009 モモンガ以外の一日

 ナーベラルの事は保留という事にして一旦、メンバーには解散してもらった。

 その後で改めて村に向かう準備を始める。今度はお抱えメイドに仕事をさせる。

「お前は爆発とかしないだろうな?」

「……おそらくは無理かと」

「そうか。変な事を聞いたな。それより、どんな格好で出かけようか」

 ドレスルームにある巨大な姿鏡に自分を映す。どこからどう見ても白骨死体の化け物が映っている。

 相手は人間種だろうから、このままでは驚かれてしまうかもしれない。

 ここがまだユグドラシルの中ならばあまり気にしないのだが。

 モモンガは室内に置いてある武器を収めた箱に顔を向ける。

 自分の部屋なので色んな物が置いてある。

 魔法詠唱者マジック・キャスターであるモモンガは戦士の武器は基本的に装備できない。

 剣を一本持つ。この行為だけは出来るのだが使おうとすると手からこぼれ落ちてしまう。

 弓でも同じだ。短剣はなんとか装備できる。

 魔力系を極めた者が急に信仰系の魔法が使えたりはしない。

 それぞれ専門分野というものがある。

 全てに万能な職業というものは無い。あったとしてもレベルは低く最強とはなりえないものだ。

 多くの職業クラスと装備などで誰もが上を目指せるチャンスがある。

 モモンガの実力はユグドラシル基準では中の上ほど。それほど強いわけではない。

 戦略を練ったり、からめ手を得意としているので極端な高火力があるわけではない。

 メイドが落ちた剣を拾おうとしたが、それはモモンガが手で静止させた。

「お前は武器を装備できるのか?」

「小さなものなら可能かと思います。実践武器となると……、難しいと思います」

「掃除は出来て料理は作れないんだったな?」

「……はい」

 必要な職業クラスを習得していないとどんなに努力しても出来ない事がある。

 料理の場合はどれほどの努力を重ねても消し炭のような物体しか出来ない。

 適切な職業クラスを身につけさせればメイドでも料理が作れるはずだ。

 今のところ自動的に勝手に職業クラスを得るような事態は起きていない。そもそも、拠点ポイントを消費してNPCノン・プレイヤー・キャラクター達は創造された。それを超えた方法は取れるものだろうか。

 拠点ポイントは城クラスだと700ポイントだが、規模や攻略難易度によって最大3000ポイントまで、と幅広い。

 それらを割り振って大勢のNPC達が今日まで存在している。

 問題は一般プレイヤーではないNPCは基本的に経験値を独自に得ることが出来ない。代わりに死亡時にレベルダウンが起きない。などのメリットとデメリットが存在する。

 一般メイドは種族レベルと職業レベルを合計して1のNPCだ。

 演出用のNPCに過ぎない彼女たちを今はとても心配しているのはおかしいことかもしれない。

「……せめて料理などのレベルを上げられれば……」

 ゲーム時代は仕様によって出来なかったが転移後の世界では可能にならないのか。自我を得た事によって恩恵は無いのか、と。

 防衛用に殆ど消費したポイントは戻せないが各自で得る事は出来ないものなのか。

 メイド達に武器を持たせてモンスターを倒してもらうとか。

「……その前にモンスターを見つけなければな」

 召喚物は経験値を貰う事ができない。おそらくナザリックに自動的に湧き出るモンスターも期待は出来ないと思う。

 ギルドの仲間を倒して経験値を獲得する、なんていう話しは聞いた事が無い。

 物思いに耽りそうになったが今は集落の調査をしなければいけない事を思い出し、剣を拾って箱に放り込む。

 見た目だけなら人間的にすることは可能だ。

 幻術を使えば人間の顔を演出する事ができるが解呪魔法やアイテムがあると危険なので、兜で隠せるだけ隠した方がいいと判断する。

 村民相手なら解呪に関しては問題は無さそうだが、万が一ということもありえる。


 〈上位道具創造クリエイト・グレーター・アイテム

 〈完璧なる戦士パーフェクト・ウォリアー


 前者の魔法は魔法職が装備できるアイテムを作るもの。

 後者は一時的に戦士職になる魔法だ。

 見た目にはどちらも同じだが、能力は格段に差がついている。

 戦士化の方は『解除』しない限り魔法が使えなくなる。実力の方は100レベル相当の戦士の力を得る。先ほど取り落とした武器もしっかりと装備できる。

 前者はだけ戦士風なので、生粋の戦士のように戦えるわけではない。実力は33レベルの戦士相当までしか無い。それと重い装備をしたまま魔法を発動させるスキルを習得していないので、この状態で使える魔法は五つほど。装備品に関しては魔法で作り出した武器であれば装備できる。

