018 無抵抗な相手に苦戦

 レベルは膨大だがダメージは普通に受ける。

 絶対無敵のエネミーは居ないと幻想少女アリスは言った。

「私達はプレイヤーに制裁を与える存在。そして、最終的には倒される運命なの。最終スキルが対消滅系が多いのもそのため。でも、負けたくない気持ちがあれば最終スキルは変化するわ。そういう柔軟性が我々には与えられているから」

「異世界転移でプレイヤーが悪さすると君たちが叱りに来るのか……。確かに理屈としては正しい、気がする」

 それはつまりペロロンチーノのような変態思考のプレイヤーであれば怖い世界級ワールドエネミーがやってくるという事か。

「……なんでも俺を引き合いに出すの、やめてほしいな……」

「メンバーの中でペロロン君が一番危ないという事だろうな。後、何気にるし★ふぁー君が居ないのが気になるけれど……」

「健全なエロは駄目なんですか? たっち先生。エロい事したいです!」

「無闇やたらは駄目だな。健全であれば考えない事もない」

「虐殺系は……メンバーの中でも少数か……」

 と、ウルベルトは自分も危険人物である事は自覚しているので否定はしないが制裁モンスターというのは驚いた。

「……しかしHPが膨大だな。ゲーム時代では考えられないほどだ」

「これで高速治癒とか持っていたら無理じゃん。無理ゲーにも程がある」

「持ってません」

「減ったHPとスキルは一日経つとどうなるの?」

「一旦、少し治癒させてもらって待ちます。次の日にダメージを受ければまた第二のスキルが使えるはずです。試した事ないから、こればかりはやってみないと……。さすがに一回こっきりはないでしょう。特に序盤のスキルは複数回使う予定のもあるらしいし」

 攻撃を受ける側から説明を受けていると申し訳ない気持ちになってくる。

 普段ならばモンスターを倒す事に躊躇ためらいだの良心だのは介在しないものだが。

 今回は自分達の仲間であるモモンガを救う為に本来ならば無関係な敵が協力してくれる。それがとても滑稽で情けなさを感じさせる。

 だが、疑問はある。


 幻想少女アリスにどんなメリットがあるのか。


 そもそもモモンガは多くのプレイヤーの中の一人に過ぎないし、冴えない主人公だ。

 仮に、主人公だから助けようと思ったのか。

 を上げればきりがないけれど。

「君の倒し方を君自身から教わるとは思わなかったが……。それでいいのか?」

「いいんじゃない。特に問題は無いと思うし。何か気がかりでも?」

 何でもない事のように聞き返してくる小さな少女。

 そこだけ見れば武器で傷つけるのは躊躇われるのだが。

 レベル987で八億超えのHPヒットポイントを持つ強大な敵だと誰が思うか。

 お前は●●●●スから抜け出した新手の●●か、と突っ込みを入れたくなる。

 集●●の陰謀、とも思わないでもない。

 ●●マ●●でも五千万だというのに。

「皆さんと敵対する設定かもしれませんが……。敵という設定が存在する以上は戦う運命だったのかもしれません。それが早まっただけ、というか今はモモンガお兄ちゃんを助けるためでしょう。それに躊躇いがあっては貴重な方法を失いますよ」

