病気

市伍 鳥助

殺人という病

殺人とはなんだろう。

読んで字のごとく、人を殺すことだ。

だが違う。私の気になるところはそこではないのだ。

人は、なぜ人を殺すのだろう?

殺意が湧き、それを実行してしまう。それは一体どういう思考の動きを見せているのだろう?

……ふと、思いついた。

殺人とは一種の病気なのではないだろうか。

種の保存の法則に従って、野生に生きる動物たちはそれぞれの種の強い者の元に群れる。よって、そこには同種同士の争いがあるのは自明だ。

しかし、人はどうだろうか。人は、自分たちのために地球を開拓し、安全圏を得、生存闘争の必要性はほぼ皆無に等しい状態だ。そんな状態で同種を殺す、もとい減らすことなど、普通の動物のすることではない。

こうして見ると殺人、同種殺しはほかの動物にない力を得てしまったが故の、人固有の病気のように思えてくる。

同種殺しは病気だと、そう言われても簡単に納得はできないだろう。なぜなら、きっとこの病気は、免疫能力の低下による風邪や、精神を病んだが故のうつ病など理解しやすい病気との間に線を引かざるをえない類だからだ。

ではその殺人という病気はどういうものなのか。私が考えるには、人が、魂という概念を持つ動物であることが関係しているのではないだろうか。

他の動物は魂というものがあることを感覚で理解はしていても、それを魂とは捉えないだろう。一種の正体不明の何かとして扱われるはずだ。しかし人はどうか。古来より、人は生きとし生けるもの全てには魂が宿っているということを想像し、書き記してきた。魂を魂という概念として捉えてきたのだ。

このことは魂の存在を確立させるには十分な理由たりえるだろう。

魂の存在を理解することができるが故に、魂が侵されてしまう。

肉体を病んでいるのではない。精神を病んでいるのでもない。人を殺す人は、魂を病んでいるのだ。これでは薬も効くまい。

人は誰しも、誰かしらに殺意を抱くような経験を持つ。今は無くとも、いずれ持つ。

殺意を抱くことは、肉体の免疫力の低下と同義だ。殺意を募らせれば募らせるほど、病の侵食は早まり、ついには誰かを殺してしまう。

殺意を募らせずに、人を殺す人もいる。そういう人々は、恐らくどこかしらで病に侵食されてしまったのだろう。

人を殺すことに理由を持たない人は、やはり病気なのだろう。

しかしながら、結局のところ、理由があろうがなかろうが、同種殺しは人としてのイレギュラーであり、病気ということに変わりはない。

いつか、殺人という病気の無くなることを願っている。

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病気 市伍 鳥助 @kazuki0405

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