティノがグランに抱かれている子猫に気がつき悲鳴をあげると、ニールが呆れた顔でティノを見る。



「ねえ? なんだか震えてない? ……この子、元気ないね?」

 指先で猫に触れ、ニアが怪訝な表情でグランとコーネリアスを見る。


「ガブリエル! 毛布とボトルにお湯を入れて、それをタオルで巻いて持ってきてくれ! あと何か舌触りの柔らかい食いもんあるか? 塩分も糖分も含んでない魚とかササミとか…… 後は、ミルク、ミルク……って人間のじゃダメだな…… 猫用のミルクじゃなきゃ腹をくだすからな……」

 ガブリエルにそう支持し、自分の部屋から籐の編み込んだ籠を持って来る。


「ニール…… なんだかんだで優しんだね! あと猫のことすごく詳しいんだ!」

「ニア、うるさい! ぐちゃぐちゃ言ってる暇あんなら動け!」


 ニアにそう言ったニールは、壁に掛けてあるキーラックから愛車の鍵を握るとグランに籠を差出し声をかける。

「この籠に子猫入れろ! すぐに病院連れてくぞ!」

 真剣なニールの目はグランを捉え、もう一度、問うように今度は首を傾げた。


「……わかった! 病院に連れていってください!」

 突然、グランを連れて出ていくニールにコーネリアスは焦った顔をする。そんなコーネリアスにニアが微笑んだ。


「あんちゃん! ああ見えてアイツはデキる男だぜ! 安心しな! お茶でも飲んで待ってればいいぜ!」

 まるで自分の手柄のように、ニアがニヒルな表情でコーネリアスの背中を数回、優しく叩いた。


「何様なのよ、何キャラなのよ、アンタは?」

「大丈夫ですよ。ニアの言葉に間違えはありません。それは、ここのみんなが納得してますよ! ニールは口は悪いですけど仕事はきちんとこなします」

「シモン様…… それ少しフォローになっていませんよ?」

「え? どうして?」

「……つまりは、アナタのお兄さんはお金が関わると人助けします! って感じに聞こえたわね?」

「…ティノ! 僕は、そうは言ってないよ!」

「あら、そうなの? ならそれでもいいんじゃない?」

 フフンと、小生意気な表情で手を口に添え笑うティノは、シモンをからかいとても楽しそうだった。そんな、シモンとティノのやり取りが微笑ましくウィリアムは笑う。その様子を見ながらガブリエルはウィリアムの帽子やコート、荷物を丁寧に片付けていく。


「さあ、ボクの入れた最高のブレンド茶葉のお茶が入りましたよ〜! 普通にそこで突っ立ってないで座って落ち着いたら? 話はそこからでしょ?」

 ああだこうだと騒ぐふたりに、香しい湯気を引き連れてニアは笑い、コーネリアスにどうぞ!と、お茶を勧めた。


 *****


 しばらくして、ニールがグランを連れて事務所に戻ってきた。グランは目を真っ赤にして袖口で何度も顔を擦った。


「グラン! 大丈夫だったかい?」

 コーネリアスはすぐさまグランに駆け寄り、しゃがみこんで顔を見たり手を見たりと無事を確認をした。


「ネコちゃんは? ニール! ネコちゃんは?」

 ティノがニールに声をかけると、ニールは真剣な顔で鍵をキーラックにかけコートを脱いだ。

「2、3日様子を見るそうだ…… この寒さの中に何日も彷徨ってたんだろうな、衰弱が酷いらしい。すぐに入院させたよ!」

「そっか、アタシ達じゃ何も出来ないもんね?」


「もう! お通夜か何かじゃあるまいし、暗い暗い! 考えたって仕方ないでしょ? 後はお医者様にお願いして。ボクらは、とにかく待つしかないじゃない!?」

「ニア、あの子は迷い猫でしょうか?」

「どうかな、ウィリアムさんも知ってると思うけど、この辺りは捨て猫や野良猫が多いからね」

「グランくんはどうしたいのでしょうか?」

 ニアはウィリアムのデスクの上のティーセットを片しながら説明し、窓の外にふと目を移す。ウィリアムは手を組み、顎をその上に乗せ、優しく澄んだ目をグランに向け声をかけた。


「……ぼくは……あの猫さんを飼いたいと思ってる!」

「グラン! アパートでは飼えないって言ったじゃないか! それに、もしもお前がケガをしたら……」

「わかってるよ! ……でも、でも!」

「お~お~! ワケありって感じか?」

 ふたりの会話を聞いていたニールが突然口を挟むと、コーネリアスはニールに今にも噛みつきそうな口調で言い返した。


「……あなたには関係ないです! あの子猫を助けて頂いたことは感謝しています! でも、グランのことは別です!」

「何も言ってねえだろう? そう、目くじら立てて怒るなよ! それに別に俺は無理に聞こうとも思わない!」


「……ニールさんは悪い人じゃないよ? さっきもぼくと猫さんのことずっと心配してくれてた! たぶん、ぼくのことに気がついてても何も知らないふりしてくれてる! そう思うんだ!」

