第51話 新生
暗闇の中に光が射している。
その光に向かっている。
女性が分娩台の上で痛みを必死でこらえている。額や首筋から玉の汗を噴き出している。周りを囲む医師と看護士たちが女性を励まし、出産へと導いている。
もう何時間も、その状態が続いている。
分娩室前の廊下では一人の男性が、落ち着きなく椅子から立ったり座ったりを繰り返している。
「まったく、何をしているんだ、生まれてしまうぞ」
いかにも焦れている様子だ。座っては左手首の腕時計を見、立ち上がっては腕時計を見ていた。それを何度か繰り返した後、廊下に響く足音が聞こえてきた。
男性はやっと時計から目を離し、音のするほうを見つめた。待ち人が来たのだろう。廊下の角を曲がって、大きな荷物を抱えた若い男性が現れた。
「何しとったんだ、もう生まれてしまうぞ」
苛つきを隠さず、待っていた男性がなじった。
「すみません。出張先で仕事が長引いてしまって……」
「もういい、座ってろ」
座ってろと言った本人が、どうにも座っていられない。そわそわと落ち着かない男性が、二人に増えた。
「息んで」
女医の言葉に女性は歯を食いしばり、唸りながら体に力を入れた。そして、大きく口を開けて息をした。
「もう一回」
女性はまた歯を食いしばる。そして息をする。
「もう一回」
言われる度に、また歯を食いしばる。
「もう一回」
すると今度は痛みに歪んだ顔が和らぎ、ゆっくり体の力が抜けていった。
「はあーあ」
最後に大きくため息をついて、女性は母となった。
オギャー、オギャー。
看護師の一人が女性の耳元で言った。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
安心した女性は微笑みながら、呼吸を整えていった。
産声を聞くやいなや、廊下にいた二人の男性が同時に椅子から立ち上がり、分娩室の扉へと近づいた。すぐに頭上の赤ランプが消え、中から赤ん坊を取り上げた女医が出てきた。心配と喜びを混ぜ合わせた表情の二人に、女医は微笑みを返した。
「おめでとうございます。母子ともに健康です。元気な男の子ですよ」
女医は二人に看護師と同じ言葉を掛け、廊下を去っていった。
年配の男性は、うっすらと涙を浮かべていた。
若い男性がつぶやいた。
「やったな、今日からママとパパだ」
六年後。
一面芝生の広い庭で少年が遊んでいる。晴天がもたらす光が、この世の全てを輝かせているようだった。芝生は鮮やか緑に、自転車の金属部分は反射して眩しいくらいだ。少年のそばにオレンジ色のボールが転がっている。
居間の窓から、優しい顔立ちの女性が出てきた。ミルクを入れた平たい皿を七つと、二つのマグカップをトレイに乗せている。
少年は芝生へ直に座り、六匹の猫とじゃれ合っている。大皿に入れられた猫用のおやつが、みるみる無くなっていく。少年は心配そうにそれを見つめ、庭のどこかに隠れている七匹目の猫を呼んだ。
「ビスケ、出ておいで。ミルクの時間だよ。おやつ、無くなっちゃうよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます