文字数3000 ジャンル『恋愛』 タイトル『一度だけの恋なら』




――七年越しの恋、それはやっぱり君が好きだということ――





「あ、お姉ちゃん」


 アキはテレビを見ながらいう。


「生ライブ映像だって、ここから近いね」


「……そうだな」


 俺はカノジョのアパートでぼんやりとテレビを見ている。テレビの中で見るカノジョは確かに可愛いくて、一生懸命で誰が見てもこんな子と付き合いたいと思うだろう。


 だが現実は無情で、俺はお付き合いしているのに何も感じなくなっている。一年に一度会うことが許されているだけで、それだけではとてもじゃないが満足できていないからだ。


 こうやって毎日会えるカノジョの妹と一緒にいる方が正直、気が楽でいい。



「で、そろそろ返事欲しいんだけど」



 アキは素麺そうめんを食べながら俺を上目遣いで見る。俺なんかのどこがいいのかわからないが、先日、正式な付き合いがしたいと報告を受けた所だ。


 正直未だ、この選択に迷っている。カノジョときちんと別れていないのに、妹に向かうことも、妹をきちんと受け入れることができるかも――。



 ……あの頃の青春はどこに行ったのだろう。



 俺は初恋の高校時代を思い返す。三年間、カノジョに片思いをし続けて告白したが、それは付き合って四年経った今も変わらない。



7年経った今でも、彼女に恋をして、あの頃のまま、停滞している。




「……あたしでいいじゃん、一年に一度だけじゃ辛いでしょ?」



 アキに迫られて目を背けるとカレンダーが目に入る。


 今日は七夕。彦星にもなれない俺はただ、天の川の向こうにいる織姫のライブ映像を見ることしかできない。



 ……どうして俺は未だ、不毛な恋愛を続けているのだろう。



 もはやカノジョのことが好きなのかどうかさえわからないでいる。それならばいっそ、目の前にいる彼女を愛した方がいいのではないだろうか。



「……ねえ、今日で決めてね」



 彼女の真剣な表情に俺はゆっくりと頷いた。



「ああ、きちんと答えを出すよ、このライブが終わるまでに」



  ◆◆◆



「『月間飛行』だ」



 アキはテレビを見ながらにやにやと笑う。


「ぶりっ子しちゃって、似合わないなぁ、もう」


 カノジョのデビューシングルが流れ、俺はつられて苦笑いをする。確かに本来のキャラには似合わず、狐みたいな決めポーズも、カノジョを知る者にとってはギャグにしか見えないだろう。


 だがカノジョは一生懸命ダンスを覚え、寸分違わず同じポーズを四年間やり続けた。そこにはカノジョ本来の生真面目さが伺えほっこりとしてしまう。



「君はさ、どこが好きなわけ?」


「んー、それがさ、わからないで迷っているんだ」


 俺は正直に答えた。高校時代まではただなんとなく、いいなと思っていて、彼女を眺め続けていたら、好きになっていたというだけだ。


 毎日、自分の目で追える距離にいたから好きだったのかもしれない。憧れもなく、手で捉えることができる距離だからこそ、俺はカノジョに恋ができたのかもしれない。



「ふーん、あっそ」


 アキはめんつゆを足しながらいう。



「あ、やっぱり次は『トラオン』なわけね。この曲も売れたもんねぇ」



 カノジョの2ndシングルが流れ、会場が沸く。競争の激しいアイドル業界を歌った曲だが、カノジョはこれを披露して見事生き残った。デュエットソングで何度聴いても飽きがこないのが不思議だ。



 ……どうして俺はカノジョに飽きていないのだろう。



 カノジョから別れを切り出されていないから? 高校時代から体の付き合いがなく我慢できるから? 大学に入っても他に好きな人がいないから?



 俺が自問していると、答えは出ずそのまま曲は流れていく。


 3ndシングルの『∞夢幻∞』が続き、俺はカノジョの歌声に魅了される。



 ……こうやって俺達の関係は永遠に続くのだろうか。



 別れを切り出されていないからといって、付き合っているとはいえない。一年に一度、会うことができたからといって、それはただの報告会であってカノジョの本当の感情を知ることはできない。



 ……ああ、そうか。俺はカノジョのことが知りたくて付き合い始めたのだ。



 当たり前のことだが、付き合うという定義自体を忘れていた。俺はただカノジョを観測したくて眺めていただけじゃない、カノジョが何が好きで、何が嫌いで、何を望んでいるのか知りたくて、告白したのだ。



 カノジョは戸惑いながらも承諾してくれた。それは俺が初めて掴んだ幸せだった――。



「『ダイヤモンド・カンバス』が一番いいよね、やっぱ泣けるわー」



 彼女は姉の映像を茶化しながらテーブルに肘をつく。やはり姉妹だけあって横顔も似ている。



 4th シングルのバラードが流れ、俺は彼女との七年間を思い出す。



 文化祭の時に何気なく手が触れたこと、友人同士の泊まり会で思わず唇が触れたこと、修学旅行で同じ神社を回ったこと、一人暮らしを始めて二人だけの夜を過ごしたこと、泣きながらもう立ち止まれないことを告げられたこと……。