 装備品によって魔法の発動を妨げられるのはゲーム時代の名残だった。それを解消する為に様々なマジックアイテムが存在する。

 ステータス的にはモモンガはレベル100のプレイヤーなので魔法職ではあるけれど、物理攻撃はそこそこ高い。

 戦士職に憧れは持っていたが魔法職を選んでしまった以上はやり直せない。

 作り出した鎧は漆黒の全身鎧フルプレートで赤い外套をたなびかせる。背中には二本の大きなグレートソードを差し込んでみた。

 自分が理想とするかっこいい戦士の姿だ。

 姿鏡に映る黒き戦士の姿に満足するモモンガ。

 自分で作り出した武器はそれなりに強いのだが、生粋の戦士に比べればかなり劣る。

 所詮はまがい物。これでたっち・みーと戦えるわけではないし、武人建御雷とも互角になれるわけでもない。

「……後ろは問題ないか?」

「はい。防具の緩みは確認できません。……ですが……、発言をしてもよろしいでしょうか?」

 既に発言しているのだが、モモンガは気にしても仕方がないと諦めて許可を出す。

 細かいやり取りは自分だけではない筈だ。

「この状態ですと座る時、床などに武器が当たるような気が致します」

「……そうだな」

 ずっと立っていればいい、というわけにはいかない。

 無駄に長い武器では色々と不都合かもしれない。第一、背中から引き抜くのが大変そうだ。

 実際に背中に備え付けている剣の柄を握り、引き抜こうとする。当然、背後のどこかしこに何かが当たる気がする。

「……広い空間でなければ危ないな」

 狭い室内で大剣を振り回すようなものだ。

 それが槍でも同じことだ。

 グレートソードなのは見栄えからだ。無難にブロードソードにした方が懸命かもしれない、とも思う。

 抜かなければ絵にはなるのだが、実用的ではないなと苦笑するモモンガ。

 鎧は現行のままでいいとして武器は難儀しそうだ。

 武装の他には供とする相棒選びもしなければならない。

 たっち・みーにナーベラルを当てたのだから自分は誰を供にして行けばいいのか。

 事前に選定した限りではアウラとルプスレギナが残った。

 大人数で出かけるのは物々しいので少人数が望ましいが、あまりにも実力差があるのは目立ちそうだ。


 ◆ ● ◆


 モモンガが真面目に衣装選びをしている頃、他のメンバーは外に出たり、墳墓内のチェックをしたり、自我が芽生えた自分達のNPCと触れ合ったりしていた。

「はいは~い。どうも、ヘロヘロで~す」

「ベルリバーだよ」

「ぶくぶく茶釜でございま~す」

「って、昭和しょうわかよ」

 粘体スライム系種族に冷静な突っ込みを入れる鳥人バードマンのペロロンチーノ。

「……姉貴。新しいギャグのつもりかい?」

「折角、粘体スライム系が揃っているんだから何か出来ないかとね」

 はた目には粘体スライムが蠢いているようにしか見えない。

 ぶくぶく茶釜は完全にどこを向いているのか分からないし、ヘロヘロは目の部分しか分からない。

 呟く者ジバリング・マウザーという粘体スライム系のベルリバーは無数の口が蠢く身体だった。

 混ざりこむと分離が難しいのではないかと思って実験の意味で集まったら、悪ふざけが始まってしまった。

「世界に最適化された割りにはちゃんと区別は出来るようだよ」

「三体合体して取り返しの付かない種族の誕生は勘弁してくれよ」

「……それは恐ろしいな」

「ゲーム時代なら別段、混ざる事は無かった。強い種が生き残り、弱いのは消滅する」

「うんうん」

 本来なら感情エモーションアイコンを駆使するところだ。声以外はペロロンチーノの目でも細かい雰囲気は読み取りにくかった。

 耳で聞く声の調子だけで判断するしかない。

 あと、装備品が無いので本来なら全裸だ。

 プレイヤーキャラクターなので粘体スライムであっても装備出来るものがある。

 専用のクラスを取っていれば鎧も盾も装備できる。

「我々が遊んでいる間、モモンガさんは真面目に取り組んでいるんだろうな」

「……そうだね。童貞は色々と周りを気にする生き物だからね」

「何年もログインしていなかった間、モモンガさん一人でナザリックを維持してきたから荒れていないんでしょ?」

 それぞれの意見にペロロンチーノは頷いていく。


 ゲームに飽きて放置気味だったにも関わらず、墳墓内のアイテムは未だに健在。

 第九階層の施設の充実振りから見てもしっかりと管理してきたことがうかがえる。

 維持費が自動的に減っているかと思っていたが、適切に管理されていたお陰で資産の目減りは殆ど無かった。

 アイテムも宝物庫に安置されている事はの種族の仲間が確認している。

「ゲームにすがる一途な思いは凄まじいわね」

「だからこそ、我々のように引退組みに憤慨するんだろう」

 幻視した映像のように。

 おそらくは可能性の一つ。

 平行世界では一人孤独にNPCと戯れてナザリック防衛を続ける人生。

