第02章 モモンガの憂鬱

035 イベントクリアしても帰れません

 それから数時間後には作業員の姿が見え始める。

 早寝早起き。全員ではないけれど大半は健康的に暮らしている。

 夜間はモンスターが現れやすいので見張り要員として日中に眠る人が居る。

 徘徊している蜘蛛女アラクネも基本的に眠らずに防衛任務についているモンスターだと聞いた。

 日中は小屋に引きこもってお世話係りに身体を洗われたりする。

「手足が取れても再生すると言われていますが……」

 落ちた手足は自分で食べて処分するらしい。

 モモンガの知る蜘蛛女アラクネとは違うようだが、他にも居るというのか。

「居ないらしいです。父が言うには複合生物に当たり、自然界には居ないモンスターだとか」

 親切なキリイ青年は大抵の事は教えてくれる。

 複合生物と言えば混合魔獣キマイラが有名だが、それと同じタイプなのか。

 それと謎の『マグヌム・オプス』とモンスターがたくさん居る、というか飼育とか研究している『バレアレモンスター園』という施設。

 いきなり行っても驚くばかりになるから、まずは街で気晴らししないと不安が払拭できそうにない。

 さすがに冒険者組合とやらは常識範囲内だと願いたい。

 近隣だと『エ・ペスペル』が近く、魔導国領の『エ・ランテル』は他国だが、こちらが距離的に近い。

 いわくありげの魔導国は今は後回しにしたいところだ。


 世界は唐突に終わる。


 理不尽以外の何者でもない。

 気の緩みか、神の気まぐれか。

 モモンガの周りにあるのは淡い光りが格子状に走る黒い世界。

「………」

 意識の間隙。

 驚き、精神の抑制の後は諦めが襲ってくる。

「ここより進むもよし。このまま消えるも良し、だ」

 聞き覚えのある声は赤い髪の破壊神とやらだ。

 何も考えたくなかったモモンガは黙って言葉を続けさせた。

「……なんてな。ちょっとした不手際でここに来てもらったわけだが……。随分と慎重に進んだね、骸骨君。おかげで負荷の増大で弾けてしまったよ」

 姿を見せない相手。

 隠れられそうに無い世界で姿が見えないのは宇宙とか空間のとかに居る為か。

 神の手のひらで踊る哀れなプレイヤー。それが自分。

「君にとっての幸せとはなんだい? あんまり思い詰めているからお姉さんは心配になってきたぞ」

 仲間と楽しく冒険の毎日を送るのが幸せだと思っていた。だが、異世界に転移して自分は全く幸せだとは思えず、不安ばかり募らせていた。

 せっかくの異世界なのに。

 敵が居て何が悪い。

 モンスターが居るから何がしかのアイテムが手に入るかもしれない。そう思えば未知の興奮とやらを味わえる筈だ。

「……それでもきっと……、これは正しくないと思います」

 運営がサービス終了を宣言したのだから終わる事が正しい、筈だ。

 その運命を捻じ曲げてまで世界を楽しみたいとは思っていない。

「……うん、後数分で修復が終わるそうだ。骸骨君を探す物好きが頑張っているらしい」

「あっ、そういえば……。遥か未来というか過去というか、長い時をかけてきたナーベラルを元の世界に戻せないでしょうか?」

「できるけど、……その世界はもう終わった後だ。ただ、消滅するしかないが……」

「それでも元の場所に戻してあげたいんです」

 赤い髪の破壊神。それはいわば運営という神に匹敵する存在ではないのか。

 そうであろうとなかろうと自分には勝ち目の無い相手。ここは素直に頭を下げる事もいとわない。

 『抵抗は無意味だ』と誰かが言っていた。

 おそらく、それは真実だ。

 いちゲームプレイヤーに過ぎない自分にあらがえる相手ではない。

 某デスゲームとも違う。

「君が選んだ選択だ。それは尊重しよう。ただ戻すのもつまらんな。骸骨君、君は北を目指しなさい。それから南へ。そして、東だ。西は海だが最後にするように」

「は、はい」

「いきなり西の海を突っ切ってもいいぞ。それは君の自由だ。あと……三分ほどで元の風景に戻る。あたしはあまり世界を引っ掻き回すようなことはしない。それは気にしなくていい。……魔女に怒られるしな……。ナーベラルとやらはこちらで調整しておこう。すぐには無理だが……」

