番外:不死の恩恵と偽装と芝居(二人の騎士サイド)
・コウセイに倒された直後の二人の騎士のその後の回想です。
・読まなくても続きに問題はありません。
地面に倒れていた血まみれの二人の騎士は、のそりと起き上がった。
「行ったか?」
「そうみたいね……」
女騎士は、傷口からあふれた血を布で拭う。
「いや、しっかし化け物だなありゃ。下手な攻撃はまず効かねえぞ」
「それより、ちょっとしゃべっちゃったわ。ごめんなさい」
「いいさ、あのくらいは。ここで意地でも魔王を倒すと言ってくる方が厄介だ」
女騎士はその言い分に納得して頷いた。
「でもあなたの腕なら、木剣で何とかなったんじゃない?」
「いや、それは無理だ。それよりも魔物の生き骨を使った針の方が効いたんじゃねえか? 途中で気づかれちまったが」
「仕方ないわ……」
女騎士は地面に落ちた針を拾い上げる。
魔物から分離しても未だに毒を吹き出し続ける骨は、先端が黒く染まっていた。
男の騎士は身体の動きを確認しつつ、魔法で傷をふさいでいく。女騎士にも同じように見た目を元に戻していく。
魔王によって与えられた『不死体性』。
死にはしないが、傷も痛みも感じる。
以前見たマルファールス国王のように傷を負ってすぐの人体再生もしない。
「さて、ダンジョンで死にかけて五体満足かは分からないが、勇者を拾いに行きますか」
「彼らはもう、不死体性は受けているんでしょ? それなら大丈夫よ」
「ああ、ダンジョンに入った段階で、あの勇者一人を除いて魔王による支配が発動した。だが……」
支配したものを不死にする力。
それがいまいる魔王の力だった。
そこで男の騎士は首を振って話を続ける。
「自分で動けない奴もいるかもしれないから念のためだ。俺たち『魔王軍』の側についてもらわなきゃならん。一か所に集めてその説得をしなきゃだろ?」
「そうね……」
少しだけ疑念を抱くように男の騎士は空を見上げた。
「あの異世界からきた勇者たちはどこか浮かれていた。それにさっきの勇者に対する態度もひどいものだった」
女騎士は召喚されてから訓練中のコウセイという勇者とそのクラスメートたちの態度を思い出した。
確かに、一人だけ冷たい扱いを受けていた様子だった。
まあ、殺そうとした人間がこんなことを考えるのもおかしいなと思ったりもした。
そこに男の騎士は少し前向きなことを言う。
「死にかけた経験で、何かが変わってくれればいいがな。いろいろ頭が足りないところ、自分の愚かさとかな……」
「そうならなかった勇者はどうするの?」
「その場合は仕方ないさ。不死の支配を解いて自由にさせるさ」
「ふふっ、一緒じゃない」
そこでクスっと女騎士が笑った理由は簡単だ。
あのダンジョンの中で、不死を解いて自由にすると言うのは、魔物の中に放り込まれると言うことなのだから。一種の脅しだ。
「つまりそういうことだよ。そこまで愚かな奴はせめてここで安らかに眠ってもらった方がいい。魔王の望みをかなえるためにもな」
「そうね、今の彼らじゃまだ力が『足りない』ものね」
「これからすこし派手に動き回ることになるが、あの化け物じみた勇者が向かったのは帝国のある方角だ。その混乱をせいぜい利用させてもらうさ」
二人はあの日のことを思い出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
年端もいかない女の子――メアリスはただ前を目指して駆けていた。
必死に息を切らしながら、暗くとても深い森の中を駆け回る。
追っ手から逃げるため、木々の間を通り抜け、赤と黒の刺繍があしらったワンピースを泥まみれにしながら、泥のついた手で拭った顔が黒くなっていて、黒ロングのきれいな髪も汚れたままに全力で走った。
何度転んだか分からないが、ワンピースはもう泥まみれで元の色がわからなくなっていた。
「はあはあ、どうして私を追いかけてくるの……」
彼女は知っていた。捕まったらそれですべてが終わることが。
「待てっつてんだろ!」
「そうよ、待ちなさい!」
まだ十歳くらいの少年少女はあきらめることもなく、全力で追いかけてきていた。
少年は厳いかつい顔つきで茶色の短髪、少女は少し大人びた顔つきで赤毛のショートヘアだった。
