第三章:帝国編

第18話:モニカと兄

 俺はこの少女の放った言葉に茫然と固まっていた。

 ディビナも『なに言ってんの?』みたいな視線で少女を見つめていた。


「その意味不明なお願いはさておいて、質問に答えてくれないか? どうやってここまで来たんだ。まずはそれからだろう?」


 顔を挙げた少女は、えへへと苦笑いをすると、


「それはちょっと、恥ずかしいから秘密で……」


 両手の人差し指をツンツンと合わせて頬を赤く染めた。


 俺はその姿に調子が狂ってしまう。

 別に恥ずかしいことを聞いたわけではないはずなのに、この態度は変だろうに。

 目は泳いで動揺しまくっている。

 そこで勇者になったせいかは分からないが、頭が冴えた感じにある考えが浮かんだ。

 そうか。言いたくないことが何かあるのか。

 

 俺の変化に気づいたのか、付け加えるように少女は俺を見る。


「あ、名乗るのを忘れていました。私の名前はモニカと言います。それで……、ここまでの出来事はだいたい見ていたんです。ビッグハムスターを助けて、村を救ってきたあなたであれば、私のお願いも聞いてくれるかと思ったんです」


 一体どうやって……。

 モニカがここまで一緒にいたことが、そもそもわからなかった。

 とりあえず見られていたってことは本当のようだ。これまであった出来事を羅列できるのだから。

 

「なるほど。それで俺が助けてくれると思ったわけか?」


 だが、この少女はどうやら勘違いをしているらしい。

 俺は誰でも救うお人よしでもなければ、ピンチになると現れる変身ヒーローでもない。

 

「はい……。あと、すごくパンツが大好きな方だとわかったので、私のパンツを差し上げ――」


 俺は少女の言葉を片手で制して止める。


「ちょっと待て。意味がわからない。さっきからパンツパンツと、君は痴女なのか?」

「ち、違います! だってダンジョンでパンツを拾っていたじゃないですか」

「え?」


 俺は思い返してみるが、


「ダンジョンの中でパンツなんて拾うわけ……」


 そんなアイテムを拾ったみたいに、パンツがあるはずが……。

 あ……、そう言えば拾った布がポケットに……。

 俺は思わずポケットに手を入れた。

 中からあの時拾った二枚の布切れを取りだしてみる。


 ディビナは少し驚いたように布切れを見ていた。

 俺はその布切れをひっぱった。

 まるで生きているみたいに、すごい伸びた。 

 形状もパンツっぽい。


 そうか。ずっと俺の行動を見られていたのならば、パンツを拾ったのを目撃されていたのか。

 もちろん、パンツだと知らなかったのだ。俺にそんな特殊性癖はないのだ。

 これではただの下着泥棒になってしまう。

 誤解はといておこう。


「いや、これがパンツだとは知らなかった」


 俺は断じて誰のかもわからない女子の下着で興奮してしまう特殊性癖の変態ではないのだ。


「……わかりました。一応、信じることにします」


 明らかに口だけで信じてはいない返事が、モニカから返ってきた。


「そうしてくれ。で? その兄が何なんだ?」

 

 話を早く切り替えたかったのもあって、やっと本題へと切り込んだ。

 俺は彼女の言っていたお願いとやらの内容が理解できていなかった。

 だいたい兄って誰だよ。

 

「お願いです……、兄に何かあったんです。だから助けてください……」


 と言いながら、少女はワンピースの下から下着を脱ごうと手をかける。

 なぜ脱ごうとしているのかはすぐわかった。


「おい、だからお前のパンツはいらないと言ってるだろ!」


 その声に手を止めるモニカ。


「あ、そうでした」

「モナカだっけ? 絶対にさっき言ったこと信じてないだろ」

「は……、いいえ。そんなことは。あと私の名前はモニカです……」

 

 誤魔化し笑いが下手な子らしい。ぎこちなさでまるわかりだ。

 こういう感情が顔に出てしまう人間は、嘘がつけないし、嘘ついたらすぐばれるからな。


「でも今の私にはこれくらいしか差し上げられるものが無くて……」

「とりあえずそれは置いとけ。その前にまず兄って言うのはどこの誰なんだ」

「え~と、私の兄です。いなくなる前まで帝国で騎士をしていました」


 俺は帝国の騎士と聞いて、一人の青年を思い浮かべた。

 あの魔物を使役していた奴が街道をふさいでいたところを、俺が排除した。


「ふ~ん、帝国の騎士か……。じゃあ、あの街道にいたやつと同じような格好をしていたのか?」

「はい……私と兄は一緒に帝国に住んでいました。誰も持っていない『魔物を使役する』という珍しい力を持っていて、すぐに帝国に認められました。でもある日いなくなってしまったんです」