 と、敵から正論を言われる。

 世の中は変わったのだなと死獣天朱雀は苦笑する。

 自我を得たNPCノン・プレイヤー・キャラタクー達も設定を忠実に守った存在と化している。

 無口だった頃が懐かしい。

 そうして長い戦いが静かに始まった。我等の仲間、モモンガを救う為の。


 ◆ ● ◆


 ユグドラシルにおいてのダメージの最大値を計算しながら様々なローテーションを組んだりして時間短縮に務める。

 小さな女の子を十人がかりで陰湿に攻撃するさまは子供の居るプレイヤーにとって良心が痛む。とても子供には見せられない。

 だが、それにしても幻想少女アリスが丈夫で驚いた。

 最大級の攻撃でも大したケガを負わない。ダメージはちゃんと蓄積しているらしいけれど、数値が見えないので実感がない。

 武人建御雷による大太刀のスキル。

 たっち・みーやウルベルトの極大スキルなど。

 それらを駆使しても八億のHPを大幅に減らすのは並大抵の事ではなかった。

 元々のダメージ量がインフレーション膨張を想定されていない。ルールにのっとったものだから。

 それゆえに回数をこなすしか出来ない。

 そうして一ヶ月は経っただろうか。10000ポイントを減らすだけでも一日はかかる。そう考えれば八億を減らすのに単純計算で220年ほど。数年どころじゃなかった。

 さすがに全部減らす必要は無い。だが、絶望的な数字なのは確かだ。

 もっと多人数でおこなえば期間はもっと減らせるけれど。

 普通の人間であれば『ゲシュタルト崩壊』で精神的におかしくなるレベルだ。だが、NPCに『飽きる』概念は薄い。

 プレイヤーは飽きやすいかもしれないけれど。

 単純行動はプレイヤーにとって一番辛い修行のようなものだ。特に経験値稼ぎについて昔は自動で作業をおこなう『BOT』と呼ばれる行為が横行していた。

 自動で命令された行動を取るNPCとも言える。

 今なら自立行動するNPCに頼めば楽が出来る筈だ。疲労知らずで命令ひとつで実行に移してくれる。

「……ダメージ量から相当な時間がかかると分かっているし、ここは数を増やす方法が近道だと思います」

 毎日同じ作業の繰り返し。

 普通のプレイヤーならば飽きて止める。だから長続き出来ない確率が高くなる。

 NPCならそういう心配は無いと思われる。だが、戦闘に特化した彼らの数はそう多くない。

「第一のスキル発動までどれくらい減らせばいいんだ?」

「三億くらいかな」

「……ふざけんな。百年近くかかるじゃねーか」

 モモンガは既に百年以上経過した時間を過ごしている、はずだ。それに比べれば我慢できる方ではないか。

 とにかく、味方が足りない。

 現状の戦力では心許ない。

 これが通常の戦闘であれば目の前の少女に勝つのは到底不可能だ。

 ペロロンチーノだけじゃなく、他のプレイヤーである至高の存在たちは精神的な疲労を感じてきた。

 作業を止めても現状は変化しない。ただひたすらに続けるしか無い。

 ただひたすらに少女を攻撃し続ける。それはとても簡単な仕事だ。

 動かないまとの分際でなんて手ごわい敵なんだ、と憤慨するものも少なくない。


 どれだけの時間がかかったのか。

 モモンガなんかどうでもいいや、と言うのは簡単だ。ただし、自分たちがナザリックから出られるわけではない。それにいつ第九階層と第十階層が移動不能になるか分からない。

 せめて第九階層を最終決戦場にしなければ食事や寝床に風呂場などが利用できなくなる。

 残っているNPC達に荷物の移動を命じてはいるが、不安は日に日に増大する。

 冴えない主人公であるモモンガは今も玉座の間でほうけているのか、全く動かない。

「魔法といっても召喚魔法が使えないのは痛いな」

まとが小さいのも」

 諦めの悪いメンバーは今も仕事に従事し、残りは第九階層の整理や点検をおこなっていた。

 他にやることが無い。遊ぶスペースはあるけれど。

 不安が娯楽のやる気を削いでいる。

「せめて『宝物庫』の武器を持ち出せたらな」

 幻想少女アリス自身にHPヒットポイントを減らす事はできないし、スキルを意図的に使用することは出来ない、らしい。

 一定条件下で発動するスキル。

 継続ダメージもあまり有効的に働かないという仕様。

「……延々と作業するのは辛いでしょう。休憩してもいいですよ。自然回復はしませんから」

