スライムを倒して強くなるはずがないでしょ!!
イナロ
第一章
スライムを倒すだけで強くなるわけない
メタルな色をしている流動的な物体からは金属特融の匂いがする。
反射の加減によっては向かい合う相手の顔を映す。
マジかよ。
俺はこんな時でも笑ってるのか。
数メートルの距離を保って様子をうかがいながら金属とは思えない形状変化を繰り返すメタルスライムが、少年を捕食しようとしている。
しかも眼前の1匹だけではなく、4匹が周囲にいる。
「ふぅ……落ち着け。集中しろ」
周囲の物音は消え、まるで水中のような静けさ。
音が消えたというのに心臓の音だけは強く聞こえる。
視野も広がり、真後ろのスライムまで動きが分かる。
スライムたちの動きが集中の深さを表すが如く徐々に遅くなっていく。
「《
少年は予備動作もなく前方のスライムに一瞬で近づいた。
手には1メートル半の棒が1つ。
彼の長年の相棒であり、武器。
スライムの液体のような身体には物理ダメージは効果が薄い。
それが物理防御力が極めて高いメタルスライムにとっては無効といっても差しつかえないほどの防御力となっている。
彼はそれを知っている。
そしてまた弱点も知っている。
棒を引き、一点集中の突き。
「《
少年が放った突きの先端は捉える事ができない程の速度で放たれ、メタルスライムの胴体を貫通し、スライムの弱点である核を1撃で破壊する。
「残り3体」
胴を射抜かれたスライムは形を保つこと叶わず自壊した。
少年は踵を返し、視界に3体のスライムを捉える。
3匹のスライムは仲間が攻撃される前に行動を起こした。
左右のスライムは殺意のある棘を幾本も伸ばし、真ん中のスライムは身体を弾ませてジャンプし、その巨体と質量で頭上から踏み潰そう動く。
棘は串刺す勢いで眼前に迫り、頭上には巨体が迫っていた。
「《
自分を中心に1メートル半の円状の空間にあるモノを全て払う技を瞬時に展開する。
棘をいなし、弾きながら頭上のスライムからは身を捻って地面を転がって避ける。
流石にあの巨体を弾く事は無理と判断し距離をとる。
急所に刺さることはなかったが、数か所か掠めるように攻撃をもらっていた。
「チッ……」
軽傷とはいえこれ以上ダメージを負うと動きに影響がでるな。
とはいえ、さすがに厳しい。
長期戦する体力も魔力もない。
一気に決める!
「《
先ほどの予備動作の無い瞬間移動のような動きで肉薄し、先ほどと同様に突きを放つ。
「《
だが、先ほどを同じように胴を貫くことは叶わなかった。
スライムが身体の中心を開けて攻撃を避けたのだ。
避けると同時に形状をロープのように変化させ、束縛するように少年を覆う。
「っ縮……」
咄嗟に『
2匹のスライムが串刺しにするが如く、幾本の棘を放った。
「すまん。ルン」
少年は一人の少女のことを思い浮かべて謝罪した。
「《
物陰から放たれた魔法はその場の空間を凍結させ、流動的だったスライムの動きがオブジェのように固まってしまった。
「《
ガシャンという物音とともに凍結しオブジェとなったスライムの身体が崩壊した。
「大丈夫? キルト」
そこに現れたのは髪がボサボサで眠そうな目をした一人の少女だった。
「ルン! 来てたのか」
「迎えに来た」
「助かった! ありがとうな、ルン」
「ん」
キルトと呼ばれた少年の身体に纏わりついたスライムも凍結され粉々にされ、無事に解放されていた。
身体に着いたスライムの破片を払いながらお礼を言う。
「キルト。ごはんだよ」
「母さんに俺を呼んで来いって頼まれたのか?」
「ん」
頭を上下させて肯定の意思を示すルン。
「キルト。あの程度のスライムに死んでしまうとは情けない」
「勝手に殺すなよ!?」
「体調不良?」
「いや、体調は問題ない。……ただの魔力切れだ」
ダンジョンの奥から引き返す最中に強敵との連戦が重なり、魔力が底をついてしまったのだ。
魔力がなければ技スキルは発動できない。
「俺は弱いな」
「強いと思うよ?」
「いやいや。スライムを倒すだけで強くなるわけないだろ」
「えっと……。ん?」
混乱している様子のルン。
確かにキルトの意見は事実である。
スライムは雑魚の代名詞と呼ばれる程に弱い。
野生の動物より弱く、倒したことろで得られる経験値はとても少ない。
そんな雑魚を倒しても強くなるわけはない。
だが先ほどのメタルスライムは雑魚ではないのだが、キルトはそれを理解していないようだった。
スライムが強いのではなく自分が弱いと考えているようだ。
そのことを説明しても良いが、めんどくさい。
キルトは自分が納得するまで質問攻めをしてくる。
正直、うざい。
ここは肯定しておこう。
「ん。そうだね」
「だろ?」
ルンがこれを考えるまでに至った時間は1秒。
「俺、もう魔力ないから後はよろしくな。ルン」
「ん」
ダンジョンと言ってもスライムしか出なく、利益的観念から人は全くこない。
現れる魔物はすべてスライム。
スライムは倒すと蒸発し、基本的に何も残さない。
「お腹減った。早く帰る」
「そうだな」
スライムの弱点は魔法攻撃全般だ。
ただしその魔法攻撃にも耐性のあるスライムも存在する。
ルンは少女であるがゆえに体力は低く力もない。
だが、高い魔力を有し魔法を使用して楽に出れる。
「今日の昼は何だ?」
「魚」
「父さんが珍しく釣りで釣り上げたか」
「ん。明日は雨かな」
そんな雑談をしながらも敵スライムが現れたら即座に凍らせて砕くを繰り返す。
「おかしい」
「だよな。出てくるスライムが多すぎる」
「ん」
先ほどのメタルスライムのような敵は出てはこないが、決して弱くはないスライムが戦闘終了とほぼ同時にポップする。
出口にまったく進めない。
「なるほど、これが魔力切れの原因」
「この数は異常だ。何が起こってんだ?」
一人で納得した様子のルンを他所にキルトはダンジョンがおかしくなってしまった可能性を考えていた。
「私がここまで来たとき、戦闘は3回ぐらいでいつも通りの雑魚だった」
「俺もそうだった。奥に行ってスライム狩りをしてやっと目標を達成したから帰えろうとしたらこの異常なエンカウント率だ」
このダンジョンの人気が無い理由の一つにエンカウント率、つまり出くわす確率の低さがある。
ダンジョンに入ってもスライムしか出現しなく、出現率も少ない。
人が来ない訳である。
「ん? 目標を達成した?」
「あぁ。苦節12年を費やし、やっとスライムを1億匹倒したぞ!」
「3才の頃に始めたスライムをたくさん倒すってヤツ?」
「そうだ! 後でステータスカードを見せてやるからな!」
ステータスカードとは自分の名前や出身地を記した身分証である。
無駄にハイスペックな機能があり、その一つに自分が倒した魔物の数が記されるという機能があった。
その機能を3才のキルトが父から教えてもらい、子供の自分でも倒せるスライムを1億匹倒す目標を掲げた。
そして15歳の現在、達成した。
「途中で飽きると思ってた」
「俺は自分で決めたことは最後までやり抜くと決めているからな」
「まさか子供ころの決め事にも有効とは知らなかった」
「流石にこんな無茶はこれっきりにしようとは思う」
「ん。そうして」
ルンはキルトがスライムを倒すと決めた時に手伝うと申し出た。
ぶっちゃけすぐに飽きると決めつけ、コイツ一人にしたらスライムにも殺されるんじゃね? と思って軽い気持ちで申し出てしまった。
それがまさか達成するとは、付き合わされる身にもなれ。
と言いたいが、言ったらめんどくさいから言わないでおこう。
「そういえば一億匹を倒したぐらいからスライムのエンカウントが跳ね上がったな」
「ん。そんなこともあるの?」
「さぁ? 父さんに聞こうぜ」
「ん」
だが、スライムとの連戦は想定していなかった。
このままだとジリ貧だな。
「よし。ルンがいればこっちのもんだ」
「ん?」
キルトがルンを持ち上げて肩に担いだ。
「私は荷物じゃない」
「相変わらず軽いな。飯ちゃんと食ってんのか?」
「毎日キルトより食べてるでしょ。おろして」
おろしてと言いながらも全く抵抗する素振りがないルン。
内心はご想像にお任せする。
「で、何するの?」
「俺がルンを抱えて出口まで走るからルンは向かって来るスライムを撃破することだけしてくれ」
「なるほど、合理的。けど、これって抱えてるっていうより担いでるだよね?」
「さぁー行くぞ!」
「聞けよ」
敵の殲滅が出来ないキルトに変わってルンが殲滅し、動けないルンの代わりにキルトが動く。
信頼していなければできない方法である。
移動が速すぎて殲滅よりエンカウントが上回れば敵に飲み込まれ、遅すぎると魔力の無駄使いに繋がり魔力切れを起こしてしまう。
長年互いを支えてきた2人だからできることである。
「よし! 出口だ!」
「ん」
こうして2人はダンジョンを無事に脱出したのだった。
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