思い込みと知らぬが仏
いつも姑の話を「ふぅん」と聞いて、あとから夫に話すと大抵「違うよ、あれは実際はこうだったんだよ」と、全然違う内容の実情を知らされる。
以前、姑カツ子さんはこう言った。
「コハルの夫の従姉妹は音楽やっててね、某局の子ども番組でピアノ弾いたり歌ったりしてるんだって」
それを聞いた深水は驚き、「えっ、うたのおねえさんなんですか?」と訊いた。すると、姑は「よくわかんないけど、そうじゃない?」と答えた。
当時、某子ども向け番組でうたのおねえさんが交代した時期だった。更に姉妹番組があって、そこにも別のおねえさんがいると知ったばかりだった。
もしかして、あのおねえさんたちの中の誰かが? 胸をどきどきさせながら、コハルさんの娘に確認すると、こんな答えが返ってきた。
「違うよ、同じ局だけど某子ども向けアニメ番組のオープニング曲を作ったんだよ」
それはそれですごいが、うたのおねえさんではない。
姑の話を鵜呑みにしてはならないと、あらためて肝に銘じた瞬間であった。
そのウッカリ遺伝子は、着実に娘のコハルさんにも受け継がれている。
ある日、コハルさんは深水に韓国土産だと言って、チューブ入りの化粧品をくれた。
「これ、ハンドクリーム!」
そして、彼女は隣にいた娘に「あれ、ハンドクリームだったよね?」と確認した。すると、娘も「そうそう、ハンドクリーム!」と断言した。
深水が家に戻ってから商品をよく見てみると、表も裏面もすべて記載されているのはハングルで成分も何もわからない。
だが、表に一文だけ英語表記がある。そこにはこうあった。
『CLEANSING FORM』
私の英語力が確かならば、クレンジングフォームとは洗顔フォームのことを言うのではないだろうか? 一瞬、頭が真っ白になった深水であった。
コハルさんのこの思い込みの激しいところはカツ子さんの遺伝子かと思いきや、おマサさんも相当うっかりもので、水虫の薬を目薬だと思ってさしてしまい、悲鳴をあげたこともあるそうだ。少なくとも血筋とは限らないらしい。
それにしても、思い込みだとはいえ、うっかり信じることもできない。なにせこちらが馬鹿を見る羽目になりかねない。
信じたい気持ちと信じられない気持ちのせめぎあいに、なぜだか深水が苛まれるのであった。知らぬが仏とはよく言ったものである。
さて、今宵はここらで風呂を出よう。
猫が湯ざめをする前に。
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