 使役する力が珍しい? 街道にいたあの騎士も普通に使っていたが……。


「それで探しに外へ……か?」

「はい……。もともと私たち兄妹は小さい頃、王国に住んでいたんです。それで、こちらに戻ったんじゃないかって思って……」

「でも見つからなかった。で、俺に助けてほしいと?」

「それだけじゃないんです」

「違うのか?」

「その……、はい。実は、兄にしか使えないはずの使役する力を、知らない帝国騎士が使っていたんです。あの力は魔王から奪ったもので、この世界では唯一無二の特別な力のはずなんです。だからすごく驚きました。きっと兄に何かあったんだって。出ていったんじゃなくて、帝国の人たちに何かされたんだって……」


 ディビナは真剣にその話を聞いて相槌をうっていた。

「そんなことがあったんですか……」


 あの騎士が使役する力を使えることが、おかしなことだったのだ。


 能力を奪われたのか、それとも量産みたいなことができるのか。

 殺さずにあの青年から力のことを聞けばよかった。


「残念だったな。せっかく事情を知っていた奴がいたのにな。その話を先に知っていれば生かしておいたんだが」


 だが、モニカはそれを聞いて、真剣な眼差しで訴える。


「助けてくださいますか?」


 それに答えたのは、ディビナだった。


「はい、もちろんです!」


 俺は断ろうとした「い」の口の形で止めたまま、ギギギと顔をディビナの方へ向けた。

 なぜか意気込んでいるディビナは責任感なのか使命感なのかは分からないが、協力することに決まったらしい。


「あ、ありがとうございます!」


 嬉しさを露わにしてお礼をするモニカ。

 さらに大きな潤んだ瞳を俺の方へ改めて向けてくる。そして、モニカは俺の手を握り込んで、何かを手渡してきた。


「あの、これでなんとか、お願いできませんかね……? えへへ」


 まるで賄賂を渡すみたいに、卑屈な笑みを浮かべていた。

 無垢な少女のお願いという感じではなくなっていた。


「いや、俺には助ける理由がないからな。だから断らせてもらう……」


 俺はきっぱりと断ると、そこで不意に手の中にあるものを見た。

 それが生温かい布だったことに気づいた。

 とっさに俺は右手を大きく振り上げる。


「おい……いい加減にしろよ? だからパンツはいらないって言ってるだろぉぉぉ!!」


 地面へと思いっきり投げ捨てた。


 もちろんモニカの脱ぎたてほかほかパンツをだ。


 はぁはぁ……。

 俺は呼吸を整えて、冷静になるように努める。

 人に害をなすような刺のある人間に見えない分、普段いじめられても逆切れしなかった自分が、思わず感情的にさせられるのだから相当だ。

 

 それにしても、このネタをいつまで引っ張るつもりなんだよこいつは。

 パンツはもう鮮度切れだからな。

 だが、さすがにここまですれば、俺にはパンツはいらないことを信じたはずだ。


 まあいい。話を続けよう。


「だが……」


 俺がそう言った途端。モニカは、パンツを地面に捨てられて思わずしゅんとなっていた顔をパっとあげた。


「ディビナは、モニカを助ける気満々らしいからな。目的地は同じだし、帝国まではディナや俺と一緒に来ればいい」

「は、はい。ありがとう……ございます」


 このくらいなら、さっきの帝国内部の情報料としては妥当なところだろう。

 使役する魔法があることも知ることができた。

 とりあえず、ノーパンをつれていきたくはないので、捨てたパンツを地面から拾って、モニカへと返した。

 俺が拾う仕草をした瞬間、モニカは『捨てられてないとダメだったんだ……』という疑いの声を発したが無視した。


 それにしてもだ。

 魔王はそれっぽいダンジョンの最下層に行ったが、一度も会うことができなかった。

 モニカの兄は魔王から力を奪ったと言うが、実際に魔王を見たことがあるのだろう。

 一体、どんな奴なんだ?

 もし本当に召喚された時に国王がいったように世界を滅ぼすつもりなら、早急に始末しなければならない。


 朝になるのを待ち、台地を飛び立った。

 さらに一人増える形でモキュの上に乗り、空を飛んでしばらくすると帝国の街並みが見えてきた。

 鉄の街というわけでもなく、普通に木造の家々があって、白塗りの大きな建物も見える。

 あれが、帝国の首都ということなのだろう。



 王国でも人がこれだけ住んでいる場所を見ていない。

 日本で言うところのド田舎から都会へ向かう感覚だ。


 門の近くに降り立つ。


 さて、いろいろ怪しい感じだがどんな国なんだろうか。

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