第57話 血族
フィーは俺が何を言うのかじっと見つめていた。
「だが、正直いまのフィーとは、結婚なんてしたいとは思わない」
「そうっスか……」
少し低い声で呟くフィーに、俺は一つ咳払いをして言葉を続ける。
「でも、だ。もしこれから俺がフィーをよく知って、心から信じることができると感じたら、改めて結婚の是非を話したいと思う。するかどうかも含めて……」
「本当っスか?」
フィーは俺を見てわずかばかり驚く表情をした。
「だから、これからは素のままのフィーを出来る限り見せてくれないか?」
これは俺の正直な気持ちだった。
結婚という話はぶっ飛んでいたが、こんな俺と? って嬉しさもあった。
だが、俺を利用したいだけの人間(特に女性)が多いのも知っている。
今の俺はそういう力を持ってしまっているのだからなおさらだ。
だからこそ、フィーが本当はどんな人間なのかを知ってからが、全ての始まりになると思ったのだ。
結婚を前提とした仲間? みたいな感じだ。歪(いびつ)もしれないが、これ以上に当てはまる関係も他にない。
「そうっスか……。じゃあ、私がどんな人間かをこれから存分に見てくださいっス。ついでにこっちも素のままの姿になった方がいいっスか?」
そう言ってドレスのスカートの両端をつまんだ。
どうやら服を脱いで素っ裸になった方がいいか? と聞いているらしい。
っておい!
「いや、服は着たままでいてくれ……」
ただでさえパンツを脱いで戦う妹がいるのに、そこに全裸で歩き周る女の子を連れていくのは色々な意味でヤバイからな。
「了解(ラジャー)っス。じゃあ、たまにでいいんで、水浴びを覗きに来てくださいっス」
スカートの端をぱたぱた仰ぎながら冗談ぽくそんなことを言う。
にこっと笑みを浮かべていた。
「はぁ、何言っているのやら……」
フィーは冗談なのか本気なのか分からないところがあるから困る。
さっきのはおそらく彼女なりの冗談だったのだろう。
そこでフィーは大事なことを思い出したという顔をする。
「あ、じゃあ、スキルのことは素のまま全部話しておくっスね」
「スキルか……さっきの布団が飛んでいったのは驚いたが、あれもスキルなんだよな?」
「そうっス。私のスキルは私が望めば使えるようになったものばかりなんで、すごく偏っているんスよ。特に拘束系スキルと魅了(チャーム)、他にも契約履行(コントラクト ・フルフィル)もあるっス。ついでにあと2~3種類のスキルと、さっきの言霊スキルでだいたい私の持っているスキル全部になるっス」
「あれはやっぱり言霊だったのか」
「そうっス。一発ギャグにしか使えない限定的なスキルっスけど」
「……そうか」
「戦いには使うつもりじゃないスキルが多いのは、私って戦闘が苦手なんスよ。というよりも動き回るのがあまり好きじゃないんス。だからギャグ限定のスキルっスね」
なんて無駄なスキルなんだ。
戦闘で使えるように最初から調整していれば、『言霊』は強力な武器になるはずなのだ。それをギャグに使うとか……。
しかもギャグにしか使えないってのも逆にすごいな。
「しっかし偏っているな。もしかしてこの偏り方は……」
この子のスキルは、縛って、惚れさせて、契約履行させる、といったようにまるで特定の何かに使うためのスキルに思えた。
これは……。
男を捕まえた後に、惚れさせて労働の契約をさせる。あとはそれが履行されて……馬車馬のように働き続けることになる。
まさにヒモ女になるための最強のコンボ?
