第三位 文字数 1800 ジャンル『ショートショート』 タイトル『星占い』
『今日もまた、星の巡りが俺を惑わせる――』
「お、今日、天秤座一位じゃん、ラッキー」
彼女はめざましテレビを見てにやけている。
私はその姿を見て毎回、がっくりとくる。天文部だったくせに情けないと――。
「ねえ、見て見て、一位だって。あなたの山羊座は何位だろうね?」
彼女は朝飯のトーストを食べながら私に同意を求めてくる。もちろん私は頷くわけにはいかない。
私の仕事は天文物理学者だからだ――。
◆◆◆
「どうしたの? そんな暗い顔をして」
「いや、何でもない。それより朝食を頼む」
「はいはい」
そういって彼女は台所に向かった。
……だいたいなぜ星占いというものが存在するのだろう。
私は未だに理解できない問答を繰り返すことにした。
地球には地軸があり23,4度に傾いている。その角度があるからこそ一日の昼夜に変化が生じ、季節が生まれる。日本の素晴らしい四季を作っているのはこの地軸のおかげだ。
しかしその地軸はもちろん変化し続ける、41000年周期でおよそ21~24,5度の範囲で動いているのだ。ということは星占いの中心にある北極星を見る角度も年によって違うということになる。
つまり、昔から方法を変えていない星占いには科学的根拠はどこにも存在しないのだ。
「何をぶつぶついってるの?」
嫁にいわれ我に返る。彼女には何度もこの説明をしているのに、全く理解して貰えない。天文部だったのにだ。
だいたい12星座でひとくくりにすることがおかしい。まるで色でしか個人を識別できていないようで、その人が持つ個性を否定しているようにすら感じるのだ。
「……いや、何でもない」
「気になるじゃない。教えてよ」
1から教えたらまた彼女の機嫌を損ねることになる。朝から喧嘩などしたくない。
「別にたいしたことじゃない。うまそうだな」
そういって私はトーストを齧った。いつもと変わらないちょっと焦げたものだ、だがもちろん文句をいうつもりもない。出るだけマシだという生活習慣がついているからだ。
「あーやだやだ、むっつりしちゃって」
彼女は私をじっとりとした目でねめつけてくる。
「昔は私のことが好きで好きで、たまらないって感じだったのに、仕事の方がいいですか、そうですか」
「何もいってないじゃないか」
「目がいってますぅ」
鋭い。彼女のこういった感覚だけは侮れない。これが理論に向かえば、どれだけよかったことか。
「どうせまた、地軸かどうのこうのいうんでしょ」
「……」
読まれている。私はトーストを丸呑みにし冷えた牛乳を一気に飲み干した。
「そんなこと、どうでもいいじゃない。一位になったら嬉しいでしょ、それをあなたと分かち合いたいの、ダメ?」
「ダメじゃないさ」
私はそういって溜息をついた。彼女はこういうタイプなのだ。結婚した私が悪い。
そして今でも好きなのだから、何の文句もない。
「じゃあ占い信じてくれる?」
彼女は潤んだ瞳で私を見る。
「ああ、そうだな。信じることにするよ」
私はゆっくりと頷いた。彼女が喜んでくれるのならそれでいい。彼女のために天文に興味を持つことになったのだから、それで構わない。
「ありがと」
そういって彼女は私の頬にキスをした。そこから熱が膨張していく。
結局、私は彼女には勝てない。星占いは信じていないが、星の巡りで彼女と出会ったこの奇跡だけは信じている。
数多ある人間の数の中で、彼女と出会い、恋に落ち、結婚することになった確率は数字で置き換えることはできない。
「ねえ、もう一回していい?」
彼女は返事を聞く素振りを見せながらも行動に移す。
「何をするんだ、朝っぱらから」
私は新聞で自分を覆い隠した。これ以上、彼女の顔を見ることはできない。
「いいじゃない、ねえ」
彼女がそういって新聞を奪おうと緩く引っ張る。あくまで自分で閉じろという考えだ。そういう甘え方、嫌いじゃない。
「……仕方ないな」
私はそういって新聞をゆっくり閉じた。彼女を捕まえようと目で追うがどこにもいない。すると彼女が自分の目を手で覆っていた。
……やれやれ、朝から激しいな。
心も体も期待に満ち溢れていく。さあ、今からでも始めようじゃないか。
「じゃ、手を離すよ」
嫁はそういって手を離した。そこに映っていたのは最下位に君臨する山羊座だった。
「あ……」
嫁は苦笑いでテレビを見ている。
「でも占い信じてないんでしょう?」
「ああ、でもたった今から本当に信じることにするよ」
私はそういって新聞を再び開いた。
そこには色事で身を持ち崩すと書かれてあったからだ。
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