017 赤い髪の破壊神

 改めて伝言メッセージで確認作業をする。

 それから第十階層のコンソールで確かめる意見が出た。ただ、現段階で確認する事がモモンガにはとても怖く感じられた。

 アンデッドの特性でも怖いという恐怖がぬぐえない。

 急に孤独感が襲ってきたのだから仕方が無い。

 昨日まで居たメンバーが急に居なくなる。しかも連絡もせずに。

 ヘロヘロと共に第十階層に移動する。その間、本当に誰も居ないかのように静まり返ったナザリック地下大墳墓。

 残っているNPCノン・プレイヤー・キャラクターを出来るだけ集めてみたがあまりにも少ない。

「ナーベラルどころか至高の御方までも……」

「異常事態であれば……。あれ、そういえばアルベドは?」

 守護者統括のアルベドもルベドもニグレドも連絡が付かない。

 タブラ・スマラグディナの部屋には散乱した道具類が転がっているだけで壁に血が付いていたり、殺戮の現場のような痕跡は無かった。

 キャラクターの消滅により記憶からも消えている、という事は無く、それぞれNPCの存在は記憶に残っていた。

 自分だけが記憶を保持していて他は忘れている、というオチはモモンガとヘロヘロは知っている。

「……消滅の波が襲ってきているのかもしれません」

 返事も出来ずに歩き続けるモモンガ。

 いつも来ていた部屋が今日は一段と遠く感じる。

 階層を転移する為に作られた百個ほどもある指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは持っているけれど怖くて使えない。

 今は何でも怖い。一歩進むたびに精神が抑制される。それほど全然、精神が安定してくれなかった。

 玉座の間まで特に異常な事は無く、誰も居ない事以外は順調だった。

 ヘロヘロの側に控えているソリュシャンも特に変わった様子は見せていない。

 モモンガの側に居るのはルプスレギナだ。

 至高の存在の後ろにはアウラ達が居るのだが、これが現ナザリックの最大戦力というのはあまりにも貧相すぎる。

 各階層に居たNPCや一般モンスターまでもが消えているのだから。

「着きましたよ」

「……中は特に問題は無いですね」

 壁が穴だらけになっていたり、見知らぬ侵入者が玉座に座っていたりはしていなかった。

 何がしかの期待はしていた。誰かが居て、何かヒントでも言ってくれることを。

「我々引退組みはいつ消えるかわかりませんが、NPCまでも消えるのは変ですよね。運営のサーバーが何かしでかしたんでしょうか」

「想像したくないですね」

 それでも考えなければならない。

 というより、アバターのデータは運営が管理しているはずのサーバーにあるはずだ。魔法のリストも内容も。

 アイテムのフレーバーテキストも。

 『ユグドラシル』というゲームのデータが今も健在なのがそもそもおかしい。

 モモンガは玉座に座ったところで『ギルド武器』を持ってくるのを忘れた事に気付く。

 破壊防止の為に第八階層に置いていた事を思い出した。しかし、階層守護者であるヴィクティムとは連絡が取れない。

 ギルド武器を破壊されればギルド拠点が崩壊すると言われている。それと頭上に『負け犬』を現すアイコンがギルド再結成まで出続けるとか。

 身体に関して異常は無いのでギルド武器は無事だと思われる。

「……マスター・ソース・オープン」

 とにかく確認しなければ始まらない。

 現れたウインドウは真っ黒だった。

 色々と操作してみたがギルドメンバーとNPCの大半の名前が表示されていない。ただ、空欄になっているというのが不思議だった。

 精神支配などを受けると名前が黒くなる。死亡時には空欄。デフォルトは白。

 つまり多くのメンバーとNPCが死亡した事を意味している。

 自分が知らない内に。というよりはナザリック内で死んだ。それも死体が残らない密室殺人のような有様だ。

「……うぅ」

 唸るしかない。

 何なんだ、これは、と。

 何が起きたのか。

「空欄ですか?」

 ヘロヘロの言葉に力なく肯定を意味する仕草を見せる。

 声を出すのも疲れるくらいの絶望感。

「まさに密室殺人。屈強なメンバーをほふれる存在は最強のたっちさんくらいしか浮かびませんが……。大方の予想では、という答えが落ち着くんでしょう」

 メンバーの殺し合いなら少なからず異常事態を知らせるシモベが現れるはずだ。少なくとも八肢刀の暗殺蟲エイトエッジ・アサシンは連絡を送ってくる。しかし、そのシモベも全滅しているようだ。