最後の言霊だけはちょっとなぜそのスキルなのか不明だ。
そこはもっと何かなかったのか? と言いたくなるのが本音だった。
まあいい。それよりも言霊のスキルさえも一晩で身につけ、他のスキルもかなりレベルが高そうだった。
「フィーは、なぜスキルをそんなに簡単に身につけることができたんだ? やっぱり人体実験されていたのと何か関係しているのか?」
フィーは少し考え込む。
「それはちょっとよくわかんないっス。けどキャパシティーが実験で拡張されたということはあるらしいっス」
「キャパシティー?」
「スキルを持てる容量のことっスね。魔法もスキルもあらゆる属性のものを全部使える人はいないっス。それは数も同じことっス。でも私にその数を常人ではない容量があるのは、実験の副作用みたいなものっスね」
フィーの話によると、魔法もスキルも他のいかなる能力もそのキャパシティーを超えることはできないらしい。
俺の能力が『物質支配』だけなのにもそれが関係しているらしい。
「俺の能力が一つである理由もそれと同じなのか?」
「う~ん、コウセイさんの能力は破格だからかもしれないっス。その能力一つで勇者のキャパシティーを圧迫しているんスよきっと」
そもそも『勇者』であると言うことが、すでにこの世界での大きなキャパシティーを持っているってことなのかもしれない。
それすらもこの『物質支配』は容量を圧迫していると。
「覚えが早いのは?」
「それはちょっと不明っス。でも私は容量が大きいとそれに比例してスキル取得が早くなるのではないかと思っているっス」
「そうか、たしかにそれなら……」
あとこれらの話から推測できるのは、容量から溢(あふ)れる分を生命への効果制限でカットしていることだろう。
もしこれが『勇者』ではなく、『神』だったのだとしたら制限などなかったのだろう。容量は無限にあるだろうし。
人の身における最強が勇者みたいなものだからそれは仕方ないのだが。
「とにかくこれが私のスキルの根源っス。これで一つ私のことを知ってもらえたっスね」
「あ、ああ……」
「もう一つ明日、帝国に戻ったら教えられることがあるっス」
しばらく話した後、俺は一度メアリスたちにも顔を出すことにした。
「じゃあ、モニカたちのところへ行こう」
「そうっスね」
手には封印された妖刀もちゃんと持っている。
捕まえた騎士は近くを歩いていた見回りの騎士に伝えておいた。あとは勝手にあっちで処理してくれるだろう。
フィーに案内されて王の間の下の階にある騎士訓練場の一つに足を運んだ。
そこではちょうどモニカと男の騎士レドルが模擬戦闘をしていた。
「なぜ模擬戦?」
隣りのフィーが答える。
「なんかディビナちゃんが言うには、同じ『血印魔法』が使えるからって、騎士の人が戦い方を見てくれてるっらしいっス」
そういえば、同じ血族だっけ?
この騎士も『霧影』が使えるのを何度もみたからな。
「じゃあ、あっちの方も相変わらずか……」
パンツ履いてないんだろうな。
「私も脱いだ方がいいっスか?」
フィーがまた馬鹿な事を言い出した。
「いや、パンツはちゃんと履いてくれ。これじゃあ、まるで俺が履かせてないみたいに思われるからな……」
「そうっスか? じゃあ履いたままにするっス」
フィーに対して素を見せろと言うのは、別に素股を見せろって意味ではないのだ。
そのくらいは自分で判断して欲しい……。
冗談だとは思うけど。
と、そこで俺が入ってきたことに魔王メアリスが気づいて、声をかけてくる。
「あ、起きられたんですね。心配していたのでよかったです」
「わざわざ心配してくれたのか……悪いな、色々と」
俺はとにかく謝ることが最優先だと思った。
メアリスもなんだかんだで迷惑をかけてしまった。
「いえ、無事ならいいんです。私の早合点で危うく殺してしまいそうにもなりましたし……」
「そのことはいいさ、お互い様だ。それよりも妖刀のことなんだが……」
「そうでしたね。妖刀を床に置いて、コウセイさんはその横に立ってください。魔法によって所有者契約を結ばせます」
「ただ立っているだけでいいのか?」
「いいえ、契約を完了させるためには、妖刀にこの契約を了承させる必要があります。まだこの刀がマルファーリスの支配を受けている場合、ちょっと厳しいかもしれませんが条件をつけて交渉してでも、刀の了承をとってください。失敗した場合は、この刀は二度と使えないように破棄したほうがいいでしょう」
「わかった。やってくれ」
そういって床を黒い棒が叩くと、魔法陣が展開される。
俺は夢の心地になって、どこか知らない場所へと意識が飛んだ。
「ん? どこだここ?」
そこにいたのは一人の少女だった。
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