文字数 6000 ジャンル『ラブコメ』 タイトル『ロールキャベツ・太郎』





『私が愛した王子様は草食? 肉食? それとも――?』








「承知しました。お電話ありがとうございます、それでは失礼致します」


 私は頭を下げながら昔からある由緒正しい電源ボタンのキーを軽く押した。そう、私の携帯は未だガラケーなのである。シンプルで使い勝手がいいため、未だスマートフォンという近未来のガジェットに到達していないのだ。


 いや、言い訳はよそう。単純にラインなどのSNSコミュニティが苦手なだけだ。異性に番号を聞かれてもガラケーといえば、気軽に友人になることはないし、他人の情報に惑わされることもない。


 男除けにはうってつけのガラケー、まさしくガラパゴス諸島に在住する動物達のように私は独自の進化?を続けている。


 染めたことがない黒髪、外壁を纏ったことがない桃色の爪、風穴を通していない耳。無課金ユーザーが異世界に降り立った時のように、今の私はこの世界ではあまりにも無知で、男を知らない。


 いうまでもなく処〇である。


 だがそんな鉄壁の盾を持つ私に、両刀使いの神秘的な王子様が現れることになる。


 彼は私のように草食? それとも先輩方のように肉食?



 それとも――?



 ◆◆◆


「ねえ、この書類のコピーお願いできる?」


「大丈夫ですよ」


 女上司に声を掛けられ、親指と人差し指を合わせてサインをする。実は彼女、高校時代の部活の先輩だ。


 お互いの家が近いので、今でも夕食を共にし泊めて貰うこともある。彼女の命令に逆らうなんて、恐れ多く大体の指示には従うようにしている。


「今日、空いてるよね? ちょっと付き合ってくれない?」


「はい、いいですよ」


 二つ返事で了承する。もちろんお互いに会話を長引かせてはデメリットしかないからだ。


 ここの職場は女性が大半を占めている。それゆえに社交性を皆の前で大きく発揮すると、孤立してしまう可能性がある。会社の門を潜れば、皆、一人の兵隊にならなければならないのだ。


 ――じゃ……また後で。


 ――はい……。


 お互いに目信号だけで別れを告げる。あくまでも自然に、日常の仕事に溶け込むように意思を伝えあう。


「はい! 今日も残業なしで上がって下さい!」


「お疲れ様でした!」


 日常の訓練を終え、主任から皆宿舎に帰るように通達を受けた後、私は先輩が待っているカフェに向かった。


「今日はね、あなたに会って欲しい人がいるの。時間がないから、早速行きましょう」


 先輩は持ち帰り用のコーヒーを飲みながらいう。


「どうせ、ご飯は用意していないでしょ?一緒に食べながら話を聞くだけでいいから」


「ええ、いいですよ」


 歩きながら頷く、正直にいえば乗る気はしない。どうせまた男の紹介だからだ。先輩は当然のように彼氏を連れてくるので、私は親しくもない人とマンツーマンで話をしなければならない。そして一番の難関はいつ帰るかということにある。



 ……私は恋愛に関しては永遠の二等兵だ。



 心臓に手を当て鼓動を確かめる。先輩の命令は絶対だ。常に殉職の可能性がある危険地域に送り込まれ、何度心を蹂躙じゅうりんされたか覚えていない。


 だがもちろんメリットがある。晩御飯代が浮くのだ。一人暮らしの私には戦地での配給と変わりはないので、必ず最後まで美味しく頂かなくてはならない。


「っしゃせー! 予約の〇〇様のお連れ様です。お待ちしてました! どうぞ!」


 店の暖簾を潜ると、味方の単独兵を確認した。先輩の彼氏だ、すでに飲んでいるようで顔を真っ赤にしている。



 ……もうやばそうじゃん。



 彼の安否を確認し表情を伺う。先輩の彼氏さんはいつもそのままビールを6杯以上も飲み、焼酎へと移行する酒豪だ。だが彼が潰れた所は未だ見たことがない。



 ……つまり近くに今回のターゲットがいるはず。ぼ、防空壕はどこだ?



