第19話:古宿
俺たち3人は帝国の入り口となる巨大な門へと向かった。
そのまま背丈の三倍くらいある鉄の門へと歩いていく。
そして、まあ予想はしていたが……、
「な、なんでこんな所に魔物が!」
「気を抜くな! おい、そこのお前たち、どうして魔物が!?」
門番の二人からは、めちゃくちゃ警戒されていた。
槍を構えたまま、モキュから視線を離さない。
「まあ、わかってはいたが、魔物じゃないぞ?」
その言葉に門番の二人は疑問を浮かべつつ、モキュのことをゆっくりと観察する。
「何を馬鹿な! って、んぅ……。これはすまいない。確かにこれは魔物じゃないな」
「この姿形は、ビッグハムスターか。あまり見かけなくなったが……こいつは大きいな」
魔物でないことを理解した門番たちに入国税を払って、一応聞いておく。
「モキュの分は払わなくていいのか?」
すると、一人の門番がそれに答えた。
「大丈夫だ。動物は所有物ペット扱いだからな。それより、そのビッグハムスターがもし誰かをけがさせたら、所有者の責任となるから気をつけろよ」
「そうか」
もう一人の門番が、少し困ったような顔をして、門の内側へと視線を向けた。
「あと、いまの国内は緊張状態で少し物騒だからな。それも自己責任になる」
「わかった、では」
俺たちは門を通って、帝国の都市へと入ることができた。
なんというか、終戦直後のようなどんよりとした雰囲気がそこかしこからした。
崩れた建物の前で布切れを纏って座っている者、せわしなく走り回るこの国の騎士たち。
「一体、何が……」
そう口にしたのは、ちょっと前まで住んでいたはずのモニカだった。
「これはいつもの様子ではないのですか?」
そんな茫然としたモニカに声をかけたのはディビナだ。
「はい……、建物はとてもきれいな町でしたし、なによりも『あの人たち』が街の中に見当たりません。まるで内戦でも起こったかのような……」
あの人たちと言った時のモニカの表情は明らかに厳しいものがあった。
なにかこの街の闇が何かあるのかもしれない。
すると突然、モニカは真っすぐと大通りを走りだした。
「おい! どこへ……」
俺とディビナもそのあとに着いていくと、茫然と立ち尽くすモニカがいた。
「どうかしたのか?」
そう問いかけると、震えた声のモニカが答えた。
「城が……」
「城? そんなものないぞ?」
目の前にあるのは更地だけだった。
「この場所は、皇帝が住んでいるお城が立っていた場所なんです。魔法の研究や騎士の育成なんかもここで行われていたと言います。それが……」
そこで、ディビナが近くにいた住人に何かを聞いて戻ってきた。
「その……モニカには言いにくいのですが、このお城は昨日なぞの爆発で無くなってしまったそうです……。それと、驚いたのですが、皇帝が死亡したと……」
それを聞いたモニカは、複雑な表情で俺の方を振り返った。
何が言いたいのか、表情からはわからなかった。
「もし兄がこの城の中にいたのであれば、生きていないでしょうね。皇帝陛下が死んでしまうほどの爆発だったのなら……」
悲しんでいると思ったが、少し違った。
これからどうしようと少し動揺していた。
とそこにすかさず声をかけたのはディビナだった。
「だ、大丈夫ですよきっと! 別の場所にいたかもしれませんし」
「そ、そうですね。きっと生きていますよね? だから……」
俺はその反応の違和感に気づいたものの、あえて追求はしなかった。
「それで、これからモニカはどうするつもりなんだ? ディビナは手伝うと言っているが、具体的にどこから調べて何を手掛かりにするつもり……」
と言いかけた所で、俺へと変な視線を向けられていることに気づいた。
「ん? 二人ともどうした?」
ディビナはにこりと微笑むだけで、モニカはほっとしたような安堵の表情を浮かべた。
質問に答えたのはディビナだった。
「いいえ、なんでもありません。私は自分の責務を全(まっと)うしたうえで、時間のある限りモニカさんのお兄さん探しを手伝います。まずは手掛かりを探すところから。コウセイさんは、これからどうなさいますか?」
「ああ、まずはこの状況で旅人が住める宿と食事の確保だな」
「だったら私の家に来ませんか?」
そう提案してきたのは、なぜか嬉しそうな顔をするモニカだった。
だがそれもホンの束の間だった。
モニカの家がある場所は、入口付近にあった家の残骸と同じように、崩れて石の塊に変っていた。
「私の家が……」
それを見てうっすらと涙を浮かべて悲嘆の声をあげて呟いた。
「ああ、これはさすがに無理だな……」
俺は家の建築思想や設計というものを知らない。物質支配はできても、知らないものを操作して最初から元通りに構築することはできない。
設計図があっても俺の知識では難しいだろう。
「ではやはり宿に?」
そのディビナの声に頷いて返事をした。
「ああ、仕方がないな」
にしても、モニカは本当に兄が大事なのだろうか? なんとしても探し出したいほど、慕っていたのだろうか?
