第58話 リリス


 中性的な顔立(シルエット)にショートカットの女の子。


 だがどこか全体的にぼんやりとしていて、はっきりとはわからない。


 その子が俺に話しかける。


「久しぶり。僕にまだ用があるのかな?」


 ああ、そういうことか。ここで話をするのか。


「お前を正式に俺の所有物にするためにここに来た」


「僕を? 君が? あそこまでされて? それでなぜ所有したいと思うのかな?」


「ああ、確かにあれは悪夢だったよ。でもさ、お前の意志じゃないんだろ? あんたの自由なんてどこにもなかった」


「自由? 何を言っているのやら……。僕の与えられた命を果たしただけ。僕の意志だよ」


「違うな……。誰かにはじめから生まれた意味を決められた人生が、自由なはずはない。それを俺が一番よく知っているからな」


 生まれた時に選べない者がある。

 それは親だ。

 親には資格がいらない。だから親にはいろんな人がいる。

 良い親もいればダメダメな親もいる。

 到底、子どもを育てるに値(あたい)しない無責任な親もたくさんいる。


 でもそうやって世界は続いてきたから誰も文句を言えないのだ。

 それによって被害を受けるのは誰か?


 ――そうだ、それが子どもなのだ。



 この妖刀は生みの親に名前も与えられず、ただ命令に従って人を殺すためにだけ生みだされた。

 今回の事件もマルファーリスによる精神拘束を応用した暴挙の一端だったにすぎないのだろう。

 そこにはこの妖刀の意志も自由もない。


「なにを言いだすかと思えば……」


 すでにマルファーリスの影響が途絶えているのか、少しだけ動揺したように妖刀は声をひねり出した。


「俺がお前を自由にしてやる。だから俺に従え。そして、俺の所有物になれ!」


 それを聞いて溜息を吐いたのは妖刀の少女だ。


「なんて勝手な人だ……」


「嫌なのか? このままだとお前は破棄されることになるんだぞ?」


「……」


「なにも出来ずに終わってもいいのか? それにお前はたぶん悪い奴ではないと思うんだ」

 

「何を根拠に……」


「だってあの時、俺の心臓を治してくれただろ?」


「それはそうしたほうが後々の計画のためにはいいと思ったから……」


「いや、違うな。もっとスマートな方法はいくらでもあったはずだし、わざわざリスクの高い『俺を助ける』なんて選択肢を選んで計画に使うなんて無駄はしない」


 俺はゆっくり首を振って、さらに続きを語る。


「あの日あの時までは、間違いなく俺を殺すことが最優先だったはずだ。結果的に俺が生き残ったことを利用しようとマルファーリスはしたのだろうけど。つまり、何がいいたいかと言うと、お前はあの日、俺を助けてくれようとしたんだ」


「前にも言ったよね? 気味の命をつないだのは、そうすべきだったからだ。君を助けたかったからなんかじゃ……ないよ」


 尻すぼみの言葉にもはや説得力はなかった。


 俺はゆっくりとその妖刀だと言う少女に近づいて、その華奢な腕をつかんだ。

 この命令を聞く以外に何もない少女にも、俺からあげられるものがある。


「お前の名前は、妖子(ヨウコ)だ。俺の所有物になれ!」


 ずっと名前もなく、ただの妖刀だったこの子に、俺にでも名前をつけることはできる。

 あんなロリババアにいいように使われなくても、もういいのだ。


 俺の顔を無言で眺める妖刀の少女は、再び長いため息をつく。


「その名前……ダサいよ」


「な……」


 せっかく考えた名前なのにダサいって……。

 俺はここに来て初めて心が折れそうになった。

 俺のセンスってダサかったのか……。

 とりあえず少女には子を付けておとけばいいという考えがダメなのだろうか?


 そこに妖刀がこう付け加えた。


「でも、もし名前を考え直してくれるなら、主様の所有物にないってもいいよ?」


「……え? いいのか?」


 そんなことでいいのか? 

 名前を考えて、それを与えるだけ。

 それだけで所有物になることをOKしてくれるというのか?



 いや、これは難題だ。名前を考えるのは意外と大変なのだ。

 一通り口に出してみる。


「ようとう……ようこ……ようみ……よもみ……よもぎ……、いや今度は「も」で攻めて見よう。もも……もぬ……もみじ?」


 もみじで止めるが、用途は首を横に振った。

 気に入らなかったらしい。


 ……ていうかこの妖刀、名前にめっちゃこだわっているみたいに見える。

 本当は名前をつけてほしかったのかもしれない。


「あ~・か~・さ~・た~・な~・は……」


 五十音で名前をとにかく引っ張り出そうとするが見当たらない。


「ま・や・ら……リ? ん~、あそうだ! 刀身も黒いし、『夜』って感じがするから『リリス』なんてどうだ?」


 それを聞いた妖刀は少しだけ微笑んで静かに目を閉じた。

 頭の中でその名前を反芻しているのかもしれない。

 気に入った……のか?。


「うん、それで構わないよ。これ以上は、良さそうな名前が出てこないかもしれないしね」


 そう言ったのは半分くらいはやせ我慢なのだと思う。


「よし、これで完了か?」


「ううん、最後に一つ残っているよ?」


「え? なにがのこっ――」


 そう言って俺の唇に柔らかくて暖かい何かがふれた。

 何をしたのかは一目瞭然。

 俺に口づけをしたのだ。


「お、おい……何を」


「決まっているじゃないか。所有者契約だよ。改めてよろしく、主様」


 にこりと微笑んだ顔を始めて見た。

 その幼い顔がこの時はっきりと伺(うかが)えた。

  妖刀が、『リリス』という名前を得たことによってはっきりと見えるようになって実体化したのだ。

 名前を得ただけで存在がはっきりとするのが生きた武器の特徴らしい。

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