037 ネタバレしてもいい物語

 モモンガの進むべき道は決まってきた。後は旅の目的を探すこと。

 永遠に『ナザリック地下大墳墓』を維持することはおそらく不可能。いずれは手放す時が来る。ナーベラルの言葉からも、それは遠い未来では確定のようだ。

 だが、今ではない。

 国を作るよりもまずすべき事は土地の確保。

「……地味だ」

 多くのプレイヤーとの激闘や未知の領域への挑戦。

 新たなアップデート。

 玉座に座るモモンガは目の前に広がる無音の空間を見つめる。

 今は横にアルベドの姿も無い。

 天井にある水晶型モンスターや不可視化した『八肢刀の暗殺蟲エイトエッジ・アサシン』は居るけれど。

 行き慣れたゲームの世界ではなく、何があるのか分からない未知の異世界だ。

 モンスターは居るようだが情報が得られにくい点が否めない。

「よくある襲撃イベントが無いからか?」

 異世界と言えば都合よく起きる様々なイベントだ。

 自分と同じ存在かもしれない魔導国が君臨する世界だ。何も無い方がおかしい。

 事件を期待するのは不謹慎だが、きっかけがほしくなってしまうのは一種の中毒症状かもしれない。

 ナザリックがあり、仲間たちが居る。アイテムも人材も豊富だ。

 足りないのは何だ。

 情報か。

 確かに情報が溢れる世界から何も無い世界に飛ばされれば不安にもなる。

 もし、一人での転移ならば仲間達を気にせず気楽に出来たのか。


 否。


 今よりももっと不安にさいなまれている筈だ。

 目蓋を開ければ誰もいない。

 未知の世界で元の世界に帰れない。

「……アンデッドのアバターは不死ときている」

 今より不幸でないならば幸せを甘んじて受け入れるべきだ。

 それがきっとだ。

 かといってエロい展開はすぐには受け入れられないが。

 いずれ。自然と。なんとかなる、と信じたい。

「アウラとマーレか……」

 それはもう可愛い子供達だ。アンデッドの自分から見てもそう思えるほどに。

 外に出られない状態ならきっとあられもない展開も許容せざるを得なくなる。

 多種多様な種族が居るから最終的にはおぞましい結果が待っているに違いない。

「……笑えない冗談だ」

 本当に少し身震いするほどに。

 さて、と自分にかつを入れるモモンガ。

「まずは滞在費を稼ぐところか」

 何をするにも大切なのはお金だ。

 気合だけでは前に進めない現実がある。


 ナザリックの点検と現地の地質や植物の調査で時間を潰し、一定額の報酬を集める。

 他に稼げる仕事は無いか『音改ねあらた』に意見を貰いつつ時間を潰していく。

 タイムリミットは存在しないが早い内に行動しないと敵方が動く可能性がある。

 今はまだ仮想敵だが。

「薬草採取か……」

 大広間の執務室で得られた貨幣を並べるモモンガは呟いた。

 歪曲した現地通貨。

 銅貨がたくさん転がっている。

「今の時期はおこなっておりませんが数ヶ月ごとに森に入り、農家の資金源とするようです」

 その森は地図からは想像もできないほど広大であり、奥に進むのは地元の農家でも恐れるほどだ。

 それゆえにまだ人跡未踏の地が広がっており、取り尽くすのは困難だと言われている。

 それだけ自然が豊富だともいえる。

 近代化に伴ない森林開発に拍車がかかれば今までの文化はきっと衰退する。

 この世界はまだ人間による人口爆発は起きていないともいえる。

「ほどよいモンスターがそれぞれの人口を制限しているのかもしれません。もし人間だけならば地球と同じ末路を辿たどるはずです」

「異世界ファンタジーは自然豊かなまま残すのが良いんですが……。文明が原始的なままでは発展の望みがありません」

 永遠に戦い続ける不毛の世界。

 地球における過去の歴史は戦いの連続だ。戦争を終わらせるものはだいたい何であるのか。

「普通はラスボスを倒してエンディングでしょう。だけど、ゲームでないなら終わりは滅びしかありません」

「絶望感いっぱいの世界とは思えませんが、変なパラダイムシフトは好ましくないでしょう」

「……つまり蹂躙ものですか?」

 仲間達の言葉にモモンガはそう答えた。そして、それぞれ頷いていく。

「向こうの『アインズ様』は適度に賢いようです。一気に力を行使しない辺り……、まさにモモンガさんによく似ている」

「えー。それ誉めてます?」

「もちろんですよ」

 と、明るい口調で答える植物人間のぷにっと萌え。

「あれ? 『ゴウン様』ではないんですか?」

「最初はアインズと呼べ、と言っていたみたいです。あの村ではゴウンというのが苗字だと思われているようです」

「……あー、確かにアインズって呼ばせそう……。後ろが苗字ということは外国式という奴ですか……」

「そうですね。ミドルネームにあたる部分は『洗礼名』と言うそうで、スレイン法国という国では名前、洗礼名、苗字の三つが基本だそうです。この国は貴族から四つになったり増えていくタイプで、三つはスレイン法国に配慮してあまり居ないみたいですよ」