「よろしくお願いします」

「ふっ……。ちゃんと冒険しろ」

 女性の苦笑する音の後で風景がガラリと変化した。

 気がつくと首を傾げているキリイ青年の顔が見えた。


 ◆ ● ◆


 街の説明を聞き終えた後で『ナザリック地下大墳墓』に居る『パンドラズ・アクター』より連絡が入り、ナーベラル・ガンマの遺体が武具ごと消滅したと伝えられた。

「……そうか。その件については……、おそらく大丈夫だろう」

 神を自称するだけあり、なんでもありだなと呆れてしまう。

 では、自分達の本来のナーベラルはどうなっているのか。今のところ出現の報告は入っていない。

 考えても仕方が無い。

 人知の及ばない事象が相手では打つ手がない。

 とにかく、旅は北へ進路を取ればいいのだが、北には何があるのか。というか魔導国はどうでもいいのか。

 行きたければ自由にしろ、ということかもしれない。

 慎重に進む者へのアドバイスかもしれない。

 警告とも取れるような内容は聞かないが、それはどうなっているのか。

 好きにやりたい放題してもいい、と解釈されてしまうのだが。

 例えばいきなり村を焼くとか。

 仮にそうだとしても自分の性格からは後の禍根かこんなどの問題が気になる。

 禍根を残すな、というのが重要なヒントならば常識の範囲内で行動していれば問題は早々に起きない、とも言える。

 相手方がいきなり襲撃する場合はきっと正当防衛とか、そういうイベントだと理解すればいいのかもしれない。

 とにかく、自分が禍根を残すような事だと思わない限りは、きっと大丈夫、かもしれない。

 断言できない辺りは気弱なのか、卑屈なのか。


 モモンガは中央にある井戸に向かい、桶を落として水を汲む。

 透明度が高く、飲み水として適しているのかは分からないが、それを頭から被る。

 行動阻害対策のお陰で全く濡れない。

 風呂に入る時はスキルなどを解除するので濡れることはある。そうじゃないと困るから。

 水が自ら避ける仕様はなかなか滑稽だ。

 自分達の水は消毒しなければ飲めないほど汚染されている。そもそも空気が汚い。

 この世界は自然には恵まれている。

 それを安易に壊すのは悪のロールプレイをおもとするギルドでもやりたくは無いと思わせる。

 井戸から家畜の居る場所に向かう。

 牛や馬が何頭か居て、豚も育てられていた。そこだけ見るとモンスターの姿は影も形もない。

 人馬セントール豚鬼オークから見たら家畜扱いしやがって、と怒る部分か。

 もちろん亜人の国では人間は家畜扱いされているかもしれないけれど。

 種族によって文化の差は両立できそうに無い、と思った。

 さすがに本当に豚鬼オークを飼育して食べている、という文化だったら怖いけれど。

「酪農にご興味があるんですか?」

 と、作業をしていた人物が声をかけてきた。

 日に焼けた健康そうな肌を持つ男性。

「見学することが無かったので……」

「そうですか。あまり触らないで下さいよ。興奮して暴れる事がありますから」

「分かりました」

 牛は肉牛と乳牛。馬は移動用に使ったり、農業の役に立てたりする。

 豚はもちろん食用だが残飯処理にも使われ、肥料の製作に貢献している。

豚鬼オークの飼育は……、出来そうでできないでしょう。凶暴なので」

 どういう進化形態なのか分からないが、人と猿が別種である事に似ているのかもしれない。

 さすがに進化の勉強までしていたら冒険というよりは『異世界進化論』を発表してしまうレベルだ。

 特にぷにっと萌えや死獣天朱雀は興味を持つ題材でもある。

「亜人の肉は……、どうだったかな。なんか食べられる種族と食べられない種族が居るらしいです。人魚マーメイドの卵は確か食べられて肉の方は……、腰の部分しか食べられないとか……」

「ほう」

「ここの国王様がそういう研究しててさ。互いに殺しあわない為に相手を知る事は大切だとおっしゃられて。モンスターの研究もごく最近になって国から認められるようになったって話しだよ」

