『エイリアン戦記~或いは、かつて、勉強ができたぼくたちへ~』

@Nes

プロローグ~名手(プレイヤー):小室玖


まずはベッドに寝て布団をかぶっている状態を想像して欲しい。


両耳を包み込むように深く頭を沈み込ませた枕には、スピーカーとマイクが内蔵されている。タオルケットの上、掛け布団の裏側(体と接している部分)はモニターのように景色を映し出し、両手と両足にはやわらかいがしっかりとしたハンドル、コンソール、ペダルの感覚がある。


左手元のコンソールを操作する。

正確には、ベッドの一部、手元のあたりに盛り上がっている部分を操作するように指を動かすと、ベッド全体に起動音が低く響く。布団がわずかに浮き上がり、設置されたファンが回って外気を取り入れる。同時進行で頭まで被った布団の裏側に起動メッセージと状況確認と、そして


「おっそい!何してたのよ?!」


キャンキャンと耳に噛みついてくるかのような女の子の声。

機体の整備から仕事のマネジメントまでしてくれる相棒だ。歳やら出身やらは教えてくれないが、髪の毛が緑色なのでまとも奴でないことは確かだ。名をユーラインという。サブモニターに画像が出る。マシンの整備をしていたらしく、油汚れを法に残したまま、コクピットのあたりをスパナか何かで叩いているユーラインの姿が映し出された。

「うるせぇ。こっちとら仕事して帰ってきたんだよ。風呂も飯もあらぁな。で、状況は?」

布団の中で応答すると、自分の息が鼻先にあたる。

はたから見れば布団かぶって独り言たれているようにしか見えないだろうが、列記とした相手がいるのでご心配なく。

周囲の様子をカメラ越しに確認する。

コンクリートらしき材質のうちっぱなしの壁と部屋にひしめいた資材と機材の間を縫うように走るパイプ類。

殺風景な部屋に不似合いな緑髪の女の子、ユーラインは、まぁ、美少女の類といっていいだろう。

「約10分前にラグランジュタワーの宇宙側防衛線に賊が侵入。衛星軌道上の防衛隊が迎撃に出たけど、今さっき抜かれたとこ」

「おーおー、大気圏突入かよ。装備と数は(誰子ちゃんが何人)?」

「飛雲7式、通常装備が4機。高機動タイプね。バイパー・タイプは防衛隊が抑えているみたい」

「飛雲の新式・・・軽量級の機体に新素材の装甲版とブースター積んだって奴か」

カーキ色の細身にシャープなデザインのこのロボットは、背中に大型のブースターユニットと、肩とふくらはぎに姿勢制御装置と追加武装を兼ねた新型オプションパックを標準装備しているという噂だった。高機動でありながら、正面に立たれたときの制圧火力は背筋が寒くなるものがある上に、新素材を用いた堅い装甲は中途半端な火力を受け付けない。

厄介な相手だ。

俺は右手を動かし、機体のセッティングオーダーを変えていく。

「えー、今から換えるのー?!」

ぶーぶー言いながら作業を再開するユーライン。

「こっちも高機動タイプにしとかねぇとあっという間に抜かれちまうな」

突破されたらそれっきり。複数目標を相手に追撃は困難だ。

「武器はー?」

「マシンガンとライフル、格闘用ブレードはミドルサイズ。ミナレットがあったろ?」

「ミサイルは?」

「いらん。ゲート防衛隊を突破してくる連中だ。チャフでもフレアでも持ってるだろうからな。代わりにチェーンガンとネットランチャー、プロペラントタンクだ。足には電磁アイゼンとリニアダッシュユニットを忘れるな。恐らく散開して侵入してくるから追いかけっこになる筈だ」

