ショートショート
朝倉拓実
『午前三時、満月がボクを見ていた』
「んっ……んんっ……」
重なった唇から彼女の声が漏れた。
そしてゆっくりと唇が離れた。
「ほら、もっとしよ……?」
「うん……」
すぐに僕たちの隙間が埋まる。
まるで一秒でも離れているのが嫌なのか体に腕を回されさっき以上に体が密着する。
唇に柔らかい彼女の感触が何度も触れ、ぬるっとしたものが口の中に入り込んでくる。
短い吐息のような喘ぎ声、水音、布ずれの音が部屋に響き渡る。
そして肌と肌が触れあい。互いの体温を感じる。
長い長い口付け。
こっそり目を開くと、彼女の長いまつげが見えた。
ボクにはもったいないくらい整った顔立ちだ。
そんなことを思いながら唇は離さず彼女を受け入れる。
体は満たされるが、心は満たされない。
視線を逸らすとカーテンの隙間から月が見えた。
今日は満月だ。
視界に入った月にじっと見つめられているような気がして心がざわつく。
そんな罪悪感から気を逸らすようにボクは彼女の体を抱き寄せ自ら唇を重ねていく。
熱い吐息や温もりを全身で感じる。
体はひとつに鳴っているのに、どうしてこんなにも居心地が悪いのだろうか……。
月に見られているからなのか、ボクの心に引っかかっている物が原因なのかは分からない。
彼女はこんなボクと触れあい、温もりを感じてどう思っているのだろう。
「やっぱり私の事見てないね」
まるでボクの心なんか見透かしているかのようにそういった。
真っ直ぐとボクの事を見つめている目が少し怖い。それでも視線を逸らすことができない。
「見てるよ」
視線は逸らさず、動揺をバレないように平然を装いながら返事をする。
「見てるけど、見てないんだよ」
彼女の細い指が首筋をなぞり、胸元へとやってくる。
「でもね。あなたは今ココに居る」
「うん」
「だからね。いいんだよ」
そう言って笑った。
その笑顔が心からのものなのかは分からない。
彼女はボクの気持ちが分かるのかも知れないが、ボクには分からない。
それでも分かる気持ちもあるんだ。
そうじゃなきゃ、きっと今ココに居る理由にならない。
「もっとくっつこう?」
「これ以上?」
抱き合い唇を重ね、これ以上どうくっつけば良いのだろう。
分かっては居るのだ。彼女が求めているもの。
だけど、ボクは彼女にそれをあげることはできない。
「私の勝ち」
強く抱きしめられた。
女の人の力とは言え少しばかり息苦しくなる。
「何に対してかは分からないけど、キミに勝てるとは思ってないよ」
「弱いもんね」
「うん」
本当に意地悪なこと言ってくる。
「あっ、また泣きそうな顔してるよ」
「泣かないよ」
「そっか可愛い泣き顔見たかったなぁ」
幸せそうに笑いながら頬をむにむにとつねられる。
そんなことされた位じゃ泣かないけれど……。
「まぁさ、大丈夫だよ。私はちゃんとココに居るから」
今度はぎゅっと抱きしめられる。
すっかり慣れてしまった彼女の匂いがした。
「ちゃんとここに居るし、離さないから」
そんな口約束、明日にだって無かったことに出来てしまうのはよく知っている。
彼女だってそれは分かっているだろう。
「だから安心して、ね?」
だけどそんなこと言ってくる。
「強いんだね」
ボクにはもうそんな強さは無いから。
「もう勝ってるからね」
「そうなんだ」
「そうなの。だから平気」
「逃げられないんだ」
「そんな勇気無いくせに」
やはり意地悪に頬をつつきながら言われる。
あぁ、そんなことボクだって分かっているさ。罪悪感、不安、全てを上書きするような都合の良い甘さ。
心のどこかに引っかかっているもの。
それがいつか無くなるのだろうか?
分からない。
けれど、ボクは彼女から離れられないのだろう。
「はい、目閉じて」
言われるがままに目を閉じる。
再び口付け。
そんなマイナス感情全てを溶かすかのようにゆっくりと唇を重ね、感覚を唇に集中させていく。
唇を重ねている間だけは呼吸と共に時間が止まっているように感じる。
ゆっくり息を吐き出すように
そして唇が離れると、また時間が動き始める。
時計の針は午前三時。
外を見ると、雲が満月を隠していた。
ショートショート 朝倉拓実 @takumaron0
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