「やだよ! 人間は私にひどいことをするんだから!」
メアリスは呼びとめる二人の声に、抵抗を試みた。
あきらめるとは思っていなかったが、これで追いかけるのをやめてくれるのならと一縷の望みにかけて。
自分ももとは人間で、魔王に転生したことを遥か過去のことだと思って、『人間は』と言ってしまう辺り、自分でもこの立ち位置に慣れてしまったのだともう諦めてしまっていたりする。
追跡者である少年少女たち二人はこの森を走り慣れているのか、メアリスは二人を引き離すどころか、あっという間に距離を縮められた。
「捕まえたぜ!」
「やっと……追いつたわ」
少年に腕を掴まれ、メアリスは動けなくなった。
そして少年の手を振りほどこうと必死に腕を振った。
「やめて、離して! ひどいことはもうされたくない!」
二人は互いに顔を見合わせて、意味をはかりかねていた。
「どうして俺たちがそんなことするんだ?」
「そうよ、私たちはただ、あなたと遊びたくて……、それで声をかけたらあなたが逃げちゃったのよ? 転んで怪我していたみたいだし、心配になったの」
あらためて二人の顔を見回して、メアリスは驚いた顔を向ける。
「なんで……、私を捕まえてひどいことをするためじゃないの?」
「あたりまえだ!」
「そうよ、どうしてそんなことすると思ったの?」
ああ、そうか……とメアリスは口を開いた。
「私は……あなたたちが畏れ、敵対し、世界の敵と定めている――魔王よ!」
「なにっ!」
「え!? 嘘! ホントなの?」
メアリスはその細くて白い首を縦にゆっくりと振った。
「うん、だから……」
二人の少年少女は戸惑いながらも、こう聞き返した。
「お前、世界を滅ぼそうとしているのか?」
「私もお父さんやお母さんたちからそう聞いたわ」
メアリスは首を横に振った。
「ううん。私はそんなことしないし、するつもりもない。けど、先代魔王、私のお父さんはそうしていた」
目の前の少年は、安堵の溜息を吐いた。
「じゃあ、お前は悪い奴じゃないんだな?」
「うん……」
少年は少女と顔を見合わせてこう告げた。
「だったら……いい。俺たちはおまえを捕まえたりしない」
「ええ、そうね」
メアリスはもう一度、目を見開いて二人を見返した。
「ホント……?」
「嘘言ってどうすんだよ。もともと俺たちはおまえと遊ぼうと思って追いかけてたんだ。追いかけっこも結構楽しかったけどさ」
「私はごめんかしら……、走るのは得意じゃないのよ? これならまだ、かくれんぼの方がいいわ」
少年と少女は中がいいのが冗談交じりにそんなことを言った。
そして……
「お前は? 何かしたいこととかないのか?」
「私のしたいこと」
「そうだ、お前の名前は? 俺はレドル。こっちはヒューリエだ」
メアリスは初めて自己紹介を人間にすることになった。
「私は魔王二代目、メアリス」
「よし、じゃあメアリスのしたいことは?」
「それは……」
本当にこれを言ってもいいのか、メアリスは天を見上げて父親がいるであろう星を見上げた。
でももうこの世に父親はいない。母親もとっくにいない。
だから、初めて人間と話す機会ができたこのチャンスに、言ってしまおうと思った。
「人間のみんなと仲良くしたい。誰も争わず、誰も血を流さず、誰も虐げず、私もみんなも幸せになって、そして楽しい毎日の中でずっと平和に暮らしていたい……」
メアリスの願いをかなえようとした者が一人だけいた。
君の願いを叶えようと、一人旅立った者がいた。
その人は結局、戻ってこなかった。
「そして、私の願いのために、誰にもいなくなって欲しくない」
そんなメアリスの願いに、二人の騎士見習いの少年少女は笑顔で答えた。
「わかった。お前の願いは、俺たちが叶えてやる」
「そうね。あなたたちと楽しく遊べるのなら私も」
メアリスは頬を赤くしたまま、うれし涙を流してこう答えた。
「ありがとう」
魔王には三つの力があった。
ダンジョンと魔物を生み出す力。
そのダンジョンと魔物に絶対的な命令を下す力。
そして、自分の支配下にある魔物に永遠を与える力。
しかし、先代魔王の父親から受け継いだこの力は、自分の願いを叶えてくれるものではなかった。
侵略し、奪い、支配する。
そのための力でしかなかった。