「農民の多くは名前だけしかなかったりするので、戸籍というものは国民全てに浸透しているわけではないようです」

 調査報告を受けるモモンガは難しい話しはほぼ右から左に抜けてしまうので、あまり理解出来なかった。

 とにかく、名前はそれぞれバラバラだということは理解した。

 あと、日本人風の名前はほぼ無い。

「後は我々の名前ですね」

「変な名前が多いですからね。多少、現地に配慮したネーミングを用意した方がいいかも。ぷにっと萌えって普通は名乗りませんよね」

「聞き様によっては外人さんとも言えなくはないけれど」

 異世界の人間に日本人の名前は聞き慣れないものだ。名乗ったところで問題は無い筈だ。あるとすれば名前を書く時くらいだ。

 文字に漢字が無いのは理解した。

「無理して捻らなくてもいいと思いますが……。一部は変えた方がいい。たっち・みーとか」

「ウルベルトさんはすんなりそのままでいいでしょう」

「偽者が現れたら、その時はその時で」

「ここは深く考えない方が得策かと」

「分かりました」

 と、書類に一つずつチェックを入れるモモンガ。

 いわゆる『備忘録』というもので今後の活動に際し、自分達の軌跡を残す事にした。

 考える事がたくさんあるので忘れない為だが。

 仲間と共有しておかないと二度手間になるおそれもある。

「……住宅街も無く、商店もない……。これでよく国が成り立ちますね」

「一昔前はモンスターの脅威に晒されたり、内部の政治腐敗などで揉めていたみたいですよ」

「お約束ですもんね」

「この辺りは人間の国が集まってますが、東や南側は亜人達の国があるそうです。特に北方はドラゴンが治めているとか」

「期待が持てますね」

「……つまり人類はモンスターに囲まれているって事になりませんか?」

「魔導国をプラスすると致命的なまでに」

 暢気なメンバーが答えた。

「とはいえ、我々は人類の味方をする必要は無く、それはそれぞれの倫理観に委ねられます。人類こそが実は悪の象徴である世界かもしれませんよ」

 一般的には人間種が善の立場だが、それが全ての世界で通じると思ってはいけない。

 それにまだこの世界の歴史を学んだわけではない。

 可能性の話しは机上の空論だ。

 キリイ青年はモモンガの印象からも悪人とは思えない。完全に信用はもちろん出来ないけれど利用する価値はある。

 とはいえ、村一つに拘って先に進めなくなるのも困るので、次の街で更に情報の幅を広げる必要がある。

 まずは『エ・ペスペル』だ。その次が『エ・レエブル』で次に謎の施設『マグヌム・オプス』に行く事になる予定だ。

 一気に飛べば早いけれど地道な調査は必要だ。

 イベントが飛ぶと進行が狂う。

 大森林については保留。

 メンバーを班分けしての行動は街に滞在してから決める事にした。


 ◆ ● ◆


 転移して数日後。

 アルベド専用の部屋が完成した時、次の段階に進む事をモモンガは決意する。

 大まかに三班に別れ、街の調査はモモンガ。地質調査はブルー・プラネット達に一任し、残り大半はナザリック地下大墳墓に待機する事になった。

 外に出てもいいけれど異形種は何かと狙われやすい。それが転移後の世界でも起きないとも限らない。

 ほぼモンスターと変わらない姿なので仕方が無い。

「いきなり千人規模の襲撃は無いと思いますが、迎撃はそれぞれの自己判断でお願いします」

「了解しました」

「……転移して一週間ちょいか……。もうクビだな」

「捜索願いが出されたとしても誰も助けに来られない」

「某デスゲームなら病院の中でしょうけれど」

「ゲーム終了時の転移ですからね。本当に肉体と精神を分割させたのかもしれません」

 分割している場合は何の気兼ねも無く異世界ライフが楽しめる。ただし、元の生活に戻れなくなる。

 戻る方法があったとしても記憶の齟齬が問題となる。

 現実の自分の記憶と仮想の記憶は同一ではない、はずだ。

「元に戻るとアイテムとか能力が一気に無くなるのよね」

「ゲームのデータは消える運命ですよね」

「そこは俺も覚悟しますよ。勿体ないけれど新しいゲームを始める時は新しいゲームに合わせると思いますし」

 オンラインゲームは罪深いものだとそれぞれ思った。