「凄い人……のように聞こえます」

「凄い人だよ。特に研究者としてはね。国の運営は……、色々と問題があるかもしれないけれど、そこは魔導国の人達の助けがあるから……」

 国王としての資質は無いけれど研究者としては偉人クラス。それはいったいどういう人物なのか、全く想像出来なかった。

 話しぶりでは悪い人では無さそうだ。

 しかも魔導国がバックアップしているという。

 おいおい俺。この国に何してんだよ、と無意味な突っ込みを入れてしまった。

 騒乱とは無縁じゃねーか、と。

 絶対に戦争が起きなければならない決まりは無いけれど、異世界と言えば騒乱がお約束だ。

 それともそういう物騒なイベントは全部終わってしまったのか。

 クエストをクリアしたら元の世界に戻れるフラグとか立たないのか。

「食肉加工したら干し肉にして保存するんだけど。あんた、肉が食べたいなら一つ分けてやろうか?」

「いいえ、お構いなく」

 村で生産する肉に余裕があれば貰うべきか。

 自分はアンデッドだがメイド達は食べる事が出来る。研究の為にありがたく戴いておくべきかもしれない。

 酪農するとしてもナザリックの外を開拓する必要がある。

 つまり土地の取得だ。

『未開拓だから誰のものでもないっていう理屈は暴論ですよ』

 音改の言葉にただただ感心する。

 小屋から離れて連絡を入れれば気楽な自分への駄目出しが返ってきた。

『国として国境が制定されていれば、いずれは調査団が来るかもしれない』

「でも……。指摘されても移動できませんよね?」

『今はひっそりと隠れてやり過ごすしかないけれど、領主が居ない内に取得の作業は進めた方がいいですね』

 ナザリック地下大墳墓は自分たちが作り上げた施設だが、土地は自分達のものではない。

 もちろん、不可抗力の部分は妥協してもらうしか無い。

 強引に国から奪う手があるけれど魔導国とぶつかる事態は避けたいところだ。

 平和的に解決できるのであれば話し合いにも応じる。

『荒事を許容するならば我々はがんばりますよ』

「……相手は俺が作ったらしい魔導国かもしれませんよ」

『……面倒臭そうですが……。やる時はやりますから』

 試しに他のメンバーにも尋ねてみると協力的な意見が多かった。

 とはいえ、モモンガ自身は荒事は避けたかった。

 全面戦争になって得るものはおそらく無さそうな気がする。

 もし、仮に相手が自分だとすれば消耗戦はけるのではないか。自分の拠点の人材を散らすことは許容しないはずだし、勝てる算段が無ければ戦闘は起きない。

 楽観的かもしれないけれど。

 のんびりと冒険している合間に拠点を襲撃されては困る。ならば自分達に出来る事は土地取得の為に行動あるのみ、か。

 資金を稼ぐとしても膨大な金額だと予想されるし、交渉する宛が今のところ無い。

 ユグドラシル金貨はたくさんあるけれど、それはゲームでしか通用しない通貨だ。

 まずは街の様子を確認しなければならない。何が必要で何が不必要なのか。

 行く前から色々と夢想しても意味が無い。

「……戦う以前の問題だな」

 前に進む為には多くの問題がある。それらを一つ一つ片付けていなければ足踏みばかりで冒険どころではない。

 延々と先に進まない会議のようだ。


 ◆ ● ◆


 一日で進んだ距離を測ればおそらく数百歩程度。

 その間に思い悩んだ時間は七割以上に達するかもしれない。

 この調子では次の街まで数ヶ月はかかる。

 宿屋に戻り、モモンガは頭を抱えた。

「モモンガさんは考える役。セバス達は資金調達。それでいいんじゃないですか?」

 暢気なたっち・みーの声に今は励まされている。

 確かにそれはそれで良い案だ。ただし、ナザリック地下大墳墓のギルドマスターとしてはとてもかっこ悪い事態ではあるけれど。

 一言で言えば情けない。それに尽きる。

「危険な外界に旅に出る冒険者はえてして愚者なものですよ」

「万全の態勢があるから俺は防りに入っているのかもしれません。……何も持たず、自分ひとりだけならもう少し勇気が出た可能性も……」

「その可能性はきっと魔導国のアインズ様とやらが持っているのかもしれません。キリイ青年の報告を受けて何も手を出さないのはモモンガさん的にはどういう状況でしょうか?」