「了解・・・っと、そっちはちゃんとパイロットスーツ・・・タオルケットだっけ?アレかけた?この前みたいに忘れて火傷しても知らないから」

「ちゃんとかけてあるよ。こんなもんが耐衝撃と耐熱シートになってるってんだから驚きだぜ」

「こっちじゃそれが当然なの。暑いからってかってにとっちゃう方がどうかしてるわよ」

「ご心配なく。ファンを入れたぜ」

「ベンチレーターユニットの請求書はあんただったのね・・・まぁいいわ。ステラバスター、スタンバイOKよ!」

バンッという鋼鉄質の反響音。

マシン、ステラバスターの装甲を景気づけに引っぱたいたユーラインが整備完了の合図を出し、整備用梯子に乗ったまま後退していく。

「タワー防衛はお金になるけど命がけよ、気を付けてがっぽり稼いでくるのよ!」

「あいよ!」

目の前にグリーンの文字で出撃準備完了が知らされる。

横目でハンガー内の巨大な姿見を確認する。

出撃前にパイロットが機体の状態をそれとなく確認するためのものであったり、塗装や全体のバランスを視覚的に確かめながら作業するための特殊モニターに、ステラバスターの銀色の機体が映っている。

全長約16.8メートル。

どういう理屈で動いているんだかよく知らん。説明は三回くらいされたが理解できなかった。重量と空気抵抗を抑えるために細身に乾燥された軽量の機体に、武装は右手のマシンガン、左手の特殊アサルトライフル、右肩にチェーンガン、左肩にネットランチャー、両腕には格闘用ブレードが内蔵され、刀身は高速戦を見越して中型の曲刀にしてある。

ぼーっと機体を眺めているうちに管制官から出撃が許可され『ラグランジュΔ893、ステラバスターは482カタパルトへ』機体がカタパルトへ移動し、ガツンッ!という音と共に固定されると、今度は90度前に倒された状態でどこかに運ばれていく。俺はベッドに寝たままなのでまことに奇妙な気分だ。


二つほどゲートをくぐって、工事現場のような回転ライトと黄色と黒のシマシマ模様のゲートが解放されると、一機に視界が開けた。


見渡す限り、空、空、空。


ここは地上と衛星軌道をつなぐ天の柱、軌道エレベーターの一つ「ラグランジュタワー」の防御壁の上。高度は約3万5000m。成層圏を頭上に仰ぐ高さに、今、ステラバスターは聳え立つ柱の側面に垂直に、つまり、地面と平行に立っている。電磁ロックによって固定されていなければあっという間に落下し、地面に叩きつけられるか、空気抵抗と摩擦で燃え尽きるか良くて空中分解する高度だ。

「来たわ・・・!飛雲7式が3!」

「ありゃ、先をこされたか」

一機減っている。先に出た傭兵に喰われたらしい。

「飛び入り野郎がいたみたいね。モニターに出すわ」

「なんだよ、バイパー・タイプじゃないか」

バイパー・タイプとは、広く流通している市販モデルの一つだが、元々は軍の払い下げ品であり、前の大戦で広く使用されたタイプでもある。そのため、カスタマイズレンジが広く、素人から玄人まで乗り手を選ばず、また、乗り手の未熟さをごまかし、良いところを際立たせる名機としても知られている。俺も何度か対戦しているが、こいつを乗りこなしている奴と戦うとロクなことがない。

「バイパーで新型を喰ったか。こりゃ急がんとな」

競争相手の姿を確認する。全身白く塗られた追加装甲を施したバイパーは、ライフルとシールドのオーソドックスな装備だが、今まさに一機を撃墜せんとしていた。

「ラグランジュΔ893、ステラバスター、出るぞ!」

シグナルが点灯し、消えていく。

最後の一つが消えるのと同時に、ステラバスターは空へ打ち上げられた。


「っ!」

フィードバックか何か知らんが、掛け布団が体中にのしかかってくるような感覚。打ち上げのGって奴なんだろう。飛雲7式やバイパーより高く打ち上げられたステラバスター。俺は自由落下に切り替わるのを感じつつ真下で乱入者に対処しようとしている飛雲7式の位置を確認した。高度も速度もバラバラだが、集まろうとしている。高硬度迎撃戦においては、散ってしまった方が突破に有利なはずだが、この場合、白いバイパーを最優先で処理しようというのだろう。