 呼吸を整えながらトイレを探していく。今のままではまずい、ほぼすっぴんだからだ。この状況で出会ってしまったら臨戦態勢に入れず白旗降伏せざるをえない。



「……大丈夫よ、まだお相手、来てないから」



 先輩は私の顔を見ずにいう。


「トイレはあっちよ、早く行ってきなさい」


「……はい、ありがとうございます」


 先輩にお辞儀をしながら、防空壕という名のトイレに駆け込む。やはり彼女とのシンクロ率は100を切ることはない。


 顔に迷彩を施し、ターゲットに自分だとばれないように化粧をする。これだけで気が落ち着いていくから不思議だ。いつどんな言葉を打たれてもいいように、胸にも防弾チョッキという名のパットも身につけている。これで抜かりはないはずだ。


 髪を整えトイレから出ると、背の高い男と目があった。



 ……あ、これやばい。私のタイプだ。



 言葉を失い口が開いたままになる。


 眼鏡を掛けており、爽やかな短髪で髭もない。社交性のなさそうな薄い顔立ちが逆に安心感と温もりを生んでいる。



 ……彼だったら打ち抜かれたいな。



 私の淡い感情を見抜いたのか、彼は優しく微笑みながら男子トイレに入っていった。幸の薄そうな笑みがなんともいえない。


 先輩のいる席へ戻ると、まだターゲットは来ていなかった。今日はどんな人が来るのだろう。正直、きちんと会話ができる相手なら誰でもいい。 そしてご飯が美味しければそれでいい。


「先に飲んでいいわよ、もう来るから」


 先輩はすでに生ビールを半分ほど空けていた。髪の毛に結んでいたゴムも解いており、長い黒髪が彼女を夜の女へとクラスチェンジさせていた。


「いえ、まだ相手が来てないのに申し訳ないです」


「トイレに行った時、合わなかったの? 背の高い眼鏡の男と」



 ……おいおい、マジかよ。



  心の中で嬉しさが込み上げていくが、体が大きく溜息をつく。確かに嬉しい。だが仕事終わりのこのOL服で凌げるはずがない。銃を持ったスナイパーに対して水鉄砲でどうやって戦えというのだ。私はただ相手の標的にされるだけでジ・エンド。試合終了。安西先生。



 ……お、終わった。



  体を慣らすためにお通しのこんにゃくを一つ食べ顔をほぐす。後は防空壕に何度か入り直し、この行方を第三者の視点で見守るしかない。



「……どうしたの? あんたのタイプじゃなかった?」


「いえ、タイプ過ぎて逆に気持ち悪いです」



 確かに理想の相手が目の前に現れたら嬉しい。だが絵に描いたような王子が目の前に現れたら、対応のしようがないのだ。アラブの石油王と話ができる機会が在っても、恋人にしたいと思えないのと一緒だ。


 私の心は監獄の中にある捕虜と同化していく。


 なぜ私はここにいるのだろう、そうだ、補給をするためにこの店に入ったのだ、私の給料では中々一人暮らしは厳しい、全て貧困がいけないのだ、いっそ別の仕事に転職した方が……。



「大丈夫、しっかりしなさい!」



 先輩は私の肩を強く叩く。


「あんたに一つ、いいことを教えてあげる。彼、童貞なんですって」



 ……え、何だって?