「様子見でしょうか。まさか自分と同じ存在が現れるとは思っていないでしょうし」

 その理論で言えば正に観察している最中で手を出さない理由にもなる。

 そこかしこに影の悪魔シャドウ・デーモンが潜んでいるのはモモンガでもすぐに把握していた。

 何のアプローチも寄越さないのはからだ。

 伝言メッセージという魔法は登録した相手としか会話が出来ない。

 闇雲に誰とでも連絡出来るほど万能ではない。

 では、代表者を送ればいい。おそらくはその段階を議論していると思われる。

 シャルティアを下がらせて好きにさせているとも言えるけれど。

 まさか昨日の今日で姿を現すとは思っていない、という事もあるからだ。

「明日以降までは特に何も起きない、ということですか?」

「俺の場合なら……」

「なら、自由時間でいいんじゃないですか?」

 自由時間であっても監視は続行されている。だからこそ迂闊な行動は命取りではないかと思う。

 肩に力が入ったままというのは精神的にきついけれど。

「どうせなら大盤振る舞いと行きませんか?」

「はっ?」

 悪戯っ子のようにたっちみ・みーはとんでもない事を提案する。

 慎重なモモンガは絶対許可しないような事だが、防りに入ったままではどうしようもないのは本人も自覚していた。だからこそ、現状打破には打ってつけだと思えた。


 ナザリックに連絡を入れた後、モモンガはキリイが居る施設に向かった。

 普段は作業の把握と独自の研究をおこなっている。

 様々な地域の土を取り寄せ、実際に育てたり、食に耐えられるのか調べたりする。

「え~と、レ●●ンさんでしたね」

「え、ええ、まあ。仕事中に申し訳ない」

「いえいえ。それで見学でしょうか?」

 にこやかに応対してくれるキリイ。

 印象からは悪人には見えないし、嫌な気配も感じない。

 一日泊まってみたものの施設の中で大きな変化は無かった模様。

「もし、ご迷惑でなければ仲間にも見せたいのですが……」

「朝は刈り入れがあるので、午後からなら他の作業員に案内などが出来ますので」

「……異形種でも構いませんか?」

 この言葉にキリイは唸った。

 人間の村に化け物を入れるのは抵抗があっても仕方が無いかもしれない。

 即答で『オーケー』と自分でも言えはしない。

「農業に興味がある異形種ですか……」

「大勢ではご迷惑でしょうから……。五人くらいから……」

「はいそうですか、とすぐには答えられませんが……。手の空いている者に案内を頼むことは出来ますが……。大勢は……無理ですね」

 麦の刈り入れに大勢を動員している最中なので午後からとはいえ疲れている者が大半だ。そう簡単には許可できない。

 それが正しい責任者の態度でもある。

大事だいじは無いと思いますが……、責任者だからとて一人で判断を下すのは……。ちなみに巨大生物とか居たりしますか?」

「だいたい人並みです」

 巨大生物と聞いて窮奇キュウキの姿を思い出した。

 あれくらいの異形種が村に来たら、そりゃびっくりするだろう、とキリイの困惑が理解出来た。というかモモンガでも断る。

 魔導国と親交があるならば巨大生物を連れて来る事もあるかもしれない。

「人間が嫌いだとか言わない人達です」

「そ、そうですか。見学くらいしかさせられませんが……」

「たぶん大丈夫です」

 人間の多い村に異形種をいきなり放り込むのは無茶なことだ。

 自分達は平気でも相手方にも色々と事情がある。

 ゲーム時代では新たなクラス獲得の為にPKプレイヤーキラーされる事はあったけれど、それとは関係が無さそうだ。

 現実の世界だと仮定すれば化け物はやはり化け物だ。自分でも戸惑う自信がある。

 急な話しに即対応など出来るわけが無いので明日の午後からなら見学を受けられるように話しを進めると約束してくれた。

 睡眠不要の自分達はのんびりと待つのは意外と退屈だと感じてはいるが、種族的な問題なので妥協するしか無い。

 仲間に連絡した後、冒険者の仕事について尋ねてみた。

 結果としては冒険者とは名ばかりの便利屋のような仕事が多いらしく、モンスター退治のような危険な仕事は序盤ではあまりしないとか。

 昇進試験が存在し、上のランクに行けば危険度が高くなり、低いランクの者はいきなり危険な仕事は規則で受けられない仕組みとなっている。

 事前に調査して依頼を出すわけだから安全度は高い。

 無茶な仕事が少ないとも言える。

 モモンガ達のように自由にモンスターを倒して強くなるのとは違うようだ。


 ◆ ● ◆


 ある程度聞いた後でモモンガは村を徘徊する。