こいつらは、星全体に張り巡らされたシールドの穴である軌道エレベーターを強襲し、そのままこの星で行方をくらますつもりだ。

この星は中央からすれば周縁にあたり、治安どころか統治もそこそこ、いや、それ未満。中央政府の警察権力が及ばない無法地帯と化しているエリアも少なくない。そういうマズイ場所を根城にして商売している奴らが欲しがるのが、荒事解決の最終兵器でもあるロボット兵器パンツァーメサイアだ。大体15メートルくらいの主に人型の戦闘ロボット。人間が乗る、と見せかけて、実際はひきこもりのベッドのような万年床的な外観の、超意識の低いコクピットによる遠隔操作である。

そのおかげか、ぶっ壊れようが自爆しようがお構いなしの酷い戦闘が繰り広げられがちで、それ自体を娯楽にするコロシアムのような興行もあれば、今回の様に、死なないのを良いことに命知らずの強襲をかけてくる無法者を撃退する仕事もある。


下から赤熱した徹甲弾が飛んでくるが、落下≒侵入を優先する飛雲7式から放たれた火線は鈍い。

「ハンパな初速のライフルじゃダメなんだよ」

ドッ、ドッ、と鈍い衝撃と共に視界の端が光、サイドブースターの点火によって軌道を変えるステラバスターが火線をかわして飛雲の一気に向けて落下していく。加速すればするほど、総体的に弾の速度は速くなるが、こんなものに一々当たっているようではこの仕事はつとまらない。飛んでくる弾を最小限の動きでかわしつつ、特殊ライフルの照準を狙撃モードで合わせる。やがて、一瞬火線が途切れたのを「だよなぁ、リロードしなけりゃなぁ・・・!」見計らって全身のスラスターをふかしながら姿勢制御を固め、ウィン・・・ッという駆動音(えんしゅつ)と共に砲身を延長し高初速スナイパーライフルと化したライフルに火を噴かせた。


残心する照準の向こうで、飛雲が小さく弾かれ、やがて派手に爆散する。

狙撃手に上を取られたことを悟った残りの飛雲が高度を稼ごうと上昇してくるが、そのうち一機がバラバラになった。白いバイパーに何かされたようだ。

「なんだ・・・ありゃ・・・!」

白いバイパーはシールドを破壊されていたが、ライフルか、それとも俺の知らない何かによって飛雲を八つ裂きにしていた。

「負けちゃいられねぇ」

既にスナイパーライフルの間合いではない。上昇してくる飛雲に接近するように効果速度を上げてマシンガンかブレード、或いはネットで一気に勝負を決めてスコアを稼いでしまおう。

瞬間、オープン回線が何かを拾った。

『お・・・・い、どういうことだ・・・俺の仕事・・・・た、助けてくれ・・・!』

「!?」

一瞬、飛雲がこちらに助けを求めるようにして手を伸ばすのが見えたが、直ぐにもっと強烈な光景を目にする羽目になった。

飛雲に急接近して勝負を決めようとしたバイパーが、悪あがきのつもりか振り回していた飛雲のハンマーブレードに直撃して弾き飛ばされたのだ。

「お、おいおい・・・!」

直撃の衝撃を物語るかのように、大破しパーツや装甲をまき散らしながら落下していく白い機体は瞬く間に見えなくなっていく。あっけねぇ。

「って、言ってる場合じゃねぇーや、な」

ラッキーパンチで撃墜を逃れた飛雲に向けてマシンガンが火を噴いた。

まるで脱力したように抵抗も回避もせずにバラバラの粉々になって砕け散っていく飛雲は、そのまま派手に爆発して散った。


「侵入した飛雲3機、いずれも沈黙(全部くたばったぜ)。他は?」

「軌道上の防衛線は収束。侵入された機体はそれだけよ。それじゃ・・・作戦目標クリア。システム、通常モードに移行します・・・これ、毎回言わなきゃダメなの?」

機体制御が一部OFFになり「ダメ」火器管制の自由が利かなくなる。

軌道エレベーターの周りで無用の武器使用は厳禁ということだ。近くの収容口が展開し、スラスターとワイヤーで減速しながら再び側面に着地、電磁アイゼンでひっつきながらネットに収容される。

