第20話:魔法の代償と生贄

俺は宿を少し出ることを伝えるため、二人に声をかけた。


「ディビナたちはまだ宿にいるか?」

「え、どこかにいかれるのですか?」

「ああ、文房具やみたいなのがあればと思ってな」

「そうですか。そういう生活の細かいお店の場所ならモニカに案内してもらってはどうでしょうか?」

「ああ、そうだな。モナカ、頼む」

「はい。あの……私はモニカです。さっきまでちゃんと呼んでましたし、わざとですよね?」

「なんか、モナカっぽいんだ。肌の色がモナカの色に似たいい感じの肌色だからついな。いや、すまない」

「……? モナカが肌色?」

「そうか、わからないよな。お菓子だよ。その色にちょっとな」

「はぁ……そうなんですか? 」


 生返事をしたモニカは自分の肌をまじまじと見ながら、不思議そうな表情で俺を見返した。


「とにかく、道案内を頼む。そのかわり、ここにいる間の安全は確保しよう」

「わかりました。じゃあ、行きましょう」


 モニカは微笑んで答えた。


「留守の間、モキュを頼む」

「はい、お任せください」


 いやそんな大仰なことではないのだが……。

 ディビナはなにかと馬鹿真面目に捉えるんだな。


 街をモニカと歩いていると、ほとんどの店は開いていなかった。

 

「ん~、どうします? みんな閉まってますね」

「そうだな。潰れた民家から拝借することにしよう」


 そういって、一つの潰れた家に向かって右手を向けた

 瓦礫を宙へと浮かせて、紙らしきものがないか探す。

 何枚か木のたんすの潰れた残骸から見つけた。

 そこまで歩いていき、そこから直接手で引っこ抜く。


 その様子をモニカはどう思ったのかはすぐわかった。

 不思議なものを見るような、なぜ? といったところだろうか。


「不思議か?」

「はい……、なぜ紙を直接手元まで運ばないのですか?」

「ああ、まあ、いろいろあるんだ」


 俺の能力は紙や羊皮紙には使えないのだ。

 誰に聞かれているのかもわからない状況で、しゃべって敵になるかもしれない人間に自分の弱点をさらすわけにはいかない。


 まあ、空間を応用した転移なら何とかならないこともないが、あれは結構集中がめんどくさいからな。目の前の物を取るために使うようなことではない。


「直接手で取った方が早いだろ?」

「はあ、そういうものですか……?」

「そういうものだ」


 俺はモニカの手を引っ張って、人気のない建物の路地裏へと引っ張り込んだ。

 めちゃくちゃ慌てたモニカは怯えた声で問う。


「あの、なにを……」

「一応、空間の壁も作っておくか」


 それで右手を掲げた。

 こうして、手を動かしていまいる地点(ポイント)を限定すると、空間の位置設定や把握が上手くできるのだ。

 

「俺の能力は基本的に生きているものには不得手なんだ。モニカもなんとなくわかっているのだろ?」

「えへへ……、やっぱりバレてました?」

「ああ、モニカにその手のごまかしはできないと思うぞ?」


 そういって表情を見て言ってやる。


「それは困りましたね。あの、さっきの話ですが、最初はどうしてか分からない行動があって、見ていてだんだんとわかるようになってきました」

「そうか。ダンジョンの行動を見られていたら、バレバレかもな」

「えへへ……」


 ぎこちない笑みを浮かべるモニカの手を引いて、もう一度通りへと戻ることにした。

 書くものを探して再び別の家の瓦礫をあさり、宿へと戻ることにした。


 その帰り道。


 ここから街の反対側からものすごい爆音が響いていた。

 なにか銃撃音のようなものや、砲弾を打ち出す音、巨大な破砕音、爆発音、それらが混沌と混ざり合って聞こえてきた。


 すぐ近くの周囲を見回すと、数名の二人組になった男女が歩いているが、驚いているわけではないようだ。

 だが、その人々の恰好をよく見ると、歪(いびつ)であることがよくわかる。

 二人の内、女性は普通の街に住むのによくありそうな婦人服。

 だが、男性はボロボロの鼠色のマントを羽織っているだけだ。

 それを見たモニカは嫌なものを見たように、その者たちと距離を取った。

 これが例の言っていた『あの人たち』なのだろうか?