 特に課金勢は。

 万能なアイテムや魔法は現実でも使えたらいい。けれども、所詮はゲームの中だけで通用する能力だ。持って帰れはしない。

 それが出来れば現実世界はとても混乱する。


 新設されたアルベドの部屋。それは単にモモンガが使わなかった部屋の一つを改装しただけのもの。

 それでも結構な広さがあり、洗面台や浴室の増設が出来るほど。

「同棲する事になりましたが、うちの娘をよろしくお願いします」

 と、どう見ても親の顔には見えない気持ち悪い姿のタブラ・スマラグディナが言った。

 『脳食いブレイン・イーター』という種族とはいえ、ゲームキャラクターのまま転移する事になるとは想定していなかった。

 仮にメンバーが全員人間種になるとNPCノン・プレイヤー・キャラクター達に襲われる気がした。

 殆どが人間に敵意を持つ設定になっていた筈なので。

 その点ではアウラ達が一番苛められそうだが、階層守護者の地位のお陰で問題に発展していないのかもしれない。

「こちらこそ」

「これでアルベドの裸を見放題ですね」

「……ぶっ飛ばしますよ」

 と、感情アイコンがあるならばモモンガは笑顔を出しているところだ。

「健全な男子なんですから。いつまでも紳士でいられるとは思えませんけどね」

「……むう。それはまあ、お互いを知る時が来るでしょうけれど……。それより俺、アンデッドですよ」

 肉体と呼べる部分が見事に一つも無い『死の支配者オーバーロード』だ。

 大抵のアンデッドは腐っているか骨だ。そうじゃないのは吸血鬼ヴァンパイアくらいか。

 エンシェント・ワンはメンバーの中では比較的、人間に近い。だが、種族は『吸血鬼の血脈ザ・ワン』のアンデッドモンスターだ。

「そういえば、ついでにニグレドとルベドも付いてきますけど……。あれらはどうします?」

「現状維持で」

「了解しました」

「……でも、いいんですか? タブラさんの娘同然なのに」

「守護者統括はギルドマスターの側がお似合いでしょう。私個人が弄り回してもいいって言うなら……」

「大切にします、お父さん」

 と、かんはつを入れず、モモンガは言った。

 悪乗りするメンバーが多くて困る。

 ゲーム時代は規制があったから何事もなかった。だが、今は何が起きるか分からない。いや、分かるけれど、分かりたくない。

 紳士な童貞なので。


 創造主なのでアルベドをタブラが裸に剥こうがモモンガに止める権利は本来はない。ただの我がままだ。

 もし自分が女性NPCを作っていれば今頃はどうしているのか。

 ゲーム時代は運営の規制があったけれど、今は他人の目を盗んで何かしら行動を起こしていたり、考え付く限りの範囲で扱っている気がする。

 他人の目が気になるのかもしれない。

 というよりは気にしないメンバーが多くないか。

 逆に恥ずかしいモモンガ。

 アルベドの設定を読み返し、露出狂ではない事は確認した。そうでなければ困るけれど。

 シャルティアも裸になる性癖は無い。その点を興味があったのでペロロンチーノに尋ねてみた。

「綺麗な白い肌の女の子って感じですけど、見えないからいいって事もありますよ」

「エロいのに?」

「性癖はエロいですけど。裸でウロウロするのはなんか違うと思います。裸同然の種族が側に居るせいもあるかも」

 その種族が粘体スライムなのは聞かない事にした。

 男の多いギルドではあるけれど人間種が居ないお陰で淫靡な空間になりにくいのかもしれない。

 その代わりNPC達で淫靡な空間を演出しそうだが、それはどうすればいいのか。

「それは個人の自由にしましょう。その方が興奮します」

「個性は大事と言いますけど……。節度はある程度守ってもらいたいです」

 その節度もいつかは壊れそうな気がする。

 それぞれの性に関する感じ方というものはどうなっているのか。

 モモンガはアンデッドのお陰で恥ずかしさ以外は特に性的興奮は起きていない。

 起きていないというか、起きない身体だから当たり前かもしれない。

 ペロロンチーノは●●し放題のような気がする。ぶくぶく茶釜はどうしようもないし、餡ころもっちもちは怪しい。やまいこはどうななのか。

 そもそも異形種の性の事情は分かりにくい。

