054 蜘蛛女と牛鬼

 森の木々に囲まれた空を眺める。

 息苦しいやりとりの第一弾は終わった、という気分だ。

 街全体が木漏れ日に照らされている幻想的なファンタジー世界。それに数秒、見惚れる。

「……森の中の国か……」

「……あまりお役に立てず申し訳ありません」

 と、片膝を付くルプスレギナ。

「お前が大人しくしてくれたお陰で余計な混乱は起きなかった。……別に質問してもよかったのだがな」

 至高の存在の会話の邪魔にならない為に寝た振りでやり過ごす手はお喋りな存在でなければ成り立たない。

 少しは会話が弾むような言葉は欲しかった、とたっち・みーは思う。それと同時に仕方が無いとも思った。

 自分達はこの世界の事は何も分からないのだから。

 とはいえ、ルプスレギナの存在でも会話に乱れが無かった事が分かっただけで有意義だと思うことにする。

 魔導国とはどんなところなのか。

 改めて議論する必要があるし、いずれ潜入する予定に入れておく。

 キリイという橋渡しも得た。

 後は観光か。

 せっかくルプスレギナも一緒だから。

「そういえば、出された料理は美味かったか?」

「……不味くは無かったっす。……肉が少なかったのが減点ですね」

「そうか」

 減点の割りに綺麗に平らげていた。

 本当に不味ければどういう態度だったのか、それはそれで気になるところだ。

「……住民は人間以外にも居るのかな」

 奥に行けば亜人達の姿があるらしいのだが。

 街の広さは木々によって把握しにくいが、かなり広いようだ。

 森を改造しているようだし、奥はもっと幻想的なんだろうな、と。


 折角なので奥に進んでみる事にした。

 建物は石造りで民家が多く、商店街は開けた場所にあるにはあった。

 農業国家だからとて野菜しか売ってないわけはなく、肉類と香辛料は見つけた。

 魚類はなかなか見つからなかった。

「淡水魚は奥に行かないと駄目だね。海で取れる魚は保存が大変だから、干物なら手に入るよ」

「へー」

 近代化された自分達の世界とは違い、原始的な生活では不都合なものが多くある筈だ。

 当たり前の事が大変な世界なのは異世界では珍しくない。

 よく冴えない主人公が自分達のアイテムを持ち込んで現地民を驚かせる事は

 いきなり便利な発明を持ち込んで文明にパラダイムシフトすると想定外の大混乱に陥る場合がある。

 自然豊かな世界を壊さない為には現地に慣れておく必要がある。

 気がつけば森の出口よりも薄暗くなってきた。

 上を見上げれば陽の光りが乏しくなっているのが分かった。

 夕暮れになっているわけではなく、生い茂る葉に隙間が埋め尽くされているからだ。

「街の奥から亜人さんや異形種の住民が出てくるけれど、驚かないで下さいね」

 と、商店に居た人間が言った。

 日光に弱い種族や自然の木が近くにないと困る植物系モンスターなどが住んでいる為だとか。

 防壁というものが無いので外敵はどう対処しているのか。

「襲って来たらみんなで追っ払いますよ」

 と、蜥蜴に似た二足歩行する生物『蜥蜴人リザードマン』と思われる生物が言った。

 尋ねた本人も気付くのに数秒かかったほど街に溶け込んでいた。

 他の人間と普通に会話したり、商売している。

 蛙のような生物も居れば人馬セントールも居た。

 ここからは人間世界ではお目にかかれない壁を歩く生物なども見かけるようになる。

 所々に森精霊ドライアードが居たりする。

「……凄いな、ここは」

「人間とモンスターが共存しているとは……」

 ルプスレギナも周りの風景に驚いていた。

 人間の国が広がっている中で、ここまでモンスターが溢れているのに争いが起こらないところは初めて見るのではないか、と。

 最初から様々な種族が入り乱れる文化ならば当たり前の光景かもしれない。

 そうであっても多種多様な生物が国の住民として生活しているのは興味深い。

「警備兵が死の騎士デス・ナイトか……」

 街を何体かの死の騎士デス・ナイトが徘徊しているが住民に襲い掛かっていない。それは術者の命令を忠実に守っているという事だ。

 自然界で発生するアンデッドモンスターにはこんな事は出来ない筈だ。

「おお! まさか……」

 たっち・みーは空に浮かぶ一体のモンスター、というか人間っぽいものを見つけた。

 見た目は人間の女性だが背中に白い羽根が生えている。

 腕が羽根であれば有翼人ハルピュイアだが、見えているのはそれ有翼人とは違う。

 自分の記憶に間違いが無ければ目の前を通り過ぎようとしているのは『月の女神アルテミス』の筈だ。

 女神系異形種ともいうべき立派なモンスターなのだが、それをこの街で拝めるとは思わなかった。

「……居たら居たですごいな、異世界というものは」

 外にモンスターが居ないと嘆いていたが、居るところにはちゃんと居るものだなと感心した。

 他にも槍使いのモンスターを見かけて驚いたりする。

「……信じられん。ああクソっ。仲間も連れて来ていいか聞くんだった」

 と、口に出してしまったが、現時点では魔導国の監視もあるのでモモンガに黙って事は進められない。

 しかし、それらを抜きにしても幻想的な光景が広がっている。それを独り占めにするのはもったいない。


 ◆ ● ◆


 一通り眺めていたら森の奥の出口に到着した。

 その先に進むと蜥蜴人リザードマンの集落に続くという。

 既に彼らの縄張りに入っているけれど往来に関して制限は無いようだ。

「人間さんが進んでも安全は保証できないよ」

 と、女性的な声を出すのでメスだと思われる蜥蜴人リザードマンの住民が声をかけてきた。

「ここが国境という事ですか?」

「まあ、そんなところだね。湖までは安全かもしれないけれど……。凶暴な植物モンスターとか荒くれ者の亜人の巣とかあるからね。あと、人間を食べる蜘蛛のモンスター。野生化したものは腕っぷしが無いと食われちまうから気を付けるんだよ」