 コーネリアスとニールの言い合いに、とっさにグランは口を挟んだ。


「グランのことを……気がついていて?」

 グランの嘘偽りない表情にコーネリアスは不思議な感じがし、首を傾げ、もう一度ニールを見る。


「さあな! 俺は何も知らねえよ!」

 ニールはグランの頭を軽く叩くとニヤっと笑い、そのままソファーに深く座った。


「また~、ニールはひとりでカッコつけちゃってさ~! そういうの似合わないよ、ホントにお人好し~!」

「いちいち、オマエはうるせえ~!」

「バカね! それでも褒めてんのよ! ニアも本当に不器用ね……」

 時折、ティノの見せる大人びた言葉は部屋を和ませる。そうして、不思議な雰囲気を醸し出す。


「あの、さっきはその……すいません!」

 コーネリアスは、すまなさそうに小声で謝る。

「別に構わないのですよ、此処は皆が訳アリばかりですからね……ちょっとくらいじゃ驚いたりしませんよ」

 ウィリアムは優しく微笑み、テーブルの上の書類をまとめファイルに入れる。そのウィリアムの言葉に皆が笑い、グランとコーネリアスを見る。


「それに私は依頼は受けた訳でもありません! 彼等が勝手にやっただけですからね……」

「いや、おい! オッサン! 俺の払った病院の治療費!」

「……なんて、セコイ男!」

 ウィリアムの言葉に慌てて立ち上がり指を指し大声を上げると、ティノがすぐさまツッコミを入れる。その言葉にニールは苦笑いをして、またソファーに身体を深く沈め座り、大きく溜息を吐くとガブリエルを呼ぶ。


「ガブリエル、俺のお茶は?」

「はい、すぐにご用意致します……」

 ガブリエルは丁寧に頭を下げ、お辞儀をしてお茶の用意の為にキッチンに姿を消した。



 ーーーーーそれから一週間

 

 事務所に様子を見に来た、グランとコーネリアスが事務所の扉を叩く。


「ネコちゃんはもうすっかり元気よ!」

「わー! 元気になったんだね! よかった!」

 あの衰弱していた子猫は、嘘のように元気になり、ソファーの上でニアと座って小さなボールで遊んでいた。

 その姿を見たコーネリアスは鞄から封筒をそっと出して、誰に言うわけでもなくお礼を言い出した。


「なんて言ったらいいか! あの、これ全然足りないと思うんですが……」

「おーい! 金なら気にすんなよ~! 俺が勝手にしたことだ!」

「そういうこと! さあ! 入って入って!」

 ソファーに座ったニールが興味もないスポーツ雑誌を読みながら、コーネリアスに声をかけ、ニアがグランに手招きをした。


「先日は本当にありがとうございました!……ですが、僕達のアパートでは猫が飼えないんです! せっかく元気になったのに……だから誰かに飼ってもらえるようにチラシを作ろうと思って……」

「その事ですが、大丈夫ですよ。私が大家に話を通しておきました。 飼っても大丈夫ですよ。私からのささやかなあなた方へのクリスマスプレゼントです」

 コーネリアスはテーブルの上の飼育許可書の書類をウィリアムからそっと手渡され、驚きふためいた。


「え、あの。そんなことって……あの口うるさい大家さんが? 承諾したって……信じられない!」

「それが、できちゃうんだな〜! だってウィリアムさんだもん!」

「おい、また怪しい感じだな……」

「ウィリアムさんらしいじゃないですか! よかったね? グランくん!」

 子猫を抱えたシモンが、そっと子猫をグランの腕の中へ渡す。


「躾もしっかり出来てるから! もうそのネコちゃんは引っ掻いたり、噛んだりもしないわ! グランくんがケガすることもないわよ!心配症のお兄さん安心してちょうだい!」

 ソファーの脇に寄り掛かったティノがウインクをすると、柔らかくにこりと笑う。


「どうしてそこまでしてくれるのですか? あの、ここって本当はいったいなんなのですか?」

「みんなすごくカッコイイ! ウィリアムさん! 素敵なクリスマスプレゼントをありがとう!」

 コーネリアスは突然の有り得ない事の連続に目を見開き、素っ頓狂な声を上げる。グランは満面の笑みで子猫を抱きしめ、元気な声でウィリアムにお礼を言った。


「ここはただの探偵事務所! ウィリアム・ロック探偵事務所! 以後お見知りおきを……」

 ニアがハンチングに手を添え、深々とお辞儀をして片手で帽子を上げ、深紅の瞳でグラン兄弟を見上げニヤリと笑った。





 ~~~~~あとがき~~~~~

 さてはて、はじめてゲストさんをお呼びしての意味の分からない特別なお話を書かせていただきました。ロクに取材もせずに書き出したお話で本当に意味が分かりませんでしたね…反省会開きましょうね…(^ω^;);););)


 ゲストのイグレオン様には「グラン」というナマエで出ていただきました。(もちろんイグレオン様のご希望です。)

 どうだったでしょうか?

 ほぼほぼ会話劇でしたが…(いつものこと)

 正直、本編に出してあげたくなるキャラでした。(彼のお兄さんのコーネリアスはゲストとして僕が出させていただきましたww(どうでもいい。)) グラン君も訳ありそうな体質の持ち主なんでしょうね!(匂わせて終わるww)

 では、これからも末永くよろしくお願いします。


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