青き地上の星(ロードスター)

 赤竜レッドドラゴンが顕現した乙ヶ宮運動公園は、市街から北西に離れたところにある。何年か前に開催された国体の時に整備されたもので、プロ野球の試合も行える本格的なスタジアムをはじめ、運動グラウンドの複合施設である。

 今日は幸い平日だ。この時間なら、それほど利用者も多くはあるまい。市街から離れていたのも幸いだった。

「おかあさん、とばすよ」

 ロードスターの運転席にはみのりが座る。信号が青に変わると同時にクラッチミート。青い車体が風となってアーバンストリートを駆け抜ける。18歳にしてヒールアンドトゥを使いこなすみのりのドライビングテクニックに、思わず舌を巻く。どこかの豆腐屋のひとり息子ようだ。

 フロントガラスにはDSx4vのARモニターが投影されている。二人が同時に状況把握できるのは便利である。

 乙ヶ宮運動公園まで残り2km。町並みもそろそろ途切れるという時に、DSx4vのロックオンコンテナが赤竜の姿を捕捉した。四枚の翼をデルタ翼にして、恐るべき速度で飛んでくる。

 次の瞬間、ベイパーコーンをまとった赤竜がロードスターをフライパスした。間もなく雷鳴のような音が鳴り響き、砕けたビルの窓ガラスが路上に降りそそいだ。ガラスの雨を浴びた人々の悲鳴があがる。

「ここだと関係ない人を巻き込んでしまう! みのり、急いで競技場の森へ!」

「おっけー!」

 エンジンがうなり声をあげ、ロードスターは急加速する。

 赤竜は爆撃機のような図体を持つ蒼竜に比べてかなり小型だ。現行の戦闘機よりも一回り小さいくらいだろう。滞空能力や飛行安定性には欠けるが、短時間であれば音速を超える速さで飛ぶことができる。そして赤竜は、音速を超えた時に生じる衝撃波が武器になることも知っていた。

 きりもみしながら赤竜が背後に迫る。

 窓から体を乗り出し、光の球ライトニングボールを放つ。赤竜は嘲笑うように体をひねると、あっという間に上空へとあがっていった。

「戦いづらいヤツだ! 好き勝手に飛び回って!」

ソフトトップを開ければ全天狙えるよ! おかあさん!」

 建物の影に入り、息を合わせて幌のフックを外した。

「そうか! このためオープンカーか!」

 あおいは単にマツダだからと、この車を選んだわけではなかったようだ。たぶん。

 幌をたたみ終わると、みのりは再度、戦闘速度まで加速する。

 その間にさゆりは、ダッシュボードからHMDを取り出す。しばらくは砲撃戦が続きそうだ。となれば、HMDが役に立つ。HMDは車載のDSx4vとすでにリンクしている。

 赤竜が空から追ってくる。光速で飛ぶ閃光弾ライトニング・ブリットを連射し、赤竜を近づけさせない。射程は圧倒的にさゆりが有利だ。

 だが、赤竜には速度がある。ヒットアンドウェイをされたら対処のしようがない。赤竜を接近させないため、さゆりは射撃を続けるしかない。

 このままだと、また魔力が尽きてしまうかもしれない。

「この!」

 閃光弾の弾幕をかわした赤竜が不意に姿を消した。DSx4vのロックも外れる。

 ロードスターは街を抜け、林道へと飛び込む。

「ヤツめ、どこにいった」

 刹那、ロードスターのスピーカーからDSx4vのアラームが響いた。

「おかあさん! 左!」

 赤竜の炎が森を貫き、さゆりの頭上をかすめた。

「ヤツめ、無茶をする!」

 赤竜は森を挟んだ向こう側を、低空飛行してたのだ。

 火点に向けて閃光弾ライトニング・ブリットを撃ち込む。閃光弾は100km先の敵まで減衰せずに届くが、もともとの威力は高くない。しかも森を挟んでの撃ち合いなれば、牽制以上の効果は望めない。対して赤竜の炎は、傲然と木々を焼き尽くしながらロードスターに迫る。

 ならば。こちらも同じ事をするまで。

「そこだっ!」

 さゆりは杖から光の刃を生み出すと、一息にいだ。

 刃先は最大で1kmまで伸び、森の木々を一瞬にしてなぎ払った。樹が倒れる音で空が揺れた。

「おかあさん、ムチャクチャだよ!」

「こうしなきゃ、赤竜に攻撃できないじゃないの!」

 切り株の群れと化した森の向こうに赤竜の姿が見えた。すかさず光波爆発ライトウェーブ・バーストを叩き込む。赤竜は翼を一枚失い、ドウッと音をたてて、近くの駐車場に墜落した。