 頭上の水晶型のモンスターも居なくなっている事に気づいた。

「運営のサーバーが動き出してデータを消し始めているのかも……」

 もし、その仮説が正しければモモンガ達に抗えるすべは存在しない。

 大元のデータを管理する相手だ。そして、ゲームのサービス終了を宣言した。それを今更やめてくれ、と懇願しても無駄なのはモモンガとて理解している。

 来るべき時が来た、と思って諦めるしか無いのか。あまりにも突然だ。

 とはいえ、事前に通知されていた予定なのは分かってはいる。

 それでも消されたくない思いはある。

「……幻想少女アリスは運営の手先だったのか……」

 そうだとすると納得出来る事はある。しかし、それはただの八つ当たりだ。

「クソっ! せっかく!」

 と、玉座の肘掛を強く叩く。

 普段ならばダメージが表示されるのだが、今はただ、打撃音が響いただけだった。

「また皆と冒険が出来ると思っていたのに! クソ!」

「……そういう運命だったと諦められませんか?」

 と、落ち着いた調子の声でヘロヘロは言った。

「あ、諦める!? みんなで作ったナザリックですよ! そんなに簡単に割り切れるわけがない」

「……たかがゲーム。いつかは終わるものです」

「俺にはこれユグドラシルしかなかった。生き甲斐に近いものだったんです。みんなと楽しく冒険をしていたユグドラシルが」

 憤慨しても精神は抑制される。

 安定化したとしても怒りや辛さが一瞬で無くなったわけではない。

 くすぶる苛立ちはどうしても残ってしまう。

「仕事から解放されて自由になったと俺も思いました。ほんの数日ですが……。のびのびとくつろげたのはありがたいイレギュラーのお陰……。ですが、やはり自然の摂理は曲げてはいけないと思います」

