第6話「所長! 年末年始ですよ! 中」

「改造、だと?」


 ドラゴンマンの顔が険しく歪む。

 片目のみを大きく開き、ニヤついた口になる。


「ハッ! まさに研究者、といった感じだな。さて、どうする。俺をバラして半機械化にでもするつもりか?」


 俺は隣にいる、アンリカの肩に手を優しく置くと、


「助手ちゃん、アレを作ってきてくれないかな。今日にピッタリなアレを」


 と言った。

 アンリカは「わかりました」と小さく頷き、「お気をつけて」と早足で研究室から立ち去った。

 スリッパが床を叩く音が遠のいていく。

 俺は改めてドラゴンマンに言葉を投げかける。


「ドラゴンマンさん。少し、準備に時間がかかります。その間、お話でもしませんか?」




 俺は研究室から実験室へと赴き、いつも通りちゃぶ台を引っ張り出し、座布団を敷く。

 普段と違うところは、お茶請けと飲み物がないところだ。

 暖房を効かせて、室温を調整する。


「話している暇があるなら、何か口に入れておきたいものだが」


 最初に仕掛けたのはドラゴンマン。

 大きく口を開き、規則正しく並んだ刃のような歯を見せつけてくる。


「もう少しお待ち下さい。うちの助手が準備をしておりますから」


「なんだ。お前は何もしないのか」


 ドラゴンマンがなじるように言う。


「まあ、私の出番はまだ先ですから」


 俺は「ところで」と続け、「ドラゴンマンさんは本当に、なんでも食べてしまうのでしょうか」と訊いてみる。


「ほう。信用しておらんのか、いいだろう。なんでもいい。何か持ってこい」


「では早速」


 俺は背中に隠しておいた「壊れた光線銃」をドラゴンマンに放り投げた。

 これは「ボツになった発明品」であり、処分用のダンボール箱の中から持ち出したものである。

 ドラゴンマンは口をガバッと開き、まるでワニのようにそれを食った。


「うむ......うむ......んぐ——どうだ、食ってやったぞ! 不思議な味がしたが、不味くはない」


 俺は「では、もうひとつ」と言って、今度は「片腕のないブリキのロボット」を投げた。

 ドラゴンマンは少しギョッとした顔をしたが、再び口を開くと、ボリボリと咀嚼する音を出す。


「これは......懐かしくはない。だが、懐かしい味がする。なぜかはわからぬが、懐かしいのだ」


 そう味の感想を述べたあと、「78点」とまずまずの評価をいただいた。

 ドラゴンマン曰く、百点満点中で評価されるようで、面白くなった俺は次々とドラゴンマンに「何かしら」を与える。


「畳むことのできない傘」「押すと『臭い』しか言わない人形」「股座専用孫の手」「組み違いした箸」「超・衛生軌道修正装置(壊)」「戦闘機の車輪についているネジを締めるボルト」「アンリカが対戦に熱くなったために壊してしまったゲームのコントローラ」「カーペットに付いたガム吸収装置」「天文学的確率で起き上がる寝たきりの起き上がり小法師」「割れた豚のマグカップ」「カラオケ大会で使う予定だったマラカス」「いつか使うと信じて取っておいた空になったサンオイルの容器」「爪痕のついた目覚まし時計」などなど——


 俺は「ピエロの人形が仕込まれた黒いびっくり箱」を投げそうになった。

 いかんいかん。これは食べられては困る。

 ドラゴンマンはそれぞれに点数をつけていた。その後、一番美味かったのは「伸びきったパンツの紐」で「92点」という高得点を叩き出した。


「まだまだ足りねえ——もっと持ってこい」


 爪楊枝で掃除をするドラゴンマン。

 俺は途中で運んできたダンボール箱をちらりと見る。

 その中には、たくさんあった不用品の姿はなく、細やかなゴミがわずかに残っているだけだった。

 と、空気を吐き出す音がし、開いた実験室の扉からアンリカが現れた。


「お待たせしました!」


 アンリカは盆に載せてある丼をちゃぶ台に、ドラゴンマンと、俺の前に置いた。

 そして俺に「遅くなってすいません。ありがとうございます」と、耳打ちした。


「いったい、この奇妙なものは何だ。湯気が立って熱そうだぞ」


 ドラゴンマンが尖った指で丼を差して言う。


「こちらは『トシコシソバ』という、この国で食べられる縁起を担いだ料理です。諸説ありますが、「今年一番の厄災を断ち切る」という意味で、晩の年越しに国の人口の約半数以上がこの『トシコシソバ』を食べているのですよ」


 アンリカはそう言うと、割り箸を俺とドラゴンマンに手渡した。

 蕎麦には大きなかき揚げが載せてあり、揚げたての天ぷらと、上品な出汁の香りが食欲をそそる。

 しかし、ドラゴンマンは箸をちゃぶ台に叩きつけ、


「こんなものはいらん! 俺はこの『トシコシソバ』とかいうものを丸ごと喰らってやるわ!!」


 と言うドラゴンマンが丼を掴んで持ち上げようとした。

 その時、


「——待ちなさい」


 と、肌にビリビリと響く威圧感の込もった声がした。

 ちゃぶ台が小刻みに震えて、手元にある丼が勝手に動き出す。

 アンリカを恐る恐る見ると、黒く、禍々しい立派なツノが二本。

 美しい金色の嶺に、不釣り合いに生えていた。


「ちゃんと、箸を持って、手を合わせて、いただきます。それから、行儀良く、食べなさい」


 アンリカは正座し、背筋を伸ばし、ドラゴンマンを見て言う。

 ドラゴンマンの動きは固まり、まばたきの回数が多くなる。

 するとゆっくりと丼から手を離し、手のひらを合わせると、


「い、イタダキマス」


 と、呟いた。


「はい! お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞ、召し上がってください!」


 いつの間にか頭に生えていたツノは消え、禍々しい雰囲気も取り払われていつものアンリカに戻っていた。

 意外な一面を見た俺は驚き、「ああ、やっぱり魔王の娘なんだな」と思った。


「あはは、じゃあ、いただこうか」


 俺は笑顔を貼り付け、割り箸をパキッと割り、蕎麦を芳醇な出汁の海から引き上げる。

 熱い湯気がふわっと顔にかかる。

 口へ運んでやると、ズルズルと音を立て、そして味を噛み締める。


「ほっ」


 意図せず出てきた声。

 鰹節やいりこの旨味が、蕎麦の香りが、かき揚げから溶け出した様々なエキスが——

 舌を優しく包み込んだあと、飲み込む。

 熱が喉を通り過ぎていった。


 かき揚げに箸を伸ばす。

 白、緑、橙。それぞれの色合いが大変良い。

 箸で持ち上げてやると、出汁が滴り落ちた。

 丼を持ち上げ、慎重に、いただく。


 ——サクッ。


 小気味良い音。

 口に入れた瞬間、ジュワッと広がる、出汁とかき揚げの凝縮された美味しさ。

 素材は海老、玉ねぎ、三つ葉、ごぼう。

 プリッとした弾力をもった海老と、シャキシャキの野菜の食感が楽しい。

 そして出汁を飲むと出てくる「ほっ」という声。


 ドラゴンマンも、見よう見まねで蕎麦をすすっている。

 その食べる早さは尋常なく早い。

 ドラゴンマンは丼を持ち上げ、最後の一滴まで味わうように飲み干した。


「「ほっ」」


 俺とドラゴンマンは揃ってそう言った。





「いやはや、こんなに美味いものがあったとは。知らなかった」


 ドラゴンマンは恍惚とした、満たされたような表情で言った。

 俺は言ってやる。「この世に助手ちゃんの作る料理より美味しいものはない」と。

 アンリカは盆に丼を戻しながら、照れ臭そうにしている。


「俺は決めたぞ。魔界でこの料理を作って広めてやる。魔界にも『トシコシソバ』の文化を定着させるのだ」


 立ち上がって声高々に宣言するドラゴンマン。


「それは素晴らしい。助手ちゃん、レシピを書いてやってくれないか」


 そう言うと、アンリカは「はい」と頷き、研究室に戻っていった。

 俺は積み上げられた空っぽのダンボール箱を見て、


「いやー、しかし、こちらも色々助けてもらったし、お礼をしなくてはね」


 と、言い終わるや否や、ダッシュでラボへ駆け込んだ。


「待ってろよ、お客さん! 今回は十五分と待たせないぜ!」


 十分が経ち、俺はラボから出来たてホヤホヤの発明品を抱えて出る。

 ドラゴンマンに視線をやると、彼は正座をして待っていた。

 アンリカの一喝がよほど効いたのだろうか。俺もアンリカを怒らるのはやめよう、そう強く思った。

 と、俺に気がついたドラゴンマンが、訝しげに俺の手元を凝視している。


「これかい? これは『クッキング力増強装置』さ。こいつを手にはめ込むと自由自在に操作できる、独立した五本の指で様々な調理を行うことができるんだ」


 俺は鉄製のハンドグローブを二つ、ドラゴンマンに差しわたす。

 すると、ちょうどレシピを持ってきたアンリカがやってきて、同じように手渡しした。


「すまねえな、こんなに。絶対、無駄にはしねえからよ」


 ドラゴンマンが拳を突き出してくる。

 俺もそれに合わせて拳を突き出し、軽くぶつけてやる。


「じゃあな。俺は食の探求者、この世の美味なるもの全てを喰らう男だ。覚えておくがいい」


 そう言って、ドラゴンマンは無事、魔界へと帰って行った。

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