今代の魔王となったメアリスには、『一つ目』と『三つ目』の二つの力だけが残っていた。
二つ目の命令権は、願いをかなえると言った少年に与えてしまってもうない。
彼は帝国へと行ったきり戻ってこないからもう……。
メアリスはこれら魔王だけがもつ特別な力をひどく嫌い、使わないようにしてきた。
でも二人の少年レドルと少女ヒューリエからの強い希望によって、力を再び使うことを決めた。
「俺たちは死なない! メアリスも死なせない! だから、俺たちは魔王軍に入る」
「でも……」
メアリスは一瞬だけ迷ったが、
「奴隷になるわけじゃない。それに俺たちは人間だからいずれ死んでしまう。強いやつが現れたら、簡単に殺されてしまう。もし願いをかなえられる日が来たとして、そこに俺たちはもういない。でもメアリスの力があれば、俺たちはずっとそばにいる」
その少年レドルの言葉が、彼女の胸に深く突き刺さった。
「わかった……。あなたたち二人は今日から私の支配下に置きます。それでは永遠なる誓いを」
こうして、三人は永遠を約束した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
十年後。
一人の騎士の男レドルは、ものすごい勢いで森の中に隠されたログハウスの中へと飛び込んだ。
全速力で走ったためか、額には大量の汗がにじんでいた。
「やばい、魔王軍の位置があの性悪女(国王)にバレた!」
飛び込んできたレドルの声に、ヒューリエが驚いた表情で答えた。
アルカリス王国の国王・マルファーリス=アルカリスは、魔王軍と敵対する相手の一人だ。その高い頭脳と策略によって、小国を一気にまとめた手腕で知られる。
彼が性悪女と呼ぶのは、その手段が悪辣で非人道的な手段も平気で取るためだ。
「それはホントなの!?」
「ああ、間違いない、国王軍の実働部隊の連中から聞いた。しかも地球という世界から複数の『勇者召喚』を行うらしい」
「そう……。こういう情報収集はスパイならではね。って、そう言ってる場合じゃないわね。これからどうするの?」
「仕方ない、俺たちにできるのは、勇者の戦力を見極めて対処することだ。国王軍の兵力はたかが知れているし、今回の作戦もあの国王の計略があってこそだ。この機会に、魔王軍の戦力を正確に把握しようとしているんだろう」
「あいかわらず、あの国王はゲスい手を使うわね。じゃあ、どうするの?」
ヒューリエは苦笑いを浮かべて返した。
「そうだとすれば、今回の勇者召喚は捨て駒になる。だったら、俺たちより強そうな奴は事前に見極めたうえで処理して、あの国王に気づかれない範囲で行動を起こすしかない」
「殺すのね……。いえ、私たちはあの子を守るためにいるのだもの。私もやるわ」
願いのための犠牲だと無理やり心に押し込めるヒューリエ。
だが……、
「いや、あの腹黒国王の計略の上を行くためには、ただ起きた事態に対処しているだけではだめだ」
「じゃあ……」
「召喚された勇者たちをメアリスの配下にするんだ」
目を見開いてヒューリエはその言葉を飲み込んだ。
「そんなこと……どうやったらできるのよ!?」
「簡単なことだ。捨て駒にされた者たちにはもう行く場所なんてない。いや、それだけじゃない。おそらくだが、このダンジョンの魔物たちには生半可な力じゃ通用しない。だとしたら、ダンジョン内で死にかける者が出てくるはずだ。それが勇者の力を手に入れたものだったとしても」
「なるほどね。そこで捨て駒の事実を教えて、こちら側に引き込もうと言うわけね」
「ああ、勇者召喚は、どんな人間を呼び出しても、その者に勇者としてふさわしい力を授けるもの。だとしたら、それだけの戦力に加えて、支配下に置かれた勇者たちは俺たちと同じ『不死』となる」
「上手くいけば、勇者という強力な戦力を持つ『不死の軍団』が誕生する……」
「だから、失敗はできないぞ?」
「わかってるわ。後でこのことをメアリスにも伝えておきましょう」
「ああ、勇者たちを強制的に従わせるわけじゃないんだ。一応俺も説得するが、賛成してくれると思う。メアリスの願いを叶えるためだからな」
「……そうね」
二人は互いの表情を確認した後、もう一度話を戻した。
「すでにお前の分も勇者の世話役にねじ込んでおいた。ばらばらになると動きづらいし、俺と同じチームにしといた」