 いくつものカノジョが走馬灯のように浮かび、なぜカノジョのことが好きなのか思い出していく。



「……俺はこっちの方が好きだけどな」



 5th シングル『オベリクス』が流れ、俺はカノジョと会えていなかった大学四年間を思い出す。


 カノジョに会えず、妹の家庭教師をしているうちに付き合っている意味がわからなくなっていったのだ。


 ただ付き合っているという言葉だけで俺は満足していた。カノジョの心を知らず、それでも一年をひたすら待ち続けている、彦星のように――。



「で、どっちにするの?」



 アキの顔がカノジョとダブる。毎日会える彼女に恋をすれば報われると思っていた時期があるのは事実だ。


 だが本当に好きなのはカノジョで会って彼女じゃない。



  ……俺はきっとこの先も迷い続けるのだろう。カノジョはすでにカノジョだけのものじゃない、これから先も俺の傍にいてくれるわけじゃない。



 幻滅する運命かもしれない、それでも、今からでも、間に合うだろうか――。



 6th シングル『サヨナラのツバキ』のBGMが流れ始め、俺は気持ちを決めた。カノジョのためだけじゃなく、俺自身のためにも。


 この高揚感のあるメロディが気持ちを奮い立たせる。




「カノジョとは…………別れるよ」




 俺ははっきりとアキにいった。



「きちんとけじめをつけないといけないと思ってる」



「ってことは……」


 彼女はぱっと明るい顔をする。



「いや、それもできない」



 俺は立ち上がりながら謝った。


「ごめん、カノジョとは別れるけど、やっぱり君とは付き合えない」


「どうして?」


「俺は本当にカノジョのことが好きだったんだ。会えないだけでそれを封印していただけなんだよ。付き合っているといって傲慢になっていたんだ。



なら、別れて、としてカノジョと向かい合いたい」


 カノジョの7th シングル『一度だけの恋なら』が流れ始め、俺は玄関に向かった。


「え、ちょっと、どこ行くの?」


「ライブ会場に決まってるだろっ」


「え、待って、これは……」


「ごめん、俺、もう行くわ」


 そういって俺は飛び出した。別れを切り出すというのになぜか、心は軽い。新たな旅立ちに希望の火が灯っていく。


 

 ……彼女と共に過ごせなかった七年間は無駄なんかじゃない。この恋を貫き続けたことこそが、俺のだとわかったから。



「あーあ、行っちゃった……」



 彼女は溜息をつきながらテレビのリモコンを操作した。



の、映像だったんだけどねー、やり過ぎたか……」



 曲が終わると、テレビの映像は止まった。レコーダーが彼女に同調するように勢いよくDVDを吐き出している。


 彼女はそれと同時に押入れの方を見た。




「だ、そうですよ、。たまには追い掛けて上げたら?」





★12

4人が評価しました

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★★★ Excellent!!!

読後の爽快感をお求めの方へ(^_−)−☆ ―― 桜井今日子

著者の「7の幸福シリーズ」七夕特別編です🎋


付き合っているかどうかもわからないカノジョとの関係に悩むカレ。

カレ視点で物語は進みます。


流れるようなストーリー。

七夕は過ぎてしまったけれども、ぜひご一読ください。


「読んでよかった」ときっと思えます。

ね? 織姫さん? 彦星さん?

2017年7月12日 20:13

水月康介さんが2017年7月11日 21:32に★で称えました

★★★ Excellent!!!

声に上げてスッキリした物語……って、私だけかな?(笑) ―― 初雪ほたる

「月間飛行」……。

ほたる:い、いや、気のせいかな?


「トラオン」……。

ほたる:まさか……。


「ダイヤモンド・カンバス」

ほたる:きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


って、先ほど声にあげてしまいましたw

気のせいだと思っていた曲名がこの瞬間確信に変わってなんだかすっきりしましたね!(笑)


七夕マジックにかかった物語の演出でした!

すごく素敵な七夕の物語ありがとうございます!!

2017年7月7日 17:28

★★★ Excellent!!!

織姫の巧妙な仕掛けに、彦星が翻弄される☆ ―― 愛宕平九郎

七年間の幸福に潜む、主人公の疑問と葛藤。

年に一度しか会えないという、七夕の「彦星」と「織姫」のような二人の心中を覗かせてくれる恋愛短編です。


終始、「彦星」の胸中をメインにストーリーが流れていきますが、「織姫」にも色々と「思うところ」があったんだなと気づかせてくれる一作です☆


年に一度の大切な日……逢瀬を重ねるごとに、幸せを大きくしていって欲しいと願いたくなりますな (´-ω-人)


2017年7月6日 11:00




すべてのエピソードへの応援コメント

桜井今日子

2017年7月12日

20:13

お題44『七夕』 タイトル『一度だけの…へのコメント

やられました〜✨


彦星さ〜ん⭐︎

だそうですよ〜❣️


素敵な七夕になったかな?


P.S.ごめんなさい。七夕から随分遅れてしまいました💦

削除


作者からの返信

いえいえ、こちらこそコメントありがとうございます(^ω^)


催促した形になってしまい申し訳ありません。


それでも読んで感想を頂けて本当に嬉しいです(^ω^)


いつもありがとうございます😊


こんな青春もあってもいいかなと思い、書いてみました(笑)

くさなぎ そうし 2017年7月12日 21:32 編集

愛宕平九郎

2017年7月6日

10:48

お題44『七夕』 タイトル『一度だけの…へのコメント

こんにちは~。お邪魔いたします^^


すっかり騙されましたw

彦星君も、ずいぶんと思い切った決断をしたもんです。

織姫ちゃんが追いかけてきて、真相を告げられた時の顔が見てみたいですなw


個人的な趣向となってしまいますが……。

5枚目のシングル『オベリスク』を歌う時の、彼女の衣装とクリップが気になるところです☆

削除


作者からの返信

コメントありがとうございます(^ω^)


実はご存知かもしれませんが、マクロスというアニメの主題歌を元に書かせて頂きました(笑)


物語にはほとんど関係ないのですが、ああ、こんな歌あったなと思い出して頂けたら幸いです(笑)


彼女と会ったらどんな顔するんでしょうね、僕も気になるところです(笑)

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