 周りから見れば怪しい仮面を被った不審人物に見えるかもしれない。

 もし、素顔を晒していれば見ようによっては年寄りの徘徊と差ほど変わらない気もする。

「明日の午後からなら村の様子を見学できるかもしれません」

『外に出てもいいんですか?』

「……異形種の事を知ってますし、魔導国と関係があるなら多少は平気かと……」

 慎重派のモモンガがついに勇気の一歩を踏み出した、という事に仲間達が驚いたような雰囲気が伝わってきた。

 自分ひとりで悩んではいけない、という言葉はなかなかに効果的だ。

「村を焼く人は顔面パンチです」

『了解しました』

 いきなり魔王プレイとか虐殺プレイはさすがに敵を作る結果となる。特に魔導国は黙っているとは思えない。

 自分が守っている村を知らないやからに意味も無く焼かれれば当然怒る。

 どんなバカだ、と総力を結集するかもしれない。

「死獣天さんは大丈夫だと思いますが……。外での飲酒は厳禁ですよ」

 黙っていても燃やしそうな人は不可抗力だ。その場合は消火役を動員する事で許可を出した。

 全員で押しかけるとナザリックが手薄になるので防衛体制は交代でおこなってもらう事にした。

 こちら側が大人しくしている限り、相手方にどうこう言われる筋合いは無い。

 伝え終わった後は村の近くにある森に向かい、何か居ないか探してみる。

 特に意味は無いけれど、自然豊かな場所で育つ植物を近くで観察してみた。

 これがゲームの世界なら何も感動はしない。するとしても初プレイ時の様子くらいだ。

 最新技術を結集すれば再現できないものは無いかもしれない。

「………」

 表情豊かな登場人物。

 葉を一枚千切っても消滅しないし、鑑定では何らかの植物の葉と細かい説明が脳裏に浮かぶ。

 この世界の植物のせいか、固有名詞が文字化けのようになっていて読めない。

 現地の文字という事かもしれない。

 それにしても異世界に来て数日しか経っていないというのに進行速度がとても遅い。

 こんな調子では駄目だと分かっているけれど、会議で検討ばかりする有様では先が思いやられる。

 ある程度、進んだところで物陰で休んでいたウルベルトを見つける。

 モモンガの為に警戒を緩めた為だ。そうでなければが見えている筈だ。

「四時間多い世界とは聞いていたが……。時計を確認しないでのんびりしていると差ほども気にならないのは不思議だ」

「時計ばかり気にする社会人としてのクセはなかなか無くせそうにないですけどね」

「モンスターの姿も無く、平和だ……。魔導国側の人材も来ないようだし……。帰ろうかな」

 即座に対応するほど機敏な組織ではない、ということか。

 あるいはモモンガ達の様子を監視しているから手を出さないのか。

 どちらにせよ、いずれはあいまみえる時が来る。その時、イベントが進行して様々な事が分かる筈だ。


 次の日の午後までモモンガ達はナザリック地下大墳墓に控え、手に入れた情報の分析に取り掛かる。

 文字についてもだいたいの翻訳作業が進められ、それほど複雑な文章ではない事が判明する。

 対応表を作ればモモンガでも読めるようになる、かもしれない。

「言葉は自動翻訳されていますから、文字さえ解読できれば会話に苦労することは無いでしょう」

 固有名詞も区別されて聞こえている。

 後は自然界に居るモンスターを実際に見つけたり、街に行って情報収集する事を目標とする。それまではのんびりと過ごす事になる。

 慌てても事態は進展しないし、急ぐ理由はもう無いに等しい。

 出社時間は全員が過ぎてしまっている。

 運営との連絡もつかない。

 今まさに地球で病気になったり、死んでいるメンバーだって居るかもしれない。

「本体が死んだ場合はアバターは停止しそうだが……。分離状態なら本体の影響は受けないはずだ。理論的には」

「下手に確認できてしまうと、より不安が増大しそうですね」

 分離状態ならば運営とも連絡が取れないのではないか。

 それは運営側も想定していない。または二分されている事を関知していない、などが考えられる。

 いつまでも待っていても仕方が無いし、この際、摘発されてもいいとさえ思える。

 ログアウトが『死』だとしても全員同じタイミングに死ぬことは無理だ。

 少なくともモモンガは仲間と楽しく冒険したい。おそらくそれが最後まで引っかかる気がしていた。

 今から考えても仕方が無い問題なのかもしれないけれど、他に方法があってほしいと願わずにはいられない。だが、きっとと思われる。


 無ければ作るしか無い。


