不揃いなダイヤモンドたち(2)

「え、ねえさんと戦う?」

 みのりの言葉に、あおいは耳を疑った。

 日が変わって朝。みのりをたつみやに送り届ける最中のことだった。

紫菫竜ヴァイオレット・ドラゴンが復活するまで、もう一日しかない。今日中にお母さんを覚醒させるには、荒療治あらりょうじしかない」

 みのりはガチガチと、右手の鈎爪かぎつめを鳴らした。

「幸い、こんな身体になったし、悪役やるには、ちょうどいいじゃない」

「だけど…」

「大丈夫だよ。お母さんは本物の金剛竜ダイヤモンド・ドラゴンだもの」

 ドラゴンが強大な力を秘めるのは、竜であるがゆえだ。さゆりも真竜トゥルードラゴン、その内側には史上最強の金剛竜の力が秘められている。

 22年前の輝銀竜の戦い以降、竜との本格的な戦いもなく、承認欲求が満たされない、報われない生活を続けている間に、さゆりの力は深い眠りについてしまった。

 みのりもそうであった。あの時の「みのり」の特訓があったからこそ、紫菫竜ヴァイオレット・ドラゴン輝銀竜プラチナ・ドラゴンと互する力を取り戻すことができたのだ。

 同じ事を、さゆりにやる。それはみのりに課せられたミッションでもある。

 だが、果たしてさゆりと戦うことで、彼女が覚醒するのだろうか。

 確信はある。だが、失敗しないとは言い切れない。

 これ以上は、賭けだった。

 あおいは、何か言いたそうな顔をしていた。

 何かを言いかけた時、信号が青に変わった。

 おそらく、みのりをいたわる言葉をかけようとしたのだろう。あおいが抱えてしまった罪悪感は、みのりが思うほど浅くはないのかもしれない。

「それより、私の鳴き声、ギャオオオオとシャアアアア!のどっちがいいと思う?」

「女子高生がギャオーはないかなぁ…」

「だよね」

 RX-8は、たつみやに至る山道へと入った。


 …。

 さゆりとみのりは、まだ河川敷で戦いを繰り広げている。時折流れ弾が飛んでくるが、あらかじめみのりが構築していた障壁に弾かれる。

 障壁の後ろで、あおいは早苗達と共に、戦いのなりゆきを眺めていた。

「危険な役やらせちゃって、ごめんね、早苗さん」

「ううん。さゆりちゃんのためだもの、いくらでも協力するよ」

 早苗と草太も、いわゆる仕込みだった。

 さゆりを本気にさせるためのトリガーである。危険な役だが、二人とも二つ返事で快諾してくれた。

 さゆりとみのりが背負うものを、二人は知っている。

 一瞬にして、東京の一角を吹き飛ばすような、桁外れの敵と戦うのだ。親友として、できることなら協力したい。早苗はそう、言ってくれた。

 それはたつみ通りの人々も同じだ。日々現れるドラゴンに立ち向かうさゆりを誇りに思い、「姫様」のために何かやりたいと思っている。

 さゆりは両親と稔を失い、孤独の中で暮らしてきただろうと思う。だがそれは、さゆり自身が、近寄りがたい、近寄らせない影を見せていたためだ。

 さゆりは気づいていないだろうが、さゆりの周囲にいる人たちは皆、さゆりの事を見守っている。安芸津の両親とあおいは言わずもがな、早苗や草太、たつみ通りのみんな、そして竜見一族。東京の御厨の長老達も、事業仕分けでさゆりが傷つかないよう、汚れ役を買ってでてくれた。

(ねえさんは、愛されている) 

 間もなくさゆりは、人類の存亡をかけた戦いに向かう。その時、世界中の人々はさゆりに勝利を願うだろう。

 人々の気持ちを背負って、さゆりは竜王との戦いにくのだ。


 …。

 さゆりは、一度としてみのりを地面に叩き伏せていない。

 自分でも驚くほど、竜としての力が湧き上がっている。閃光弾ライトニング・ブリットはその威力を増し、光球ボール・ライトニングの誘導精度もあがった。今、竜息ブレスを吐いたなら、この一帯を吹き飛ばせる自信がある。