 心の中で嬉しい悲鳴が上がっていく。それはまさに私が唯一の希望を持てる楽園を彼女は口で示したのだ。


「ほ、本当ですか?」


「ねえ、そうなんでしょ? 彼は童貞なんでしょ?」


「え、何が?」


 彼氏さんは先輩の声に耳を傾けるが、客が入り乱れ一つのテーブルでも音が拾いずらい。




「だから! 今日来た男、ド・ウ・テ・イなんでしょ?」




 先輩が大声でそういった後、彼がトイレから出てきた。


 彼の目はふっと消えいりそうな感じで虚ろになっていた。


 そう、まさしく注文された焼き秋刀魚の目のように、世紀末の荒くれ男から秘孔をつかれたように、テーブルに着く前から戦線離脱していたようだった。




  ◆◆◆




 一時の沈黙の後、ターゲットは先輩の彼氏の横に座った。しかしすでに彼の心は打ち抜かれているようで、すでにライフは0だ。当然デュエルなんてできそうにない。


「……まあさ。乾杯する前にいっておきたいことがある……」


 彼氏さんがターゲットの飲み物を頼み、グラスを持ち替えた。



 ……なんだろう、彼のフォローだろうか。



 彼が童貞だ、ということは周知の事実だ。これ以上、覆ることはない。いくら彼氏さんがいいようにいっても童貞であることには変わりはないのだ。



 彼氏さんは一体、何を企んでいるのだろうか。



「こっちも処女だから! かんぱーい」



  四つのグラスが一斉に交わり鈍い音を立てる。まるでバトルロワイヤルが始まったようだ、もちろん私はライフを減らされ、自ら動けずに三人の猛攻撃を食らう形となった。これこそ可愛がりという名の暴力だろう。


 しかしここは耐えなければならない。私の胃袋がここで帰してくれるわけがないからだ。


「へい、おまちー! ザク切りキャベツと肉もやし炒めね!」


 次々と料理が運ばれてくる。エサというべきか食料というべきか、名などどうだっていい。私にはエネルギーが必要なのだ。まずは胃袋を整えるために野菜から。


「お前はどういうのがタイプなんだ、向こうのお嬢さんはお前みたいなモヤシ眼鏡が好きなんだってよ」


 私の手が急ブレーキを掛けながら止まる。さすがにこの状況で、最初にもやしを食べるわけにはいかない。


「……はあ、そうなんですか……」


 彼は相槌を打たずに黙々とキャベツを頬張っていく。まるでせんべいを巻かれた鹿のようだ。アスリートのような真摯な姿に私の心は少しずつ癒されときめいていく。


「はあ、じゃなくてお前のタイプをいえよ! どんなのがいいんだ、なあ? キャベツばっかり食わずに話せよ」


 彼氏さんはがっつりとターゲットにもたれかかり催促をする。飲酒量はすでに規定を越しているように見え、すでにふらついている。


「こいつな、本当にキャベツ好きなんだよ。飲みに来ても、タレとキャベツだけで食ってんの。お前はキャベツ太郎かっつーの!」


「まあまあ、そんなにイジメないの。まだ来たばっかりでしょ」



 ……どの口がいってんですか。



 心の中で突っ込む。先輩が童貞などと叫ばなければ、今回の会合は違ったものになっていただろう。


 しかし賽は投げられたのだ。過去を振り返ることはもう、できない。



「あ? 俺がこいつを連れてきたんだ、何の文句があるんだよ?」



 彼氏さんの敵意が先輩に向かう。



 ……こ、これはまずい。



 前回の教訓が不意に蘇る。このままだと二人はまた店の中で口論という名の銃撃戦を繰り返してしまう可能性がある。それだけは避けなければならない。


「……せ、先輩」


 先輩の袖を緩く引っ張る。彼女の眉間にはすでに皺が寄っていた。彼女もまた短気で有名な方だ。手にしたシガレットケースが鈍く光り灰皿に手が伸び掛かっている。


「まあまあ、ちょっと落ち着きましょう。ね?」


 ここで開戦になったら食べ物を頼みずらい。海鮮ものだって、まだ頼んでいないのだ。食い止めなければ。


「……文句はないわよ。ただ可哀想でしょう? まだ名前も聞いていないのに」


 私の援護が聞いたのか先輩はプッツンすることもなく冷静にいった。



「……そうだな、一旦落ち着くか」



 彼氏さんは腰を下ろし、再びぐいっとグラスを傾けた。



 ……ふう、何とか冷戦状態に持ち込むことができたようだ。



 肩の力を抜きながら意識を集中させる。後は私が適当な平和条約を結べば、この場は一旦振り出しに戻すことができる。



 ……何かいい手はないだろうか。


 

 そう思った時、私の目に止まったのはターゲットのスマートフォンだった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「すいません……。これってやっぱり便利なんですか?」



 私は下手に出てターゲットに反応を伺う。私がガラケーを持っている利点の一つ、『スマートフォンとは何か』を発動させる。



「……ああ、これですか……?」



 彼は抑揚のない声でスマートフォンを手に取りくるりと回す。そのさりげない仕草に思わず、私も回して欲しい、という謎の欲求が迫る。



「……便利ですよ……、写真も取れるし……、音楽も聴けるし……」



 ……ガラケーでもできますよ、それ。



 彼の発言に頭を傾けてしまう。私のガラケーだって、写真も取れるし音楽も聴けるのだが……。


「そうなんですね! 他にどんな機能があるんです?」


 皆で会話に参加できるよう、敢えて大きい声でいう。ここで二人を野放しにしておくと、再び火花が散りかねない。



「……えっと……、後はどんな機能があるんですかね……?」



 ターゲットが彼氏さんに話を振る。



「そりゃまあケータイだし、電話ができるだろ。後はラインとかじゃないのか」  



 ……よし、それを待っていた。



 やっと出てきたキーワードに心の中で歓喜する。この言葉さえあれば、後は話を盛り上げることができる。


 『ラインとはどんな機能なのか?』ということを話せるのだ!



「ラインって、あの緑色の無料のラインですかぁ?」


 

 私は自分が持てる精一杯の猫撫で声でいった。実は知られていないのだが、ガラケーでもラインはできる。電話機能が使えないだけだ。


 しかしここで話を振らなければ再び戦火が舞い落ちてしまう。


「……ええ、そうです……。これなんですけど……」


 ターゲットが話そうとした瞬間、彼氏が口を挟んだ。



「そうそう、あれがいいんだわ。ちょっと知り合った子にでも番号を教えるのは躊躇うけど、ラインならいっかってなるんだよな」



「…………」



「いやー便利だよな、スマホって。お前もガラケーなんてやめればいいのに」


「…………」



 もうお分かりだろう、私が締結しようとした条約など無意味だということに。


 後は熱と熱のぶつかり合いが起こるだけ、私に止める術はない。




 ……これが最後の晩餐だ。頂こう。




  躊躇なく目の前にある料理を食べていく。配給はもうすぐ終わりになる。どうせなら最後まで足掻いた方がいいだろう。


 ターゲットを見ると、彼も私の気持ちを理解したのか、一言もしゃべることなく皿に載ってある料理を平らげていった。


 私達はお互いに料理を食べ尽くし、彼らの反応を待った。


 ついに先輩が重たい口を開く。



「……ねえ、それってどういう意味? 詳しく聞かせてくれるかしら?」



「別にいいだろう、浮気してるわけじゃないし。うるせーよ」




 ……もうここはダメだな、血の雨が降る。




 箸を持たない左手で十字架を切る。ここからは銃撃戦の始まりだ。2人の乱射が終わるまでは私達は口を挟めない。もちろん料理も頼めない。


 

 ……ひとまず逃げるか。



 防空壕へと逃げ込もうとヒールに手を掛けると、なんとターゲットも隣にきた。



 ……ターゲット、お前もか。


 

 哀愁の目で戦友を眺めると、彼は私の袖をぐいぐいと引っ張る。



 ……ん、一体どうしたのだろう?



