復讐の輪舞曲

@torasadamorozumi

序章

 午前0時。街は静寂に包まれ、人々は深い眠りにつく。日中は明るく綺麗な街並みは姿を変え、辺りは深い暗闇、異様な景色に。

 その暗闇の中に一際大きく目立つ場所がある。そこは深夜にもかかわらず、人が多く歩いている。煌びやかに光るネオン。大きくそびえ建つビル。所謂風俗街である。

 バーやホストクラブ。飲食店やクラブが立ち並ぶ大通りで客を掴むため必死に声をかけるキャッチ達。その大通りの賑やかさとは裏腹に、一歩路地を外れるとそこは非日常の世界が待ち受けている。


「はぁ……はぁ……っ!」


 群衆をかき分ける一つの影。その影は駆け足だ。時には両手で強引に目の前の人をのけひたすら前に進む。


「はぁ……はぁ……、おい、どけぇ!」


 次第に影の姿が顕になる。一張羅であろうスーツを着ている。そのスーツは走っていたからだろうか、皺が所々入っていた。身長は160cm程で、髪はオールバック。体格は少し瘦せている。


 その男は荒げた息を整えるため大通りから少し外れた場所で立ち止まる。膝に手を当て、肩を幾度と上げ下げる。一つ大きく深呼吸をして顔を上げ周りを見る。その眼は酷く震え、焦点が定まっていなかった。右、左、上。何度も何度も確認する。周りは華やかな夜を楽しむ群衆。


「あぁ……。やばい……!」


 その群衆の中に何かを見つけたのか、再び走り出す。何かに追われているようだ。

 男はひたすら前に、前に走り続ける。逃げる。群衆が邪魔でしょうがない。焦る。


(そうだ……。この路地に入れば巻ける……!)


 男は目前に見えた路地に入る。狭く薄暗い路地だ。路地はしばらく真っ直ぐであったが、途中十字路に当たる。男はどこに向かうか一瞬迷ったが、直ぐに左へ曲がる。

 ひたすら奥へ奥へと走る、ただひたすらに前に。『何』かから。


「うっ……!」


 声と同時に男がその足を止める。行き止まりだ。男はその壁に拳をぶつけその場にしゃがみこんでしまった。

 頭を伏せ、両手で頭を抱える。その姿は小刻みに震えていた。息はまだ荒く治まる様子はなかった。


(やばいやばいやばい……!  どうして俺が……、死にたくない死にたくない!)


 まるで小鹿のような姿のその男が措かれている状況は、正気の沙汰ではないのだろう。

逃げるという行為は逸脱した状況下で判断を鈍らせる。ただ逃げるだけなのなら問題はない。それが『生命』を奪われるという状況であれば結果、狭い路地に入り袋小路になってしまった。

 怯える中でも彼はとある感覚、聴覚だけは敏感になっていた。排水管の中を流れる下水の音。壁一つ向こうの飲食店の賑やかなしゃべり声や笑い声。音がもたらす周辺の状況を何一つ逃さないように本能で感じていたのだ。

 彼が逃げていたその目標はまだこちらに来ていない。先ほどか得られる音の情報からそれが近づいてくる様子は感じられなかった。

 彼は今度その状況を目で確認しようとした。恐る恐る顔を上げる。震えた瞳が右、左と何度も確認する。


「あぁ……。ああああぁ……!」


 彼の瞳は前方に何かを捉え、そして声を漏らし後ろへ後ずさる。

 いるはずがないはずのその者が、前方にいたのだ。

 その者は黒いコートを身に纏い、頭はフードで隠していた。顔は確認できない。確認できるのはフードから覗かせる鋭い瞳。その瞳は怯える彼を捉えていた。

 その者は長いコートの右袖からナイフらしきものを出していた。そして一歩、また一歩と怯える彼に向って歩みを進める。


「ま、待ってくれ!  何でだ!  誰に依頼された! 俺が殺されるなんて絶対あり得ねぇ!」


 彼が大声でその者に言い放つ。必死の抵抗。しかしその者は何も聞いていないかのように歩みを進める。眼光鋭く、獲物を狩る残忍な動物のような目。

 彼の前に来る。

 右腕から出るナイフを躊躇なく彼の胸元に振り下ろした。

 彼の最後はあっけなく、一瞬でその命の幕を下ろした。

 深く突き刺したナイフをゆっくりと抜く。胸から大量の血が溢れ出る。その場を赤く染め上げる。その者はしばらく見つめ、ナイフを終い、その場を去って行った。



________________________________________



 それから間もなく警察が遺体を見つけるのはそう遅くはなかった。現場付近は数人の警察官が見張り、立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、遺体が見えないようにブルーシートで覆われている。現場付近の異様な空気に、通行人は立ち止まり数人の人だかりができていた。


 路地の手前で一台のパトカーが止まり、中から女性と男性が降りる。一人は40代であろう面をしている。口には煙草をくわえ灰色のジャケットを羽織っていた。

 もう一人の女性は黒く長い髪。こちらは黒のジャケットを着ている。手には鞄を持っていた。


 二人は現場の入口に立っている警察官に手帳を見せる。

お疲れ様ですと警察官が敬礼をして中へ二人を案内した。


「谷垣刑部」


 女が谷垣刑部に携帯灰皿を差し出す。


「ん?」


「現場に入るのですからタバコ消してください」


「あー悪い。いつもすまんな、新道」


 谷垣は靴裏で火を消し、携帯灰皿へ入れる。


「いい加減言わなせないでください。何回目ですか」


「そんな怖い顔するなって、次は気を付けるからさ」


「それ、聞き飽きました」


 新道は呆れた表情をして現場へ向かう。谷垣も頭を掻きながらそれに続いた。


 ブルーシートを潜り現場に入る。そこには遺体が一つ壁に寄り掛かっている。

 谷垣、新道は白い手袋を手にはめ遺体を調べ始めた。

 