『こちらラグランジュタワー管制室。敵戦力の撃破を確認。Δ893、よくやってくれた』

管制官の声に「はいはい毎度~。今後ともΔ893をごひいきにー。そんじゃ、戻ろうか」ユーラインが代弁する。

ステラバスターはそのままハンガーへ移送され、補給と整備を受ける。

こうなってしまうともはや俺の仕事は無い。

仕事は無いのだから、さっさと寝るに限る。

幸いここはベッドの中。

「寝んな」

「またかよ。明日も仕事なんだけど」

「身体検査しとくの。何かあったら大変でしょ。マシンとあんたの接続も、まだ調整しなきゃならない部分が多いんだから!」

「へーへ」

コンソールを操作し、システムをスタンバイモードにして掛け布団をのける。

解放感と共に、味気ない独り暮らしの部屋が目に入って来る。

ベッド脇にある棚の引き出しから身体スキャン用のコードがつながった電極シールを取り出し、身体の指示された場所に貼り付けて「よし、いいぞ」再びベッドに横になる。

「それじゃ、スキャン開始。しばらくじっとしてないさいよ」

「40秒で支度しな」

「何よソレ」

「うるせぇ」

「相変わらず意味不明なおっさんね。ところで、変な噂聞いたんだけど」

「いつものことながら脈絡のない女だな」

「ほっとけ」

「で、噂って?」

「真紅の彗星っていうの。知ってる?」

「知らん」

「でしょうねー。なんでも、軌道エレベーターの突破請負屋だって」

「惑星を覆っているシールドの殆ど唯一の抜け穴である軌道エレベーター用のゲートを突破をゲートの内側から手助けしてるっていうアレか」

「そう。シャム星連邦は入植惑星に自分たちの勢力以外を寄せ付けないようにシールドを展開して惑星全体を覆っちゃっているけど、物資搬入や人の出入りをするための軌道エレベーターの周りだけはシールドのON/OFFができる特殊ゲートが設置されてるの。そうやって、関所みたいにして、危険物や危険人物の出入りを制限しているんだけど、今回みたいにゲートと軌道エレベーターを襲って、強制的にパンツァーメサイアを惑星に降下させようとする奴らがいるのよね。この星みたいな未開に近い場所だと、パンツァーメサイア一機でも脅威になってしまうから」

「当然、突破を請負う専門業者も出てくるってわけか。ふっかけてやがるんだろうなぁ」

「いずれにしても、こっちとら中央政府から仕事貰ってる立場なのよ。反政府勢力を叩いてご飯食べてるけど、あんまり力をつけられたらこっちの身が危険なのよね。それに、軌道エレベーター壊されちゃったら大変なことになるし」

「それな。再建に時間がかかるし、シールドの中継点にもなってるから、エレベーターが倒壊すると、この星が無防備になっちまうんだっけ?」

「そーいうこと・・・よし、問題ないみたいね。酒と油っこい食べ物もうちょっと控えなさいよ」

「うるせぇ。じゃ、今度こそ寝るぜ。明日は一限から講義なんだよ」

「はいはい。おやすみ、先生さん」

「おう。またな」

枕の裏に手を回し、後ろからスマートフォンを取り出した。

アプリを修了し、充電ケーブルを外して5:30から6:15まで5分おきにアラームをセットして、掛け布団をかぶり、今度こそ真っ暗になった布団の中で枕に頭をうずめた。


もう起動音もあの声も聞こえない。

どういう仕組みなのだろうか。

あの声は、あの景色は一体どこの何とつながっているのだろうか。

気になりはすれども、考えても解りそうにない。

全てはあの日、おもちゃ屋で出会った金髪ツィンテールの女の子から紹介されたアプリをインストールした時から始まって、未だに続いていることだ。


今のところはゲーム感覚。

この時はまだ、ゲーム感覚。


それはそれで、幸福なことだったのかもしれない。


俺の名は、小室玖(こむろ・ひさし)。

大学で民俗学や文化人類学を教えているしがないおたく研究者。


ゲームの名は『ランページ2099』。


それは、西暦2016年12月21日、

HRA.E.2099.先導者(レッド)の月.第七星の出来事。



『ランページ2099』

プロローグ:「名手(プレイヤー):小室玖」

This is The NightMare’s Episode…

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