 ヘロヘロの言葉にモモンガは反論は出来なかった。だが、納得も出来なかった。

 確かにユグドラシルはモモンガの所有物ではない。だからこそ我ままは通じない。それは理解出来る。

 だが、ゲームのシステムから切り離されたナザリック地下大墳墓や仲間たちは譲ってほしいと思う。これだけは自分たちが作り上げた宝物なのだから。

 その為には世界級ワールドアイテムのいくつかを手放してもいいと思うほどだ。

 かけがえのないもの。それがナザリック地下大墳墓であり、仲間達だ。

「あっ、犯人は『●山●●●』ですね。現メンバーを殺せる確実な人と言えば……」

 暢気な声でヘロヘロは言った。

 確かに確実性の高い犯人と言えば、まさに適任だ。しかも好き放題に、指先一つで出来るとすれば、だ。

 しかし、それは荒唐無稽もはなはだしい。

 仮に八つ当たり気味で●山●●●だと仮定しておく。この際、仮名扱いだ。

 殺人の『動機』が不明だ。あと証拠。

 それ無くして犯人と決め付けるわけにはいかない。仮想の犯人像としての『容疑者』候補ではあるけれど。

 というか、いつからファンタジーから推理小説に転換した、とモモンガは首を傾げる。

「……それだと前の『原作者のみぞ知る』でやった方が良かったんじゃないですか?」

「今から変えても遅いでしょう。時代は常にスピーディーに進むものです。過去を振り返ってはいけません」

 振り返らないならモモンガは過去の全てを否定しなければならない、という意味かと疑問に思う。

 さすがに消えたメンバーを忘れる事はすぐには出来ないし、忘れたくない。

「ヒント。●山は『鳥山』ではありません」

「……たぶん、大勢のファンは分かっていると思います。むしろ、それだと『オーバーロード』らしくないと思いますよ。出版社的にも違うし」

 この伏字はすぐに判明するでしょう。

「だいたい今までの流れで『●山●●●』が出て来る予定なんかありましたっけ? クリーチャーでもないでしょうに」

「柔軟な発想は大事ですよ」

 ヘロヘロさんは柔軟の権化ですけどね、と胸の内で言うモモンガ。

 ただ、ヘロヘロの発言で気分的には落ち着いた。

 危機的状況でも冷静でいられるメンバーはとても心強い。だが、もし一人であれば延々と悶々とした気持ちを抱えていかなければならなかった。

 全てを失う事態は遠慮したい。

「最後に謎のメンバーが現れて、全ては僕が仕組んだ大芝居さ、と言う」

「……ヘロヘロさん。いくら俺でも怒りますよ」

「体調が良いせいか、つい……」

 仕事のストレスで身体を壊しているのは知っていたが、これほどお調子者だったか、と疑問に思った。

 確かに元気なヘロヘロは嫌いではない。ペロロンチーノのようにエロい人でもないし。いや、現実のヘロヘロはまた違った人格かもしれないけれど。


 と、気がついた時は第十階層にはモモンガ以外の誰も居なくなった。

 たった今、会話していたはずなのに一瞬でに。

 意識の間隙をついた状況。

「………」

 音の無い世界。

 シモベもNPCもメンバーも居ない。

 誰も居ない。

 コンソールに書かれた名前は『モモンガ』唯一つ。

「……はっ? ふざけんな。なんだ、これ」

 全ては幻想。

 今までのやり取りはモモンガが望んだ賑やかな日常の残滓。

 ゲーム終了の時からモモンガは一人で玉座の間で夢想していたに過ぎない。

 異世界転移で冒険者として再出発する事もでしかない。

 一人だけ残された今の状況こそが本来正しい流れだった、とでも言うように。

「そ、そういえば幻想少女アリスは何処だ? 出て来い! 説明してくれ、頼むから」

 辺りに呼びかけるも答えは返ってこない。

 それから各階層を巡るが誰にも出会わない。それどころか地上に出るとが広がる。

 ここは転移した世界ではなく、ユグドラシルの世界だった。

 どう見ても毒の沼地が広がっている。

「はっ? 平原はどうした? サービスが終わったユグドラシルに何故、戻っている?」

 魔法を唱えようとしても何も出て来ない。

 スキルによるアンデッド作成も出来なかった。もちろん空も飛べない。

「いや待て、まだ俺は……、骸骨の身体だ。アバターはまだ残っている」

 ナザリックから離れて辺りを調査する為に移動するが現地に居るはずの屈強なモンスターや蛙型モンスターの姿が見えない。

 普段なら高レベルのモンスターが徘徊しているはずなのに。

 呼びかけても誰も応答しない。

 そんな中をとにかく歩き回った。疲労しない身体のおかげで延々と進んでも疲れは一切感じない。

 そうして気がつけば始まりの地点まで来ていた。

 何時間、歩いただろうか。

 モンスターもNPCもプレイヤーも居ない世界を。

 自分だけが取り残された。

「誰か返事をしてくれ! お願いだ……」

 コンソールも出せないし、ログアウトも出来ない。

 そんな状態で閉じ込められたモモンガ。

 永遠にさまよう事になると思うと言い知れない恐怖を感じるが一定の感情は強制的に抑制される。

 常に平常心を保たれる。そして、恐怖心が増大し、抑制を何度も繰り返す。

 平常に保たれれば嫌でも理解する。

 孤独の恐怖を。それは平常な精神で受け止めきれるものではない。

 疲れない。眠れない。お腹が空かない。自殺はできない。

 ログアウト不能。通信不能。

 街に行っても誰も居ないし、アイテムも何も無い。

 適当な洞窟に入ってもモンスターはボスを含めて何も居ない。


 そうしてどれほどの年月が過ぎたのか。

 時計の無い世界で日がな一日寝転んでみたものの厚い雲に変化は無い。

 止まった世界のようだ。ただ、完全に時間が停止したわけではない。

 草木は僅かに揺れていた。それだけだ。

「……もう百年くらい経ったかな……」

 一ヶ月も経てば時間を計る事がバカらしくなる。

 そうして長い年月が無為に過ぎていく。

 魔法の他にアイテムボックスも使えない、と知ったのは随分と昔のような気がした。

 未発見の地域は既に既知となっていて新しい発見は無いかもしれない。

 空を飛びたいが浮かばない。

 溶岩地帯はエリアごと消失していた。

「降参します。私の負けです。敗北を認めます。誰か助けてください。お願いします」

 定期的に懇願するものの返答は無い。

 それでも誰かにすがりたくなる。

 ゲームの世界に残れても誰も居ない世界は嫌だ。

 ナザリック地下大墳墓あっても意味が無い。

 一応、ギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を持ち出してきたものの、何の力も発動できない。

 何度か壊そうと思ったが仲間達の想い出が詰まっているので未だに躊躇ちゅうちょしている。もし、壊して何も無ければ自分の人生はこれで終わりとなる。それ以外はありえない気がした。