家が潰れて泣くのに、兄が死んだかもしれないとわかったときに、あまり悲しそうではなかった。
しばらく街の中を歩いて気付いたことがいくつかあった。
これだけ大きな街なのに、人気が少ない。
一般の人が少なくて、むしろ、騎士の恰好をした兵隊の数がやけに多い。
もしかすると、内戦が終わったのではなく、これから本格的に始まろうとでもしているのか?
そんな静けさだ。
しばらくあるいて、宿らしきところを見つけた。
看板は傾き、ボロボロの木材でできた外壁と、ちょっと暴れたら倒壊しそうなオンボロな宿だ。
「誰かいるか?」
俺は安全確認のために中を確認する。
すると、顔中しわくちゃのお婆さんが一人いた。
客はいるとは思えなかったが、一応確認するがやっぱりいない。
床を踏むとみしっという音がする。中へとはいって、お婆さんに話しかける。
「あの、すまない。ここは宿屋だろうか?」
すると、つむっていた目を目玉が飛び出るくらいに目いっぱい広げて目をあけた。
「なんじゃ、客か」
「そうだ、今日は泊まれるだろうか?」
「ああ、いつも部屋はあいているからね。これを」
そう言ってお婆さんは一本のカギをカウンターの上に置いた。
それを俺は受け取り、料金のことを聞くことにした。
「それで、一泊いくらだろうか?」
「ああ、代金はいらないよ」
そういって、ニヤリと笑いかけられた。
日本にはこういう教えがある。
タダより高いものはないと。
しかし、街にまで来たのに野宿なんてのは嫌だしな。
「食事は出るのか?」
「ああ、もちろんだよ。代金はいらないがメニューはこちら任せになるがね」
「そうか……不味くなければ何でもいい」
その後、モキュを馬小屋へと連れて行き、二人を呼んで部屋へと向かう。
モキュとの別れ際、悲しそうな目を向けられた。
だが、我慢して欲しい。
これだけ大きな動物がこのボロ宿を歩いたらそこらじゅう穴だらけになりかねないのだ。宿がペットによってぶっ壊されても困るからな。
そのかわりと言っては何だが、なるべく様子をみにこよう。
二階の部屋へと向かうと、二人部屋になっているようだった。
木の丸テーブルも椅子もぼろぼろ。ベッドの上にはせんべい布団がある。それが二セット。
二人は椅子に座って、窓から外の様子を警戒するように眺めていた。
俺は、とりあえず、荷物はテーブルに置いてベッドに横になった。
さて、思っていたのとかなり違うが、俺が目指した大きな街でまず宿に泊まって食事する第一目標は叶いそうだ。
だが、俺はここでいろいろ考え直さなければならないことがあることに気づいた。
自分の身体は基本的に切られても焼かれても死なないが、ディビナやモキュ、それとついでにモニカはそうではないのだ。
もっと物質支配の力を上手く使えるようにすることが必要だ。
特に自動迎撃系(オートカウンター)や索敵・感知を素早くできるような仕組みを能力からうまく作り出さねばならない。
それと、生物の素材を使った系統の攻撃へのもう少し隙のない対策をするべきか。
「まずは武器屋、それから図書館か本屋だな……」
最低限の基本構造を頭に入れて、物質支配で作れるものを増やしておいた方がいい。
いまは、単純な構造物しかつくりだせないのだ。
あと、光の操作で赤外線センサーやエコーやX線探査、まだこの能力でできることがあるはずだ。
「いや、先に紙とペンを買ってくるか……」
これからやることや必要なこと、今後の予定を書こう。
俺はベッドから起き上がる。
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