 不思議に思ってターゲットの動向を眺める。


 彼は私の視線に気づいたのか、もう一度袖を引っ張って出口を指差している。



 ……なるほど、このままトンズラしようというのか。



 戦地を省みず、ただひたすらに生を全うする。それも一つの選択だ。



「……あの、もしよかったらなんですけど……」


「はい、何でしょう?」


「別の所に行かないですか……?」



 ……二人を置いて逃避行、それもありだな。



  頭の中で算段を整えていく。きっと彼の胃袋もまた満たされていないのだろう。どうせ彼らは私達など眼中にない。逃げることはたやすい。



 ……何よりこのターゲットなら大丈夫だろう。



 この男になら背中を預けられる。彼は童貞なのだ。私と盾が撃ち抜かれることなどきっとないだろう。



「ええ、いいですよ。それで、どこかあてはあります?」



「……いえ、今の所は……」


 彼は気弱そうな声で頷く。きっと二次会など考えてもいなかったのだろう。その純粋な瞳に彼なら大丈夫だと安心感が増していく。


「じゃあ、とりあえずここを出て考えますか」


「……はい、そうしましょう……」


 鞄を掴んで彼と旅に出る決心をする。後は成り行きに任せてみよう。彼がヘタレであることを祈るしかない。


 トイレから出た私達は匍匐前進をするように居酒屋の入口へと向かう。2人のテーブルをこっそりと眺めると、未だ銃撃戦は続いていた。




 ……短い間でしたが、御馳走様でした。




 私達は再び十字架を切り、両手を合わせて二人に礼をした。僅かながら食料を施してくれた彼らに敬礼を込めながら。


 暖簾を潜り、大きく息を吸い込むと自分の生を実感できた。少しだけ冷たい風が頬を撫でリラックスさせてくれる。


「いやー、何とかなりましたね!」


「……そうですね……」


 ターゲットは虚ろげに頷きながらスマートフォンを掴む。



「……それではお店を探してみますね……」



 そういって彼は巷で有名なフリック入力を用いて店を探していく。その動きのスピードに目を奪われる。



 ……す、凄い。手慣れている。



 指使いに体が無意識に反応する。彼に体を触られたら私はどんな反応をしてしまうのだろうか。


「……あ、ここはだめか。じゃあこっちにしようかな……」


 彼の指使いは止まらない。私の心が次第に乾き、不安が募っていく。



 ……彼は本当に、童貞なのだろうか?



  ターゲットの動きを見て疑問を抱く。当たり前のように女性を口説き、店の外に連れ出す。確かに緊急避難警報を聞けば、誰だって外に出るだろう。だがそれに対して見ず知らずの女を誘えるのだろうか。



 ……あ、怪しい。この人、もしかして……。



 ターゲットの動向を再び確認する。彼はこちらの視線に気づいていないのか、眠そうな目でスマートフォンを扱っていく。


 すると、いきなり彼の電話が鳴り始めた。


「お疲れ様です、村田むらた様。今ですか、もちろん大丈夫ですよ!」



 ターゲットは笑顔になりながら会話を続けていく。



「ええ、ええ。そうですよね。かしこまりました。ではそのように手続きを変更させて頂きます。ええ、もちろんこちらの方で処理させて頂きますよ。問題ありません」


 彼は先ほどとはうってかわって、営業マンのように明るく笑顔を見せながら応対している。



「大丈夫です、ご多忙な村田様ですから、私の方で行っておきます。ええ、ええ。大丈夫です。またいつでもお電話下さいませ。わざわざご連絡ありがとうございます」



 ……あ、あれ? お、おかしいぞ?



 彼の右手にはスマホがあり、それで電話していると思ったのだが、どうやら違うようだ。先ほどのスマホは左手に移動しており、右手のガラケーで電話している!


「ええ、左様でございます。さすが村田様、お詳しい。ガラケーでも『ライン』はできるんですよ。なのでこちらの方で手続き可能でございます。私も早く、村田様のようにを所有してみたいのですが、持ち合わせがなくて……」