 爆音へと再び意識を向けると、こちらに近づいて来る音がした。

 俺は視線をそちらに向け、とっさにモニカを背に隠して右手を空へと構える。

 飛んでくるのは大きな火の塊、まさに火弾だ。

 おそらく火魔法。

 騎士が使っていた火魔法の10倍くらいある大きさだ。

 それが無数に迫っていた。

 あんなものを普通の人間がくらったらひとたまりもない。

 

 別の場所に落ちた火弾は周辺の家々を破壊していた。


「あれが原因か……」


 家が壊れていた理由が分かった。

 どこの馬鹿が放っているのか分からないが、これでは宿の方も危ない。


「おそらく、騎士団の魔法兵器の一つだと思います。ふつうは対国家戦争に使うものです。それが、国内に向けられているみたいです……」


 家の惨状を思い出したのか、悲しそうにモニカが説明してくれた。


視線をずっと先の方に向けると、道の真ん中でたたずむ男女二人へと火弾が落ちていった。だが、二人は慌てて逃げ出すこともない。これは尋常ではない状況だ。

 何か対抗策でもあるのか? それとも死のうとしているのか?


 地面が揺れ、爆風が辺りを襲った。

 俺は、モニカが空気の熱で皮膚やのどをやられないように、風の操作で熱を隔離した。

 しばらくたって砂煙が収まると、そこには一人の女性が立っていた。

 男性の姿はなかった。


 なんだ? 何が起きた?


「一人が無傷で、一人が消えた? いや……」

 

 地面には焼け焦げた黒い何かがあった。

 ぼろ布を纏っていた男の死体だろう。


「あれはなんなんだ?」


 俺は言いたくなさそうなモニカへとどうしても聞かずには居られなかった。


「あれは……この帝国の日常です」

「日常?」

「はい、魔法の代償で彼は死んだんです。焼けたのは死んだ後の屍でしょうね。あの女の人が火から自分を守るために、あの男の人を殺して魔法を使ったんですよ」

「なっ!」


 さすがに驚いた。

 俺は騎士が当たり前のように魔法を使う姿と、勇者たちが好き勝手に魔法を使う姿だけを見てきた。

 だが、誰かを殺して魔法を使うなんて一度も聞いたことがなかった。王国の誰もそんな説明などしていない。

 なにがどうなっているんだ……。

 確かにそんなことが行われているならば、つい目をそらしたくなるだろう。

 前の世界でこれが日常になっていたら、真っ先に俺が生贄にされていた気がする。


「だが、騎士たちは普通に魔法を使っているじゃないか」

「そうですね。あれは自分の生命をそのまま魔法に使っているんです。なんの代償もなしに使っているわけではありません。ただ、それを訓練で最小に抑えているといえばいいのでしょうか。勇者がこの世界で強いと言われているのは、その訓練なしに魔法が使えるからなんです」


「じゃあ……クラスの奴らが使っていた魔法も本当は何かの代償がかかっているのか?」


「そうですね。魔法はそういうものですから。おそらく寿命です。命を削って王国に魔法を使わされていたんですね。威力が大きい分消耗も早いでしょうから、一か月生きていられたら奇跡ですね。コウセイさんは魔法ではないので違うみたいですけど。えへへ……」

「そうか……。つまり王国は本気で、俺たちを皆殺しにするつもりだったんだな。ダンジョンの中で死ねば良し。もし死なずに帰ってきても、ダンジョンに入れて戦わせ続ければ、いずれ命が尽きると……悪辣な奴らだ」


 いまさらながら腹が立ってきた。

 俺には魔法の寿命は関係なかったとはいえ、もし俺も魔法を使えたら死への道を進んでいた。

 もしかして、あの騎士二人はそれも見越して、即座に俺を殺そうとしたのか?

 訓練を真剣にしなかったのも、魔法ではないから使わせても寿命は削れない……と。

 あの国を魔法を使わずに逃げなければ、すべてが死へとつながっていた。

 俺は知らないうちに死を免れる能力と道を得ていたのか。

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