耐え忍ぶ愛

俺が結崎に再会したのはその3週間後だった。


いつものように椅子に座っていると庭で車いすを運転する結崎を見つけた。俺ははやる心臓を押さえつけるように、どんっと一度左胸を叩いて、わざとゆっくり庭にでた。


結崎は俺を見つけると車いすで此方へ向かってきた。少し薄めのカーキー色をしたすっぽりと頭を覆い隠すような帽子を被って、白い肌はよりいっそう白く見えた。病衣から出る手足はすらっと棒のように細くて折れてしまいそうだった。


ああ、そうか。


俺はその時、結崎の病気がわかった。その結末も合わせて。この病院で結崎を同じような人をたくさん見た。


君も、真っ白になってしまうのか。


彼女は、がんだった。三週間前までは元気だったのに、なんて言葉が通用しない病気だった。きっと助からないんだろうなんて、思ってはいけないことを思ってしまった。いつからか、病院に居ついた俺には人の死が当たり前になりすぎたみたいだ。俺は少し笑って、彼女に「久しぶり。」と声をかけた。彼女は俺の大好きな笑顔を作っていった。


「きっと、高野君、気づいてるんでしょ?私、癌なの。ほらみて、手足なんてこんなに細くなっちゃって、もう自分で立つこともできないよ。昔は細くなりたーいなんて言って、馬鹿みたいだね。あ、そうだ、ほら、栗色できれいな髪だったでしょ。自分で言っちゃった。でも好きだったの。あーあ、もう何もないね。私。」


彼女は一気にまくしたてるように言って、しきりに手足を眺めたり帽子を指さして見せたり、忙しそうに動いた。俺にはそれが、必死に生に縋りつくように見えて何故か顔をしかめてしまった。そうして一言、「大丈夫」といった。お世辞でもなんでもなく、本当にそう思った。だって、俺の好きな


「君の目はまだ綺麗だから。」


気付いたら口に出していて、急に恥ずかしくなった。彼女は少し呆気にとられたように小さな薄い唇を開いた。そうしてふふっと笑って、


「高野君もやっぱり、優しいね。」


といった。俺はふいに熱くなっていた顔が急に冷めていくのを感じた。高野君も、という言葉が響いて、そしてなぜかその意味が分かった気がした。黙り込んだ俺を放って結崎は車いすで庭を散歩するように進んだ。


「私、この花が好きなの。」


結崎はそういって不便な体を前に倒して庭に植えてある花を指さし、それから俺の方をみた。そこにはあの洋書と同じ、ヒアシンスブルーに似た色の紫陽花が梅雨の小雨に濡れたのか少し重そうにしなりながらいくつも花をつけていた。


「紫陽花?」


「そう。紫陽花にはね、移り気だとか、浮気を連想されるような花言葉がついてるんだけど、それだけじゃないんだよ。」


「へえ。」

僕は興味なさげに呟く。


「だけどね、紫陽花には『耐え忍ぶ愛』とか『辛抱強い愛』っていう花言葉もあるの。」


彼女は俺の反応など気にせずに続けて、「まるで私ね。」と呟いた。なに、と聞き返したときに見た彼女の顔は酷く自嘲気味に笑っていて、いつもの俺が好きな笑顔はそこにはなかった。そっと目線をそらして俺は紫陽花の花に指先で触れた。こいつにも意味があるだなんて感じられない程、それは無機質だった.

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