「ありがとうございます」

 親切な蜥蜴人リザードマンに一礼して薄暗い景色を少しだけ眺める。

 ここより先は野生のモンスターの領域。そんな雰囲気だった。

 御者の言葉を思い出し、検問所に挨拶しないと駄目だという事を思い出す。

 後々捜索隊が組まれるから、というものだが。

 来た道を引き返し、周りの風景を眺めつつ一泊したい気持ちを抑える。

 様々な種族が平和的に暮らす風景を実践している。

 それは地上のナザリックのようだ、と思った。

 名残惜しいが日差しが降り注ぐ森の出口にたどり着く。ここより外は人間の国だ。

「……確認は出来た」

 明日、カルネ国が消滅するようなフラグは立たないと思うけれど、今度は仲間達と訪れたいと思いつつ検問を通り過ぎる。

 忘れないうちに伝言メッセージにて情報を伝えれば多くが驚き、モモンガは当然だが、より心配していた。

 自らの手の内をかなり晒すような真似をしたのだから。

「『マグヌム・オプス』への許可証は手に入れました。機を見てカルネ国に皆で来ましょう」

『……ご無事で何よりです』

 事細かに苦情を言っても仕方が無い。

 自己責任において他のメンバーはいい大人なのだからモモンガ一人が慌てても仕方が無い事は分かっている。だから、小言は控えめにした。

『向こうのナーベラルも消えていたとは』

 もし、自分であれば素直に正直に伝えるのに物凄く時間がかかる。だからこそ連絡が来なかった理由は手に取るように理解出来た。

「それでいきなり向かいますか? それともまだ仕事を続けるんですか?」

『一応、銀級まではのんびりと仕事をしようと思ってます』

「分かりました。私はこのまま真っ直ぐ帰り……。シャルティアに『転移門ゲート』を開いてもらいたいです」

『了解しました』

 詳細は帰ってから話すとして、たっち・みーは振り返る。

 地図では分からない広大な森の中は確かに異世界だった。

 実は全て幻、というオチにはならないと思うけれど、次に来るまでに消えないでほしいと強く願った。


 ◆ ● ◆


 元カルネ村こと第一実験農場に他のギルドメンバーの一部が農民から情報を集めている頃、武装した蜘蛛女アラクネとは違う蜘蛛女アラクネが現れていた。

 それは武装はしていないが剛毛に覆われた太い足を持ち、全体的に黒ずんだ色合いだった。

 褐色肌の顔は凶悪そうな印象を与える。

 住民から牛鬼ギュウキと教えられた。

 やまいこ達の知る牛鬼ギュウキは確か上半身が牛のモンスターだった気がした。しかし、この牛鬼ギュウキは人間の女性に酷似し、頭部には種族名の通り、太い角が側頭部から突き出ていた。あと、とても凛々しい顔立ちの美人だった。

 複眼は額に集中していて合計八つの眼球が見えた。それが適度に瞬きしている。

「元は南東の森に居たそうですが……。普段は自由気ままに行動しています」

 畑を荒らすような事は無く、蜘蛛女アラクネ同様に外敵から村を守る役目を負っている。という説明を聞いているのだが牛鬼ギュウキは地面より建物の上を良く移動するという。

 家から家へジャンプする事は無いけれど、見た目から結構な重量がありそうな印象を受ける。

「色んなモンスターが居るんですね」

 ナザリック周辺ではモンスターどころか小動物も見かけないのに、と偽装した『やまいこ』は感心と驚きの連続だった。

 とはいえ、ナザリックにも色んなモンスターが居て、村の見物に来ている。

 ほぼ全員が姿を隠したような連中ばかり。

 いくらキリイの言葉があるとしてもさすがに怪しい一団だと思う。

 異形種でもいいと言っているのに顔を隠す。どう考えても村を襲いに来た謎の兵士達にしか見えない。相手方にも理由があるのは理解出来るけれど、と村人たちは苦笑する。

「魔導国にもたくさんモンスターが居るとは聞いていたけど……。そちらさんも色んな種族が居るんですね」

「……ええ、まあ……」

 中身は人間ですけどね、と言ったところで彼らにアバターという概念は理解されないと思う。

 普通に考えても無理な話しだ。

 それよりも自分達の護衛として着いて来ているNPCノン・プレイヤー・キャラクター達が気になる。今は村の外に配置している。

 村で戦闘になっても足手まといにしかならない連中なのだが、むしろ彼らNPCが襲われるとギルドメンバーが慌てるだけだと思う。

 話し相手としては優秀でも行動はまだ不安が残る。

 自我が芽生えて感じるわずらわしさ、とでもいうようなものだ。

 何でもいきなり全てがまとまるわけは無いので慣れていくしかない。少なくとも命令に対して少しずつ意思疎通というか阿吽あうんの呼吸のようなものが備わっている気がする。

 学習能力の無いNPCであれば毎度毎度の教育をするという手間がかかるものだが、彼らにはその必要性があまり感じられない。

 設定では分からない知識の蓄積が出来る。

 個人差はもちろんあると思う。

 賢い連中はゲームデータのキャラクターが人間のように忘却現象を起こすのは違和感がある、などと言っていたけれど。それは深く考えたくないので大半のメンバーは気にしない事にした。