「みのり! 寄って!」

 HMDを外し、さゆりは叫んだ。

 ロードスターはドリフトし、倒れた赤竜の元へと駆ける。

 その挙動を読んだのか、赤竜は車が滑り込んだ先に炎の壁を形成した。

「かわせる?」

「みのりにおまかせ!」

 炎の壁に突っ込む瞬間、みのりはハンドルを逆に切った。車体は渦を巻くように旋回。スキール音が鋭く響き、タイヤの焦げるにおいが充満する。車体は炎の壁の手前で停車した。そしてすぐさま後輪が回転させ、壁から離れていく。

 さゆりは助手席を飛び出し、障壁バリアを張って炎の壁を突き破り、赤竜に斬りかかる。

 虚を突かれたせいか、赤竜は動くことができなかった。

 さゆりの刃は赤竜の左腕を切り飛ばした。そしてのど元に向けて光波爆発ライトウェーブ・バースト。赤竜は後ろに飛び退き、すんでのところで爆発をかわした。

 だが、直後に赤竜の頭が吹き飛んだ。みのりがロードスターを駆りながら、光波爆発を飛ばしたのだ。

 力を失い倒れる赤竜の首。しかし、間もなく赤竜の首の付け根から、もう一本の首が生えてきた。破壊された頭もすぐさま再生する。周囲に竜脈はない。赤竜は身体にため込んだ竜気で回復しているのだ。

 さゆりの竜気も尽きる様子はない。この三日間の特訓が、竜気のキャパシティを増やしたのか。

「第二ラウンド開始だね」

 後ろに滑り込んできたロードスターの助手席に飛び乗る。

「一度離れよう」

「らじゃ!」

 スキール音をかきならし、ロードスターは変形した赤竜から逃れる。牽制で光の球を投げつけることも忘れない。

 赤竜も駐車場を蹴り飛ばして上空に舞い上がり、ロードスターの上空を飛び越えた。

 その間に、さゆりはHMDをかける。

「みのり、障壁の用意」

「まかせて!」

 赤竜は真っ正面から突っ込んできた。正面衝突フェンシングだ。

 前方に展開したみのりの障壁と、赤竜がぶつかる。質量が物理的なものなら、重さによるインパクトは、真竜であろうみのりには通用しない。

「やあああああ!」

 みのりは気合いを吐いて、障壁ごと赤竜の巨体を投げ飛ばす。

「おかあさん!」

「墜ちな! 赤竜!」

 光球ボールライトニングを立て続けに十発飛ばす。体勢を立て直して飛び去る赤竜を光の球は追いかける。

 十発中四発が命中。音速で振り切られたら、射程の短い光の球ではどうしようもない。

「追うよ、おかあさん!」

「よし!」

 ソニックブームを浴びながら、ロードスターは赤竜の飛び去る方へと駆ける。

 赤竜は宙返りをすると、ロードスターの直上から襲いかかってきた。二本に増えた首から間断なく炎の球を吐き散らかす。

「させるかっ!」

 頭上に光の球を飛ばす。赤竜の炎とさゆりの光の球がぶつかり、対消滅した。赤竜は地上ぎりぎりで身を翻し、轟音を鳴らして再度上空へと飛び去った。

 不意に、ロードスターの挙動が乱れた。

 みのりが大きく肩を動かし、はぁはぁと息を荒らげていた。

 DSx4vから流れる情報を目で追いながら車を走らせるのは、相当な集中力が必要な作業だったのか。なんにせよ、みのりはもう限界だった。

 道ばたに車を停めさせた。

「降りるよ。後はあたしにまかせて」

「おかあさん」

 みのりはさゆりに腕を握った。

「赤竜に勝って。ナウパックスの鼻を空かそう」

 気がつかなかったが、みのりの顔は青くなっていた。

 この顔は、蒼竜を牽制した時の表情と一緒だ。

「ゆっくり休んでな。あんたは、私が赤竜を倒すところを見てればいい」

「うん。おかあさんなら、倒せ…る…」

 みのりの身体は力を失い、そのままハンドルにもたれかかった。

「みのり!」

「大丈夫、ギリギリ起きてるから。疲れただけ」

「おどかさないでよ!」

 しゃべるだけでも体力が消費する。黙ってさゆりは助手席を降りた。

 赤竜も空から降りてきた。機動戦では、お互い決定打が与えられなかった。やはり、近接攻撃でとどめをさすしかない。赤竜もそう思ったに違いない。

 さゆりは駆けた。できるだけロードスターから離れた場所で戦いたい。

 そのさゆりの道をふさぐように、赤竜が舞い降りた。

「やぁ!」

「グオオオオオ!」

 互いの咆哮ドラゴンシャウトを放った。逆位相となって双方の咆哮シャウトは相殺された。

 赤竜の二本の首が吐く炎をかわしつつ、間合いを詰める。急に目の前が暗転する。みのり同様、竜気が尽きてきているのかもしれない。一瞬で決めるしかない。

 体勢を低くして突撃。炎がかすり、はためく毛先を燃やした。だが、今は髪の心配をしている場合ではない。

 怯まず直進。赤竜の巨体を光の刃が貫いた。赤竜は右腕を振り上げ、ありったけの力を込めてさゆりを殴りつけた。とっさに展開した障壁金剛竜の鱗で直撃は免れたものの、大きく後ろに吹き飛ばされた。