 精神的に疲労しているメンバーに優しく声をかける相手を滅多打ちにしている。

 荒唐無稽どころか理解不能だ。

 自分達はモモンガを救う為に戦っているはずなのに、あんな骸骨の為にいたいけな少女をイジメる大人達ときている。

 正気の沙汰ではない。

「身体の大きい化け物ならまだ躊躇ためらいが無かったんだが……」

 精神的に疲労するのは気分的かもしれないので適度に休憩を挟む。

 どの道、長い戦いになるのだから今から焦ったところで意味は無い。

 目標数値は四億五千万。

 三億というのは単純に『三億ポイント減らす』事ではなく『八億を三億になるまで減らせ』という意味だったようだ。

 どっちにしろ、百年以上かかるのは確定したので、どれだけ減ったかは知っても意味が無い、という意見が多かった。

 だいたいの目安は幻想少女アリスに委ねる事にした。

 そして、一ヶ月はあっという間に過ぎた。

 本来ならば冒険者登録して様々な冒険が始まる予定だったのに、それらを全て中止せざるを得ない状況となった。尚且つ、外は異世界ではなくユグドラシルだ。

 誰も居ない不毛の地。

 モモンガの視点で誰もいない、のではなくペロロンチーノ達から見ても誰も居なかった。

 ナザリック以外にプレイヤーもクリーチャーも存在しない。

 その先は考えたくない、という意見で目の前に集中しているけれど、現状を打破しても問題は残っている。


 この世界から抜け出せたわけではない、ということを。


 モモンガと合流できたとしても外が不毛の地なら、意味の無い戦いではないのか。

 それはその時に考えよう、と。

 休憩を終えたメンバーが戦闘に参加する。


 ◆ ● ◆


 減りHPヒットポイントを把握しつつ幻想少女アリスの外装を持つ死ぬまで逃がさないよサンクション・オブモモンガお兄ちゃんアンノウン

 今となっては物騒な名前だなと思い、自分の事なのに苦笑する。

 そんな自分が生まれた理由はただ一つ。

 プレイヤー『モモンガ』に対応する敵として生まれた。

 別にモモンガじゃなくても別のプレイヤー相手でもきっと自分幻想少女の外装を持つ存在は生まれている。

 どういう意図があって世界は『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』達を生み落としたのか。

 今となってはどうでもいいことのように思えて仕方がない。

 気がつけば眠りについている自分が居た。

 どれだけの期間が過ぎたのか。

 残存HPヒットポイントを計算してみる。

 二億は減ったと思う。

 つまり五十年は経過したのかな、とダメージを受ける側の死ぬまで逃がさないよサンクション・オブモモンガお兄ちゃんアンノウンは思った。

「ようやく気がついたか? 急に倒れて動かなくなったから心配したぞ」

 と、声をかけてきたのは白銀の全身鎧フルプレートをまとう『たっち・みー』という聖騎士だった。

 仲良くなったので名前を覚えておいた。

 本来ならば無駄な行為だが、成り行きなのか、旅は道連れとでもいうのか。

「私はどれだけ寝ていたの?」

「まるまる一ヶ月……、と言っても時間経過は気にしなくなったけれど……。随分と時間が経過したがHPの減りは全然だろう?」

「……うん」

 それでも減らし続けた努力は嘘ではない。

 多少、諦めて休息期間が長かった時もあるけれど。

「膨大なHPを持つ相手はゲーム時代も時間はかかったが……。桁違いは大変だ」

 限られた人数でダメージを与えるのだから限界数値が分かれば計算がしやすくなる。そして、残り時間が膨大である事が分かればやる気を無くす。

 一般的に倒しにくいモンスターはプレイヤーとて相手にしたくないものだ。特にレアドロップ品を落さないものは。

 ゲーム時代はモンスターを倒せばデータクリスタルを落す。他には金貨だ。

 鉱石類は鉱山を掘る必要があるし、地道な作業が多い。

「……あと、一億減らしてくれれば第一スキル……は無理か……。自分の意思が介在しないスキルは変な気持ちね」

 第一スキルで呼び出せるモンスターにも手伝ってもらえば少しではあるけれど楽にはなる、筈だ。

 役に立ちそうなモンスターが出てくるといいな、とは思った。