 物忘れについてアンデッドモンスターはどういう扱いなのか、という疑問もある。

 それはさすがに誰にも答えられなかった。

「おあっ!」

 物思いに耽っていると突然、何かがぶつかってきてやまいこは驚いた。

 振り返ると蜘蛛女アラクネの巨大な袋状の腹部が見えた。

「や、やまいこ様!?」

 シモベ達が続々と湧き出して蜘蛛女アラクネを取り囲む。

 いくらレベルの高い蜘蛛女アラクネでもやまいこを転倒させるほどの力は無かったようだが、驚いたのは事実だ。

 すぐさまシモベに無事を伝える。

 問題の蜘蛛女アラクネは盾をかざして複眼を器用に使い警戒していた。

 何者かの攻撃からやまいこを守ろうとしたのかもしれない。ただ、大きな身体なので側に居たやまいこにぶつかるところまでは想定していなかったと見える。

 叫びに気付いた牛鬼ギュウキが近寄ってくるが、シモベ達に阻まれる。すると、牛鬼ギュウキは全ての複眼を妖しく光らせながら、口を裂くように開いて威嚇し始める。

「シャアアアァァァ!」

「あ~、こらこら。みんな落ち着いて。ボクは大丈夫だから」

 宥めようとするやまいこの後頭部に蜘蛛女アラクネの盾がぶつかる。

 その時、小さく『カン』と音が聞こえた。しかしすぐにシモベ達が大慌てする。

「……この子、人を守るのが下手なんじゃないの?」

 自分の身体の大きさを把握していないというか相手との距離感を掴んでいないというか。

 攻撃ではなく守ろうとしてぶつかってきたのは理解した。

 足元に弓矢と石が転がっている事から、どこからか何者かが攻撃してきたのは明らかだ。

 探知は簡単だけど、あまりにも遠距離だと見つけにくいのが難点だ。

 別行動を取っていた狩蜂ワスプのク・ドゥ・グラースと人鰐ワークロコダイルの獣王メコン川が駆けつけてきた。

「……なんだ、この騒ぎは……」

「遠くから何者かが攻撃して来たらしくてね。シモベ達とちょっと……」

 拾った弓矢は手作りとしかいいようのない粗末なものだったので敵は小鬼ゴブリンかもしれない。

 確かに良く現れるモンスターだと聞いていたが実際に会った事はまだ無かった。

 低位のモンスターでも現地で出会う貴重な存在なのは変わらない。

「……それにしても……」

 高レベルのやまいこを驚かせるほど蜘蛛女アラクネのレベルはそれなりに高く、確実にダメージを受けると認識する。

 そうなるとシモベ達が余計に慌ててしまうけれど。

 現地の作業員を呼んで牛鬼ギュウキを宥めてもらう。もちろん、シモベ達には姿を消してもらった。

 無闇に相手を威嚇しないように、と命令されていた者が敵対行動を取るのは敵が来た時くらいだと言っていた。

「敵でも現れたのか?」

「……グゥ……」

 唸り声を上げつつ大人しくなっていく牛鬼ギュウキ

 蜘蛛女アラクネ同様に会話が出来ない。

 人との関わりが無い森の奥地で生活していた為だと言われているが詳細は作業員には分からない。

 少なくとも相手の言葉は理解出来るのは分かっている。

 シモベ達が気づかない敵に蜘蛛女アラクネが気付いて守ってくれるのは不思議な気分だ。

 牛鬼ギュウキを責める前にシモベ達の存在価値を疑うよ、と胸の内で言うやまいこ。


 敵の攻撃が止んだのを確認した蜘蛛女アラクネは何事も無かったように警戒任務に戻る。

