ダイヤモンドは傷つかない
不揃いなダイヤモンドたち(1)
たつみやに戻ってきたさゆりが見たものは、変わり果てたみのりの姿であった。
背中には七色の大きな翼を生やし、口には肉食獣を思わせる牙がのぞく。鈎爪のついた右腕はもはや人間のものではない。
そして赤く輝く瞳をさゆりの方に向けている。
「みのり…どうしたの、その格好…」
あおいから、みのりがどうなったかは聞いていた。
だが、実際に見ると…。さゆりは、唇を嚙んで、目をふせた。
誰もが可愛いと見とれた愛らしい顔は、いまや見る影もない。
いや、容貌が整っているからこそ、凶暴性をあらわにした表情がより恐ろしいものに見えるのだ。
「シャアアアアアア!」
眉をつり上げ眉間に皺を寄せると、みのりは威嚇するように吠えた。
そして店を飛び出すと、翼を広げて大きく羽ばたいた。
「みのりっ!」
さゆりも店を出た。だが、みのりは飛び去った後だった。
「大変だ」
さゆりはデミオに乗り込み、みのりを追った。
デミオに搭載されたDSx4vでみのりをロック。ナビゲーションとリンクさせ、飛翔するみのりを追う。
「どうしたの? ねえさん」
音声操作でNow-Manを起動。そのままハンズフリーであおいに事情を説明する。
「おそらく、河川敷公園に行こうとしてる」
「河川敷公園?」
「急いできて!」
デミオは、青い流星となって山を駆け下りる。
さゆりの予想通り、みのりは河川敷公園の焼け跡に降り立った。
不測の事態のために、服には
「あれ? さゆりちゃん?」
土手の上に、早苗と草太がいた。
「なにやってるんだ、こんなところで!」
土手の上に向かって叫ぶ。
「なにやってるって、野球場がどうなってるか見にきたんだけど…」
「ここは危ないから速く逃げろ!」
「え? 何が起きたの?」
早苗と草太は、みのりに気づいていないらしい。
「説明は後でするから!」
と、叫んだ直後だった。
無差別に撃ち放たれた光の矢が襲いかかってきた。
「危ない!」
さゆりは土手を駆け上がり、早苗と草太を守るように障壁を展開する。
「みのりが暴走した」
「暴走!?」
「悪い子になっちゃったんだよ! みのりが!」
みのりの叫び声が聞こえる。その声には、どこか悲痛な響きがあった。
「私はみのりを押さえなくちゃならない。二人はともかく、急いで逃げるんだ!」
そう言い残すと、さゆりは土手を駆け下りた。
「みのり! なにやってるんだ! 早苗と草太、死ぬところだったぞ!」
「シャアアアアアア!」
みのりが口から
「だめだ、言葉が通じない…」
(お母さんがしっかりしてくれないから、私、こんな姿になっちゃったんだよ…!)
(みのりっ!)
(もうやだ。こんな醜い姿になって。もう人間なんて守りたくないっ!)
ブレスが地面をえぐり、土手に食い込み、粉々に打ち砕いた。
(やめるんだ! みのり!)
なんとか、みのりの両腕を押さえた。だがみのりはさゆりの腹を蹴り飛ばして
(やめろというなら、私のこと、止めてみなよ、お母さん!)