 不死の存在だし、それなりに実力があるから慎重に進めればかなり長い間、生活が出来るはずだ。

「元の世界に戻らずに……。執着とは恐ろしいわね」

「我々が残ったところで戻れるとは限らないと思いますが……」

「……そうなんだろうけれどね」

 自分達のステータス画面が出せるわけではないし、数日経った今、元に戻ると居場所が無くなっている気がする。

 たかが数日では劇的な変化は無いかもしれないけれど。もっと長引けば社会から解雇されても仕方が無い。

 ただし、本体が身動きが取れない状態ならば、の話しだ。

 サービス終了時に精神が二手に分かれて一方がアバター、もう片方が本体に戻っているのであれば問題は無いと思うけれど。

「確認する方法は無いけれど」

「今頃、本体は過酷な労働を強いられているって事なのかな」

「だからといって助けに行けるわけじゃないし」

 現実世界の事を考えると気分が沈む。

 助けたところで自分達に恩恵があるとも思えない。異形種だし。

「……戻っても大変な毎日しか無いな……」

「本体がちゃんと動いている事を祈ろう」

「そういえば、デスゲームは自分の視点専用のウインドウが見えているんですよね?」

「デスゲームって名前じゃないですよ。……確かに他の転移系オンラインはそうなっている事が多いようです」

も仮想現実っていうオチが無いと……」

 雰囲気的にはゲーム世界とは思えない。だが、ゲーム時代の魔法やアイテムの効果は引き継いでいる。

 そもそもこの世界は何なんだ、とそれぞれが疑問に思った。

「元々異世界っぽい星があって、ワームホールか何かで繋がったとか?」

「普通ならゲームの途中でプレイヤーを巻き込むだろう?」

「今回はサービス終了時まで残った哀れなプレイヤーを集団転移させた、っていう流れでは?」

「そうだとすると他のプレイヤーも来ている事になりますね」

「……やっぱり現地調査しないと駄目かもしれないな」

 粘体スライム系の三人は互いに自分達の姿を見据える。

 現地の人間が逃げていく映像は瞬時に思い浮かべられた。

「調査できる身体じゃないな、まず……」

「出だしからつまずいてますね」

 ペロロンチーノは翼があるが現地の人間と触れ合えそうだった。

 世界の情報を得るには強奪か、交渉は必要だ。

 強引な手は楽だが後で世界と戦わなければならなくなる事態になりそうだとそれぞれ思った。

「いきなり国取りは……」

「いずれそうなるのが運命なら仕方が無いな」

「……姉貴達、物凄い先の事、考えてないか?」

 唸る粘体スライム達の表情が読めないのでペロロンチーノは彼らが何を考えているのか全く分からない。

 似た種族とだと話しが通じる、という事もあるのか。


 ◆ ● ◆


 男性の多い中、三人しか居ない女性メンバーの一人『やまいこ』は第十階層にある『巨大図書室アッシュールバニパル』で読書を楽しんでいた。

 半魔巨人ネフィリムという種族に限らず、メンバーの大半はそれぞれゲーム攻略の為の種族を選んでいる。

 生活する為ではない。

 見目麗しいキャラクターは意外と居ないものだ。

 彼女は治療師ヒーラー職で見た目にそぐわず物理攻撃力が低い。せいぜい吹き飛ばしに長けている程度。

 戦闘時は両手に巨大なガントレットを装備するのだが、普段から装備しているわけではない。

 種族の特性もあるが不便はあまり感じない。それは他の者にも言える。

 見た目は奇異だが動作は人間時代と遜色ない。

「……ちゃんと本が読めるのは凄いわね」

 この図書室で働いている者はアンデッドモンスターが多い。

 骸骨魔法師スケルトン・メイジ死の大魔法使いエルダーリッチ死の支配者オーバーロード

 ギルドマスターのモモンガだけが死の支配者オーバーロードではない。

 高難易度のダンジョンに死の支配者オーバーロードは敵として出てくる。

 更にそれぞれの種族には様々なバリエーションが居た。

 その中で骸骨スケルトンは生物の対極に位置するだけあり、かなりの種類が居る。

 弱いものから骨の竜スケリトル・ドラゴンと呼ばれるものなど。

「桃色の髪の女の子が主人公の作品。赤い髪に青と黒……。確かに似たようなタイトルが多いわ」

 ヘロヘロに教えられて系統順に揃えられた過去のライトノベルを一望する。

 年代別。性格別。アニメ化された時の声優別と並べていく。

「読まなくても中身が分かるって……。こういう事なんだ……」

 作者はそれぞれ違うはずなのにブームに乗った時期の作品はだいたい似通った展開に陥りやすい。

 主人公が決まって使うセリフもいくつかパターン化されている。

 その中の一つは『誤解だ』だ。

 他にも決まり文句があり、それらを繋げると冴えない主人公が誰でも書けてしまうという事態になる。

「そんな食虫植物冴えない主人公に群がるヒロイン……。……ヘロヘロさん。闇が黒すぎるよ」

 愚にも付かない主人公にヒロイン達から集まってくる展開。