 確実に敵を仕留めるようには命令されていないのか、やまいこ達には窺い知れない。

「こんな攻撃は魔導国はしないよね」

「もう少し殺傷力の高い矢を使うだろうな。スキルとか併用して」

「……小鬼ゴブリンかな」

 見晴らしがいい村の外側には身を隠すには打ってつけの森が一応ある。

 実験農場は場所的に盆地に当たるようなので遠くの丘から狙おうと思えば出来なくはない。

 矢のダメージは0だが蜘蛛女アラクネの体当たりで3くらいはダメージを受けたかもしれない。

 客人を守ろうとした行為に文句は言いたくないが、もう少し小回りの利く防衛者が居た方がいいと思った。

 そもそも大きな身体の蜘蛛女アラクネを何故、起用しているのか。と思ったのも束の間、やまいこの脳裏に天啓が下りてきた。

「……あー、なんか分かった気がする……」

 定時に現れるNPCこそが本来の小回りの利く防衛者だという事に。

 つまり蜘蛛女アラクネは村の象徴的な立ち位置だと。そうだと仮定すると納得出来るものがある。

 彼らNPCが来ないから蜘蛛女アラクネが村を守るしか無い。

「多少の些事は目を瞑らないとね」

 それと興味からだが、蜘蛛女アラクネの体当たりで一般人はどの程度のダメージを受けるのか。

 あまりに高レベルならそれだけで重傷もののような気がする。

 獣王メコン川が作業員に尋ねてみた。

 重厚な鎧に包まれた怪しい一団に現場の作業員は見慣れてきたのか、逃げられる事はなかった。

「打撲程度ですよ。死者は今まで出てません」

 と、笑顔で答えられた。

 毎回のように死者を出すようであれば村を運営する事など到底出来無いし、そんな危険な生物をそもそもキリイは採用しない筈だ。

「目の前に人が居たら避けますし、足元もちゃんと気をつけます。不意の攻撃に対してはさすがにどうしようもないかなと」

 多少の事には目を瞑る作業員の心の強さ、というか広さに感服するギルドメンバー達。

 うちのモモンガならダメージ1でも大慌てするレベルだ、と。

 少し経ってから村の外に居たNPCであるアウラが襲撃者の情報をやまいこ達に送る。

「……やっぱり小鬼ゴブリンか……」

『やまいこ様に攻撃した不届き者ですが……、どう致しましょう。一応、捕まえておきました』

「……冒険者が居れば飯の種なんでしょうけれど……。目立つ行動は控えろって言われているから、適当に追っ払っておいて。三匹くらいはぶっ殺していいけど」

『畏まりました』

 命令した後、やまいこは現地のモンスターは既に確認したので、別に小鬼ゴブリンを殲滅したいほど憎んでいるわけではない。この先も穏便に済めばいいなとは思った。

 一応、村に攻撃した者に教育を施す分にはモモンガも許してくれる筈だ、と。

 下手をすると大規模殲滅魔法を低位モンスターに打ち込みかねない。

 村人も村の内部に来ない限りは追いかけたりしない事にしている。それと護衛に自分たち実験農場の作業員小鬼ゴブリンの一団を抱えているが、現在は別の村に出張中だった。

 護衛だとしてもやまいこ側は攻撃には反撃する権利を行使する、とシモベ達には伝えている。それと命乞いは聞く用意がある、とも付け加えた。

 赤帽子の小鬼レッドキャップくらいまでなら蜘蛛女アラクネでも迎撃できると思うけれど、過剰戦力は何かとトラブルの元だ。