 だが、それでもみのりを倒すことはできなかった。

 胡桃の杖ウォルナットスティクを振り下ろすが、みのりの右腕が容易に受け止める。

 みのりの竜の部分が露出したその右腕は、プリズム状の鱗に覆われていた。

 さゆりは確信した。このも、間違いなく金剛竜なのであると。

 なぜ、ユニークであるはずの竜王キングドラゴンが、金剛竜が二人もいるのだろうか。

 このは、みのりは果たして何者なのだろう。

 みのりと出会ってから、ずっと問い続けていることであった。


 なぜみのりは自分にそっくりなのか。

 なぜみのりに強いシンパシーを感じるのか。

 なぜみのりは…。


 しかし、この戦いを通じて、漠然とではあるが、なぜみのりが自分の前に現れたのか、分かった気がした。

 みのりが自分のために悪役を買ってでたことは、もう分かっていた。みのりには、そうしなければならない理由があったのだ。

 ならば。さゆりはみのりの期待通り、彼女を倒さなければならない。

 容赦のない、光球の一斉射。

 魔法を撃った後に、若干の隙ができる。早くに気づいたみのりの弱点だったが、これを突ける力がさゆりにはなかった。

 だが、それも過去の話だ。

 今なら、みのりに近づける。

 左腕に障壁を集中させ、盾のようにして光の弾を受け止める。

光波爆発ライトウェーブ・バースト

 さゆりが思った瞬間、彼女の周囲に爆発が起きた。すぐさま周囲に障壁を展開する。

 みのりの考えが、手に取るように読めた。

 自分なら、こう攻めると、さゆりが思った通りの戦い方をする。

 そう、まるで、

(だから、この攻撃は読まれない)

 爆発から身を守るためにまとった障壁を前面に集中させる。そしてそのまま、光波爆発を撃った反動で構えが甘くなっているみのりに叩きつけた。

「!」

 障壁のバッシュを受けてみのりがよろめいた。

「もらった!」

 爆発で穴だらけになった地面を駆けて、みのりとの間合いを一気に詰める。

 拳を叩きつける。みのりは左手でそれを受けた。再度、拳。みのりは距離をあけようとバックステップを踏む。さゆりはすばやく足を繰り出し、後ろに飛び退こうとしたみのりの足をひっかけた。

「わっ」

 足を払われたみのりは、後ろへと倒れた。

「私の勝ちだ。みのり」

 みのりは大きく胸を上下させていた。彼女の体力も、そろそろ限界だったに違いない。

 手を差し出す。みのりは、いつものように、まるで花が咲くような笑顔を見せた。

「これで、お母さんも金剛竜として戦えるね。安心したよ」

 だが、みのりの左手は、さゆりの手を掴む前に力を失った。

 同時に、竜のものを象った右腕、背中にの翼が粉々に砕けた。キラキラとした粒子が、みのりの身体を包む。

「みのり、みのり!」

 肩を掴んでする。みのりの顔入りは蒼白で、目を覚ます様子を見せない。

 何事かと、あおいと早苗、そして草太が走ってくる。

「あおい! 早苗! みのりがっ!」

 みのりを抱きしめながら、さゆりは叫ぶ。

「うちのクルマステップワゴンに乗せよう!」

 草太の言葉に、さゆりは頷いた。

 草太は軽々とみのりの細い身体を背負う。

「うちまでよろしく」

「任せとけ」

 草太は駐車場に向かって駆けだした。早苗、あおいがそれに続く。

 さゆりは土手の下に置きっ放しのデミオに向かって走った。


 その日の夜。乙ヶ宮の北、竜胆湖りんどうこを震源としたマグニチュード5の地震が起きた。震源は深く、わずかに地面を揺らすだけであったが、それが不自然であると、著名な地震学者がSNSに投稿した。

 みのりの看病をしながら、さゆりはその投稿を熱心に読んでいた。竜胆湖というキーワードが頭のどこかでひっかかったのだ。

 陽が落ちたころに、みのりは意識を取り戻した。まだ顔は蒼い。寝ては覚めてを繰り返して、まだ立つこともままならないようだった。トイレに行くにも、さゆりに肩を借りる有様であった。

「ごめんね、お母さん。心配かけちゃって」

 布団の中で、顔だけをさゆりに向けた。さゆりは首を横に振る。

「私がふがいないから、がんばってくれたんだよね、みのり」

「そんなことないよ」

 みのりは力なく笑う。

「お母さんは、最強の金剛竜なんだから。どんな竜が出てきたって、お母さんは、もう負けないよ」

 額にかいた汗をふきとる。みのりは気持ちよさそうに目を閉じて、また眠りについた。

 地震の事は、言わなかった。みのりにはこのまま、休んでいてほしい。

(何かあったら、私一人で出る)

 さゆりはそう、決めていた。

 再度、家が揺れた。気味の悪さを感じる縦揺れだった。

 みのりは眠ったままだった。その安楽な寝顔を見て、さゆりはホッと、胸をなで下ろした。


(つづく)


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