第16話:アルカリスの激昂(国王軍サイド)

この16話は、国王――マルファーリス=アルカリスの視点です。




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 今日もマルファーリスは国王という立場であるにもかかわらず、玉座に胡坐(あぐら)をかいてだらしなく欠伸をしていたいた。

 先ほど、ようやくバカ騎士である二人への説教が終わったと思ったらすぐ後のことだ。

 この男女の騎士二人は、前々からコソコソと何かをしていたことは知っている。

 だが、まさか一人の勇者をとり逃がしてしまったときた。


 その勇者の名は『モノノベ コウセイ』。


 こいつを担当していた騎士二人は、国王命令の作戦で、よくもぬけぬけと逃げられたと王城へ戻ってきたのだ。


 それ以外の勇者は全てダンジョンで死亡したと別の騎士たちから報告されている。

 30人もの勇者を用意するだけでも相当の対価を払っているのに、1人取り逃がしただけでも大きな損失だ。


 この世界を手にするのに必要となる『勇者の生贄』は30人分だ。

 その内の8人を人柱としてすでに確保してある。

 あとはその一人を何としても探し出してダンジョンに食わせなければならない。

 と、そう考えていた時のことだ。

 両開きの大きな扉が開き、失礼しますと一人の監視兵が王座の間へとはいってくる。


「報告します」


 まだ若い青年の騎士だった。


 感情を声に乗せない、淡々とした口調で青年は玉座の前に膝をついた。

「ん? なんじゃ?」

「王城最上階の監視塔から至急報告して欲しいことがあると」


 なぜ監視塔からの報告なのか?

 至急と言いながら、とくに急いでいる様子のない青年の騎士を見ながらマルファーリスは眉根を寄せた。


「そうか、その内容はなんじゃ?」

「はい、ダンジョンが王城の真上に出現したと……」

「……は?」

「現在、その巨大ダンジョンは落下を続けているとのことです」


 マルファーリスは青年の言っていることに理解が追い付かず、それでも内容がめちゃくちゃであることから、ぽかんと口を空けざるをえなかった。

 まるで、『夕食はパスタです』と献立の報告に来たといわんばかりにあっさり、淡々とした報告だったため、上手く言葉が出てこなかったのだ。


 ようやく硬直のとけたマルファーリスは、「……なにを馬鹿なことを」と呟いて、玉座からベランダ造りになっている部屋の奥へ向かった。

 巨大な窓を開け放つ。

 上空を見上げながら何かがものすごい勢いで迫っているのを目撃した。


「な、なんじゃあれはぁぁぁ!!!!!!」


 絶叫して王癪を急いで手に取ると、床に巨大な魔法陣が現れた。

 緊急招集の鐘を鳴らすためのものだ。


 カンカンカンカン。

 連続する鐘の音に、王城の騎士たちは慌ただしくも王座の間へとはいってきた。

 一同がそろい、すぐ近くにいた150近い騎士たちが国王であるマルファーリスを見上げた。


「聞け! なにがどうなって、こうなったのか一切わからんが、至急『アルカリスの激昂』の使用が必要になった」


 そう言った瞬間、騎士たちがざわめいた。


 騎士たちの声を沈めるように、騎士団長ハンドレッドが代表して尋ねた。

「それは帝国への対抗手段として秘密にすべき大魔法だったのではございませんか?」

 さらっとマルファーリスは答える。

「そうじゃ。それでも使わねばならぬ。わかるか? いま、まさにこの瞬間、この王国は滅ぼうとしているのじゃぞ?」


「……」


 ハンドレッドは監視兵から事情を耳打ちされ、なるほどと理解が追い付く。

 しかもそれが隕石ですらなく、ダンジョンだということだ。

 マルファーリスは手を広げると、天井を見上げた。


「上空に巨大ダンジョン? 何の冗談かと思った。じゃが、あんな大きな質量体が直撃すればこの王国一帯は吹き飛び、クレーターが残るのみじゃ。じゃから……」


 ごくりと騎士たちは覚悟を決めた表情で最後の言葉を待った。


「お前たちに死んでもらいたい」


 一瞬の静寂の後、「はっ」と騎士全員が頭を下げた。

 腰から長剣を取り出すと、全員が心臓を一突きする。

 全員の息の根が止まると、辺りには死体と血の海だけが残った。


「目覚めよ!」


 眼の色が赤く変色するマルファーリス。

 彼女の王癪へと死んだ騎士たちの血と精気と魂が吸い込まれていく。

 使うべき時がもっと先にあるはずにもかかわらず、こんな冗談のような出来事に使わなくてはならなくなった。

 使うのにただの訓練されていない人間ではなく、騎士の生贄が必要となる魔法であるため、そう何度も使うことができないと言うのに。

 しかし、存続か滅亡か、の状況でそれを迷っている暇はないのだ。


「怒りを解き放て――アルカリスの激昂!!」


 王国全体を全て覆い尽くすほどの魔法陣が展開され、王癪の先から赤い球体が上空へと飛んでいく。

 天井を突き破り、いままさに落下してくるダンジョンへと直撃すると、閃光と巨大な爆発の熱波が辺りを襲った。


 大地の震動が収まると、一つため息をついたマルファーリスはゆっくりと玉座へ座りなおした。


「騎士を育てるのにどれだけの時間がかかるとおもっているのか……。この損失は想定外じゃ。それに帝国には大量破壊兵器の威力がバレた。奴らにこの魔法はもう使えん」


 帝国はそういう国じゃ……とため息をつく。

 マルファーリスは騎士たちの死を見ても大して気にしなかった。

 損得勘定で損失が大きかった。ただそれだけだ。


「さて、これからどうす……ぐはっ」


 その直後、口からこぼれたのは赤い液体だった。


「これは『アルカリスの激昂』の副作用……ではないな」


 マルファーリスはお腹へと右腕を突き刺して、直に身体の中の状態を調べる。


「これは毒……なぜじゃ!!」


 げほっごほっ。

 ダンジョンが落下してきたと思ったら、猛毒が体内を汚染していた。

 あまりの怒りに冷静な判断能力が飛びかけていた。

 マルファーリスは何度も深呼吸しながら、身体を落ち着かせて玉座の背に持たれかかった。


 冷静になってすぐに、目に見えないほどの距離から何者かが攻撃を仕掛けてきていることにようやく気づいた。


「許さぬ! 見つけ出して八つ裂きにしてやる!!」


 血を吐きながらマルファーリスは、ある決断をすることにした。

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