牙の生えた口を歪める。
(今のお母さんが、私を止められるわけがないんだ。
バカにしたような口調で、喉の奥で笑うみのり。翼を広げると、大きく後ろへ飛び退いた。
(かかってきなよ! お母さん! 本物の
「なめるなよ! みのりっ!」
みのりとさゆりが同時に
「絶対、あんたを止めてみせる! それからお尻ペンペンだっ!」
さゆりは駆け込むと右手から光の刃を伸ばし、みのりを下から斬りあげた。
だが、みのりはそれを読んでいた。軽やかに後ろへ飛び退くと、さゆりの頭に鈎爪を叩きつけてくる。さゆりはその一撃を障壁で止めると、みのりとの間合いを詰める。
「こう見えても私は、喧嘩強かったんだからな!」
たった一人で地元の暴走族を壊滅させたことすらあるのだ。インファイトでは負ける気がしない。
みのりの顔に右肘を叩き込む。さらに左足で蹴り倒す。だが、みのりは体勢を崩さない。右足のローキック。みのりは後ろにさがって蹴りをかわす。
二人の距離がひらいた。さゆりは左足を軸に回転する。
ローリング・ソバット。学生時代のさゆりが得意とした蹴り技だ。この蹴りで、何度草太が突き飛ばされたか。
だが…。
みのりも左足を軸にして、ローリング・ソバットの体勢に入っていた。
タイミングもフォームも、自分のものとまるで一緒だ。
互いの蹴りが決まり、両者後方に大きく吹き飛ばされた。
「くそっ」
インファイトで引き倒して押さえる目論みは潰えた。やはり魔法で決着をつけなければならないらしい…。
そう思った直後、周囲が爆発で包まれた。
体勢を立て直したみのりが、無差別に
(あははは! よけてみなよ! お母さん!)
障壁を張って突撃。金剛竜の障壁は伊達ではない。さゆりは爆風の中を駆け抜ける。
そこに、光の刃が伸びてきた。障壁が破られる。さらに
障壁を張り直す暇はなかった。みのりの魔法を、もろに食らってしまった。
(障壁に頼りすぎだよ、お母さん。だから障壁を失った時に、なにもできないんだよ)
(なんだ、偉そうに。あたしに説教かい)
(だって。私の方が強いんだから。説教されたってしかたないよね?)
(よくも言ったな…!)
さゆりは立ち上がると、ポケットから
(お仕置きだっ! みのり!)
杖をふるって光球を飛ばす。
みのりは避ける様子もない。同じく光球を生み出すと、さゆりが放った光の球にぶつける。二つの球は強い光を放って対消滅した。
(なんで…あたしの球の方が大きかったのに)
(ただ力に任せて撃っただけ魔法が、私に効くわけないでしょ? お母さん)
みのりが右腕を振るうと。五つの光の球が生まれた。
(いけっ!
五つの光は不規則な運動を行いながら、さゆりに迫る。
障壁を張ろうとした。だが…。
『障壁に頼りすぎだよ、お母さん』
先ほど、みのりに言われた言葉が脳裏をよぎる。
(バカにすんなよ、みのりっ!)
光の球の軌道を見極める。着弾位置を予測すると、素早く身体を翻す。
五つの球はさゆりに当たることなく、地面をえぐって消滅した。
(あれを避けるとはね。でもね、私の魔法はこれで終わりじゃないんだよ!)
みのりは翼をはばたかせて空に舞い上がった。
そして、鈎爪を突き出した。
(ならばこっちも!)
さゆりも右手を突き出し、ありったけの閃光弾を放った。
二人の弾幕が宙でぶつかり合う。
(あまい! あまいよ、お母さん!)
みのりはさらなる濃度で閃光弾を撃ち込んできた。
(くっ!)
さゆりは素早く障壁を張った。バチバチと音を立てて、閃光弾が消えていく。
閃光弾は威力が低い。何発受けようが、障壁を破ってくることはない。
しかし。
後方で爆発が起きた。光波爆発だ。みのりは閃光弾で正面に意識を向かせつつ、実は背後からダメージを与えるつもりでいたのだ。
つまり、陽動である。
倒れたさゆりの上に、急降下してきたみのりが飛びかかる。ニードロップだ。なんとか転がってクリティカルな一撃をかわす。
そのまま立ち上がると、後ろに飛び退いてみのりとの距離をあけた。
(フン、仕切り直しだね)
(仕切り直し? 何言ってるの、圧倒的に私の方が有利だよ? お母さん)
だが、みのりは突然体勢を崩すと、地面に膝をついた。
(みのりっ!)
駆け寄ろうとしたさゆりを、みのりは光波爆発で退ける。
(こないでよ!)
口を開いて咆哮をあげるみのり。
(ああ、そうかい!)
さゆりも咆哮をあげた。
さゆりは杖から、みのりは右のかぎ爪から刃をのばした。互いに踏み込み、刃を振り下ろす。
互いの光の刃は干渉し、激しい音と光を放って切り結ばれた。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます