野良犬に拾われた捨て猫
こまち たなだ
第1話 野良犬の彼と捨て猫の私
彼は私のことを、捨て猫と称した。
月さえない真冬の夜に、公園の噴水に浸かって小さな犬のぬいぐるみを探していた私は、そのぬいぐるみを噴水へ投げ込んだ彼氏から別れを告げられていて、捨てられたと言うのは間違いではなかったけれど。
ぬいぐるみを握り締めて、凍えそうになっている私を拾い、家まで連れ帰ってくれた彼のすれた鋭い視線だって、野良犬にそっくりだった。
「つーな、ツナツナ、ツナ缶。俺から離れちゃ駄目だろ。こっちに来い、ちっちっちっちっ」
「うざい。変なあだ名付けないで。それから普通に呼んで。猫じゃあるまいし」
二人でスーパーマーケットへ買い出しに出掛けた土曜日。カートを押す彼からちょっと離れてカップ麺の陳列棚を眺めていたら、猫にやるように彼から呼び寄せられた。彼が付けた変なあだ名でまた呼ばれたことにも腹が立って、不満をそのまま口にしたら、彼は心外だというような顔をした。
「は? お前、捨て猫だろ?」
「違う」
「捨てられて、公園の寒空の下でみゃーみゃー鳴いてたのに?」
「それは、......みゃーみゃー鳴いたりしてないし! これ、買って」
気になっていた新商品のカップ麺をカートインすると、彼は即、それを棚へ戻した。
「だーめ。猫には塩分が高過ぎます。おデブ猫になってしまいますよー」
「だから! 猫じゃない!」
人をからかって満足そうにげらげら笑って、じゃあなに? って彼が振り返る。答えられない私はぐっと息を飲んだ。
毎週、土曜日は郊外の彼の家に行き、日曜日の夜に帰宅するのが、最近の私の週末の過ごし方だ。
日中は今日のように二人で日用品の買い出しへ出掛けたり、外食したりすることもあれば、家でのんびり過ごす場合もある。土曜日の夜は当たり前のようにセックスもする。
まるで週末婚ともいえる状況だが、別に私達は結婚しているわけでも、付き合っているわけでもない。かといって友達でもなければセフレでもなく、不本意ながら彼の言う通り、捨て猫の私が餌と暖かい場所を求めて、たまに襲ってくるが殺しはしない彼の巣に通っているというのが、一番しっくりくる表現ではある。
文句も言えずに俯いた私の頭を、わしわしと彼が撫でた。かがみ込んだ背の高い彼が私の顔を覗き込むと、三白眼の目尻に笑い皺が寄った。この笑顔に、私は逆らえない。
「はーいはい、あきらちゃんは良い子ですねー。早く捨て猫から人間になれると良いですねー、よちよちよち」
「うざいうざいうざい!」
大きい手を振り払う。彼はまたげらげらと笑って離れて行った。機嫌良く遠ざかる広い背中を、仕方なしに追いかける。捨て猫から人間へなんて、よく言ったものだ。
けれど、もし彼の言う通り、私が捨て猫なんだとして、私は人間になんかなりたいとは思わない。
きっと、彼ーーーユタが、私のことを捨て猫から人間へ格上げする日は、私が捨てられる日だから。
ユタには好きな人がいる。
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