番外:帝国学院の一場面(ミュースサイド)
・武器屋で働く女の子の学院でのひと時です。
・読まなくても続きに問題はありません。
大学にある講義室くらいの広さといったところだろうか。
ここは中心部にある教育機関として名高い帝国魔法学院がある。
20代後半くらいの女性がその教壇で本を片手に授業を行っていた。
「強さとは何か?」
先生は一人の男子生徒にこう問いかけた。
「はい、パワーや剣技もその人を強くしますが、やはりすごい魔法が使えることでしょうか」
「まあ正解だ。確かに、強力な魔法はそのものの強さを表す。超人的な怪力を持っていれば喧嘩が強いだろう。達人同士なら剣技を競うのもよいかもしれない。だが、この世界において魔法こそが最強だ。皆もそれを忘れてはならない」
そこで聡明な雰囲気を漂わせる眼鏡をかけたおさげの女子生徒が、少し疑問を提議する。
「先生のおっしゃっていることは正しいことだと思います。魔法があればどんな敵も倒すことができるのでしょう。ですが、魔法は発動しなければその力を発揮できませんよね?」
「またか、ミュース……。そんなの当たり前だろう?」
呆れたように先生は声音を下げた。
「はい。ということは、発動前に潰されたら、魔法は最強ではなくなるのでは?」
その瞬間、ブフっと近くに座っている女子生徒が噴き出した。
いつものひねくれがまた始まったのだと、生徒の皆が思ったのだ。
重箱の隅をつつくのが日常茶飯事、話の腰を折らないと授業すら聞けない奴だとみんなからは思われている。
「確かにそうだ。だが、もともと後衛ポジションで使われていた魔法の発動を止めるためには、音よりも早く敵陣の中を移動し、なおかつ確実に魔法発動を止めなくてはならない。つまり、魔法の発動したものを一瞬で特定し、しかも絶命させるかなにか理屈不明の魔法をキャンセルさせるような技でもない限り、魔法を止めるなんてありえない話だ」
「それは……そうですけど」
「ミュース、お前は帝国軍を馬鹿な集団だと思っていないか? そのくらいの対策は全ての魔法兵団が行っている。発動時間を最短にする研究も進んでいるんだ」
「そうだったんですか……」
「まったく、もし生徒でなく敵軍であれば侮辱罪で死刑にしていたところだ」
「すいません……。ちなみに対策というのは?」
「はぁ……まだ納得できないのか? 簡単な話だ。ただの下っ端兵であればタイムラグなしで発動できる魔法障壁を持たせている。上位兵士になるば、索敵やトラップなどで不意打ちを受けないような対策をしたりだ。まあ、ちょうどいい。これから話す内容だったんだ。話の腰を折ってまで予習とは感心だな」
「……授業を続けてください」
ミュースは自分がまた余計なことをいってしまったのだとすぐに気付いた。
「まず、入学してきてしばらく経つ者の中には、必ずこういうやつがいる。帝国の皇帝陛下は、ただの権力者で兵士を動かせるから国の力を持っていて強いのだと。国王は王の血を引き、政治をするだけの為政者だと思っているものも多い。だが……それは間違いだ。事実とは全く違う」
知っているものは平然とした表情を、知らなかったものは驚きの表情で先生を見つめた。
「彼は想像をはるかに超える強さを持つ。強力な魔法をいくつも操るのもその一つだ。お前たちも知っているとは思うが、この帝国は国の誕生後、一度も負けたことがない。幾多の侵略者を葬ってきたのは、まだ帝国として魔法兵が配備される前のことだったからな。それまでの間、国単位の敵軍を退けてきたのは皇帝陛下なんだ」
教室からは、驚嘆の声が飛び交った。
「ミュースが質問したことに対応策があると先ほど答えたが、皇帝陛下はそれすら必要なかったという。強力な魔法は、使えるだけで敵を圧倒できるんだ。小細工は通用しないのは歴史が証明している」
その説明に、ミュースはどんな魔法を使ったのか分からないから何とも言えないといった具合に、また質問で話の腰を折ろうとするが、考え直してやめた。
「では、なにが魔法を強くするのか?」
その問いに、生徒たちは息をのんだ。
知っているのだ。だが、あまり大っぴらに答えたいことではないのだ。
だが、誰もがそれを肯定していることでもある。
犠牲として、奴隷や税を払えずに人権をはく奪された者たちなど挙げればきりはない。
帝国のために力となっているんだと、小さいころから当たり前のこととして教えられることだ。
ただ一人、ミュースだけがそう思うことさえおかしいと声を大にしていいたいと考えていた。
「そう、『犠牲』だ。人間という生命の犠牲をどれだけ詰みあげることができるのかで、魔法の強さが決まり、国力は増大する。君たちのような一般の魔法兵のほとんどは、自分の生命の足し引きで魔法を使うからあまりピンとこない者も多いだろうがな」
それを知らなかった連合小国アドミスから来た留学の生徒は動揺しているのか、善悪の租借に悩んでいるのか、変な顔をつくっていた。
こういう反応をするのが普通なはずなのだとミュースは思う。
「これは例え話だが、いまの皇帝陛下ならば、我々を天災で滅ぼそうとする神々ですら殲滅せしめるといわれている。どんな法則をも支配する神ですら殺せると言うんだ。まあ、神がいればの話だが。……そうだ、ちょうどいい例がある。ついさっき起きた出来事だそうだ」
ミュースは、いるかいないか分からない神をなぜ殺せると断言できるのか理解できずに疑問を小声で呟いていた。
先生に聞こえなかったのは声が小さいのもあるが、その疑問の声を覆い隠したのは一番前の席の女生徒が質問したからだ。
「なにかあったのですか?」
「ああ、王国には感情をキーに使う類いの大魔法があるそうだ。それを王国が放った。試算によると、100人単位の騎士を犠牲にしたらしい。運悪く隕石が王国へ落ちてきたそうだ。それを迎撃するために魔法を使ったらしい」
「隕石が……でも帝国にいれば」
一人の生徒が、生徒の皆の気持ちを代弁して口に出していた。
帝国にさえいれば、どんな天災でも敵軍でも退けてくれると。
先生は悔しそうな表情で話を続けた。
「帝国としては、あのしつこく抵抗してくる王国が隕石で滅びた方が都合がよかったけどさ。とにかくそんな災害でさえ、大魔法はそんな状況もひっくり返す」
「はい」
力強い返事をする周囲の生徒たち。
これから多くの生徒は魔法への憧れと、盲信を強めていくのだろう。
お国のために、帝国のために、皇帝陛下のために、と。
ミュースだけは、どうしても納得ができずにいるのだった。
こんな日常を今すぐにでも変えてほしいと一途に願う。
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