 いや、ちゃんと出てくるのか保証出来ないところはあるから、失望させる確率もゼロではない。

「一年、十年と経てば慣れたものだよ。それぞれ役割分担して戦闘を続けている。少なくとも希望があるならば無理だとしてもやってみない事には始まらない」

 そこに『もし駄目だったら』というネガティブな意見は出さない。他に方法がないのだから、やりきるしかない。


 更に数十年が経過したらしい。

 五千万ほど減らしたところで幻想少女アリスが眠りに付いた。

 一度眠りにつくと長くて一ヶ月は目が覚めない。だが、その間にも攻撃は続く。

 眠ろうが一定ダメージに達しない限り何も起きない話しだった。

 ただただ単純作業を繰り返す。

 仲間内での会話は戦闘中は無くなった。効率化を突き詰めれば不要なものは切り捨てられる。

 結果が絶望である事は誰もが捨てていない予想だが。

 モモンガのように誰も居ない世界とは違う、筈なのだが閉じ込められた閉鎖空間というものは精神に多大な負荷を与える。

 本来ならば仲違いしてもおかしくないのだが、今はNPC達と共に掃除や洗濯、風呂掃除までおこなっている。

 第九階層の施設を利用できる事が強みなのかもしれない。

 モモンガの世界ではこちら側の仕様環境がまったく反映されていないらしく、アイテムを置いても身体を素通りしてしまう。

 すぐ側に居るのに触れ合えない。

 あまり戦闘に参加できない者は持ち込んだ書籍を読み漁っていた。

 傭兵モンスターも呼べない事が分かったので残念に思ったのは数十年も昔の事だ。

「あの世界では時代が変わっていたりするんだろうな……」

「そうだねー。エンリとか中年のおばさんになっているわよね」

「一週回って冒険できないかな」

「最初に外に出られたのは運が良かったんだな……。あれから無為な時間が経過して勿体ない事だ」

 とは言いつつもユグドラシルというゲームが終了を迎えたのだから異世界転移は本当に運が良かった事で、それ以外は切望するだけ無駄であり徒労だ。

 取り残されたアバターが永遠をさまようのは辛いけれど。

 意識が下手にあるのも考え物だが。

「俺の本体はそろそろ定年かな?」

「皆そうだと思うよ。あるいは病気か事故で死んでいるか」

 肉体的な老化の無いプレイヤーは精神的な老化現象は起こしていないようだが、知識は積み重なってるはずだ。

 一般メイド達もしわが増えていたり、体調不良を訴えてくる者が居ない。

 みんな健康的だった。

 それからどれだけの年月が費やされた事か。

 一人だけのモモンガと地下に閉じ込められたギルドメンバー。

 会話が出来る分はモモンガよりも幸せなことかもしれない。

 考える事をやめたようなモモンガは少なくとも散歩には出かけられる。

 両腕を無くしたナーベラルはモモンガの様子を見るためだけの仕事に従事する。それに対して誰も止めたりはしないし、やりたい仕事は出来るだけ叶えさせた。

 ギルド資金については一定額の免除が適用される範囲で行動しているので、不便さがあるとすればマンネリ化くらいだ。

 人生に絶望したものは自室で眠り続けても良い。

 最後の一人になるまで自由にする事を決めた。


 そして、更に時間が経過し、規定の量まで体力が低下した幻想少女アリスの第一スキルが発動する。

 攻撃開始から実に百二十年は経過した、と思う。

 非効率的な攻撃手段しか持ち合わせていないのが原因ではあるけれど。

「……希望を持つのは早いからね。では、第一スキルを発動します。呼び出せるモンスターは可愛い猫ちゃんです」

 『兎さん、待ってアリス・イン・ワンダーランド』で呼び出せるモンスターは一体のみ。

 本来ならばプレイヤーにけしかけるものだが今回は自分自身にけしかけることにした。そうしないと時間ばかりかかって仕方が無い。もちろん、それは当初から予定していた。

「スキル発動~! チェシャ猫ちゃん、いらっしゃい」

 両手を突き出して指を鳴らす幻想少女アリス

 通常の幻想少女アリスの第一スキルは頭に角が生えた『一角兎アルミラージ』を複数体呼び出す。

 このモンスターの角で攻撃されると石化する可能性があるので対策を取らないと危険。

 レベルは低いので、それほど脅威というほどではないけれど油断は出来ない相手だ。

 可愛い見た目に見惚れていると石にされる事は忘れてはいけない。