 その方法を自分はまだ見つけていないだけだが、今の精神状態では途方も無い時間がかかりそうだ。

 では、惰性で敵が止め処も無く襲ってくるイベントならばゲーム的でいいのか、と言われるとどうかと思うけれど。

 ギルドメンバーと楽しく過ごせればいい。それを自分が出来ていないのが問題だ。

 頭の善し悪しは関係ないと思うけれど、世界を楽しむ事は自分にとって難しいかもしれないけれど、避けて逃げるようなことでもない筈だ。

 少なくとも魔導王ゴウン様とやらはこの世界に居座っているのだから。

「最後に集団自殺する展開は勘弁願いたいものです」

「全員一緒っていうルールなのか?」

「……それは無いと思いますが……。冴えない主人公がみんな一緒がいい、とか言い出したら、そんな展開になるかもしれません」

「……残りたい人は残ってもいいですが……。そこら辺は尊重しますよ、俺でも」

「本当に?」

 慎重なモモンガが素直に尊重すると誰も思っていないかのような発言だが、何人かは頷いている。

 それは自業自得ではあるので反論はしなかった。

「現地の女とヤリ放題だ~!」

 と、叫ぶペロロンチーノ。

 そして、今の言葉にぶくぶく茶釜は突っ込みを入れなかった。

 わざと言わせておいて周りの反応を確認しようとしていると思われる、と他のメンバーは思った。

 誰かが言わなければ次の議論に行けない、そういう判断したのかもしれない。

「弟がこのようにおっしゃってますが……。本当に尊重するんですね?」

「現地勢に殺されても知りませんよ」

 叫んだ当人ペロロンチーノはすぐに大人しくなり、黙って佇んでいる。

「さすがに殺されないように努力はしますよ。自重じちょう……でしたっけ?」

「この世界に残って自然に囲まれて余生を過ごすも良し。地球へ向けての下準備をするも良しです」

 と、ぷにっと萌えは言った。

「移動している間に本体とか地球は滅びてる可能性が高いですけどね」

「……でしょうね」

 今から準備しても到達まで順調に行っても数億年は軽くかかる。

 現在の科学技術は一光年を一瞬で進むほどには発達していない。

 もちろん、便利な転移魔法が通じるとも思えない。

「設定では距離無限のようですが……。星から出るほどなのか、色々と実証実験は必要でしょう」

「空に浮かぶ謎の物体やら月の事も調べないと……」

「ナーベラルの言葉が真実だとすれば……。移動は簡単ではないはず……。つまり便利な転移は通用しなかった、となる」

 少なくとも地球が無くなる前には到達できる。そうでない場合はナーベラルが嘘を言っていたことになる。

 時間軸の問題で今はまだ『地球』という天体が出来ていない、というでもされていればことはない。

 もちろん推察に過ぎないけれど。

「それはの法則では通用するかもしれませんよ」

「通用するようだったらこの物語はとっくに終わってるよ」

「……ですよねー」

 この言葉には多くのメンバーが同じ言葉で答えた。

 ものは試しとシャルティアやギルド武器で『転移門ゲート』を開いてみたり、上位の転移呪文を唱えてみた。

 結果は失敗に終わった。

 赤髪の女性の妨害も考慮されるが、今のは単純に仕様に無いから出来ない、が正しいのかもしれない。

 そもそもゲームの世界から現実に転移などありえるわけが無い。だが、転移魔法自体は機能している。距離の問題や転移に必要な『イベントフラグ』があるのかもしれない。

 仮にここが現実の世界だとすればゲームキャラの自分たちだから転移不能という事もありえる。

 どちらにしても無理だというのならば諦めるしかない。

 ナーベラルのように常識外の方法ならまだ可能性がある、という手段も残されている。

 魔法で無理なら地道な手段で、と。


 ◆ ● ◆


 議論しても結論は出ないものだ。

 意見を取りまとめた後は解散し、村に向かう者と先に進む者を選定する。

 キリイ青年に教えられた謎の施設『マグヌム・オプス』は『エ・ペスペル』から更に北上する必要があるけれど検問所は無いという。

 地上部は曾祖母の店と宿泊施設。一部の農園や酪農に似たような施設がある程度。

 本命は地下にあるのだが勝手に向かうと危険だと教えられた。

 もう一つの『バレアレモンスター園』は『トブの大森林』に近く、実験はおもに地下だが地上部は駆け出し冒険者用のモンスターの育成がおこなわれている。

「元々、大森林には多種多様なモンスターが住んでいて、その中の一部が外に出て人を襲う。洞窟がいくつかあったり、凶悪なモンスターが潜んでいるとも言われている。あと、亜人の集落もあるそうです」

