ばか
キルトとルンは無事にダンジョンから脱出した。
ダンジョンを出るとそこは木々が生い茂る森の中だった。
正確には山の中だが。
二人の背には洞窟の入り口があった。
そこがスライムのダンジョンだ。
「怪我を治す」
「良いよ、軽傷だし」
「治す」
キルトは知っている。
決して曲がらない意思が込められたルンの瞳を。
あれは数年前のこと。
経緯は飛ばすが薬学に興味を持ったルンが山の中にあるレアな薬草を探すと言い出して俺も手伝った。
スライムを倒す傍らで薬草採取をしたが、半年も見つからなかった。
流石に諦めようと提案しても決して諦めず、自分一人でも探し出すと言って聞かなかった。
この目はその時の目だ。
とてもめんどくさい目だ。
何を言っても聞かない。
いや、聞いてないんだろう。
まったく、誰に似たんだか。
「そうだな。やっぱり少し痛いや。治してもらえるか?」
「ん。《
緑色の光がキルトを包み、メタルスライムから受けた傷はキレイに消えたのだった。
「ありがとうな」
「ん」
ドヤ顔のルン。
珍しい表情が見れたと内心で笑うキルト。
内心笑いながらも上を向いて太陽の位置を確認した。
「太陽が真上だから家に着く頃にはお昼が少し過ぎてるかもな」
「お腹減った」
肩に担がれたままのルンは脱力し、干された布団のようになっている。
「よっと」
「ひゃぁ!?」
担がれてたルンの持ち方をキルトが急に変えたのだ。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「ダンジョンだと片手は空けておきたかったからあんな持ち方だったけど、家までならこの方が楽だろ?」
「ら、楽だけど……恥ずかしい」
「ん? よく聞こえない」
ルンの絞るような声はキルトには届いていないようで、結局お姫様だっこされたまま町に帰るったのだった。
***
王国に属してはいるが、領地を管理している貴族は全く顔を出すことはなく、税を納める時期に使いを寄越すだけで町の人々も貴族の顔をまったく知らない。
畑が広がり、所々に貧相な家があるどこか時間の流れがゆっくりな辺境の田舎町がキルトとルンが生まれてからずっと暮らしている場所だ。
「町に着いたぞ。ルン」
「……すぅすぅ」
「寝てるか」
山からずっと抱えては来たが、さすがに疲れた。
だが、起こすのは忍びない。
てかルンは寝起きが悪い。
寝ぼけて魔法を撃ってくる場合もある。
何度殺されそうになったことか。
対処方はある。
食べ物を目の前に置いとくと黙々と食べ始める。
「しょうがない。命を助けられた借りもあるし、家まで我慢するか」
町に入るとすれ違う人たちが笑みを浮かべているのが少し恥ずかしくなり、少し速足で家に着いた。
「ただいま~」
「やっと帰った! キルト、お昼にはちゃんと帰って来なさい!」
家に入るなりいきなり怒鳴り声が木霊した。
キルトの母親だった。
「はいはい。もうダンジョンには行きませんよ~」
「そんなんじゃルンちゃんに見捨てられて……え? もう行かないの? ダンジョンに?」
「本当だよ。目標を達成したから」
そう言って首からぶら下げてあるステータスカードを少女を抱えたままの状態で器用に取って母に渡す。
本来、ステータスカードは他者には見られないように設定できる無駄に高性能な機能があるが、キルトはオフにしている。
「……1億匹なんて一生かかっても終わんないと思ってたわ」
若干引いてる感じはあるが、納得はしてくたようだった。
「あら、ルンちゃん寝ちゃってるのね」
「今気づいたの!?」
怒りで周りが見えてないとはこの事か。
「テーブルにお昼置いてあるから好きに食べなさい。お母さんは父さんに弁当持って行くから」
「また忘れたのか、父さん」
数日に1回の頻度で何かしらを忘れる父さん。
すでにボケが始まってるのかもしれない。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
キルトの母は弁当を持って家を出て行った。
「ルン。家に着いたぞ」
「……ん?」
目を開けたルンは声のする方へ顔を向けた。
「ルン?」
そこには至近距離にキルトの顔があった。
「フシュ……」
顔を真っ赤にして手で顔を覆ってしまった。
「あっはっはっは」
そんな可愛い反応をするルンを見てキルトは笑ってしまった。
「笑うな……ばか」
「ごめん、ごめん。一緒にご飯を食べよう」
「ん」
偏狭な田舎町の平和な日常。
お昼ご飯を食べながらくだらないことで笑って、怒って、そして笑う。
だが、彼ら知らない。
運命か宿命か定めか必然か。
この世の理に意思があったら聞いてみたいものだが、彼らすでに厄介ごとに巻き込まれ始めていることに。
平和が崩れる音はすぐそこまで迫っていた。
***
「あなた。お昼ご飯を持って来たわよ~」
そこは田舎町にはまず無いであろう研究部屋でありキルトの父親が在籍している。
キルトの母親、エルーナは旦那であるオルマスに弁当を持って来た。
少々怒りっぽいエレーナは忘れっぽいオルマスに優しく弁当を渡す。
それもそのはずだ。
弁当を忘れるのは息子やルンに聞かれたくない話をする場合の合図なのだ。
「あぁ。ありがとう」
「それで何かあったの?」
「まぁ……な」
オルマスは机にある手紙に視線を落とした。
エレーナは読んで良いのだと解釈し、手紙を取って読み始めた。
「田舎の村や町が盗賊に襲われている。注意されたし」
その手紙を書いた者の名前にはエレーナも知る人物だった。
手紙を読んでしばらく考えたのち、エレーナはハッとした表情を浮かべてオルマスに問うた。
「これってまさか!?」
「あぁ。私たちを探しているんだろう」
「……うぅっ」
エレーナの目に涙が浮かび、頬に流れ落ちる。
「15年も経って何で今さら……」
「エレーナ……」
オルマスはエレーナの肩を抱き寄せて背中を撫ぜて慰める。
「あの二人……」
エレーナが口を開いた時、大きな鐘の音が響いた。
「この鐘の音は危険を知らせるモノだ!」
「まさか!?」
「おそらく……」
「っ……」
「エレーナ!」
エレーナはオルマスの静止を無視して研究室を飛び出して我が家に向かった。
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