 人間なら理解出来るけれど。特にアウラとマーレなどは。

 人間以外は単なる交尾と捉えて大した事が無いと思っている者が大勢居たりするかもしれない。

 とはいえ、健全な男女の営みは尊重したい。

 そこら辺はモモンガとしては考えたくない問題だ。

 男同士の営みに発展されても困るな、という事が脳裏に浮かんで恐怖を覚えて精神が抑制される。


 ◆ ● ◆


 検問所に払う資金が確保できたところで次に装備類だが、これらはキリイ青年のアドバイスによりローブ姿で向かう事にした。

 服装は異世界ファンタジーの常識が通じるもので間違いが無く、ビジネススーツを着る必要は無い、とのこと。

 ビジネススーツという和製英語は使われなかったが、現代社会の文化はまだ無いのは確認した。

 敵なのか味方なのか分からないが、色々と教えてくれる辺り少し不安ではあった。

 よくよく考えれば最初の村に都合よく自分達に不利になる言動を発するイベントキャラって居るものなのか。

 まだ最初の村だぞ、と思わないでもない。

「それはあれですよ。大抵、最初の村は襲撃される運命です。多少の迎撃は想定内ではないでしょうか?」

「ゲームではありふれていますが……。今回の村は既に迎撃準備はある程度整っていた……という事なんでしょう」

 それはつまり『お約束』に抗った、ともいえる。

 それはそれで感心する事だ。

 ドレスルームにて装備品の品定めをする頃、部屋掃除の為に訪れていた一般メイドの一人が当たり前のように移動し、一礼して去っていった。

 各メンバーに一人ずつあてがわれた彼女達は淡々と業務をこなしていくのだが、自我を持っている事をつい失念していた。

 ただの人形NPCではない。

 ゲーム感覚と現実の齟齬というものは違和感を覚える。

 細かいところが気になるのは神経質だからかもしれないけれど。

「………。後で声でもかけておくべきだろうか」

 いつも部屋掃除に来てくれるのだからねぎらいくらいはしてやらなければ。

 ただ使い潰すのは悪いブラック会社にありがちの対応だ。

 見た目が骸骨の『死の支配者オーバーロード』の身体を隠すのはなかなかに難しい。

 ガタイも大きいので怪しさ満天になってきた。

 全身鎧フルプレートはまだ人間的に見えるが、物々しさは否めない。

 最初の関門さえ突破すれば慣れていくのかもしれない。その最初が大変だ。

 村は攻略した。次は街だ。がんばれ、モモンガと自分を応援する。


 がんばれ、骸骨君。


 脳裏に届く女性の言葉。

 何処かで見ているのか、急に恥ずかしくなった。

「……あんまり監視されるのは困るんですが……」

 という声に対し、普通は応えない。けれども常識外れの存在は意外にも応えてくれたようだ。

 部屋に突如として赤い髪の女性が出現する。

 名も知らぬ超越者。

「神が見守っているんだ。変に恥ずかしがってどうする」

 神という概念ならば確かに問題は無さそうな気がする。

 姿が人間だから気になるのか。化け物なら平気なのか。

 その辺りは考えていなかった。

「随分と俺に固執するんですね。何か未来でよからぬ事でもするんですか?」

「暇だからさ。意外と進まなくて苛々するけれど」

「すみません」

「仲間が居ない方が楽か? それとも現状の方がいいのか?」

 仲間が居ないのが本来は正しい道、のように感じていたのは事実だ。

 ありえない事象が多かったけれど。

 もし、自分ひとりとNPCだけならば自己判断する場面はとても多かった筈だ。

「あたしは世界を潰さないかぎりはお前たちに敵対はしない。それだけ覚えておけばいい。何をしようが構わんさ」

「……エロいことも許容すると?」

「お前はエロゲーする時、監視しているという自覚はないだろう?」

 そう言われると素直に納得出来るものがあった。

 それはそれで立派な監視ともいえる。

 他人の肉体関係をのぞき見て喜んでいる変態。

 確かに言い分としては間違っていない。そして、それを自分が指摘する事は間違っている気がしてきた。

「弱音を吐くのは自由だ。お前が一人でさびしくなった時、また相手をしてやろう。あと……、そうだな。今より百年以内にこの世界を解き明かしてみろ。その間だけあたしはお前の問いかけに応えてやる」