 ……え。何いってんの? この人。



 心の中が少しだけ濁っていく。彼は右手で電話をしながら、左手で入力を続けていく。


 左手にあるスマートフォンの動きは全く止まっていない。


「はい、承知しました。またお待ちしております。お電話ありがとうございます、失礼致します」


 ターゲットは頭を下げることなく右手にある電話を切った。顔の表情も元に戻っており目もまどろんでいる。



「……あの……、どうかされました……?」



 月夜に照らされた彼は殺し屋のように冷えた目で私を捉えている。



「……一応、お店の候補が3つほど決まったのですが、何料理が……お好みですか……?」



 ……か、彼は草食なんかじゃない。



 ごくり、と喉の音が鳴る。再びターゲットを見て確信する。


 スーツの着こなし、品のいい眼鏡、汚れのない革靴。どれをとっても隙がなく、気弱そうな表情だけが彼のステータスを下げていた。



 ……か、彼はまた肉食でもない。



 携帯の二刀流を平然と用いている彼の姿を見て、私はある言葉を思い出す。


 草食系男子でも肉食系男子でもない、鷹が己の爪を隠すように、彼は己の本性をキャベツで隠しているのだ。



「あ、あの……。やっぱり……私」



「……では、ここから近い所から行ってみましょうか……大丈夫、本当に近いですから……」


 そういって彼はスマートフォンの地図も見ずに目的地に向かっていく。キャベツの芯のように彼の行動は硬く揺るがない。



 ……もう、ダメだ。今夜は私の貞操は守れそうにない。



 私は胸の前で十字架を切り、両手を合わせて拝み、2礼2拍手して彼の後ろ姿を追いかけた。



 なぜなら、彼は――。



 己の肉欲を野菜で隠す、ロールキャベツ太郎系・男子なのだから――。







★28

10人が評価しました

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★★★ Excellent!!!

出来上がった短編小説 ―― ライオン

凄いな~。こんなの思いつかない。何がって、当たり前のようなストーリーをこんなにも面白くできるのが良い!

是非短編好きの方に…それ以外の人にもすぐに読めるので読んでほしいです!

2017年2月22日 22:20

舞夢さんが2017年2月21日 22:19に★で称えました

★★★ Excellent!!!

合コン戦線、異常あり! ですぜ! ―― 高尾つばき

日常をいつも戦時下の兵士に自分を重ね、臨戦態勢で生活する女子の物語。

それに合コンというまさに処女の乙女にとって、砲弾の飛び交う戦場へ誘われます。

このシチュエーションだけでも充分に面白いのです。

ポンポンと軽やかな文章によって、ラストシーンまで導かれると、まさかのオチが待っております。

ここでようやくタイトルの意味が分かるのです。

15分間、堪能できる一品です。

2017年2月20日 20:24

★★★ Excellent!!!

面白くて面白くて、ひたすら面白くて。 ―― 糸乃 空

ぎゅっと詰まった大人の面白さ、頬を緩めずにはいられない。

2017年2月20日 18:30

★★★ Excellent!!!

ロールキャベツ、いいですよね!切ると肉汁がジュワっと出ますね! ―― ユーリ・トヨタ

出て来る登場人物、すべてがいいキャラクターです。


特にロールキャベツ君、最高ですね、男だったら一回やってみたい役ですね。


それから主人公の女性、一度経験してしまえば、恋の二等兵から鬼軍曹まで昇進しそうな気がするのですが、どうでしょうか。


2017年2月19日 20:58

★★★ Excellent!!!

合コンは戦場!? さくっと楽しめるラブコメ短編! ―― 山野ねこ

処女の主人公と、彼女がもろ好みの童貞男子の合コン風景。


シチュエーションも、文章表現も面白いし、さくっと読める楽しいラブコメ短編小説でした!

2017年2月19日 11:19

山西音桜さんが2017年2月19日 08:29に★で称えました

★★★ Excellent!!!

己の「肉」を「草」で隠して捕虜を奪還☆ ―― 愛宕平九郎

合コンで「男ならやってみたい」シチュエーション。


あれ? 自分だけかな?


自分も相手を回せるようにスマホを買おう。。。

2017年2月18日 12:51

★★★ Excellent!!!

童貞物語。キャベツ太郎。 ―― 大柴 博明

「童貞」のことばが響く小説です。


何度も出てくるので、心に残る単語です。

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