「そう、準備はもうしていたのね……。私の分までちゃっかり」
「いいだろ? 俺達しかいないんだ。今回は対処が遅れるとマジでヤバイ。それに国王がここで打って出てきたのは予想外だった」
「へえ、予想外だったの。あなたの予想も外れるのね。戦略予測じゃあの国王に負けてないと思ったけど」
「むしろ俺は自分が負けていると思っている。だが、スパイで情報が筒抜けという究極の一手がその戦略をひっくり返すだけの余地を残しているんだ」
「そこは私にはよくわからないわ……」
普通は、スパイをされている可能性と言うのは常に考慮されているはずだ。あのえげつない手も平気で思いつく国王ならなおさらだった。
それがスパイで手に入っている情報だけで出し抜けている事実が、ヒューリエには理解できなかった。
「これが頭の中だけで何もかも完結させている国王と、実際に動き回っている俺たちの差だ。あの国王はただ自分のためにしか動かないから、国王の命が瀬戸際にならなきゃ、あの王城からすら出てこないってのもある」
「あの国王もたいていよね……」
魔王メアリスも基本的にはダンジョンに引きこもっているが、国王も似たようなものだった。
「おそらくだが……国王に決定的な傷がつかないまでの間が、俺たちがこの戦略で抗(あらが)える期間だ。それが終われば打てる手はなくなる。その前に、国王軍も帝国の問題もすべて片付けることができるかが勝負だ。もし俺たちがスパイだとバレてもおしまいだ」
レドルにはわかっていた。王国との諍(いさか)いは、国王が直接攻め込んでこない限り児戯と変わらないのだ。
それよりガーダバルン帝国の王国が進めている計画、『魔王の捕獲と不老不死の研究のために、魔王を確保する』というものがあった。いまはまだダンジョンのおかげで逃げ切れているが、魔王の居場所がばれて帝国の魔法兵団を動員されれば、かなり厳しくなる。帝国の魔法兵団といえば、あのアルカリス国王ですら正面切っては手が出せないほどなのだから。
レドルは不安要素を首を振って、余計な考えを払った。
「国王は本当にまだスパイに気づいていていないのかしら?」
その質問は、今の圧倒的な有利を覆(くつがえ)しかねないものでもあった。
レドルはごくりと息をのんだ。
「疑いはあっても俺たちがスパイって事実だけはバレてないはずだ。だから、今回の作戦でスパイがいないか、ついでにあぶり出そうとしているのかもしれない」
「その可能性も確かにあるわね」
「動くのはどちらにしても当日だ」
「わかったわ。役割分担を決めておきましょう。当日の行動計画も含めて」
「ああ、どんな場合にも対応できるようにしておきたい」
二人は絶対に失敗できない戦略を検討に検討を重ねて練り始めた。
うっすらと明かりのともったダンジョンの最下層の部屋。
そこで魔王メアリスは悲しそうに目を伏せた。
「そう、勇者召喚を……」
レドルは今回の戦略目標を明確に伝えた。
勇者たちをこのダンジョンに引き込むこと。
あくまでも了承したものだけ支配下に置くこと。
さらに国王と一番厄介な帝国に対抗するため、帝国に不満を持っている者も随時加えて、不死の軍団を作っていきたいことなどだ。
「これは残された少ないチャンスかもしれない。今を逃せば、対抗手段もほとんどない可能性が高い」
「メアリスにはあまり気がすすまないかもしれないけど、私は賛成よ?」
二人の騎士の後押しを受けて、メアリスも覚悟を決めた。
「わかりました。お任せします。そもそもダンジョンの中で隠れていることしかしか出来ない私のかわりに、動いてもらっているのですから文句を言える立場ではないですし」
「そう言うなって。帝国の奴らがこぞって魔王を捕獲しようとしているんだ。下手に姿を表に出すわけには行かないだろ?」
「そうよ、魔王といっても、あなた(メアリス)には戦うだけの戦力が無いのだから」
魔王は昔から強いものとされているが、ヒューリエの言うとおり、間を統べる王としての力はいくつも持っているが、戦う力だけは先代も魔物に任せきりだった。
だからこそ、先代魔王は勇者ではなく冒険者によって倒されてしまった過去がある。
「わかってるけど……。争わない世界を作るために、戦う力が必要なんていままで考えたことも無かったから」