 赤竜の体組織は、すでに崩壊が始まっていた。深手を負い、回復が間に合わなくなったのだろう。

 先ほどの一撃でさゆりを殺せなかった。そこで赤竜の勝ち筋は消えたのだ。

「あんたにおかげで、私は金剛竜ダイヤモンド・ドラゴンに戻れたよ。ありがとな」

 立ち上がると同時に最大出力の光波爆発。全ての魔力を使い切った。命中。赤竜の巨体は泡立ち、断末摩を残して弾けた。


 ロードスターは駅前通りを走っていた。ソフトトップは開いたままだ。スピーカーからは、地元のFM局「レモンみるく」の音楽番組が流れてる。

 助手席のみのりは、「うーっ」とうなり声をあげて、さっぱりとしたさゆりの頭を見ていた。

「シュシュ、せっかく買ったのに」

 戦いの後、たつみ通りのヘアサロン「エリカ」に寄って髪を切ってもらった。髪とは言え真竜トゥルー・ドラゴンの一部。普通のはさみでは切れない。「エリカ」には、安芸津の親父さんが作ったさゆり専用のはさみセットがあった。

「そこまで切らなくても良かったと思うな」

 セミロングからショートボブに変わったさゆりの髪を見ては、うなり声をあげている。まるで子犬のようだ。

 同じ事をエリカの店長にも言われたが、これからの事を考えると、髪は短いほうがいいと思った。

「おかあさんとおそろいのシュシュ着けられると思ったのに」

「ははは、ごめんよ、みのりちゃん」

 いつものように、みのりの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 駅前広場に隣接する信号に止められた。多くの歩行者が、横断歩道を渡っている。

「みなさん、ご覧になったでしょう! あの赤い竜を。あれは、竜見一族が呼んだものです。竜見一族は、自分たちの年金を減らされたくない一心で、あんな茶番をやっているのです。先日の駅前もそうです。あれは、私に恥をかかせようとした、竜見の竜殺しの仕業なんです!」

 キーンという音と共に、耳障りな声が聞こえた。それに続き、拍手が鳴った。

 駅前広場では、参議院選候補の馬瀬川ばせがわが演説中だった。そういえば、選挙は次の日曜日であった。

 相変わらず根拠のない事を言いつのってるが、立て続けに現れた竜に、乙ヶ宮の人々の心もささくれだっていたのだろう。

 特に今日の戦いは、実際に市街地にも被害を与えた。新幹線や鉄道も運転見合わせとなったそうだ。

 あの人だかりの中には、竜の危機を身近に感じて、馬瀬川の言葉ヘイトスピーチを信じてしまっている人もいるかもしれない。

 あの男は、そんな人々の憎悪を票に替え、国政に出ようとしているのだ。

「また私に叩かれたいのかしら」

 みのりが不穏当な事を言い出す。馬瀬川の主張や、ナウパックスの記者の言いぐさには、みのりの(文字通り)逆鱗に触れるようななにかがあるのだろう。

「なに、言われたっていいじゃないの、みのりちゃん」

 おかげでさゆりは冷静なままでいられた。みのりが怒っているから、かえって気持ちは落ち着いたのだろう。

「だって」

 さゆりはぽんぽんと、みのりの頭をなでつけた。

「私たちは一生懸命戦って、みんなを護った。何を言われたって、誰かを護ったっていう事実は変わらないよ」

「でも…」

「いずれ、分かってもらえるよ。あの馬瀬川にもね」

 そう信じられなければ、戦い続けることなんてできなかった。

「…おかあさん、大人だね」

「そりゃ、40歳ですから」

 信号が青に変わった。ロードスターはゆっくりと走り出した。

「たった今入った臨時ニュースを申し上げます。日本時間17時頃、南極の大和雪原上空に巨大なドラゴンが出現しました。全長およそ600m、翼長およそ1km。竜はゆっくりと北上を開始。現在ニュージーランド空軍が…」

 緊急ニュースを伝えるラジオの音声は、街の喧騒と、二人の笑い声にかき消された。


(つづく)

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