「胸に一突き……、確り心臓を突いているな……」


「切り口もかなり大きいですね。獲物はナイフでしょうか」


「だろうね……。あとほら、ここ」


 谷垣は遺体のスーツの胸元を指さした。


「これは……。三島組の家紋。またヤクザですか」


「あぁ。これで何人目かな。4人目だっけ?これはもう大事件だねぇ……」


「これはもうって……。これは紛れもなく三島組を狙った連続殺人事件です」


「そうだねぇ……。そして共通している部分はこの殺し方だ。必ず遺体は胸にナイフで一突き。それ以外に目立った外傷はないという部分。何とも手際の良い事ですなぁ」


「やはりヒットマンでしょうか」


「同じ手口、そして三島組を対象としている点から見てもその線が高いだろうね」


 谷垣はじっくり遺体を観察し終えると立ち上がり、両手を合わせて合掌をした。

 数十秒間合掌をし、顔を上げ近くにいた警官に声をかける。


「君、周辺への聞き込みどんな感じかね」


 警官は不意を突かれたのか、慌てて手帳を取り出し谷垣に伝える。


「はっ。現状犯人を見たものはおりませんでした。被害者が慌てて何かから逃げている姿を目撃した人は多いです」


「監視カメラは調べたのかい?」


「はい。監視カメラも調査しましたが、これといって犯人に繋がるような映像は映っていませんでした」


「ん~。これは骨が折れそうだね。新道、これから忙しくなるぞー」


「そうですね。明日三島組への調査をします。マルボウへの協力願いも」


「よろしくね~。ちょっと俺四課は苦手だから」


「知ってます」


 ははは、と谷垣は頭を掻きながら笑う。新道はまた呆れた顔でメモ帳に書き込む。





 翌日、その殺人事件は大きく報道された。どのメディアも大きく取り上げ、『三島組連続殺人事件』と銘打って連日の動きを報道していた。街の大きなTVスクリーンにもニュースが流れている。テロップには大きく『三島組連続殺人事件 真相は』と、表示されている。番組の女性キャスターが専門家に対し質問を投げかける。


「この数日起きている三島組組員への連続殺人事件、先生はどう見ていらっしゃいますか?」


 女性キャスターから質問をされゆっくりとした口調で初老の専門家は答える。


「そうですね。度重なる三島組組員を狙った事件、それも幹部を狙っています。これは今対立しているとみられます富島組の差し金とみてよいのではないでしょうか」


「と、言いますと」


「昔から言われています通り、この二つの組は対立しています。10年前の抗争の末、三島組が富島組の傘下に入る事で事態は収束しました。が、やはり三島組の中に納得いかない組員がいたのでしょう。それが一か月前の富島組幹部の殺人事件だと言われています」


「その報復ということでしょうか?」


「だと見て間違いないでしょう。差し詰め他の組への見せしめの意味もあるでしょう」


「なるほど、おっしゃる通りですね。ありがとうございます」



 警視庁本部捜査一課。その一室のデスクに深々と座っている谷垣もその番組を見ていた。新垣のデスクは一連の三島組連続殺人事件の被害者データの書類が乱雑に置かれていた。


 新垣は番組を遠目で見ながらコーヒーを飲み、タバコに火をつける。


「富島組ねぇ~……」


 資料を手に取り、新垣は志向を巡らせる。確かに昔から三島組、富島組の対立はあった。が、抗争の末三島組の会長『三島 昭』が富島組会長『張本 宗司』へ親子の盃を交わし事実上傘下に入る事で収まった。そして三島組の中でそれに納得いかない組員がいる事もまた事実。実際ここ数日殺されているのは富島組に不満を抱いている幹部数名だ。


「かと言って今更蒸し返す必要があるのか……」


 谷垣はそう口に出す。

 考えに耽っていると、部屋のドアが開き誰かが入ってきた。新道だ。


「谷垣さんお疲れ様です」


「おう、お疲れ様。どうだい進捗は」


 新道は自分のデスクに鞄を置き、中から資料を取り出し谷垣に手渡した。


「マルボウに調査を依頼しました。やはり早いですね、昨日の事件発生前から富島組に家宅捜査していました」


「富島組は数日動きがなく、幹部も本家宅から一歩も出ていない。事件に関連する証拠、資料も見当たらずか……。これは直接富島組幹部を引っ張るのは難しそうだね」


「はい。ただ、三島組は違うようですよ」


「ん? どういうこと?」


「三島組からこの事件に関係する情報が提供されました。ヒットマンの情報です」


 新道はもう一枚の資料を谷垣に渡す。


「ヒットマンの情報……。これは面白いな。新道、このヒットマンの捜査よろしく頼むよ」


「分かりました」


 谷垣は目を細め資料の一文に目を通す。そこにはヒットマンの呼び名と思しき一文。


 『不可視の殺し屋』と書かれていた。

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