14.

「人形って、生きてると思う? 死んでると思う?」


 マイセンのティーカップを置いた待本まつもと雛子ひなこは、私にそう語りかけた。遮光カーテンの引かれた薄暗い部屋。壁際の棚にお行儀良く並んだ人形の少女達に見惚れていた私は、急な質問にあわあわと振り返る。

 待本雛子は、氷の女王様みたいな、冷たい微笑みで私の言葉を待っていた。


「ど、どうだろうね、こんな可愛いんだもの。私には……生きているような気もするけれど」


 おずおずと答えると、待本雛子の表情が、少し満足げに綻んだように見えた。


 私は、人形が好きだ。


 「人形が生きているような気がする」。

 それは、問われて何とはなしに出てきた言葉だけれど、決して適当なものでは無いつもりだ。

 彼女らには一人一人、個性があり、命がある。作成者の人格が見える。美しい物を作りたい、と想う彼らの信念が見える。そして、持ち主の心が見える。彼女らをどう扱うか、どう愛情を注いでいるかで、人形は如何様にも表情を変化させる。だから、私は人形が好きなのだろう。棚に並ぶ少女達を眺めながら、私はほんのりとそう感じていた。

 そんな私の返答を聞いて、待本雛子はレモンティーに口をつけてから、上品に口を開く。


「吉良科さんは、本当に人形を愛しているのね。でも、そうね。私の考えは、吉良科さんとは違うかもしれないわ。人間と、人形は違う。人形は完成している。完成していると言うことは、それはもう生命としての前提を奪われていると言うことよ。……だから、本当は、“生死”という概念すら、許されないのかも知れないわね。だけど、もしも生きているか死んでいるかと、問われたら……私は、死んでいると答えるでしょうね。そう」


 待本雛子は、いつの間にか椅子から立ち上がり、私の顔を覗き込んでいた。


「人形は、死んでいるから、人形なのよ」


 陽の差さない部屋。

 青白い待本雛子の顔。

 例えるなら蛇のような、爬虫類めいた冷たい視線。


「じゃあ、もし……魂を持った人形がいたと、したら、どうかな」

「あら、吉良科さんは面白い事を考えるのね」

「思いつき、だけどね」


 待本雛子は含み笑いをしたまま、頬に指を当てて考える。

 生きて喋る人形。それは、私が小さな頃に夢想していたこと。

 誰だって考えるだろう、お飯事の延長だ。人形の友達がいたら、それはそれは、楽しいに決まっている。


 だけど、待本雛子の返答は、苦々しいものだった。


「……やっぱり駄目ね、どうしても受け入れられない。生きてる人形なんて、そんなものは……見苦しいわ」


 冷ややかな言葉だった。

 私は、そう、きっとメデューサに石にされた兵隊みたいに、硬直していた。それを見ているしか無かった。怖いと感じているのかもしれない。どうして? 友達なのに。

 逡巡に身を任せていると、待本雛子の顔がゆっくりと近づいていく。


「あはッ、私は、もしかすると、死体愛好家なのかもしれないわね」


 悪戯っぽいトーンで、私の耳元で、内緒話するみたいに囁いて。

 かぷりと。冗談みたいに、私の耳たぶを甘噛みして、そっと離れる。


 待本雛子は、笑顔だった。

 性的に興奮しているかのような、紅潮した下卑た笑顔だ。だけど、絵画のように美しい笑顔だ。

 私は、その笑顔を、綺麗だな、と感じて。

 嗚呼、氷付けにして取っておきたいな、なんて、ぼんやりと夢想していた。


 ★


「なんか変な夢見てたあー!」


 がばりっ、と起き上がる。

 私の身体は、テディ・ベアのそれに戻っていた。と言うか、ベッドに寝かされているようだった。それも、ドールハウスで使われてたりするような人形用のベッドだ。何これかわゆい。ミニチュア家具を実際に使用することが出来るなんて! と、ちょっと興奮してしまうが、いや、それはそれとして……。


「ここは……」


 薄暗い部屋だった。

 整頓された、小綺麗な部屋。

 小さな寝息が聞こえる部屋だ。

 寝息は、ベッドから聞こえる。


「テュコ……」


 寝息を辿ってミニチュアベッドの上で背伸びをすると、そこには上半身を包帯でぐるぐる巻きにしたテュコの静かな寝姿があった。

 安らかな寝顔だ。あれから、誰かに手当てして貰ったんだろう。

 私を庇って戦ってくれたテュコ。

 テディ・ベアになってしまった私を、女の子だって言ってくれたテュコ。


 そっと、ぽふぽふの手でテュコの金色の髪を掻き上げる。


 よくできました。


 テュコの額を少し撫でる。

 窓の外では、大きな月が私達を覗いていた。

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