「国を挙げて討伐すれば平和になるんじゃないの?」

 森を焼くとか。

 そうすると自然派のブルー・プラネットが憤怒のオーラを撒き散らす。

 自然を破壊する者は味方でも敵だ、と言わんばかりだ。

「今までの文化をいきなり無くすのは難しいんだろう。……ブルーさん、落ち着いて下さい」

「近場に雑魚モンスターが居るから冒険者は強くなれるんだろう? 他の地域にはもっと強いモンスターが蔓延はびこっているかもしれないじゃん」

 普通のRPGなら徐々に強くなる為に雑魚モンスターは必須。

 いきなりドラゴンを討伐できたら誰も苦労はしない。

「班分けしてそれぞれ向かってみますか?」

「モモンガさんはエ・ペスペルで情報収集をお願いします」

「少し色んな人と触れ合った方がいいよ」

「……はい」

 あまりに慎重に進めすぎた事は反省している。

 反論は出来ないが、これも試練だと思えば耐えられる。

「連絡はそれぞれ取れるように。あと、指輪は置いてった方がいいですね。それと転移要員」

「エ・ペスペルから王都に向かってもいいけれど、資金を得る情報を得てから、ですね」

「分かりました」

「レベル100のプレイヤーなのにビクビクして。敵対プレイヤーが居たとしてもいきなり襲ってきますか? そういう物騒な世界ではない気がしますよ」

「三人で行動すればいいですね。単独だと怖いし」

 六人で一パーティーが基本だが、人数が多いと物々しいかもしれない。

 あと、それほど現地通貨に余裕が無いので少人数で当たらなければならない。


 方向性が決まったところで解散し、荷物整理やのんびりする者とに別れていく。

 自室に戻ったモモンガはまずベッドに飛び込み、無心に天井を眺めた。

 敵対プレイヤーの事ばかり考えては前に進めない。

 それは分かっているのだが、不安をぬぐえない。

 それはやはりギルドメンバーが揃っている今を壊したくない、と思っている自分が居る。

 だが、今のままでは自分で壊しそうだ。

 明らかに皆に心配をかけてしまっている。

「無謀なメンバーがナザリックに待機するんだから後は……、俺の問題か……」

 外に出たとしても近場の森に行くだけだ。

 護衛のシモベも連れているし。

 何よりモモンガよりも強いメンバーがたくさん居る。自分が悩んでも仕方が無い。

 ゲームは終わった。だからこそ襲撃は考えすぎではないか。そう思えない自分が一番悪い。

 仮にアイテムがこの世界でも有効的に効果を持つ場合は狙われる確率が高まる。そして、その重要性をプレイヤーはもちろん熟知している。

 問題は敵対プレイヤーがどの程度居るか、だ。

 現時点では魔導国のみが判明している。

 人間種のプレイヤーの情報も集めなければならない。

「………」

 という事を魔導国も考えている筈だ。

 自分たちより長くこの世界に居たのであれば、敵に狙われる事は想定している。

 知名度で言えば魔導国が高い。

 後から来たナザリックの情報はむしろ少ない筈だ。

 やはり思い込み過ぎなのかも、と。

 脅威度でも魔導国も最初は自分達と同じくらい敵を気にしていた筈だ。

「いずれ話し合いの場を設けないといけないんだろうな」

 自分との対話は正直、気持ち悪いし、やりたくない。

 似ているというか、自分自身だ。それはまるで鏡に独り言を呟くようなものだ。

 話す前に手の内がバレているなら会話の意味があるのか、と。

 少なくとも嘘は通じない。

「あと、戦力か……」

 国家を形成しているくらいだ。充分な戦力は持っている筈だ。

 戦う前提で話しが進むのは健康的とは言えないけれど。

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