 壊すといっても簡単には出来ないけれど。

 世界級ワールドアイテムに匹敵するアイテムだ。地面に叩きつけた程度ではビクともしない。

 ある日。というか今日が現実世界ではどんな日なのか分からないけれど。

 誰も居ない場所と化したナザリック地下大墳墓の玉座の間にモモンガは居た。

 床に転がるギルド武器。もはや何の役にも立たないゴミと化している。

 通常ならば自動的に浮かぶスタッフが今は力を喪失している為に浮かばずに床に転がっている。

 玉座に座り続けて随分と経った。

「………」

 輝かしい時代は終わりを迎えた。

 これが結末であってもモモンガ自身は終わりを迎えられない。

 永遠の停滞だ。

 一人だけ残される孤独感。

 思考する事すら苦痛だった。だからここしばらくは何も考えていない。

 定期的に墳墓内を散歩したり、外の世界をさまよったりした。

 新しい発見は無かったけれど。

 ゲームに固執した者の成れの果てならば正しく理想の結果であり、結末だ。


 ◆ ● ◆


 という解説をするペロロンチーノにメンバー総出でドン引きする。

「……悲しい結末だね」

「……弟……、それ笑えない……」

「悪の限りを尽くした者の末路としては当然だな。救いはバッドエンドだ」

「それよりサブタイの『赤い髪の破壊神』が全く出て来ないけれど出るの?」

 たっち・みー以下、ギルドメンバーは未だに健在で、実はNPCもシモベも居た。そして、幻想少女アリスも。

 ただし、全員ではない。幾人か連絡が取れなくなっている。

 彼らは確かにナザリック地下大墳墓に存在している。

 何も変わっていないし、モモンガも視認している。

「位相のずれはここまで残酷なのか……」

「共通部分は認識できて、それ以外は隔絶される隔離空間……。凄まじい嫌がらせだ」

 風景は確かに絶望的なもの。ただし、モノローグはペロロンチーノが担当する。

 といっても最後くらいだが。

「無音に何か言わないとこっちも悲しくなるからさ」

「気持ちは分かる」

「互いに触れられないとは……。どうしたらいいんだ……」

 まるで『君の●●』というアニメ映画のようだ、と誰かが言った。

 モモンガの声は聞こえている。ただ、こちらの声は届かないし、触れられない。素通りしてしまう。

 目の前に居るのにすれ違うのは高度な立体映像のようだった。

 共通するオブジェクトがあり、壁も存在するのに。

「……赤い髪の破壊神に来てもらいましょう。私の命と引き換えなら聞き届けてくれるかも」

 と、幻想少女アリスが提案する。

「……それよりも、も二次創作で存在するのか?」

「●●●年後ってやつだと思うわ。ただ、あちらはシャルティアとかいう人達がちゃんと居たけれど……」

 もちろん魔法もアイテムも使用不能というのは幻想少女アリスも想定外だった。

 救いようが無い作品はいくつか存在するけれど、ここまで非道なものは記憶に無い。

 せいぜい現地民を虐殺する程度だ。

「こちらで消失した物体はに現れていないのは本当に消滅したからなのか」

 ナーベラルの腕が向こうモモンガの居る世界に出現していれば少しは謎が解けたかもしれない。けれども、そんな現象は今まで確認できなかった。

 時間の流れも違うようで、ゆっくりと進んだり超高速の早送りのように進んだりする。ただし、巻き戻しは起きていない。

 互いにどうする事も出来ない状況に陥る。

 モモンガを救うべく何度も議論を交わすメンバーと人生を諦めつつあるモモンガ。

 NPCに出来る事は互いを応援する事だけ。

「……まさか消滅するって事が位相のずれとは思わなかった……。これはある意味で残酷ですね」

 ため息混じりに呟くのは今まで様々な意見を述べてきた幻想少女アリスだ。

 モモンガとは違い、こちら側ではアイテムも魔法も使用可能になっている。ただし、それら全てが無駄に終わっているけれど。

「ギルド武器は向こう側……。もとよりあれはギルドマスターしか使えないんですけどね」

 時間の流れが違うようで、ペロロンチーノ達がモモンガを観察していた時間は約半年ほど。

 対して向こうはおそらく数百年は経過している可能性がある。

 全く動かなくなると時間が止まったかのようになってしまうので計り難くなる。

「……これも全て●山●●●のせいか……」

「いや、それはただの八つ当たりだと思うよ」

「……二次創作が解決の糸口だと分かってきたのに、何も出来ないのかよ」

「とはいえ、解決策を誰かに書いてもらえばいい、というわけにはいかないでしょう。そんな話し、誰も書きませんし、そういう発想を持つ人はおそらく誰も居ない」

「……でも、これ書いてるバカ二次創作家は確実に一人は居るんでしょう?」

「メタフィクションに特化した二次創作か……。タイトルがメタフィジカルならあれだな」

「西●●●」

 と、数人が声を揃えて言った。

「●●系列ですから無理じゃないですか? あいつ●●系列で何か書きましたっけ?」

 ヘロヘロが膨大なデータが詰まっている図書館から色々と書籍を持ち出して調べ始めた。助手としてソリュシャンも協力する。

「いや、西●●●って名前出しても意味ないじゃん。というか西●●●の作品なら伏字はあまりしないだろう?」

「徹底的に伏字にした話しならある。あまりのことに誰も解読しなかったんじゃないかな。意味ありげの設定も実は勢いだけで書かれて法則性が無いとかでファンを落胆させたりしているし」

「……●●系列に統一しようよ。●●社の話題は不毛ではないのか?」

「新本格●●●●の●●●なら解決できるかも」

「よその作家頼みですか? 糸口が膨大になってきて混乱してきますよ」

 都合のいい作品も作者も実際には存在しない。

 それは分かっているけれど現状打破の議論は続いている。

 モモンガと違い、ペロロンチーノ達はナザリック地下大墳墓に幽閉された状態だ。地上に出られない。

 もとより出なくていい施設として作られているのであまり困らないけれど。

 万能に作り上げたせいで居心地がとてもいい。

 移動できる階層も制限されていて第九と第十以外は通行止めとなっている。いや、正確には第九階層まで降りた時点で昇れなくなる、が正しい。だからこそアウラ達が飢えずに済んでいる。

 読み切れないほどの膨大な書籍の山。飲み食いも困らない。

 外には出られないけれど様子は確認出来る。

 便利なアイテムはこちらにあるから。


 ◆ ● ◆


 玉座から動かなくなったモモンガの様子を交代で見張るが動いたとしても散歩程度。

 オンラインゲームの不毛な末路を見ているようで痛々しい。

 モンスターもアイテムも無い世界はまるで世界だけ作られたのようだ。

 ちなみに外の景色は『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』で見る事は出来る。あと、遠見の魔法などを駆使すれば意外となんとかなるものだ、と仲間達は今日も元気だった。

「『転移門ゲート』も『上位転移グレーター・テレポーテーション』も通じない」

「攻撃魔法も素通り。超位魔法も無理……。世界規模が相手だからか」

世界王者ワールドチャンピオンのスキルも通じない」

「別次元からモンスターを呼ぶ召喚魔法も駄目……」

「……という壁か……」

「観察だけは出来る。今はこれだけでも希望だろう。……しかし、外がユグドラシルとはな……」

「……カ●●ムが廃れているのが悪いんだ」

「そういう問題か? ハー●●●でも構わない話しだったんじゃないのか?」

 メタ発言でも構わず喋りだすメンバーに納得したり、呆れたりする日々が続く。

 幻想少女アリスは現場から立ち去る事が出来なくなり、モモンガの周りをウロウロしていた。

 用が無ければ消える仕様が無くなってしまった感じだった。

「……第一のスキル『兎さん、待ってアリス・イン・ワンダーランド』を飛ばして第二のスキル『お茶会ティー・タイム』に移行してみようか。……ん、それは無理なのか……」

 六つあるスキルの四つまでが召喚という。

幻想少女アリスのスキルは三つじゃなかったっけ?」

「姿は幻想少女アリスだけど……。実は違うの。それ説明しなかった?」

 ちなみに通常の幻想少女アリスの最終スキルは『赤の女王クイーン・オブ・ハート』といい、戦闘に参加しているプレイヤー全員の首をねる物騒なものだ。もちろん即死耐性を持つのは必須。なのだが、ダメージが大きいので結局即死するプレイヤーが続出した。

 初心者を恐怖に陥れる特殊技術スキルとしてとても有名だ。

 攻略は地道な回復と防御。不可避ではあるけれど攻略できない相手ではない。

 最初期ではダメージが大きすぎた事を反省し、後に修正された。それでも耐え切るのは至難のわざとプレイヤーの語り草だ。

 ちなみに黒い幻想少女アリスも居て、中盤のストーリーに現れる。こちらも凶悪なモンスターと化している。

「使うには攻撃を受けてHPヒットポイントを減らさないといけないんだけど……。結構大変よ」

 と、モンスター自ら解説する。

 それはそれでシュールな光景だ。

「むさ苦しいおっさん連中が少女をなぶり殺しにするわけか……」

「うまくいくかは分からないけれど……。試してみる? あと、スキルは一日に一回……。失敗したらお休みしましょう」

 金髪碧眼の見目麗しい少女は微笑んだ。

 これで凶悪なモンスターとは今はとても信じられない。


 方法があるならば試すべきだ、という意見が多く、広い場所に移動する。

 もはや頼れるものは何にでもすがる勢いだった。

 大規模に破壊できる階層は第八階層と第一から第三。

 移動が面倒なので第八階層に移動しようと提案するもNPC達によって拒否された。

「モモンガ様の命により第八階層は許可が無いと立ち入り出来ない事になっております」

「はっ? そんな設定いつした?」

「……既に設定されておりました」

 困惑する一般メイド達。

「それは多くの二次創作や原作が影響しているようね。この物語では何も無くともよそからの影響が流れ込んでいるふしがあるから、色々と勝手な設定が加わっているかもしれないわ」

「……うわー、それ性質たち悪いな。よそなんて知らねーよ」

指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは使えるんだよな?」

「第九と第十の移動くらいだ。他は弾かれる」

 それにしてもルビが長いな、とそれぞれ思った。それ以前に異常が起きる前は階層移動は自由に出来たはずだ。

「オーレオールは居るか?」

「第八階層に居るようです。……ですが、幽閉状態で出られなくなったと……」

「なるほど。一気に閉じ込められたわけか」

 時と共に不自由さが増大している、のかもしれない。不死性のモンスターならば置いてけぼりでも大丈夫だが。一応、オーレオールは不老の設定だ。飢えには苦しむかもしれないけれど。

「『伝言メッセージ』は通用するんだな?」

「……限定的だと思います。通常よりも早く効果が切れるようで……」

「料理だけ届けられたりしないのか?」

 地道な攻撃だけなら第九と第十の階層でも問題は無い。

 最初のスキルの内容は『お供』を呼ぶものだとか。第二のスキルはその発展型。

 問題は減らすHPがとんでもないものだった。

「……へー、そこまでふざけているのか」

「凄いでしょう」

 レベル987でHPは約八億。

 ケタ違いにも程がある。

 第二のスキルを発動させるのに数ヶ月どころか数年はかかるんじゃなかろうか、と呆れてものも言えなくなる。

 たとえ減らしたとしても一日でスキルは回復する、というのが問題だ。

「……敵としてならって意味だったな……」

 今までユグドラシルに現れたどんな敵よりもバカげた数値にただただ辟易する。

「回復手段を講じない限りHPは減ったままだから安心して。全回復する手段は我々の中では持ち合わせていないから。ちなみに回復魔法は受けたら回復するよ、普通に」

 微笑みながら説明する幻想少女アリス。いや、幻想少女アリスと同じ外装を持つ上位モンスター。

 おそらく世界級ワールドエネミークラス。それが大人しく会話に付き合っているのだから信じられない。

「みんなと戦わないと約束しているから。HPを減らす事については私が同意するから安心して。反撃もしないから。無抵抗で受けてあげる」

「……そのステータスは公式なのかな?」

「……たぶん、違うよ。多くの二次創作の怨念が凝縮して出来たのが私達、みたいなものかも。一部では正体について言及した作品があるらしいから、それで今は勘弁してね」

「……時代はなんでもありだな」

 動きの無い会話ばかり続いていく。

 とはいえ、攻撃するとしてもレベルが高すぎるのでダメージが心配だった。

 一応、ステータスを教えてもらったがプレイヤーであるペロロンチーノ達は申し訳ない気持ちになってきた。

 敵の方から懇切丁寧な情報を提示してきているので、お礼としてしっかりとやりとげないといけない、大人として。

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