 幻想少女アリスの合図によって現れたモンスターは巨大な物体だった。

 可愛い猫に見える人も世の中にはきっと何処かに居る筈だ。そんな印象を抱かせるほどだ。

 一言で言えば化け物。むしろ化け物じゃない場合があるのか、と。

「………」

「……このモンスター……、どっかで見た事がありますね」

 現れた猫科のモンスターにギルドメンバーは言葉を無くした。

 体長二十メートルはあるのではないかという大きさで背中に翼があった。

 第九階層の天井に届く勢いだ。

「……いやこれ、チェシャ猫じゃないでしょう。こんなに凶悪な面構えでしたっけ?」

 それぞれが何のモンスターか議論している頃、死獣天朱雀は一体のモンスターの名前を思い出す。

「……『饕餮トウテツ』か?」

「確かに……、身体に模様がありますもんね。あと大きいし」

 巨大な猫のモンスターは縞馬シマウマのような模様があった。色合いとしては赤毛に黒の縞模様。翼は白い。

あの饕餮モンスターは動像ゴーレム系の人造モンスターだから違うと思います」

「じゃあ……、なんだ?」

「……『窮奇キュウキ』じゃね? 虎で翼を持つモンスターだし」

 中国神話に出てくる獣で『四凶』の一体。

 『饕餮トウテツ』に並ぶ凶悪なモンスターだ。

「……窮奇キュウキがチェシャ猫ね……。レベルから考えて意外と納得出来る」

「……おい。デカすぎて怖いんだけど、襲ってこないよな?」

「大丈夫。呼び出した者に従うのが召喚物の定めよ」

「ゴォアアァァ!」

「かの黒い仔山羊ダーク・ヤングとタイマン張れそうだな。どっちが強いかな」

「大きさ的にも窮奇キュウキかな。レベルも高そうだし」

 それぞれが窮奇キュウキを見上げて感心している頃、幻想少女アリスは残念なお知らせを告げる。

 召喚物なので規定の時間になると撤退するという。なので少し回復して再度のスキル行使か、それともこのまま攻撃を続行するか、ということになった。

 回復するとしてもまたダメージを与えるわけだから意味が無くなるので回復は断念する事にした。

 それでも新しいモンスターの出現に久しぶりに興味が湧いた。

 マンネリ化した日常に起きた僅かな変化かもしれないけれど。


 結論が出た後は見ごたえのある風景が広がった。

 一言で言えば窮奇キュウキは容赦が無い。あと、攻撃が尋常ではなかった。

 高位モンスターだとは思っていたがとんでもない怒涛の連続攻撃。

 空中に浮かせた幻想少女アリスを徹底的に切り刻む。その素早さは世界王者ワールドチャンピオンを戦慄させるほどだ。

 敵として会えばギルドメンバーを瞬殺するのではないかという勢いを感じた。

 おそらく通常のモンスターでは無い筈だ。

 世界級ワールドエネミークラスかも。

 対策を事前に整えていなければたっち・みーでも敗北するかもしれない、と思わせる。それが召喚物なのだから信じられない。

 HPが八億もあるとんでもないモンスターが召喚するのだから、まともなモンスターではないのは確かだ。

「……前言撤回。黒い仔山羊ダーク・ヤングでも無理だわ」

「……幻想少女アリスありがとう。俺達、もう少し頑張るよ」

 空中で切り刻まれる幻想少女アリス

 自分の召喚物にダメージを与えられているというシュールな光景にギルドメンバーは笑わずに感謝した。

 普通なら失笑ものだ。

 これで第一のスキルなら第二以降はどんなものがあるのか。

 スキルを使うたびに凶悪になるのならば期待が持てる。

 事前に聞いていたが第一スキル発動が一番長い。ゆえに第二は今までより短期間で発動できる、はずだ。

 それにしても窮奇キュウキの攻撃が激しすぎて協力プレイが出来ない。

 手を出せば窮奇キュウキに襲われそうなので。

 一日いっぱいで与えられるダメージがどうなるのか分からないが、たくさん与えてほしいと願った。

「……うわぁ、残像をリアルで見るの初めて……」

「これ、普通の戦闘で勝てるの?」

「……俺の知ってる饕餮トウテツはここまで化け物じゃなかった」

 それにもまして窮奇キュウキの激しい攻撃にもかかわらず原形を保っている幻想少女アリスも凄かった。というか血が飛び散ってこない。

 残像を残す爪攻撃なのに服が破れているようには見えない。

 硬い材質というよりはゲーム的な理由で破れない仕様だけれどダメージはちゃんと通っている不思議な現象なのかもしれない。