 カルネ国として創設された経緯は色々と大変な事があったのではないかとやまいこは今更になって感じた。


 アウラとは別行動中のマーレはブルー・プラネットと共に第六階層で育てている植物の調査に明け暮れていた。

 手に入れた花弁人アルラウネ達は暴れだしたりせず、大人しく光合成している。

 人工の光りではあるけれど今のところ苦情は出ていない。

 水も空気も清浄な空間に満足しているようだ。

 移動に関して花弁人アルラウネは自分の意思で地面から足を引き抜くので、今のところは自由意志に任せていた。

「植物から話しが聞ける経験は普通は出来ないからな」

 現代社会で喋る植物など存在しない。

 仮にゲームの世界であれば設定された言葉くらいしか聞けないけれど、自我を持つモンスターの言葉は何だか不思議な気分にさせてくれる。

 本当に自分の意思を持っているようにしか聞こえない。

 どこかで疑う心はあるけれど。

「ナザリックの地面に不満は無いようだから、他の植物モンスターも欲しくなるな」

 無理にモンスターでなくてもいいが、現地の様々な植物を集めて温室でも作りたい、とは思った。

 将来的には外に施設を作りたい。そうすれば階層を私物化する必要が無くなる。

「……しかし、土からちゃんと栄養が摂れているのか。もし、取れているならそれはそれで凄いんだがな」

 物質還元、という言葉だけ浮かんだがそれがどの程度凄いのかは分からない。

 知りたいようで知りたくない事柄のようにも思える。

 折角の異世界の生物と触れ合えるのだから色々と調査はしてみたい。

 普段ならアイテムドロップの為に乱獲するところだが、ゲーム時代とは違う感覚に驚く。

 いずれ現地の森妖精エルフ達でも捕まえて飼育するようになったりするのかな、と思わないでもない。

 全種類制覇をする気は無いけれど、賑やかな種族に囲まれたい気持ちはある。

「……強引に連れてくるのは悪党っぽいよな」

 平和的に連れて来られるなら、それに越した事はない。

 どうも転移後の自分を含めたギルドメンバーは自然の美しさに感銘を受けて優しくなってしまった気がする。

 無理に悪の組織を地で行こうとは思わないけれど。

 ブルー・プラネットは少なくとも自然は守りたいと思っている。だからこそ、それを壊す人間などは許さない。

 カルネ国はその中で自然と調和しているようだから仲良くなれる可能性はある。

 魔導国の協力があるという点で自分ブルー・プラネットの考えに賛同している部分があるのかもしれないし、もう一人の自分が居るのかもしれない。

 未だに全貌は見えないけれど、期待する半面、モモンガ同様に不安もある。

「……ブルー・プラネット様? どど、どうかしたんですか?」

 花弁人アルラウネを眺めたまま大人しくなった至高の存在に不安を覚えたマーレが尋ねる。

「……もし、私がナザリックを出て行くとすれば……、止めるか?」

「ええっ!? で、出て行かれると……。僕の一存では……なんとも言えません……」

 NPCにそもそもギルドメンバーをどうこうする権利は無い。だからこそ、マーレの気持ちが例え残ってほしいものであっても口に出してお願いする事はとても恐れ多い事だと思っている。