「世界は優しさと残酷さが常に天秤の上にあるんだ。どちらかを傾けようとすれば、反対も傾くものだからな」
「ちょっとそれ、たとえがわからないわよ。ね、メアリス?」
「はい……」
「ひどいな、お前ら」
「ははっ」
「ふふふっ」
そんな冗談で場が和んだところで、とりとめのない話、主に騎士として起きた出来事などをメアリスに話して騎士の二人は時間をつぶした。
その後、二人は刻一刻と近づく勇者召喚の時間に間に合うようダンジョンからログハウスへと戻り、王城へと歩き出した。
いよいよ、地球という異なる世界から勇者がこの世界へと呼び出されることになるーー。
魔王軍側のスパイとして入り込んでいる騎士の二人、レドルとヒューリエは、他の騎士たちと一緒に扉の前で待機していた。
二人のいる城は、五階建ての建造物となっていて、そのニ階部分にある大広間の一室ではいままさに勇者召喚が行われている。
もっとも難しい異世界召喚魔法を使えるのは、世界中を探してもこのアルカリス王国の国王だけだ。
元いた世界で災厄を振りまいたとされるその魔法の強大な力を持っている。
その国王ですら、何十人もの勇者を召喚の恩恵を付けて呼び出すためには、かなり集中しなければならない。そのために、大広間には一人の衛兵を除き、中にいるのは国王だけとなっている。
数分後、勇者召喚の儀式が終わったらしく、廊下と部屋を分けていた扉がゆっくりと開かれた。
レドルはいよいよ始まるであろう作戦を頭に思い浮かべながら、部屋の中に入って行った。
「では、わたくし、騎士団長ハンドレッドからご説明させていただきます。そして、改めまして、勇者様方。このたびは遠いところをわざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
威厳の滲む中年の騎士団長ハンドレッドが異世界人たちへと説明が始まった。
「――ではまず、現状の説明から。現在、我がアルカリス国王軍と敵対しているのは、この世界を侵略し、滅ぼそうとしている魔王軍です。抵抗できる勢力も世界中で激減し、世界の滅亡まで待ったなしなのです。そして、われらの力だけでは対抗できないことから、異世界の勇者様方に召喚に応じてていただき、ご協力願おうといった次第です」
その中で、レドルは隅々まで勇者たちを観察することにした。恐怖を浮かべる物やいまだに混乱の中にあるものなど、さまざまだ。しかし、全員がどこかの軍隊のように同じような黒い服装で統一されていた。制服を見たことがないレドルには、戦闘経験のある者たちなのでは? という推理していた。
実際にはある学校の一学年の一クラスを丸ごと召喚したことを棋士たちは知らない。
「いまのところ、ダンジョンがすべて合わせて583出現しているのが確認されています。また、その一つには大型のダンジョンがあり、地下深くには魔王が潜伏しているという情報もあります。魔王はなかなか位場所がつかめなかったこともあって、話し合いの結果、叩くなら今のうちにとなったわけです」
説明が終わると、一人の少年が挙手をした。
「あのいいですか?」
「なんでしょうか?」
まるでこの状況に何も驚いていないような顔をしているところをみると、かなり周囲から浮いているのがわかる。
「勇者って事は、すごい剣をもらえたりするんですか? それとも何か特別な力が俺たちにはあるのでしょうか?」
「うん、いい質問です。勇者様方は、異世界から勇者として魔法で呼び出されました。そのため、その人が最も勇者として持つべきにふさわしい、特別な能力や武具が宿ると国王様がおっしゃられていました」
レドルは、予想以上の事実を知ることになった。
それは、能力的な恩恵だけではなく、アイテムボックスに武具まで手にすることができる勇者召喚だった。
「ではみなさん、ステータス起動と唱えてください。そうすれば、どのような能力がその身に宿ったのかがわかります。ただし、書かれている文字が読めない可能性があります。そのため、一人に付き、指導兵が勇者様方には付くことになります。これから戦闘を訓練したり、この城のことを説明など、もろもろの雑用をこなすものたちです」
騎士たち二人組になって、勇者一人一人のそばまで歩み寄った。
