第68話・金沢へ

 JR岐阜駅から特急しらさぎに乗り、真冬の金沢に参上。さすがに「雪国」の枕詞はダテじゃない。駅前に降り立つと、視界全体が雪にけむっている。その降り積もる雪の深さ、分厚さ、容赦のなさときたら。まぶしすぎて静かすぎる風景に圧され、たじたじとさせられる。「小京都」の枕詞もまたダテじゃない。よくよく眺めまわせば、小ぢんまりとひなびた風情があり、なかなか趣きよろしき街ではある。

 それにしても、さぶい。故郷・岐阜の羽島は、びょうびょうと吹きすさぶ空っ風のさぶさが身を突き抜けたが、金沢は、しんしんと染み入るさぶさがスネにこたえる。空間全体が縮こまるような引き締まった冷え込みの中、ぼうっと突っ立っていては、命に関わりそうだ。わが防寒装備も頼りない。とっととバスに乗り込み、「金沢美術工芸大学」へと向かう。それこそが、今回の大学受験の本命校なのだ。

 わが目的地を頂く小立野(こだつの)の丘は、かの有名な日本庭園・兼六園を開始地点とする細長い馬の背になっている。その稜線に、金沢大学医学部や、大学病院、癌研究所、それとは別系統の医療短大など、ごちゃごちゃとお医者系の施設が並び、バスはそれらを次々とパスしていく。金沢美大(通称・カナビ)は、そんな高尚な敷地に、隣接するというよりは尻っぱしに張りつく格好で、ちょこなんとたたずんでいる。まさに崖っぷちに追いやられたといった様相だ。

 バスから降り、雪の歩道を徒歩で3分。「金沢市立美術工芸大学」の看板を掲げた門が現れた。衛所もない、ガードマンもいない、スカスカに開け放たれたレンガ造りのゲートをあっけなく通過し、キャンパス内を下見に歩いてみる。通り道だけは雪かきがしてあり、両サイドにうずたかい雪山が積み上がっている。受験前日とあって、学生は歩いていない。考えてみれば、冬休みか。これなら自由に見学ができる。が、この雪だ。早いところ、屋内に逃れたい。さくさくと見てまわると、校舎を一周するのに15分とはかからなかった。あっけない。小さな小さな大学だ。本当にここに決めてしまっていいものか、今さらながら不安になってくる。しかしとりあえず、今は宿にしけこみ、翌日に迫る受験に備えよう。

 大学から徒歩1分のところに、この日の宿を取っていた。古ぼけた民家を改造した安旅館だ。居間のコタツのぬくもりがありがたい。しかし、その机上に供される晩飯はシブい。甘エビやカニを期待していたわけではないが、ノリ弁の方がまだマシと言いたくなる。一杯飲みたい気分だ。高校生が熱燗を注文したら、ぎょっとされるだろうか?しかしアテになりそうなおかずもなさそうなので、今夜は控えておく。

 外はまだまだ雪。いつまで降りつづけるものやら。外に出たいが、いくところもなければ、することもない。翌日の受験に備えて早めに寝よう・・・と、そのとき、廊下でふと顔を合わせたひとりの投宿者に話しかけられた。聞けば、同じ彫刻科を受験するのだという。いわば、限られた席を獲り合うライバルだ。相手を一瞥する。小柄で、肩幅がせまく、目鼻がつぶらすぎ、見るからにさえない風采の男だ。まあ、オレの相手にはなるまい。彼となんとなく情報交換をするうちに、ついにふたりでビールを飲みはじめることになった。

 男は「山下」と名乗った。三浪中の強者だ(二度落ちた間抜けだ、とも言えるが)。オレが「ムサビは受かった」と言うと、山下は「・・・ああ、ムサビか。オレは補欠で合格した」と返してくる。結論から言えば、この小男とオレは、入学してから同じゼミで過ごすことになる。そして蛇足だが、四年後の卒業間際に、「スギヤマ、すまん」と、彼の口から懺悔を聞くこととなる。「あのとき、ムサビに補欠で合格したと言ったのは、ウソやった」と。・・・細かいウソつくんじゃないよ、どうでもいいよ。

 とにかく、翌日が試験本番である。雪は音もなく降り積もっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る