 急なことで頭が回らないマーレ。出来れば冗談だと言ってほしい。しかし、言葉のニュアンスでは本気のようにも感じられる。

「別にナザリックが嫌いという話しではない。どこか適当な場所に第六階層のような平原にでも植物園とか自然公園とか作って暮らしたいな、というものだ」

「そ、そうでしたか」

「一階層を私物化するのは気が引けるからな。土地の購入は私も考えておかないと他のメンバーに迷惑がかかる」

 それに第六階層には多くの魔獣が生息している。

 ちょっとでも花弁人アルラウネを傷付けようものなら大混乱に発展するのは目に見えて明らかだ。

 なにせ、ブルー・プラネットが熱心に育てているモンスターだから。


 ◆ ● ◆


 南方に進んでいたペロロンチーノは森に差し掛かったところでシャルティアも連れてくるべきと思い直し、引き返していた。

 途中でエントマから連絡が入り、彼女を回収する。

 単独行動がしにくい今の状態に少し不満はあるけれど、未知の世界に無謀な冒険はまだ早い。それは確かに理解出来る。

 ワクワク感が冷めない内に、という気持ちが強かった。

「いや待てよ」

 転移要員であるシャルティアを連れ出すと他のメンバーが困るかもしれない。

 他に転移門ゲートを使えるシモベでも用意すればいいのに、と。

 ある程度、転移用のマーカーを設置しておけば自由度は高くなる、とはいえもどかしい事には変わらない。

「………」

 一緒に旅が出来たらいいのに、という気持ちはある。

 その時はギルド脱退問題が起きてモモンガはきっと難色を示す。

 唸るペロロンチーノに彼の背中に乗っているエントマは慌てていた。

 声をかけるべきか、大人しくしているべきか、と。

 行ったり来たりを繰り返すペロロンチーノは数十分ほどの葛藤の後、今回は諦めて進む事にした。

 つまりシャルティアは留守番だ。

 エントマと共に砂漠地帯に改めて向かう。

「……この辺りなら転移でも来られるだろう」

 あんまり瞬間移動は面白くないし、旅っぽくないけれど。

 と、思っていると森の中腹から先に荒野が見えてきた。

 木々が生えず、草原でもない。

 土が露出した荒地がかなり広範囲にわたって広がっている。

「……街とか村は……。テントみたいなのはあるんだな」

 村人の話しでは南方の荒野には豚鬼オークの集落があると言われている。

 人食い大鬼オーガ並みの体格を持ち、名前の通り豚が二足歩行している姿の亜人種で知性はよく分からないが凶暴という事だった。

 他にも犬小鬼コボルトと呼ばれる犬の亜人種も居るらしい。

 亜人種の集落がある中で人間の村はおそらく無い筈だ。

 むしろ、そんな危険な場所に住む奇特な人間の村人など居るのかと疑問に思う。

 ゲームだとラストダンジョン近くに平然ときょを構える人間は珍しくないけれど。

「あまり関わると一斉に襲われそうだな」

 醜い亜人より見目麗しい女性型モンスターが居れば今すぐにでも着地するところだが、見えている範囲では気になる個体は見当たらない。

 下から見上げれば空飛ぶモンスターが居る程度にしか見えない筈だ。

 豚鬼オーク達が無理に襲ってくるような事はないと思うが、少しだけ高度を上げておく。

「エントマ。苦しくはないか?」

「大丈夫ですぅ」

 甘ったるい声が耳元で聞こえた。その時に急に姉の声が脳裏に蘇り、鳥人バードマンは人間のような柔軟性は無いけれど、気分的には顔をしかめた。

 背中に粘体スライムを背負っているような気分に錯覚させられる。

「……声優に罪はない」

「?」

「折角エントマが居るんだから偽装をお願いしようか。気持ち悪くない奴で」

 ペロロンチーノの命令によりエントマは蟲を召喚し、彼の身体を覆わせていく。

 あまり身動きしない蟲を頼んだものの身体の前面部を這う感覚は少し気持ち悪く、またくすぐったかった。

 アバターでもちゃんと接触の感覚があるのは凄いなと思うけれど。

「この辺りに空中に浮かぶような建物は……、無さそうだな」

 王国近辺にやたらとあるのは驚いたが、それが全世界規模というわけではないのは何故か安心できた。

 中世ヨーロッパの異世界ファンタジーが実はかなり科学が進歩した未来世界というのは想像できない。

 もしそうであれば剣と魔法の世界である必要は無い。


 荒野を真っ直ぐ突き進むのはかなり目立つので他に森とか草原は無いか確認すると左側に森が見えていた。

 ナザリック地下大墳墓から見ると南東方面に当たる。

 荒野を迂回するような形で広がる森の側に草原も見えていた。

 亜人達に襲われないように南方から来る旅人などが利用していると思われる。とはいえ人間の姿は見当たらない。

 もし居れば重厚な警備体制になっていて目立つはずだ。

 それとも森の中を移動しているか、だ。

「……しかし、小動物の姿が見えないと本当に生物が住んでいる星って気がしないんだけどな」

 村に牛などの家畜は居た。

 都市で囲っていたら絶滅した、とかだと悲しいのだが。

 自然界にはもう少し動物の姿が欲しい。

 荒野にのこのこ出てくる動物は居ない、と言われると困るけれど。

 ある程度進んだところで追跡者が居ないかエントマと確認してから森の中に降り立つ。

 種族スキルのお陰で自由に飛べるのは気持ちがいい。

「南方の情報を下さい」

 と、ナザリックに連絡を入れてみた。

 かなり長距離にもかかわらず伝言メッセージは届いた。

 確かこの魔法は距離制限があったはず、という事を思い出すペロロンチーノ。

 有効射程が長くて驚いた。

『ナザリックから見て右側にローブル聖王国があるけれど……。今どの辺り?』

 右側。つまり進行の逆の位置に国があり、海が広がる。

「荒野を過ぎて草原と森があるところ。左側って事でいいかな」

『そこは旅人が利用する街道があるらしいけど……、見えるかな?』

「道らしき物は見つけた。ただ、人影は無さそう。集落も無さそうだね。亜人の集落くらい」

『まっすぐ進んで行ったら砂漠だけど、森側だと……、頑張れば竜王国に行けるかも。その辺りはモンスターが多くて冒険者がよく行っているらしいよ』

「ありがとう」

 まず簡単な説明を受けて再調査を始める。

 気温が高いので、もう少し進めば砂漠が見えてきて焼き鳥になる準備が整う。

 エントマは厚着しているけれど、例え本人が平気だとしても深入りするのは良くないと判断する。

 日陰のある森に進み、無難な探索に努める。

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