 資料に当て嵌めると滑稽にすら思える。

 百年前はの作品で商売が成り立っていたのだな、と。

 昔は別々の出版社から出されていたが後に統合され、●●系列と呼ばれるようになっていく。

 今の時代の大企業は総じてブラック企業だ。そして、そんな会社に入社できないと生きていけないという過酷な実態がある。

 モバイルゲームも多くのイラストレーターを低賃金で囲い込んで利益を貪った経緯は社会問題化まで発展した。

 一社だけではないけれどエンターテインメント系では不動の地位を持つのは確かだ。

 様々な権利を一極集中にすることで利益を独占する。

「今の書物はデータとしての価値はあるけれど……」

 一定料金を払えば結構膨大な本が読める。

 過去作品は意外と検閲されていない。それは利益優先の姿勢を取っているからかもしれない。

 そんな愚にもつかないものでも金になる、とでも思っているのか。最新作の方が面白いから読み比べてみろ、という強者の驕りか。

 どちらにせよ、底辺の人間は読んで面白ければどちらでもいい。


 一般小説の他にも読み物が収蔵されているのだが、よく並べたなと膨大な書籍が収まった本棚を見上げる。

 数百万冊。それ以上はある気がする。

 大半の読み物は著作権切れのため、ゲーム内での持ち込みに制限は無く、殆どテキストなので容量も少ない。それゆえに個人全集や過去の叢書シリーズを持ち込むことも可能となっている。マンガもあるにはある。ただし、こちらはデータ量が多いので冊数は少ない方だ。あと、色々と検閲され易い。

 文章と違ってイラスト類の著作権や肖像権は長く保持される傾向にある。持ち込めない事も無いけれど、冊数は少ないはずだ。

 単に絵が古臭いのと小説以上に打ち切りマンガが多いと聞いた覚えがあった。

 女性三人だけなので見せられない内容も実はあるのかもしれない。

 ただ単にやまいこが知らないだけで別の場所に大量の怪しいマンガやイラスト集が秘蔵されていても不思議は無い。ただ、18禁にかなり厳しいゲーム会社だからイラスト類は持ち込めないようにされている、とも考えられる。

 真相は分からないが、密かに所蔵されていたら面白いかもしれない、と思った。

 健全な社会人の男達が多いのだから目くじらを立てる事も無い、と。

 所蔵されている全ての書籍が活字の読み物ではなく、魔法を使うアイテム。傭兵召喚。外装データ。イベントアイテム用も収められていた。

 スクロール巻物より嵩張るので大量には持ち運べない。

「……過去の作家連中は驚くだろうな……」

 今のライトノベルは自動筆記による大量生産になっていることを。

 ヘロヘロのような様々な統計を取る者達からデータを集めて様々なシチュエーションで書かれている。

 新しい発想はお抱え作家として取り込んでいるのだが、膨大なデータ量に今は人間が負けている。

 時代は人をゴミクズのように扱っている。

 それを百年前の人間達が知ったらサイバーパンクものと呼ぶ筈だ。まさかそんな世界になっているとは思ってもいないだろう。

 こっちの世界の水は飲めないぞ、と教えてあげたいくらいだ。

 やまいこは自然と手に力が入る。

「やまいこ様? どうか致しましたか?」

 唸るやまいこが気になった死の大魔法使いエルダーリッチの一人が話しかけてきた。

 本来ならば声をかけるのもおこがましいのだがアイテムを握り潰さんとする様子に驚いてしまった。

「あ、ああ、いや、なんでもないよ」

「その本はお気に召しませんでしたか?」

「そういうわけじゃないわ。ごめんなさい」

 NPCに心配されて初めてやまいこは自分が怒っていることに気づく。

 現実世界に優しさは無い。それは裕福な者達の特権だからだ。

 今の自分の力があれば彼らを駆逐とまでは言わないが、何らかの制裁は加えられそうだ。

 現実世界にアバターを持っていければの話しだが。

「……そうだとしても元の身体に戻れる保証はないわね」

 と、苦笑を浮かべる。

 出版社に恨みは無いが現実世界を変えたい欲求はおそらく他のメンバーも持っている。

 それが出来ないのがもどかしい。


 ◆ ● ◆


 第六階層の森林地帯を『弐式炎雷』は駆け巡っていた。

 忍者ニンジャ職を持つ彼は自分の身体の調子を確かめている。

 攻撃に特化していて防御力は紙レベル。

「自由自在に動けるっていいな」

 そんな彼の後を追うのは十メートル規模の狼の魔獣『大地の狼フェンリル』のフェンとカメレオンに似た爬虫類の『イグアナの家イツァムナー』のクアドラシルだ。

 それぞれのメンバーは今のところ暇なので自分の身体の把握や能力とアイテムの確認に没頭していた。

 魔法が使えるので色々と闘技場で訓練する者も居る。

 森の中に小さな湖があり、周りが草原になっている休憩所のような場所で尾が九本の白面金毛九尾ナイン・テイルズという狐型モンスターの『餡ころもっちもち』がくつろいでいた。三人目の女性メンバーでもある。

 突き出した鼻と裂けた口は獣のもの。つり上がった目。手足は毛深く、尖った耳は狐のもの。身体つきは妖艶なメスを思わせる。

 武装はしていないが最低限の服装は身に付けている。

 側には闇妖精ダークエルフという異形種だらけのギルドの中では異質の人間種であり第六階層を管理する階層守護者『アウラ・ベラ・フィオーラ』という見た目は十歳くらいの少年のような格好の少女だ。

 創造主である『ぶくぶく茶釜』によって作られたNPCで服装は彼女の趣味である。

 アウラの弟の『マーレ・ベロ・フィオーレ』は逆に女性の格好をさせられているが、それも創造主が与えた設定だ。だから、彼女たちは違和感を持っていない。

 現在、マーレはナザリック隠蔽の仕事に向かっていて不在だった。

「餡ころもっちもち様は『玉藻の前タマモノマエ』ではないのですね」

 玉藻の前タマモノマエ白面金毛九尾ナイン・テイルズが変化した姿だと言われている。

 今の姿は人型に近い姿ではあるけれどプレイヤーキャラクターとして調整されている為だ。

 ペロロンチーノも同様に。

「あっちは確かイベントボスだったと思う。私はこちらが好きだからってことにしてくれるかな?」

 様々な知識を持っているNPCは色々と驚かせてくれる、と餡ころもっちもちは感心していた。

 上位種族は尻尾を失うが『天狐テンコ』と『空狐クウコ』が居る。

 ふわふわもこもこの尻尾が良いので種族レベルは止めてある。

 折角、動物になれるのだから人間的な姿を選ぶのはありきたりだと思ったからだ。

「……それにしても……」

 元気はつらつと喋るNPC。ゲーム時代の知識も色々と持っているし、専門用語もいくつか理解している。

 普通なら自分が作られた存在だ、と自覚するような事はないはずだし、それによって苦悩とかしないものだろうか。

 ギルドメンバーを『至高の四十一人』と呼称し、崇めている。

 モモンガの仕業なのかは知らないけれど、そんな設定を加えた覚えはない。

 造物主のギルドメンバーだから、という意味で至高の御方と呼ぶらしい。

 こそばゆい名称だが、数日経った今は納得している自分が居る。他のメンバーもそれぞれ上位の存在として受け入れているようだ。


 物思いに耽っているとズシンズシンという足音が聞こえてきた。

 それほど大きくは無いが足音は獣耳だから良く聞こえるのか、感度はとても良好だった。

 姿を見せてきたのは『獣王メコン川』というワニが二足歩行しているような姿のメンバーだった。

 人鰐ワークロコダイルという異形種で『チグリス・ユーフラテス』と『ブルー・プラネット』と同じく自然を愛する男たちの一人だ。

 人間形態にもなれるがナザリック内では異形種の姿の方が混乱しなくて済む、ということで変身後の姿になっている。

 異形種の中には変身出来るものが居る。

 ゲーム時代は複数の形態を持つ異形種は人気が有り、完全異形形態になることで特別なボーナスを得るように設定する。

 異形種は総じて様々な面で優遇された能力を持つがペナルティも多い。一目で亜人種と異形種の違いを区別できないところがあるけれど。

「餡ころさん、外に行かないんですか?」

 長い尻尾を振りながら獣王は言った。

「モモンガさんの調査が終わったら行こうかなって思ってる」

「そうですか。……いやしかし、ログアウト出来なくなるとはね。みんなは平気そうだったけれど、内心はビクビクものじゃありませんでした?」

「んー? それなりにみんな驚いてたんじゃない? うちのメンバーは総じて表情が分からない人ばかりだし」

 日付が変わった瞬間に全てのウインドウが消失。感情を表す表情のアイコンも一瞬で消えた。

 それはモモンガ以外も驚いたことだった。

 『マジで!?』が多くの感想だった。

 周りを見れば似たような仕草をして色々と操作する間抜けな姿が見えていた。

「慌てても仕方が無いけれど、これも種族の特性ってやつなのかね。冷静でいられるのは」

「全員ってわけではないと思いますが……。これからどうしようっていうのが頭を埋め尽くしましたね」

「数日経つと気持ちもだいぶ落ち着いてきたから、そろそろ調査に出ないと駄目かもね」

「そうですね。他の人も似たような感じです」

 餡ころもっちもちと獣王メコン川が話している間、アウラは黙って話しを聞いていた。

 口出ししてはいけない気がしたから。

「あんまり冴えない主人公ばかりに仕事をさせると何をするか分からないから、我々も覚悟を決めましょうか?」

「そうですね。あっと、担当の階層の調査は終わりました」

「了解です。ゲーム時代と違うから、我々に何が出来るんだろうね」

「世界征服とは言いませんが……、小さな国は作りたいですね」

 強大な力を持っていても他国と争うのは利益になりえるのか、という問題がある。

 幻視した事が事実なら他の国が存在するはずだ。それからは破竹の勢いという流れにギルドマスターは飲まれていく。

 それが平行世界でのモモンガの姿でもある。それを事は正しいのか。


 下準備を終えたモモンガは供にする部下を呼びつける。

 今回、供にするのは戦闘メイドのルプスレギナ。アウラは餡ころもっちもちの話し相手になっていたので呼ぶのは諦めた。

 無理に呼ぶのも可哀相だと思ったからだ。

 ペロロンチーノ以外は特に問題は無いと思うが、たっち・みーとウルベルトには出来るだけ仲たがいしないようにお願いした。

 たっち・みーよりウルベルトの方が驚いていたようだ。それが何故かはモモンガには分からなかったが。

 転移の為にシャルティアに連絡を入れておく。

 戦士風の姿に変わるのだが偽装の為に魔法を制限する事にした。

 一部のプレイヤーは相手の『オーラ』を感知して強さを測る事が出来る。それを出来るだけ隠す為だ。

 敵対はしないかもしれないが要らぬ混乱を起こさない為の措置として対抗手段は取っておく。それはPK戦の対処をするプレイヤーとしては基本的なことだった。

「では、行こうか」

「はっ」

 戦闘メイドのルプスレギナ・ベータは人間形態時は誰が見ても可愛い娘にしか見えない。

 信仰系魔法詠唱者マジック・キャスターにして攻撃魔法も扱える。

 性格は残忍で狡猾。

 少しずつNPCの設定を勉強しているのだが、それらが世界に最適化された時のデメリットは正直、考えたくない。

 彼らを外に出した時、何が起きるのか不安で一杯だ。だが、それでも家の中に閉じ込めておくのは不健康というものだ。

 組織の頂点は考える事がたくさんあって気苦労が耐えない。

 唸るモモンガの様子を見てルプスレギナは小首を傾げる。

 背中にかかるほど長くて赤い髪の毛を二本の三つ網に結び、浅黒い肌に金色の瞳。

 健康優良児という言葉が似合う元気一杯の女性。

 年のころは十代中盤ほど。ナーベラルと同じくらいの年頃だ。

「……ルプスレギナはその格好で外に出るのか?」

 改造されたメイド服だが長いスカートには切れ目が入っており、太ももが垣間見える。

「これしか無いので……」

 戦闘メイドは専用の防具で身を固めている。だからといって他の服を着てはいけないルールなどは無いはずだ。

 とはいえ、組織運営で決められていた、ということもありえる。

 NPC達はそれぞれの創造者が色々な設定を与えているし、普段はモモンガのあずかり知らない存在だ。

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