猫が湯ざめをする前に

深水千世

風呂を泳ぐ猫

 私は深水千世ふかみちせの脳内に住む猫である。

 深水が笑えば私も笑い、深水が泣けば私も泣く。深水が起きれば私も起きて、深水が食べれば私も食べる。


 そういうわけで、深水が風呂に入れば、いかに猫に風呂嫌いが多いといえども私も風呂に入るのだ。


 欧陽脩おうようしゅうという人間は、よい考えが浮かぶ場所として『三上さんじょう』を挙げた。つまり、馬に乗っているとき、布団の中、トイレの中である。


 深水の場合は歩いているとき、布団の中、そして風呂の中だ。


 風呂の中では、深水も私も『無性に』生まれ出る想いについて考える。自分でも理由がわからないが好きなこと、嫌いなこと、いろんなことについて考える。そのもやもやが溶け込んだような湯けむりに包まれ、ねちねち考える。


 今宵も深水は向こうが見えない湯けむりに向かって物申す。

 私は謎を満たした湯船を泳ぎながら、尻尾で湯けむりをはらうのだ。答えが見つかるときもあれば見つからないときもある。しかし、それでいいのだ。ほどほどにして風呂を出よう。


 猫が湯ざめをする前に。

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