 両手を広げて女性は言った。

 世界を解き明かす、とは具体的にはどうすればいいのか。それは自分ひとりで、という意味なのか。仲間と共におこなっても良いのか。

 不安が脳裏を駆け巡る。

「あれ駄目、これ駄目とあたしはケチくさいことは言わない。とにかく頑張れ、骸骨君」

「は、はい……」

「監視が気になるのかもしれないが……。神様が見ていると思え。もっと繁殖しろ、とか考えているかもしれないぞ」

「……えー」

「神の世界のことはあまり気にするな。大勢で見守っていたりはしていない。数人しか居ないし」

 数人も居るのかよ、と突っ込みたかったが言葉は飲み込んだ。

 神の世界と言われても素直に信じる事はできない。

 そこに至る予定も無いけれど。

 とんでもない存在が居るのは確かなようだ。

「せめてウインドウとかログアウトとか出来たらいいな……」

 ダメもとで言ってみた。

「それはゲームシステムの事だろう? それはあたしのあずかり知らないところだ。……だが……考えてやらん事もない」

 うーん、と唸る赤髪の女性。

 そういえば名前を聞いていなかった。だが、聞いたところで赤の他人だ。

 相手もモモンガの名前を聞こうともしていない。名乗る気が無いともいえる。

「……いや、それも解き明かせ、だな。神の恩恵に頼るか。それとも自らの力で手に入れるか。それはお前たちの選ぶ選択だ。あたしはそれを尊重する事を約束する」

「……わ、分かりました」

「罰則とかは無い。無理なら無理でも構わない。もし、目標を達成できたら百年毎に一人ずつ元の世界に記憶と引き換えに戻してやろう」

「……記憶と引き換えですか?」

「いやなら自力で地球に行け」

 自力で行けたとしても数億年後だ。とっくに本体は死んでいる筈だし、そもそも地球も存在しているか分からない。

 だが、ナーベラルは地球に到着したと言っていた。

 意外と間に合うのかもしれない。それでもやはり自分達は死んでいる。

「何故、記憶を消すのか。それはお前たちが平行世界の記憶を共有出来ないからだ」

「共有出来ない?」

「現に今も出来ていないだろう? つまりそういうことだ」

「はっ? それはどういう……」

 現時点で自分達は平行世界の記憶を共有できない。出来ていない、とはどういう事なのか。

 難しい話しが理解出来ないのに迂闊に質問した自分が間抜けなのは理解した。

 やはり彼女と対話するのは自分では無理ではないのか。

「……また助っ人を呼んでもいいですか?」

 と、手を挙げて弱気になって尋ねてみた。

 赤髪の女性は意外にも頷いてくれた。普通ならば既に消えていてもおかしくない。

 最後まで残ってくれるのはファンタジーの常識を超えてはいないか。


 モモンガに呼ばれてやってきたのはぷにっと萌えと死獣天朱雀の二人。

 段々と人数が増えそうな気がするが、今は考えても仕方がないと判断しておく。

「……相変わらず突飛な話しで興味が湧きます」

 机に執筆用のメモ用紙を並べて書き留めていくぷにっと萌え達。

 互いに意見交換などをしている様は熟練の職人のようだった。

「平行世界の記憶共有の有無か……。普通は隔絶されているから無理だろうな」

 平行世界の自分と交信出来る能力はゲームの世界では存在している。

 あくまで空想の産物での話しだ。

