【稽古も終わって】

「ったく、部長にも困ったもんだよな」

 駅までの帰り道、いつものように藍子と一緒に下校した夕貴は、ぼやくように言った。

「でも、おかげでいい舞台になりそうだよ」

 苦笑いを浮かべながら、藍子はなだめるようにフォローした。本気でそう思っているらしく、声はちょっと嬉しそうだった。

「だからって、どさくさにまぎれて遠野にキスまでしようとしてさ!」

 だが、今の夕紀には、そんな藍子のお気楽極楽な態度がカンに障った。思わず、なじるように吐き捨ててしまう。と、藍子は、ほんのりと頬を染めてはにかむように目を伏せた。

「でも……別に嫌じゃなかったよ」

「えっ?」

 その一言は、夕貴を一瞬で凝固フリーズさせた。

「あっ……! 別に変な意味じゃなくって、部長はわたしの憧れだから……そのぉ……なんて言うか……」

 自分が何を言ったのか気付いた藍子は、ハッ、となった慌てて言い訳をする。

「…………」

 しどろもどろな藍子を見ながら、神妙な面持ちになる夕貴だった。

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