その状況を見てレドルはさすがあの腹黒国王だと思った。
集団の反乱を防いで、最も早くこの世界で生きることに視点を向けさせることができる。
さらに、騎士団長はまるで言うのを忘れていたという表情で補足説明を始めた。
「あと言い忘れていたのですが、この世界の侵略は順繰りに行われます。いまわれら代48世界の侵略となっている以上、第49世界――つまり世界最後の現存世界(地球)も侵略が始まるということです」
それを聞いたレドルは、すでに勇者にするためのシナリオが用意されていたのだとわかった。
勇者召喚された者たちに逃げないように釘を打ったのだ。ここがダメなら、もう世界に後はないと。
これで戦いたくないものでも、その背中に世界の存亡と重圧を抱えさせ、やらざるを得なくした。
ここでやっとレドルとヒューリエは、指導担当となる少年へと近づいて行った。
誰を指導するかはまだ決まっていなかったのだが、自然な流れで他の騎士たちは相手を選んでいたようだが、レドル達は違った。
真っ先に最初に手を挙げて、動揺の色を見せなかった少年にすることを決めたのだ。
「よう、よろしくな」
「はじめまして。私たちが指導を担当することになるわ。よろしく」
声をかけられたことに少し驚きつつもその少年は返答を返した。
「……よろしくお願いします」
少年は他の勇者たちを観察しているようで、複雑な表情を浮かべ始めた。
レドルはそれを横目で見ながらも、一緒になって周囲の者たちのステータスを確認する。
自分が十年かけて磨いたスキルや魔法を、たった一度の償還によって上を越されたことは正直レドルでも予想できなかった。やはり勇者というのがそれだけ規格外の存在なのだろうと。
いや、予想外ではない。ここまではなんとか予想の範囲内だった。
が、本当に予想外だったのは、自分たちが指導担当になった少年だった。
「あの、俺のはどうでしたか?」
その声に心を焦らせながらもいたって冷静な態度を務めるレドルとヒューリエ。
表示を驚愕した表情でガン見した。
レドルにはそのステータスに表示された能力の意味が理解できなかった。
『物質支配』という詳細不明の聞いたこともないスキル。それに召喚対象を限定しないスキル。
まったくわからない能力スキルから、無敵クサイ能力として『斬撃無効』や『打撃無効』があったのだ。
ヒューリエはさらに営業スマイルを強めてなんとか説明で誤魔化すことにした。
「ここには能力の解説があるの。どうやら、『イメージした小石を形状問わず呼び出せる』そうよ」
そこで、ヒューリエは失敗に気づいた。
どうもこの少年は周囲から浮いているだけではなくて、弱者としての視線を向けられていたのだ。
クスクスという嘲笑が辺りから聞こえてきたのをレドルとヒューリエの二人も耳にしたのだ。
少年は何かをあきらめたような表情で視線を落とし、暗い表情をしていた。
レドルは、こうした空気が一番嫌いだった。
弱いものを馬鹿にして、嘲笑うような奴らを本当に自分たちの側に引き込むべきなのか……と迷った。
だが、もう変更はできないし、メアリスのためにも後には戻れないのだ。
こうしてレドルは、訓練を通して他の勇者たちの力を見定めながら、作戦当日にどの手順で誰を引き込んでいくのかをシュミュレートした。
こうして訓練の日々を徹底的に勇者たちの観察へと時間をとった。
ダンジョンへの突入当日。
騎士の二人レドルとヒューリエは、担当勇者の一人であるコウセイをダンジョンの3階層の地獄部屋へと放り込んだ。
そこにいるのはケルベロスだ。まず、生きて出ることはできない。
「まさか、もう一度この部屋をあけることになるとはな……」
「そうね……。あの魔物は魔法が効かないから、私たち騎士でも歯が立たないものね」
その後ダンジョンから出て、二人はこれからの算段を話し合った。
「さて、勇者はすべてダンジョンの中に放り込まれたようだ。報告を盗み聞いた限りだと、死亡報告が完了しているな」
「どっちにしても完全な死亡を確認できるようなところまで騎士たちは階層を下りていないわよ」
そう会話している時だった。上空から、人影が下りてきた。
「(勇者だ、能力に気づいたのか?)」
「(どうするの?)」