 それでもいきなり互いを認識する事は不可能だ。

「本筋の自分との合流は物理法則から見て不可能だが平行世界は何でもありだから可能となってしまう。そういう理屈なのでしょう」

「……分かりません」

 と、素直に答えるモモンガ。

 むしろよく話しを理解出来るなと賢い人達に尊敬の眼差しを向ける。

 何も分からないよりは色々と勉強した方がいいのは分かっているけれど、ゲーム以外の知識を意外と覚えられなくて自分でも困っている。

「荒唐無稽ですからね。理解出来そうでできないものです」

「二つの記憶を統合できる場合はどちらに比重が傾いているかにより、大抵は弱い方が消えてしまう」

「どちらの記憶も保持するというのは難しいでしょうね。脳に負担がかかる面から見ても片方を消すのはありだと思います」

「……どっちか消えないと駄目なんですか?」

「モモンガさん。人生経験を共有するという事は気楽に育った身体に急に重りをくくり付ける事を意味します。下手すると脳障害に陥る可能性がある」

 異世界の記憶を持たない現実の身体に無理に植えつけるのだから当たり前とも言える。

 もちろん、負担軽減の方法があればいいに決まっている。

 それを可能とする方法はあるにはある。

「地球の本体を優先する場合は我々が消える必要があります。それはおそらく絶対……」

「我々が!?」

「現時点で我々の歩んだ人生に知らない時間を歩む本体の記憶を入れてみてください」

 と、言われて想像してみようとするのだが状況が全く再現できなかった。

 言いたい事はなんとなくは分かる。

 難しい理論はどうしてもすぐに理解出来ないだけだ。

「モモンガさんは我々全員の行動を同時に思い浮かべられますか?」

「無理ですね」

「そうでしょう。それと同じです。同時に複数の時間経験を獲得するのは途方もない負担なんです。メインとなる自分の時間を優先したいでしょう? そうなると自分以外は邪魔になってしまう」

 それでも知りたい気持ちは湧いて来る。だが、それは出来ないと今しがた自分が言ってしまった。

 その無茶を通そうとすればするほど身体に多大な負荷がかかる。

 消えたくないのは誰もが思うし、本体であっても同じ筈だ。

「ここの経験も大事だし、向こうの経験も大事です」

「どちらも残すなんていうのはですよ、モモンガさん」

「賢い仲間は大切にしろよ、骸骨君」

 うんうんと頷きつつ赤髪の女性はただ黙って聞き入っていた。

 モモンガ一人だけならば色々と足掻くところだが、状況を把握する能力が高い者は話しがスムーズにまとまって楽だと思った。

 意地悪するつもりは無く、現実問題として突きつけなければならないのは自分の役目だから仕方がない。

 それは他のプレイヤーにも言える。

 この世界を楽しむ自由は与えた。ただし、元の世界と隔絶しているから覚悟は決めろ、と。

 使とはいえ嫌な役回りを仰せつかったと赤髪の女性は軽くため息をつく。

 無数に存在する時間軸の一つを彼らの為に与えたとはいえ、簡単に諦められては困る。

 思い悩む主人公だからこそ様々な『解答アンサー』を得る事が出来るのだから。

 とはいえ、それ解答を必要とするのは自分赤髪の女性ではないけれど。

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