 普通なら服はボロボロで肉片とか血とかが飛び散るはずだ。

 というか、既にミンチになっていてもおかしくないレベルだ。

「……なんというか……、ただただ凄まじいな」

 もし敵対していれば戦わなければならない相手。攻略の糸口をさぐる上では貴重な光景だ。

 攻撃は凄まじいのだが常識外れかと問われれば違うと答えたい気持ちがある。

 確かに早い。

 たっち・みーは冷静に見つめる。

 幻想少女アリスは防御をしていない。しっかりとした防衛をしていればどうなっていたか。行動阻害は通じるのか。敵の防御は硬いのか。

 無敵のモンスターは居ないと幻想少女アリス自身も言っていたのではないか。

 であれば勝てない道理は無い。

「……無理に戦う必要は無い、という意味であれば防御に専念すれば……」

「たっちさん。あれに勝とうとか思ってます? 饕餮トウテツと同じレベルと考えれば戦えない事は無いと思いますが……。サイズが違いますし、ステータス的な優位性の付加も加味しますと絶望的ですよ」

「意外と即死攻撃に弱いとか」

「モモンガさんのスキル併用なら活路はあるかもしれませんね。ただ、それでミスった場合は怖いです」

 そう議論している間も凄まじい攻撃を繰り出す窮奇キュウキ。おそらく一日いっぱいは切り刻み続ける。

 巨体に似合わず斬撃速度の速さは尋常ではない。室内という事で移動速度はさすがに確認は出来ないが、早いはずだと予想する。

 高位のモンスターや特殊召喚のモンスターはどれもステータスが通常よりも跳ね上がる傾向にある。

 おそらく窮奇キュウキは速度関連が高く、物理攻撃は常識範囲ではないかと。

 見た目に騙されてはいけない。

 ユグドラシルの常識が通じるのであればステータスの上限は必ず存在しなければならない。

 HPが八億でも基本ステータスの範囲であれば減らせない事は無い。

 通常はレベル差が10も開けば攻撃が通じない事は良くある。だが、ケタ違いであるはずの幻想少女アリスに攻撃が通じるという事は基本ステータスはレベルに依存していない事になる。

 たっち・みーの物理攻撃を仮に100とする。幻想少女アリスの物理防御が仮に200であれば攻撃は殆ど通じない。通じる場合は200以下だと予想される。

「弐式炎雷さん的に窮奇キュウキはどうですか?」

「……攻撃を食らわなければ速度は少し速い程度だね。食らったら終わりっぽいけど……。アシスト次第かな。ちょっと攻撃してみない事には判断しかねる部分はあるってところ」

「……無茶を承知でちょっと背中を攻撃させてくれないかな? 無理?」

 と、メチャクチャ攻撃を食らっている幻想少女アリスに尋ねてみた。

 空中で物凄い速度で回転していたけれど。

「……オッケー。攻撃しても反撃しないように頼んでおいたよー」

 と、暢気な女の子の声が聞こえた。

 桁違いは凄いものだとギルドメンバーはそれぞれ感心した。

 たっち・みーは声に出して笑い出す始末。

「……やべー。一撃で死んだらどうしよう」

 実は物凄く弱いオチ。それがありえないわけではない。

 見た目に反してコロっと死ぬ変なモンスターも確か居たような気がする。特に爆発するモンスターはそのたぐいだ。

 高レベルであっても一撃で吹き飛ぶ可能性も否定できない。

 さすがに窮奇キュウキは爆発しないと思うけれど。

「そうそう。この子の一撃はおそよ75ポイントほどよ」

「ありがとう。75……か……。という事は……物理攻撃力は少し低めなのか……。いや、幻想少女アリスの物理防御から計算すれば……」

「100以下という事は見た目に反して意外と常識的って事なのは理解した」

 百回の攻撃は終了している筈だから既に7500ポイントは消化している事になる。それも短時間で。これは現メンバー総出で与えるダメージ量から考えれば破格の数字だ。

 つまり速度が強みだという事だ。

 間断なく攻撃できるモンスター。しかし、疲労しないものなのか、という疑問が過ぎる。

 後半戦でバテる可能性もあるかもしれない。

 一般的に間断なく攻撃し続けられるモンスターなど見たことも聞いた事も無い。もし仮に存在すればプレイヤーはひとたまりもないから運営が適度に休息させる補正などを施すはずだ。いわゆる充電期間というものだ。それが無い場合は無理ゲー以外の何者でも無い。

 あるいは無理を押して攻撃し続けてもらっているのかもしれない。

 ちなみに、ダメージ量で言えばたっち・みーでも最大で50ポイントを超えればいいところだった。そこから考えて物理攻撃は確かにギルドメンバーを凌駕している。だが、モンスターのステータスはプレイヤーのステータスとは違うので仕方がない所はある。

 数字的に百回攻撃するという事は簡単そうに思われるが単純作業を妨げる精神的疲労が関係すると意外と続かなくなる。

 無心になればいいのだが、人間的残滓が邪魔をする。


 行動意欲の減退。


 プレイヤー独自のペナルティとでもいうようなものだ。

 何の理由も無く戦えなくなる現象。

 一年、二年は平気かもしれない。けれども十年以上の連続戦闘など非常識にも程がある。

 さすがにたっち・みーでも剣を握れなくなるほどの脱力感が襲った事は一度や二度ではきかない。それでも現状から解放されたい一心で努力を続けてきた。

 データ上では疲労しないとしても蓄積される隠れたパラメーターが存在するかのように。

 精神が強制的に抑制されるのだから、何らかのバッドステータスを自ら生み出すことがあるかもしれない。

「行動阻害が効けば活路がありそうですね」

「ああ、アルベドに持たせた『真なる無ギンヌンガガプ』があれば余裕じゃん」

「それがあったな」

 だが、そのアルベドは現在行方不明。当然、彼女に持たせた世界級ワールドアイテムも一緒だ。

 モモンガ同様にたっち・みー達の方でも消えたNPCとメンバーが何人か存在する。

 アウラは居てマーレが居ない。シャルティアも居ない。

 ここ百年の間に途中から消えた者は居なかったけれど。それが分かっただけでも救いかもしれない。あと、第十階層の移動は今も出来る。

 伝言メッセージは効果時間が半分になっている以外は今も使用できる事が分かっている。

「姉貴の粘液盾が何処まで通じるかも知りたいな」

「僅かなダメージとしても耐え切るのは難しいと思うぞ。確実にダメージは通る筈だから」

 地面に縫い付けられていたぶくぶく茶釜は今は束縛が解けたのか自由に動けるようになっていた。ただ、身体は重く感じる違和感があり、戦闘には参加していない。

 やまいこと餡ころもっちもちは味方のサポートに専念していて、たまに魔法を行使する程度だ。

 標的が小さいので同士討ちフレンドリー・ファイアが怖いからだ。

 交代した時で殴ることはあるけれど。

「聞きそびれていたけれど、消えたNPCは何処に行ったの?」

 百年越しに思い出した事柄。そして、それを何故、今まで忘れていたのか。

 隔離された時に何らかの事態に巻き込まれたのであれば納得出来る。ただ、世界級ワールドアイテムごと失うのは痛い。

 あるいは宝物庫に飛ばされているか、だが連絡が付かないので消えているのかもしれない。

「おっ、こんな時にを思い付きました」

 と、明るい口調で言うのはペロロンチーノ。

「実に頼もしいな、ペロロン君は。どんな事かな?」

「武人さん。窮奇キュウキの胴体部分をなんとかぶった切れませんか? 身体を半分にした程度では死なないと思いますが……」

「……ああ、質量保存の悪知恵……。面白そうですね。だが、相手は部屋いっぱいの大きさを持ってますよ」

「味方は多い方がいいですし、やることは単純作業です。可能性にかけてみましょう。保管するスペースは結構あるはずですけど……」

「治癒担当のペストーニャは居たかな。ルプスレギナも」

 大半のNPCは避難させていたが無事な者は居る筈だ。

 召喚物が消えるまでに出来る事を確かめる。

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