「(とりあえずやり過ごそう。一応、殺せないかどうかを試しては見るが無理だろう。それよりも下手に俺たちの情報がバレないことに徹しよう。何も知らない……あくまでもこの国の騎士として知っていることだけ教えて満足させよう)」
「(なぜ? あの能力なら、仲間に入れた方が……)」
「(たぶんそれは無理だろうな。力だけを求める関係は力を得た強者には通用しないんだ)」
「(そう……、私たちは一つ間違えてしまったのかもね。仕方ない、わかったわ)」
「(じゃあ、俺に合わせろ)」
レドルは声をあげて勇者にいった。
「どうなってやがる! なぜ!?」
勇者は憮然として答えた。
「は? 俺の言葉が聞こえなかったのか? お前らが騙していた『小石召喚』なんかじゃなくて、本当の能力を使えたからだよ」
「くっ、もうバレたのか! じゃあ、いまここでなんとしても」
ヒューリエはレドルの話に合わせて、こう呟く。
「あなたはこの世界の文字が読めないはず! ステータスさえ見れないのに……」
「おいおい、わからないのか? 俺の『物質支配』があればそんなこと簡単に(……できる)」
そのタイミングでレドルはがら空きの首に切りかかった。
『霧影』と呼ばれる影から影へと霧のように移動する転移魔法だ。
が、レドルの長剣は勇者の皮膚に触れたまま動きが止まる。
「けっ、『斬撃無効』は見間違いじゃなかったか」
一瞬で下がるレドル。
「火球!」
巨大な火の弾丸が熱気をまとって、勇者に迫った。
が、その攻撃も内側から乱気流が巻き起こり、火の弧は内側から周囲に散ってしまった。
「気が済んだか?」
勇者はあきれたように言う。
「な、にが……。LV.8の火魔法が、かき消された!?」
レドルは驚いた表情を維持したまま、上位魔法さえ効かない状況にため息をひそかについていた。
すると、何か考えが変わったのか、勇者はレドルへと胸小石を飛ばした。
レドルの胸には穴があき、血が噴き出た。
(さて、死んだふりか……とはいえ、ここまでされるのは始めってだな。ヒューリエは大丈夫か?)
案の定、痙攣して人が死んだように見えるこの状況に悲嘆の表情を浮かべていた。
「あ、ああ……」
悲鳴をこらえる騎士の女ヒューリエは、口を押さえてレドルを見ていた。
「お前はどうするんだ?」
「わ、わた、わたしは……」
「とりあえず、お前たちはなぜ裏切った? 許すつもりはないが、何がしたかったのか聞かせろ」
「俺の能力を見て殺しておこうとなったのか?」
「そ、それは……、あなたが一番危険そうなステータスを持っていたからよ。だから……」
「じゃあ、お前たちは魔王軍に寝返ったってことか?」
「そ、そうよ、もういいでしょ?」
ヒューリエの身体を電気ショックが襲った。
「がああああああああああああああああっ!」
ヒューリエは口からよだれを垂らして、痙攣したまま地面にへたり込んだ。
「本当のことを話せ」
「……ち、ちあ、違うの、私たちはもともと、魔王軍側のスパイ……だったの」
「スパイ?」
「私たちを世界を滅ぼす悪者に仕立て上げて、勇者を使ってダンジョンを襲わせようとしていたから……。悪いのは国王軍よ。あの王女こそ本当の魔王みたいな女なんだから」
ヒューリエは情報を吐いてしまう。
「ふ~ん、それで魔王のいるダンジョンのブラフを流して襲わせないように画策したわけか?」
「ち、違う。魔王がダンジョンの最下層にいるのは本当なの……。だから、私たちは危なそうな奴をみんな、不意打ちで排除しようと……」
本当は少し違う、魔王はあのダンジョンの最下層にはもういない。
「はぁ……、あほくさっ」
「こ、これでいいでしょ? 私、まだ死に……」
とりあえず、命乞いをしているように見せるため、ヒューリエはそれを口に仕掛けるが、石が胸に風穴を開けた。
無数の穴から血を流してヒューリエは倒れた。
(もうなんか、いろいろボロボロだわ……そういえば、不死なんだからレドルも生きているのよね。つい、動転しちゃったわ)
そんなこんなで今に至る。
「じゃあ急ぎましょ。他の騎士に見つからないように、血印魔法『霧影』をお願い」
そう言って女騎士は、男の騎士の身体に触れると、一瞬にして霧のようにその場から姿を消した。
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